居候(前編)



 表札の「上杉 瞳」の文字を確認する。
(ごくり)
 僕は意を決してドアの前に立った。
 左手を伸ばして呼び鈴に触れる。
(ピンポ〜〜ン)
「は〜〜い。」
 ドアの向こうから姉さんの声が聞こえた。
 ガチャガチャと鍵を外す音かする。
「望ちゃ〜ん。いらっしゃ〜い♪」
 
 これが、これからの4年間の大学生活の始まりだった。
 
 
 
 
 
 入試の時もホテル通いで、一度として彼女の部屋には入れてもらえなかった。
 しかし、大学に合格が決まり、同じ場所に二人の子供を別々に住まわす事は実家の家計を大きく圧迫するのが目に見えていた。
 そこで、両親から提案されたのが『姉のマンションへの下宿』である。
 姉さんのマンションはかなり贅沢な造りになっており、僕が下宿してもそれぞれのプライベートは十分に保たれる。
 が、姉さんは両親には内緒に『下宿の条件』を突きつけてきた。
 
一.炊事洗濯は全て自分が行うこと
一.他人を部屋に入れないこと
一.生活に必要なものは全て姉が揃える
一.姉の行為に文句を言わないこと
 
 仕方なく、僕は全てを受け入れ姉さんのマンションに下宿する事になった。
「ここが望の部屋よ。」
 案内された部屋は姉さんのものにしては多分に少女趣味に走っていた。
 化学専攻で院生の姉さんに「女」という文字は殆どにあわなかった。それでも世間の目もあってか、一応は「女」の成をしてはいる。
 が、このような部屋が姉さんのマンションにあったとは想像だにしなかった。
「荷物を置いたら食堂でお茶でもしましょう。」
 いつになく優しげに姉さんが言う。
「これを飲んだらお風呂でシャワーを浴びていらっしゃい。」
 それでも僕は素直に出されたオレンジジュースを飲み干し、風呂場に向かった。
 脱衣所で服を脱ぎ、シャワーを浴びる。
 湯船に入り、手足を伸ばす。
 お湯の温かさが身体の芯に浸透してゆく。
 旅の疲れか、僕はウトウトと……
 
 
 
 気がつくと僕はベッドの上に寝かされていた。
「起きた?気分はどう?」
 訊かれて意外とサッパリとした気分になっている事に気付いた。
「じゃあ、早速だけど。」
 と白い布切れを放って寄越した。
 それは僕の顔にヒットした。
 白い布を引き剥がし、ベッドから起き上がった。
「これは?」
「エプロンよ。『下宿の条件』にあったでしょう。晩御飯お願いね。」
 そう言えば窓の外は夕焼けに変わっていた。
 仕方なくベッドから起き上がった。
 目の前に拡げたエプロンはフリフリの沢山ついた可愛らしいものだった。
「コレを着けるの?他にはないの?」
「それは望の為にわざわざ揃えたのよ。居候は文句を言わない!」
 いつの間にか着替えさせられたスエットの上にエプロンを着けて台所に立った。
 共働きの両親に加え、姉さんは高校を出ると直ぐにこのマンションに行ってしまった為、僕は必然的に家事全般が出来るようになっていた。
 冷蔵庫の中を確認し、なんとか二人前の晩御飯を作った。
「うん。腕を上げたんじゃない?」
 テーブルの向かい側で姉さんが美味しそうに食べている。
(褒められて喜ぶべきか…)
「良いお嫁さんになれるよ。あたしが保証する。」
「姉さんに保証されても、男の僕はお嫁さんにはなれないよ。」
「大丈夫。心配するな。」
 意味不明の会話で食事は終わった。
 後片付けが終わると、
「疲れているだろうから、今日はこれを飲んで寝ちゃいなさいな。」
 そう言ってオレンジジュースを差し出した。
(そう言えばこのジュースってどこから出してきたのだろう?
 さっきみた冷蔵庫の中には無かったよなぁ……)
 僕は不安を抱えながらもそのままベッドにもぐり込んだ。
 
 
 
 翌朝も爽やかな目覚めを迎えた。
 躊躇いつつも昨日のフリフリのエプロンを着け朝食の支度を始めた。
 しばらくして、姉さんが起きてくる。
 どっかりとテーブルに座り新聞を広げる。
 まるで「おやじ」だ。
 トーストとベーコンエッグをテーブルの上に並べた。
 コーヒーはインスタントしかなかったので、これで我慢してもらおう。
 自分の所にコーヒーカップを置こうとした時、
「望のはコレ!」
 あのオレンジジュースの入ったコップが差し出された。
「な、なんで僕だけ?」
「『下宿の条件』あたしの言う事に文句は言わない!」
「わ、判ったよ。」
 しかし、僕はこのジュースの恐ろしさを全く判っていなかった。
「あとで買い物に行くから、洗い物が終わったら支度しておきな。」
 僕は片づけを終え、洗面台で顔を洗った。
 歯ブラシも僕の分が揃えられていた。
 が、ひげそりはない。
 頬に手を当てて、あまり伸びていないのを確認した。
 取り敢えず今日は髭を剃らなくても大丈夫みたいだ。
 部屋に戻り荷物の中から着替えを出そうとして、手が止まった。
(無くなっている)
 鞄の中には教科書・参考書が残っているだけでなにもない。
 もちろん着替えもない。
 あわてて風呂場に戻る。
 しかし昨日、風呂に入る時脱衣籠に入れた服はなくなっていた。
「姉さん。僕の着替えをどこにやったの?」
「言ったでしょう?ここでつかう日用品は全てあたしが揃えるって。」
「そ、それはそうだけど…」
「着替えは望の部屋のクローゼットに入れてあるよ。」
 少女趣味の部屋のクローゼット……
 案の定、ヒラヒラの少女趣味全開のスカートやブラウスが並んでいる。
 もちろん、ジーンズなどない。
 確認の為に整理箪笥を覗くと、パステルカラーの下着が詰まっていた。
 もちろん、女のコの下着だ。
 もしや?!
 と、スエットを脱ぐと、僕はクリーム色のショーツを穿かされていた。
 
 
 
 トントン。とドアがノックされる。
「ね、姉さん?」
「望、入るわよ。って、まだ着替えてなかったの?」
「それより、なんで僕がシ、ショーツなんか穿いているんだよ。」
 姉さんは僕の抗議など一切無視して服を選び始めた。
「いくら姉妹でも、パンツのままでは恥ずかしくてよ。」
「だ、誰が『姉妹』ですか?」
「もちろん、あたしと望よ。さぁ、コレを着なさい。」
 それでも、クローゼットの中ではおとなしめの服を選んでくれた。
 スエットの上を脱いで出されたワンピースを被ろうとした時、
「望。下着はちゃんと着けなさいね。」
 ブラジャーとシミーズが手渡された。
「…」
 視線で反抗するも、無視される。
「靴下とヘアバンドね。終わったらお化粧してあげるわ。でも、今度からは一人でやるのよ。」
 姉さんの頭の中では僕は完全に『妹』になっているみたいだ。
 ブラを着ける。
 カップに胸の回りの肉が集められる。
 不思議な気分だ。
 シミーズを被り、ワンピースを着る。
 花柄の靴下を履き、鏡の前でヘアバンドを付ける。
 鏡の中には一人の女のコが立っていた。
 姉さんに化粧を施され、サンダルを履いて表に出る時には誰が見ても『可愛い妹』でしかなかった。
 
 
 
 駅前のデパートで僕は幾度となく着替えさせられた。
 もちろん女のコの服だ。
 店の人も僕が『男』である事など微塵も疑っていないようだ。
 しばらくして尿意を覚えてきた。
 姉さんに言って着せ替えショーは一時中断してもらった。
 トイレは階段にあった。
 入ろうとすると、腕を引っ張られた。
「望。その格好でそっちに入るの?」
 そう、僕は無意識に男子トイレに入ろうとしていた。
 姉さんに引っ張られ、ピンク色に染められた方に入り直した。
「一人でできる?」
 姉さんは一つだけ大きめに造られた個室に僕を押し込んだ。
 洋式のトイレの便座を上げた所で思いなおした。
 この格好では立ったまま用を足すには無理がありそうだ。
 僕は便座を戻した。
「そうそう。良くできました。女のコは座ってするものよ。」
 スカートをたくし上げ、ショーツを降ろし便座に座った。
 ふぅ。と、緊張を解くと、小水が勢い良く飛び出してきた。
 が、何か違和感がある。
 いつもなら、管を通り抜けて行く感じがするのだが、今はおチンチンの付け根あたりから直接迸っているような気がする。内股に飛沫が跳ねている。
「終わったらウォシュレットしてね。」
 便座の脇のボタンを操作すると、温水が股間に降り撒かれた。
 ペーパーで残った雫を拭き取った時、ようやくさっきの違和感の正体に気付いた。
 
(無い!!)
 
 僕は姉さんを見上げた。
「その様子だと、もう薬も効いたみたいね?」
「って、あのオレンジジュース?」
「解っているじゃない。あの薬が望の身体を女のコに変えていったのよ。」
「ど、どうして…」
 思わず、僕の目から涙が溢れていた。
「と、取り敢えずココじゃなんだから、喫茶店でお茶でも飲みましょう。」
 僕の涙に、うろたえ気味の姉さんだった。
 
 
 
 僕の目の前には特大のフルーツパフェが置かれていた。
 何故かソレだけの事で涙が止まってしまった。
 姉さんはコーヒーを飲んでいる。
「あたしも『妹』が欲しかったって言うのは否定しないけど、コレはそれだけじゃないの。あたしが今研究しているテーマにどうしても必要な事なのよ。」
「研究の?」
 僕はパフェを食べる手を止めて、姉さんの方を見た。
「あたしが研究しているのは『臓器の化学合成』っていうのだけど、良く言われる『バイオ』とは違って、純粋に化学合成でヒトの代替臓器を作ろうというものなの。バイオと違って安全性は高いし、拒絶反応もない。工場で生産できるので、安価に提供できるのよ。」
「へ〜。」
 関心していると、姉さんは胸元から手を突っ込んで、何かをベリベリっと剥がした。
 ソレをテーブルの上に置いた。
「これが、その試作品よ。」
 テーブルの上に置かれたのは、正しく姉さんの『おっぱい』だ。
 姉さんの方を見ると、確かに片側の胸がペタンコになっている。
「これを僕にも付けさせるために、こんな事をしたの?」
「いいえ、これのデータは十分に取れているわ。色素の調整、発汗、筋繊維の動作確認、感覚情報の交換など、あたし自身を実験台にしてもう十分にとってあるの。望にはもう一つの方の試作品のデータを取ってもらいたいの。」
「もうひとつって?」
「う〜ん。ここで話すのはまずいわね。家に帰ってから説明するわ。そうと決まったらサッサと片づけてしまいましょう。」
 姉さんはコーヒーをがぶ飲みし、ついでにグラスの水も飲み干した。
 そして、ごそごそと再び胸に手を入れると、もう一方のおっぱいも外してしまった。
 ブラジャーと一緒にふたつのおっぱいを紙袋に押し込んだ。
「早くしなさいよ。」
 姉さんに急かされてパフェの残りを放り込む。
 美味しさなんて味わっている暇はなかった。
 姉さんはレシートを持ってレジに向かっていた。
 僕はあわてて口の周りを紙ナプキンで拭って、姉さんの後を追った。
 
 
 
 


    前編へ     中編へ     後編へ


    次を読む     INDEXに戻る

|