鉢の花



−2−
 
「クシュン!!」
 可愛らしいくしゃみの声が僕の部屋の中に響いた。
 その声は僕の口から出ていた。
 
 鏡の中には裸の女のコがいる。
 それが、今の僕…
 裸でいたのは、僕自身だった。
 慌てて足元に落ちていたTシャツを拾った。
 着てみると、乳首がくっきりと浮きでてしまう。
 開いたままのクローゼットから生地の厚いトレーナを出した。
 Tシャツの上から着ると胸の膨らみも目立たなくなった。
 
 Gパンを穿いて全身を鏡に写す。
 男物のトレーナ・Gパンを着た女のコが写っている。
 少しブカついているが、彼女の愛らしさで帳消しになると思う。
 これなら他人に見られても奇怪しくはない。
 先ずは食事だ。
 スニーカを履いて外に出た。
 
 牛丼屋に向かい掛けた足を思いなおしてファミレスに向けた。
 女のコが独りで食事をするのには牛丼屋よりはファミレスの方が自然だろう。
 禁煙席に座り、当たり障りのないものを頼んだ。
 ふと、メニューの端にデザートがあった。
 綺麗に飾られたパフェがあった。
(…)
 気がつくと、僕はそれも頼んでしまっていた。
 
 
 
 僕はしっかりとパフェを食べていた。
 その甘さと冷たさが癖になりそうだ。
 お腹も膨れて気持ちが大きくなっていた。
 ファミレスを出ると、僕は駅前のデパートに入っていた。
 いつもは足早に通り過ぎる1Fのアクセサリーコーナーをぶらついていた。
 綺麗なモノを素直に綺麗と言える。
 ヘアバンドを当てて鏡を覗いた。
 そこには僕であって僕でない女のコが写っている。
「お似合いですよ。」
 店員に声を掛けられてしまった。
 返事に困っている僕を余所に、
「これなんかも良いんじゃない?」
 様々なアクセサリーが僕の前に並べられていた。
「良かったら、隣でお化粧してみません?」
 彼女の話術に嵌まって、ヘアバンドとイアリングを買ってしまった。
 が、その後も彼女のペースで話が進んでゆく。
「貴女はまだ若いからすっぴんも良いけど、お化粧するとまた変わるわよ。」
 そう言って隣の化粧品コーナーの店員に引き渡された。
 
 
 僕は彼女達のペースにどんどん押し流されていった。
「思った通りバッチリね。でも、そこまで決めてその服じゃねェ〜」
 彼女の言う通り、鏡の中の僕は化粧によって見違えるほど美しくなっていた。
 が、首から下は男物のトレーナとGパンなのだ。アンバランスな事このうえない。
「ねぇ、ウチのモデルやらない?使った洋服はアルバイト代とは別に貴女にプレゼントするわ。」
 ここまで彼女等のペースに巻き込まれていれば、そこから脱出するのは至難の技である。
 僕は既に努力する事を放棄していた。
 僕が首を縦に振ったのと同時に何カ所かに電話をかけていた。
 
 
 フラッシュが焚かれている。
 僕はスタッフの言うなりに身体を動かすだけだ。
 身に付けたアクセサリーを強調するようにポーズを取る。
 アクセサリーが変わると服も変わる。
 スカートも長いのや短いの、スラックスやショートパンツ…
 そのどれもがみな女らしさを演出する。
 
「おつかれさま。」
 封筒と抱えきれないくらいの紙袋の山が手渡された。
「良い写真が撮れたわ。これがアルバイト代よ。着てきた服は一緒に紙袋に入れてあるからね。」
 履き慣れない厚底靴にふらついていると、
「このままじゃ身動きが撮れないわね。」
 と、ハンドバック1つを残して手にしていた紙袋をどこかに持って行ってしまった。
 しばらくして1枚の紙が渡された。
「明日にはお家に届くわよ。」
 紙は宅配便の控えだった。それは明日荷物が届くまではこの服でいなければならない事を意味する。
 つまり、このミニスカートのまま、この1日の残りを過ごさなければならないのだ。
 
 近くの鏡に自分を写した。
 可愛い娘がこちらを見ている。
 これが僕だ。
 
 改めて変身した自分を見ていると不思議な気分になった。
 
 
 
 


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