椅子



 あの日から、僕はずっと待っていた……
 
 
 
 ひなびた旅館のロビーの隅に、この旅館には似合わない立派なソファが置かれていた。
 僕は何の気なしに、そのソファに腰を降ろしていた。
 ふかふかのクッションに包まれて良い気持ちになっていた。
 
(あぁ、このままのんびりしていたいなぁ…)
 
 そんな思いとともに、僕はまどろみかけていた。
「その望み、叶えてやろう。」
 その声にまどろみから覚める。
 僕は遠ざかる背中を見ていた。
 それは僕自身の背中だった。
 どういう仕業か、僕の意識はソファに封じ込められていた。
 
 
 このソファに気づく人はほとんどいなかった。
 こちらを見ていても、彼らの意識にはソファの影さえも写っていないようだ。
 どのくらいの日々が経過したのだろうか?
 ある日、男の子がソファに気付いた。
 男の子は走ってくるとジャンプ一番、ソファに飛び乗った。
 僕はクッションを総動員して男の子を包み込んだ。
 
 男の子がクッションに包まれた。
 
 と同時に、僕はひさしぶりに「眼」で周りを見ていた。
 瞬きをする。
 目蓋の感触。
 視野が固定される。
 眼を動かす、首を振る。
 視界が動いた。
 肉体の感触がそこにあった。
 手が、指があった。
 目の前に掌をかざす。
 小さな少年の手が、そこにあった。
 
 僕はその出来事に飛び上がった。
 
 (一瞬の沈黙)
 
 子供の泣き声が足音とともに遠ざかってゆく。
 再び、「眼」でないもので周りを見ていた。
 
 
 
 
 
 僕は待ち続けた。
 ふたたび、ソファに気付く人が現れた。
 浴衣に身を包んだ少女だった。
 ソファに腰を降ろした彼女をクッションで優しく包み込んだ。
 
 少女がクッションに包まれた。
 
 ゆっくりと目蓋を開ける。
 僕は「眼」で周りを見ていた。
 手、指の感触。
 「肉体」がそこにあった。
 目の前に掌をかざす。
 細くて白い少女の指が、そこにあった。
 爪にはマニキュアが塗られている。
 指先をそっと唇に触れさせる。
 唇に感じる。
 指先が感じる。
 舌を突き出す。
 舌先に感じる。
 
「ふぅ〜」
 
 僕は溜息をついた。
 クッションに身を委ねて、全身の力を抜く。
 そして、この身体を隅々まで感じてみる。
(これが『女の子』のカラダ!!)
 長い髪の毛の感触。
 浴衣の帯に締められたウエストの感触。
 胸にある存在。
 下半身を覆うショーツの肌触り。
 
「う〜〜ん」
 思わずついた吐息は、艶かしいオンナの声だった。
 
 
 
 
 
 あの日から、僕はずっと待っていた。
 こうなる事を…
 女のコの身体を手に入れる事を…
 
 僕はようやく「手」を動かした。
 様々な所に手を触れてゆく。
 始めて触れる女のコの身体。
 始めて触れられる女のコの身体。
 なんでもない所から始めて、徐々に核心に触れてゆく。
 僕の耳元で女のコの喘ぎ声が聞こえる。
(これは『僕』の声?)
 片手ではもの足りず両手で全身を撫で廻す。
 身体がソファから離れそうになるのを必死で堪える。
 そこで我慢することでさらに身体が熱くなる。
 既に浴衣は着崩されている。
 バストははだけ、両脚が淫らに開かれている。
 
 
 うつろな僕の眼に、ロビーを行き交う人が写った。
 僕の姿に気づく人は誰もいなかった。
 こちらを見ていても、彼らの意識にはこの娘の影さえも写っていないようだ。
 
 
 僕は更に大胆になった。
 帯を解き、浴衣を脱ぎ捨てる。
 たった1枚残ったショーツの上から弄ぶ。
 ぐしょぐしょに濡れた薄布に大事な所が透けて見える。
 僕はオンナの声で卑猥な言葉を叫んでみた。
 
 誰も振り向かない。
 
 僕は最後の一枚も脱ぎ去った。
 僕の指が直接秘所に触れる。
 愛液が指先に絡みつく。
 指先を挿入する。
 快感が脳天を突き抜ける。

(見て!!)
(僕はこんなに淫らな女のコなんだよ!!)
 
 その瞬間。
 全ての人の視線が『僕』に集中した。
「あ〜〜〜〜〜〜っ!!」
 僕は一気に達していった。
 
 
 
 
 
 僕は布団に寝かされていた。
 畳の向こうに鏡台が置いてあった。
 ゆっくりと起き上がり、僕は鏡の覆いを外した……
 
 

−了−


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