鉢の花



−1−
 
「この花を咲かせればイイ事がありますよ。」
 
 その言葉だけが鮮明に焼きついていた。
 僕は何処でどうやって手に入れたか、一向に思い出せない鉢を窓辺に置いていた。
 毎朝、コップ1杯の水を掛けている。
 やがて、沢山の蕾が付き、綻び始めた。
 
 夜、部屋に戻りドアを開けた途端、強烈な花の香りが溢れて来た。
 窓辺を見ると鉢の花が一斉に開いていた。
 真っ赤な花弁の中から、香りが生まれている。
 それは、強烈ではあるが、決して不快なものではなかった。
 僕はその香りを逃すのが勿体なく、すぐさまドアを閉じていた。
 
 その夜、僕は花の香に包まれて、いつになく安らかに眠る事が出来た。
 
 
 
 快い日差しの中でスッキリとした目覚めを迎えた。
 朝日が部屋の中をキラキラと輝かせていた。
 ふと気付くと、あれだけ充満していた花の香りが消え失せていた。
 窓辺の鉢の花は、昨夜の見事な真紅から、清楚な純白に移り変わっていた。
(イイ事って気持ちの良い朝を迎える事だったのかなぁ…)
 いかにも効力を失いましたと言いたげに花は白さを強調していた。
 鼻を近づけても、もうあの鮮烈な香りは残っていなかった。
 
 窓を開けた。
 心地好い風が舞い込んできた。
 髪の毛が朝の空気を孕んで舞い上がった。
 
(??)
 僕の髪の毛ってこんなに長かったっけ?
 肩に掛かった一房を手に取る。
 目の前に栗色の髪の毛の束があった。
 引っ張ると、確かに僕の頭から生えているようだ。
(??)
 
 慌てて鏡を探した。
 クローゼットの扉の裏が鏡になっていた事を思い出した。
 ばっ!!と扉を開く。
 あまりの勢いで中に畳んでおいたTシャツが転がり落ちてきた。
 僕は些細な事は放っておき、何はともあれ鏡を覗き込んだ。
 
 
 
(……)
 
 
 
 鏡の中には栗色の長い髪の毛を垂らした女のコが写っていた。
 それは、どう見ても僕自身ではない。
 たとえ僕のパジャマを着ていても、たとえ僕と同じ顔をしていても……
 
 
 垂れ下がった髪の毛を掻き上げる。
 鏡の中の女のコも同じように動く。
 鏡に近付く。
 彼女もやってくる。
 額が鏡に接する。
 冷たかった。
 
 彼女は鏡に写った僕自身だった。
 
(変わったのは髪の毛だけなのだろうか?)
 そうは思えなかった。
 鏡に写る僕は、その雰囲気自体が女のコになっている。
 顔の造りも僕自身には違いないのだが、何気に見ると女のコに見えてしまう。
 それは骨格にも現われているのだろう。
 パジャマの奥には男のそれではなく、女のコの身体が存在しているように見える。
 布地の弛みや皺のひとつひとつがそう主張しているのだ。
 
 僕は意を決して、パジャマのボタンに手を掛けた。
 
 
 
 鏡を見ながら、ひとつひとつ外してゆく。
 全てを外し終えた所で一息入れる。
 僕はいつも直にパジャマを着ている。
 この裏がどうなっているかは、開けば直ぐに判るのだ。
 ゴクリと唾を飲み込んだ。
 
 
 
 小振りだが、確かにそれはおっぱいだった。
 鏡に写る僕の胸にふっくらと盛り上がったバストがあった。
 ご丁寧に乳首まで揃っている。
 
 が、違和感はなにもなかった。
 
 そこにはパジャマの胸をはだけた女のコが写っているだけだ。
 僕はそのままパジャマの上を床に脱ぎ落とした。
 次はもちろん下半身だ。
 
 パジャマの下をパンツと一緒に擦り降ろした。
 足踏みして全てを脱ぎ去った。
 
 
 
 鏡の中には全裸の女のコがいた。
 大事な所を隠しもせずに、じっと立っている。
 窓から入ってきた風が彼女の長い髪を揺らしていた。
 
 
 
 


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