NO WAR



 某月某日
 ※国内で大規模なテロが発生し、数千人の人命が失われた。
 
 某月某日
 ※国大統領は残忍なテロ行為に対し、徹底的な制裁を加えることを決意した。
 テロの首謀者とこれを幇助する者を拉致し、その罪を償わさせるとした。
 
 某月某日
 ※国はその同盟国とともに中東に進攻した。
 
 某月某日
 遅ればせながら、日本も防衛軍を中東に派遣した。
 
 某月某日
 今だ、テロの首謀者とこれを幇助する者は拉致されていない…
 
 
 
 
 砂漠の中を1台の軍用トラックが突き進んでいた。
 運転手が助手席の男に幾度目かの同じ問いを発していた。
「井口よぉ、本当にこのまま進んで良いのか?」
「気にする事は無いよ。正しかろうと、間違っていようと大差はないって。」
「…」
 しばらくの沈黙の後、再び運転手が問い掛ける。
「なぁ、何で俺たちはこんな所にいるんだろうなぁ?」
「それは、命令書に書いてあっただろう。※国のテロの首謀者−コードネーム『雷神』−とその協力者−コードネーム『風神』−の捕獲、もしくは彼らの死亡を裏付ける物証の収拾 を行う…」
「だが、なんで俺たちだけこんな辺鄙な所なんだ?」
「政治的な力関係なんだろう?確実な所は※国の軍隊が徹底的に洗い出して自分たちの手柄を誇りたいんだ。」
「そんなもんなのか?」
「そんなもんだろう?」
 そして再びの沈黙の後、最初の問いが繰り替えされる。
「井口よぉ、本当にこのまま進んで良いのか?」
「気にする事は無いよ。正しかろうと、…」
 そこで助手席の男の答えが止まる。
「お、おい。開田。あれを見ろ。人だ!!」
 井口の指さす先に二つの人影があった。
 開田はトラックをその人影に向けて走らせた。
 
 
 
 人影は二人の美しい娘だった。
「この近くに集落があるのは確かなようだ。聞いてみるか?」
「お前、現地の言葉を知っているのか?」
「いや。」
 そんな問答をしている二人に、背の高い方の娘が口を開いた。
「あの〜、あなた方は軍隊の方ですよね?」
 彼女は英語を喋っていた。
「あ、ああ。そうだが?」
 開田が答えた。
「テロの首謀者を探しに来たのですか?」
「あ、ああ。」
 そう答えると、娘達は視線を合わせコクリと頷いて、
「この先の村に彼らは居ります。」
「え?」
 開田と井口は異口同音に驚きの声を発した。
 娘の指先はその村の方向を指し示していた。
「あ、ありがとう。貴重な情報提供に感謝する。」
「いいえ、でも一つだけお願いがあります。」
「何だね?」
「これを見てもらえませんか?」
 彼女達はそれぞれ手に不思議な色の石を持っていた。
 覗き込むと、スーッと吸い込まれるような感じがする。
 遠くで彼女の声がした。
(お前の体を使わせてもらうよ…)
 
 
 
 
 
 
 
 気がつくと、砂の上に横たわっていた。
 開田はゆっくりと起き上がる。
 乗ってきたトラックはどこにも無かった。
 ふと見ると、彼の脇に転がっている者があった。
 服装から、あの娘達のうちの一人のようだ。
(もう一人は?そして井口は?)
 開田は娘に手を伸ばした。
「もしもし、もしもし?」
 揺り動かす。
「うんんん…」
 気がついたようだ。
「こ、此処は?」
 彼女が起き上がる。
「す、すみません。突然気が遠くなって。」
 そこまで聞いて、開田はその不自然さに気がついた。
 彼女は日本語を話していたのだ。
 彼女はきょろきょろと辺りを見回していた。
「すみませんが、僕達の乗ってきたトラックは何処にいったのでしょう?それに、相棒の開田の事は知りませんか?」
 開田は雷に打たれたようなショックを感じた。
 それが現実のものではない事を祈りながら、自分の掌を見た。
 そこには、白く、細い指があった。
 いくつもの見知らぬ宝石の付いた指輪が填まっている。
 爪は長く伸ばされ、ピンク色に塗られていた。
 
 目の前の彼女が『井口』ならば、自分もまた、あの娘の一人になっている。
 
 それが『現実』だった。
 
 
 
 
 
 彼らはお互いの状況を確認し合い、『風神』と『雷神』の居るという村に向かう事にした。
 村には陽も暮れ落ちた頃に辿り着いた。
 村の男が彼らを迎えた。
「イリヤ、カレン。どこに行っていたんだ?」
 娘たちの名が判明すると同時に、彼らは彼の喋る言葉が理解できる事に気がついた。
「もう、村では大変だったんだぞ。軍のトラックが来たかと思うと、二人組の兵隊がイリヤの家の納屋に入っていったんだ。すると、鉄砲の音がして、納屋から男の死体が二つ運び出されていったんだ。兵隊はそれをトラックに積むと、あっという間にいなくなってしまったんだ。」
 開田は男に殺された男たちの人相を確認した。
 それは正しく『風神』と『雷神』だった。
 奴らは何らかの方法で他人と肉体を交換する事ができるらしい という結論に達する事ができる。
 奴らはこの村に潜み、イリヤとカレンの肉体を手に入れた。
 元々の肉体−その内にはイリヤとカレンがいたのだろう−を納屋に監禁し、奴らを探しに来た兵士を待ち受けていたのだろう。
 奴らはその兵士になりすまし、元の肉体の死体を持ち帰り、奴らが既に死亡した事をアピールするのだ。
 その後に奴らがどうするのかまでは判らないが、自分達になりすました奴が日本に帰国していくだろう事は確かだった。
 開田と井口は自分達の肉体を取り戻すべく、日本に戻る算段を始めた…
 
 
 
 
 
 某月某日
 日本にてクーデターが発生した。
 
 某月某日
 日本は※国に対し宣戦を布告した。
 
 某月某日
 戦争は終わった。
 
 
 
 
 
 開田は日本に戻っていた。
 自分自身の墓の前に立っていた。
 月命日に母が供えたであろう、菊の花が風に揺れていた。
 

つづく


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