それは一瞬のことだった。
次の瞬間、僕の体は消えてしまっていた。
痛みも痒みもなく、着ていた服と一緒に頭の天辺から爪先まで、髪の毛の一本に至るまで、綺麗さっぱり消えていた。
僕は鏡のある風呂場のドアを開けた。
正面に洗面台の鏡がある。
が、そこに僕は映っていなかった。
開け放たれたドアと、その向こうの壁が虚しく映し出されていた。
何が起こったのか、僕はまだ理解していなかった。
僕は部屋に戻った。
こんな不可解なことを相談するに打って付けの友人を思い出した。
彼の元に電話を架けた。
が……
(もしもし、大木君ですか?)
彼が電話に出たと同時に声を掛けるが、
「はい、大木です。……もしもし……もしもし?」
僕の声が届いていないようだ。
(もしもし、もしもし!!)
声を上げるが、状況は一向に改善されない。
「悪戯か?」
受話器の向こうでそんな声がした。
そして…
「ツー、ツー、ツー…」
電話は切れた。
僕は姿と同時に声も失ってしまったようだ。
誰かに僕のことを認識させる最も効果的な手段が2つも失われてしまったことになる。
絶望に駆られた僕はフラフラと外に出ていった。
行き先は大木の家だ。
外に出て気づかされたことだが、誰からも認識されないとは恐ろしいことだった。
人も車も僕を避けようとせずに真っ直ぐ突っ込んでくる。
僕は塀に貼りつくようにして大木の家に向かった。
呼び鈴を押す。
大木がドアを開けた隙にスルリと中に滑り込んだ。
しかし、ここまで辿り着いたは良いが、どうやって彼に僕の事を判ってもらおうか?
と、考えていると、ふと目の端に書きかけのメモと鉛筆が映った。
僕はメモの空いているページに書き込んだ。
「驚かせてすまない。僕は広瀬裕司だ。どうやら透明人間になってしまったようだ。助けて欲しい。」
切り取ったページを大木の目の前にかざした。
彼はその紙をひったくると、大きくため息を衝いた。
「広瀬君?そこに居るんだな?」
僕は机に戻り、鉛筆を取った。
メモのページをめくろうとした時、
「メモはいいよ。紙の無駄だ。それよりも、鉛筆が持てるならそれでYES/NOを示してくれ。YESなら縦に、NOなら横に振ってくれ。」
僕は言われた通り、鉛筆を縦に振った。
「判った。君はそこに居るんだな。」
もう一度、縦に振る。
「ちょっと君の体を調べたいんで、こっちに来てくれないか?」
僕は大木に続いて行った。
階段を降りて行くと、病院の診察室のような部屋に通された。
「そこのベッドの上に寝てくれないか?」
大木は聴診器を手に僕の体を触り始めた。
「服は着ているのか?」
そう聞かれて初めて自分が何か着ているのか疑問が浮かんだ。
全裸にしては寒くもないが、服を着ているという感覚もない。
僕は鉛筆をグルグル回した。
「判らないということか?」
鉛筆を縦に振る。
「判った。じゃぁ、今度は目をつぶってくれないか?」
言われた通りに目を閉じると、僕は暗闇の中に放り込まれた。
目を閉じると同時に、自分の存在も消えてしまったような感じになる。
大木の声も聞こえなくなってしまった。
鉛筆を振ろうとしたが、いつのまにか鉛筆もなくなっていた。
慌てて目を開ける。
「をっ?」
大木の軽い驚きの声がした。
「ほら」と鉛筆が渡される。
僕は鉛筆を2〜3度縦に振った。
「じゃぁ、ちょっとそのままで待っていてくれ。」
そう言って大木は部屋の奥に向かい、ガラガラとカーテンの掛かった衝立を持ってきた。
それで僕の胸から下を僕に見せないようにした。
「気を楽にしていてくれ。ただし、目はつぶらないでいてくれよ。」
そう言って衝立の向こう側に消えた。
彼は爪先から確かめるように僕の足を軽く叩いていった。
「ふうむ。」
そう言ってしばらくの間沈黙が続いたが、彼は再び動きだした。
ガチャガチャと機械の音がした。
「ちょっとこれでも見ていてくれ」
僕の目の前にモニタが掲げられ、ビデオ映像が映された。
最初は南の島を映したBGVだったが、突然映像が切り替わり、全裸の男女が絡み合うアダルトビデオになった。しばらくすると、ステージの上で歌手が歌い、次には日本のお寺の映像…大晦日の中継のようなものに替わった。
その間にも大木は僕の足をさすったり、叩いたりする。
しばらくガチャガチャと機械をいじった後でもう同じことをする。
これが何度となく繰り返されていった。
「こんなものかな?」
大木はそう言ってモニタのスイッチを切った。
胸から下を遮っていた衝立が外される。
その先に僕の下半身が見えていた!!
(ありがとう)
僕は大木に向かってそう言った。が、
「ち、ちょっと待ってくれ。礼を言われるにはまだ早すぎるよ。」
声はでていなかったが、雰囲気で判ったのだろう。大木が僕を押し止める。
「先ずは説明を聞いてからにしてくれ。」
そう言って再び僕に鉛筆を握らせた。
「最初に言っておくが、今見えている足は、正確には君の足ではない。良く見れば判るだろう。これは開発中の人造身体の一部だ。これは上半身も出来ているから、これも君にあげよう。」
僕は鉛筆を縦に振った。
「さて、君の状態だが、正確に言えば『透明人間』ではない。正しくは『幽体』もしくは『霊体』と言われるものだ。残念だが、君は既に死んでいるのだ。」
(死んでいる?)
僕はその言葉に凍りついていた。
「君の肉体が消えたのは『透明』になったのではなく『消滅』したのだ。だから、君の意志のある内は透明人間のように『存在』しているが、一旦意識が逸れればその『存在』も失われる。」
大木はポケットから小さな機械を取り出した。
「しかし、この『霊魂固定装置』があれば、その『存在』を維持することが可能なのだ。」
(???)
「すなわち、君は生き続けることが出来るのだ。」
目の前に『死』を突きつけられ、続けて『生』をチラつかせる。
僕の頭の中は大木によっていい様に操られているようだ。
「しかし、君の肉体は既に失われているため、元の姿で『生き返る』ことが出来ないことは判ってほしい。それに、今、君に与えられることの出来る人造身体はこれ一つしかないのだ。」
(それでも良い。早く生き返らせて欲しい。)
僕は夢中で鉛筆を縦に振った。
「それ以上の事は出来ないから、心しておいてくれ。」
そして、上半身の人造身体への霊魂固定作業が行われた。
僕はアパートに戻った。
新しい身体と伴に…
僕は鏡のある風呂場のドアを開けた。
正面に洗面台の鏡がある。
そこには僕の新しい姿が映し出されていた。
大きな瞳
ゆるやかに弧を描く細い眉
ふっくらと紅い唇
栗毛色の髪を両脇で束ね、水色のリボンで結んでいる。
愛らしい女の子の顔がそこにあった。
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大木の用意したピンク色のワンピースが良く似合っている。
背中に手を廻し、チャックを下ろす。
足元にストンとワンピースが落ちてゆく。
僕の目の前にブラジャーに包まれたバストが晒される。
ストラップを外す。
形の良いバストは崩れずにそこにあった。
その先端にピンク色のサクランボが突き出ている。
僕の白くて細い指先でそっと摘む。
「あんっ♪」
女の子の喘ぎ声が風呂場に響いた。
大木に見せられたビデオを思い出す。
ビデオの中の娘はその口で男に奉仕していた。
僕が唇を開き舌を伸ばすと、鏡の中の娘がビデオの娘とダブってゆく。
「あん、あん、あん♪」
鏡の中の娘が喘いでいる。
ドアに背をもたせかけ、ショーツの中に手を入れている。
僕の指先が暖かな肉洞に包み込まれていた。
しっとりと濡れている。
快感が脊椎を貫いていった。
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