囚われの姫

    後編


 3年の月日が経っていた。
 俺は王都にやってきていた。髪を染め、化粧を工夫しているだけではあるが、王都の誰にもこの身体がこの国の姫様であることを知られる事はなかった。
 男だった頃程ではないが、再び賞金稼ぎをして食いつないでいた。魔法使いのパートナーもいる。
 もちろん彼女には俺が男であった事は話してある。(しかし、毎晩のように弄ばれて嬌声を上げるのは俺の方だった。)
 
 俺達が王都にやってきたのは近々王の娘が結婚するとの噂を聞いたからだ。俺の知識の範囲では王には娘は一人しかいない筈だった。その『娘』こそ今の俺に他ならない。それに、姫と結婚し王となりこの国を我が物としたいと言っていた奴がいる。
 俺はその『姫』の正体と、その結婚相手を確かめるべく王都に来たのだ。
 
 王都はお祭り気分で盛り上がっていた。
 そこかしこで姫様の結婚式の話題が尽きることがない。それらの話を寄せ集めなんとか全体像を作り上げようとしたが、ほとんどの話が憶測の域を出ないでいた。そもそも結婚式自体、王宮からは正式な触れは何も出されていなかったのだ。
 誰に聞いても、魔王から姫様を救った勇者様と結婚するらしい と言う所で話が終わってしまう。日取りも何も具体的な話は何も出て来ない。更に聞くと、勇者に救われたという『姫様』の姿を見た者は一人としていなかった。
 3年程前に姫様が救われ、その勇者が王宮に召し抱えられたらしい。「らしい」であって、姫様が王宮に戻った日を特定できる者は誰もいなかった。いつの間にかその『勇者』が王宮に住み着き、徐々に実験を握っていったとの事だった。
 姫様と異なり、勇者様は度々人前に顔を出していた。その姿は昔の『俺』の姿そのものであった。すなわち、あの魔王が王宮に入り込んでいる事だけは確かなようだ。
 
 
「ジェリー、どうするつもりなの?」パートナーである魔法使いのアニーが言った。
 俺は今ジェリーと名乗っている。名前は女らしくなったが、言動は今もって『男』丸出しである。
「多分、これは奴が俺を誘き寄せる為の罠に違いない。」俺は傍らのアニーを見た。
「奴が姫と結婚すると言えば、必ず俺がそれを阻止するために現れると確信しているのだろう。」
「そうね。確かにあなたはここに来ているわね。」
「だが、それから先が判らない。その結婚式さえいつやるのかも判らない。ここまで来たが、それから先が読めないんだ。」
「やろうと思ってもできないんじゃないの? 現に本当のお姫様であるあなたはここにいるんだし…」
「つまりここで手詰まりって訳か?」
「別にそんな事はないわよ。なんとかして王宮に入り込めれば何か判るかもしれないわ。」
「そう言えば王宮で女官の募集をしていたなぁ。前歴不問、委細面談とあからさまに怪しい求人だがな♪」
「行くしかないんじゃない?」
「俺が『女官』かぁ? 柄じゃないなぁ。」
「何言っているの。元々はあんたはこの国のお姫様じゃないの☆」
「それは俺じゃない。俺は…」
「いい加減諦めなさい♪ 今のあんたは男じゃないんだから♪」
「あんっ♪」アニーが俺に抱きついてくる。勝手知ったる俺の身体だ。一発に俺の性感帯をヒットする。
 俺の股間が一気に潤ってゆく。彼女の巧みな技で服が剥ぎ取られてゆく。俺の身体を指先が這い回り、次々と悦感のスイッチを入れてゆく。
「ああぁん♪」俺は何もできず、いつものようにアニーに翻弄されていった。
 
 
 俺達は王宮の女官に採用された。
 女官用のドレスに着替えさせられる。格好だけは一人前の女官だった。女官長に案内されて王宮の奥に進んでゆく。そして大きな扉の前で立ち止まった。
「こちらで勇者様がお待ちしています。粗相の無いように気をつけるのですよ。」
 その扉に軽く触れただけで、扉は大きく開いていった。
 しかし、開かれた部屋の中に奴はいなかった。いや、部屋には更に扉が設けられていた。振り向くと女官長が先に行くように促している。彼女はそこから先に行こうとはしない。しかたなく二人で部屋の中に入っていった。
 部屋の中程まで来ると、入ってきた扉が自然に閉まっていった。後ろ側の扉が完全に閉まると前方の扉が開いてゆく。これを3度繰り返した所に『奴』がいた。
「ようこそ、姫様。お待ち申し上げておりました♪」
 奴が執務机から立ち上がり、俺達の方に向かって歩いてきた。その姿を見て俺は絶望した。
(これが『俺』の身体なのか?)
 奴は3年前までの俺と同じように修行に明け暮れていた訳ではない。しかし、それ以上に身体を鍛える事を怠っていた。首廻りや胴廻りなど、ふっくらと丸くなったを通り越し、醜猥な肉塊と化していた。
 が、奴の呪いは今もって有効だった。
「3年越しの再会を喜んで、わしにご奉仕してもらえるかな?」
 
「ジェリー!!」隣でアニーが制止しようとするが、俺の身体は奴の言いなりだった。
 俺は奴の前に歩み出ると、その前に跪いていた。ゆっくりとズボンを降ろす。目の前に愛しい肉棒が捧げられていた。俺はそれを口の中に導き入れていった。
「ジェリー!!」再度アニーが叫ぶ。
「無駄なこと。」奴が嘲るように言う。「こいつはわしの性奴隷なのだよ。この肉体に刻まれた徴がある限り、わしから開放されることはない。たとえ勇者の魂を宿していたとしてもなっ♪」
 俺は舌で、頤で、歯で、喉で、奴の逸物を刺激していった。たとえ、それがかつて俺自身のものであったとしても、同性の性器に触れる事さえ嫌悪されるものである。しかし、俺の身体がそれを拒絶する事を認めさせなかった。
 硬さは増してゆくが、一向に射精する気配を見せない。顎が疲れを見せ始めている。
「はっはっは、随分逞しくなっただろう。3年前とは違うのだぞ。この3年間、王宮の女官達に充分鍛えさせてもらったのだよ。」
 俺は口だけでなく、掌で玉袋を刺激したり肛門に指を立てたりして奴を悦ばそうと必死になっていた。
「ジェリー…」そんな俺の姿をアニーが見ていた。
 やがて、奴のペニスが反応した。
 白濁した粘性の高い液体が俺の喉に放出された。俺はゴクリと音を発ててそれを美味しそうに飲み込んでいた。
「よしよし♪ また今夜からが楽しみだな♪ 下がって良いぞ。」
 
 
「なんなのよ、アレは!!」部屋に戻るなり、アニーが憤りの声を上げた。「このあたしが指一本動かせなかったじゃないの。」
「仕方ないよ。それが『魔王』なんだから…」
「それで、あんたはこれから毎晩あいつの相手をするっていうの?」
「奴の呪いが解かれない限り、俺にはどうする事もできない。しかし、逆に無防備な奴に近づける唯一の方法でもあるんだ。後はどうすれば奴の呪いから開放されるかなんだ。」
 俺達はその解決方法を見つけられずに無為な日々を送っていた。
 しかし、賽子は転がり始めていた。今や奴の手元には『姫』が戻っていた。結婚式がいよいよ具体的になっていった。日取りが決まり、近隣の王侯に使者が送られた。仕立屋がやってきて俺の身体を採寸してゆく。奴がデザインを決め、生地を決めたウエディングドレスが作られるのだ。
 俺は染めていた髪を戻され、化粧を落とされて女官達の前に引き出された。皆が俺のことを彼女等のお姫様であることを認めていた。中には涙するものもいる。が、その中身が全くの別人であることを告げることは俺には許されていなかった。
 それでも、アニーを常に側に置いておくことは黙認されていた。ここ数日でアニーが様々な情報を収集してくれていた。その中でも、国王や王妃を始め城の重鎮達が地下に閉じ込められてはいるものの、無事である事は最大のニュースであった。もっとも、『姫』の結婚式に国王他が顔を揃えられないと、近隣の王侯が不思議がる筈である。奴は正当にこの国の王位を取得しようとしてるようであるから、現国王を意味もなく殺すことに何も益はない。
 しかし、残された日は少なかった。この国の為にも俺は奴との結婚式を行う訳にはいかない。
 俺は奴に抱かれている間でさえも、奴の呪縛から逃れる方法を考え続けていた。
 
「もう一度魔王を倒した時のことを思い出してみれば?」
 アニーのアドバイスに何か煌くものを感じた。魔王を倒した時、俺は既にこの身体に入っていたのだ。しかし、俺は止めを刺すことができた。何かのきっかけで俺は奴を倒す事ができる筈である。
 あの時、俺は『俺』の姿を見ていた。『俺』は魔王だった。
>「お、お前は魔王なのか?」
 俺はそう言った。その時点まではまだ奴に囚われてはいなかった。
>「まぁ、そういう事になるかな?」
 奴はそう言った。そこから先が怪しくなる。俺は自分を見た。俺はこの身体…姫の身体になっていることに気付いた。
>「さぁ、姫!! こちらに来なさい。」
 その時はもう俺の身体は言うことを聞かなくなっていた。
 
「つまり、あなたが『姫様』であることを認識し、奴が『魔王』であることを認識した時に始めて効力を発揮するんじゃないかしら。」
「俺が奴を『魔王』と認めなければ良いという事?」
「そうね、あんたは鏡を見れば否が応でも自分が『姫様』である事を認めざるをえないでしょうね。残された選択肢は奴を『魔王』と認識しない事ね。」
「言うが易いが、実際にそんな事できないよ。」
「大丈夫。魔法の力で一時的にあんたの記憶をすり替えてしまえば大丈夫よ。」
 
 
 結婚式は目前に迫っていた。
 俺は奴に呼び出され、ベッドの上に組み敷かれていた。
「あん、あん、あん…」性奴隷と化した身体が俺の意志を離れて媚声をあげている。俺はその時を待って、必死に屈辱に耐えていた。
 身体が反転させられる。今度は俺が奴の上になった。奴のモノを股間に咬え込み、腰を揺り動かす。自分の手で乳房を弄び、奴に痴態を見せつける。腰は前後左右に動かすだけではなく、小刻みに振動を与える。さらに、膣口を窄め奴のものを締めつける。
 それは、奴に快感を与えるだけに止まらず、俺の身体をも悦楽に導いてゆく。
「あぁ、あぁ、あぁぁぁ…」俺の中で快感が高まってゆく。と、同時に奴の身体にも変化が現れてきた。
息が荒くなる。押し殺した呻き声がする。俺は奴のペニスを胎の最深部にまで導いてやった。
「う、う、う!!」「あ、あ、あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪」
 二人の叫びが重なった。
 俺の中でペニスが脈打ち、大量の精液が俺の中に送り込まれた。
 
 それが合図だった。      俺の記憶がすり替えられた。
 
(わたしは何をしているのでしょう?)
 白濁した闇の中から記憶を呼び覚ましてくる。わたしは城に連れ戻されていた。
 さも当然のようにわたしは勇者の妻になる事が決まっていた。わたしの大切なご主人様を亡き者にした奴だというのに。
 わたしは復讐しなければならない。恨みの情念だけがわたしの原動力となる。爪の間に仕込んだ毒液の袋を裂く。わたしの手は猛毒の刃となった。この勇者はご主人様の敵、わたしの敵。
 わたしは目の前の胸板に10本の爪を立てた。
「な、何をする?」奴が正気に戻った。
「あなたは勇者様。」わたしは言った。「だから、わたしは復讐します。」
 わたしは奴の首に指先をめり込ませていった。
 
 奴はもう息をしていなかった。俺は奴から身体を離すと、壁に立て掛けてあった剣を手にした。
 鞘を外し、上段に構える。
「はっ!!」
 掛け声と伴に振り降ろした剣は『俺』の頭と胴体を切り離していた。
 
 俺は暫くの間茫然と立ち尽くしていた。次第に記憶が整理されてくる。
 いつの間にかアニーが側にいた。俺の身体に毛布を巻き付け、俺の手に残った毒液の後始末をしてくれていた。
「終わったのか?」俺が言うと、
「そうね、そしてこれから新しい物語の幕があがるのよ。」アニーが微笑んで言った。
 
 
 
    間幕


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