人魚(後編)



 僕は鏡の前に這い進んだ。
 
 僕を覗き込む藍色の瞳があった。
 他の3人と同じ瞳。
 同じ髪、同じ顔…
 細くて白い腕…指…
 
 着ていた服が塵となって落ちて行くと、鏡の中には美しい尾ひれを持った「人魚」が現れた。
 
 僕は両腕で上半身を持ち上げた。
 腕の中で双つの肉塊が揺れた。
 長い髪が肩から溢れ落ちる。
 腕を伸ばし、鏡に触れる。
 鏡の中の「人魚」も同じように手を伸ばす。
 指先が触れ合う。
 ヒヤリとしたガラスの感触が指先から伝わる。
 
 手を放す。
 冷えた指先を頬に当てる。
 鏡の中の「人魚」も同じ動作をする。
 頬に伝わる指先の感触。
 指先に触れる頬の感触。
 自分のものとは思えない柔らかさ…
 鏡の中の「人魚」も同じ動作をしている。
 
「ふふふふふっ」
 背後で女主人達が藁っていた。
「本当。皆同じ事をするのね。」
「そして、次にこう言うのよ…」
 
「コレが僕?」
 
 背後では女主人達が騒いでいる。
 僕は鏡に写る姿と、今の自分の姿が同じである事を確認するように全身を眺め回した。
 腰から下が確かに「人魚」の尾ひれに変わっている。
 
「丘の上ではその姿は不便でしょう?」
 いつの間にか傍らに女主人が立っていた。
 彼女が呪文を唱えると「人魚」の尾ひれが「人」の脚に変化する。
 と、同時に女主人とそっくりだった他の二人もそれぞれを識別できる容貌に変わっていた。
 鏡を覗くと、僕の顔も女主人のそれから、僕本来の面影を残すものに変わっていた。
「100年程修行すれば、貴女も魔法が使えるようになるわよ。」
「ひ、百…年?」
「そんなに気にする事はないのよ。なんてったって私達は不老不死だもの。」
「ようこそ。あたしはローザ。よろしくね。」
 他の二人も僕の周りに集まっていた。
 紫の髪がローザ。
 赤い髪の女が手を伸ばす。
「わたしはリラ。3人での生活に飽きて来た所だったのよ。」
「私の事はジェーンと呼んで構わないわよ。」
 女主人は金色のままである。
 自分の髪を手に取る。
 長さは全く違うが、元の黒い色に戻っている。
 リラに手を引かれ、立ち上がる。
 僕は彼女達より、頭一つ分低かった。
「貴女はまだ若いからね。」
「お嬢ちゃまもまた新鮮ね。」
「これなら可愛いドレスを沢山つくってあげられるわ。」
 鏡の前に立つ。
 全裸の女の子がそこに立っていた。
「さぁ。パーティーの始まりよ!!」
 ジェーンが高らかに宣言した。
 
 
 水の中は気持ち良かった。
 皆が全裸で岬の下の岩場に居た。
 女の人の裸体を間近で見る恥ずかしさと、その美しさに感嘆する気持ちが複雑に入り交じっている。
「貴女も中々なものよ。」
 僕の視線に気付いたのか、ローザが声を掛ける。
「まだ幼いのよ。」
 リラが茶化す。
「あら、ココはもう一人前の筈よ。」
 ジェーンが僕に抱きついた。
 掌が小振りの乳房を覆う。
 指先がその先端の突起を弄ぶ。
「あん!!」
 僕の喉から可愛らしい吐息が漏れる。
「感じ易いのね?」
 リラが近寄り、指先で臍の回りを撫で廻す。
 僕は堪らずに身悶える。
「我慢しなくて良いのよ。もっと可愛い声を聞かせて頂戴。」
 ジェーンの唇が首筋を這ってゆく。
「あっ、ああ〜」
「そう。その調子よ。」
 リラの愛撫が続く。
「あたしも混ぜてよ。」
 ローザの顔が迫って来た。
 唇が塞がれる。
 
 ローザの勢いに圧され、バランスを崩した僕達は、そのまま海の中に沈んでいった。
 空気を求めてジタバタする僕を3人の女達が押し止める。
「人魚は溺れたりしないから安心なさい。」
 水の中にも関わらず、ジェーンの声がハッキリと聞こえた。
「ねぇ、この娘にお仕置きしちゃいましょうよ。」
 と、リラ。
「良いかもね。」
 3人は器用に僕を拘束しながら水中に浮かんでいた。
 3人の脚が「人魚」に変わり、猛烈な勢いで海底に引きずり込んで行く。
 闇がどんどん深まる。
 その先に突如、明かりが灯った。
 覆いかぶさる岩肌の基に横穴が開いている。
 光はそこから発している。
 僕達はその穴に入っていった。
 
 明るく照らされた空間には様々な調度が置かれていた。
 そこが海水で満たされていなければ、洋館の1室と見紛う程である。
「ようこそ龍宮城へ。」
 僕を壁に磔ると、ジェーン達は人間の姿に戻っていた。
「早くお仕置きしましょうよ。」
 リラが急かす。
「ハイハイ」
 とジェーン。そして呪文を唱える。
 
「あっ!!!!」
 僕は驚きで、肺の中の空気を全て吐き出してしまった。
 3人の股間が変化していった。
 ニョキニョキとペニスが伸び、ゆっくりと勃起してゆく。
「さぁ、お嬢ちゃん。あたしを満足させて頂戴。」
 リラ部屋の中を漂って来ると、僕の目の前に彼女のペニスを押しつけた。
 僕が何もできないでいると、
「ほら、口を開けるのよ。」
 ローザが僕の顎に手を掛け、リラをサポートする。
 リラのペニスが口腔の中に押し入ってくる。
 息苦しさに顔を反けようとするが、ローザの手がそれを阻止する。
「もっと頑張って頂戴。」
 リラは器用に身体を反転させた。
 彼女は逆立ちする格好で浮かんでいる。
 丁度、僕の股間の位置に頭が来ている。
 リラの手が太股に巻き付く。
 そして、グイと引き寄せた。
「う…グッ」
 口の中がペニスで一杯で声にならない。
 リラの舌が僕の股間に突き立てられた。
 得体の知れない感覚が身体の芯を突き抜けてゆく。
 
「もっと感じて良いのよ。」
 ローザが耳元で囁く。
 彼女の手が胸を揉み始める。
「気持ち良いでしょう?」
 訳の判らない感覚をひとたび「快感」として認識してしまうと、僕はその「快感」の渦に巻き込まれていった。
 放心する僕の口腔の中でリラのペニスが脈打っている。
 乳首を刺激され、股間を責められ「快感」に翻弄される。
 自然と舌が動く。
 いつの間にか、僕はリラのペニスを貪っていた。
 
「あ、あぁ!!」
 喘いだのはリラだった。
 と、同時に僕の口腔の中に精液が放出される。
 僕は無意識のうちにソレを飲み込んでいた。
「今度はあたしね。」
 ローザがリラと入れ替わる。
 ローザは僕と向き合う格好になった。
「大丈夫。痛いのは最初だけだからね。」
 何の事か判らないまま、僕は頷いていた。
 
 脚の縛めが解かれる。
 その脚の間にローザが腰を降ろしていった。
 ローザのペニスの先端が腹に当たる。
 それが、段々下の方に降りて行く。
 両脚が広げられる。
 僕の股間が晒される。
 その中心に向かって、ローザのペニスが降りて来た。
 
 合わせ目に先端が触れる。
 ローザが腰を振ると、その隙間に先端が割り込んでくる。
 ゆっくりと腰が降りてくる。
 同時に彼女のペニスが僕の胎内に入り込んでくる。
 思った程の痛みもなく、僕はローザとの結合を果たした。
 僕の胎内でローザが動いている。
 同時に、手や唇で体中を愛撫される。
 「快感」が高まる。
「あぁ、あぁ、あぁ…」
 僕の喉から喘ぎ声が漏れる。
 それが嬌声に変わるのに、時間は掛からなかった。
「ああ、ああ、あ〜〜〜〜〜〜!!」
 堪えられず、僕は悶え、声をあげる。
 ローザは更に責めたてる。
 僕の感覚はソコにだけ集中し、他の五感は役に立つ状態ではなくなっている。
 聴覚は粘膜の擦れる音と、激しい息づかいだけを捉える。
 視覚は闇と閃光を捉えるだけだった。
 
 ローザの動きが変化した。
 僕の胎内でペニスが膨らむ。
 そして 放出!!
 精液が内壁を叩くと同時に、頭の中が真っ白に染まる。
 僕はオンナの絶頂に達し、そのまま気を失った。
 
 
 
 僕はベッドに寝かされていた。
 空気があった。
 僕は深呼吸を繰り返した。
 物音がした。
 傍らに老女の姿の女主人がいた。
「気分はどう?」
 答える前に、僕は毛布を外して自分の胸に手を当ててみた。
 寝間着の下には何もなかった。
 
「ずいぶん長い間、引き止めてしまったわね。」
 僕は旅支度を整えていた。
「気が向いたら、いつでも遊びにいらっしゃい。皆、歓迎するわよ。」
「お世話になりました。」
 軽く会釈する。
「これ、お土産に持って行ってね。」
 小さな箱が手渡された。
「乙姫様からの玉手箱だと思って頂戴。」
「ありがとう。さようなら。」
 僕は箱を手に女主人に背を向けた。
 
 
 
 
 街の姿は一変していた。
 
 昔話を思い出す。
 新聞スタンドを覗いて新聞紙の日付を確認した。
 思ったとおり、30年以上も月日が経過してしまっている。
 30年の歳月の後では、僕を「僕」として認識される訳もない。
 僕はこの30年の間に1つも年を取っていないのだ。
 こんな若造を30年後の人々は「僕の息子」としてなら受け入れてもらえるかも知れないが、「僕」として受け入れるにはあまりにも無理がある。
 僕は人気のない公衆トイレを探し、鏡の前に立った。
 昔話に倣い、女主人から貰った小さな箱を取り出した。
 
 蓋を開ける。
 
 一面に白い煙が立ち込める。
 
 
 
 
 
 そして、風が煙を吹き払った。
 
 僕は鏡を見た……

−了−


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