俺と由美子は雨の自然歩道を下っていた。
由美子が友達から聞いたという小さな湖にやってきた所、急に雨が降り出したのだ。
自動車を停めてあるキャンプ場まではただでさえ1時間以上かかる所が、足元はぬかるみ、黒雲に覆われた木々の谷間では夜の闇が降りてきたようだ。
さらに、降りしきる雨の飛沫が霧のように辺りを覆い、数メートル先も定かではない。
俺は由美子を抱くようにしてゆっくりと降り進んでいった。
道は谷間を縫って続いていたが、俺達の前には無情にも川のような濁流が横切っていた。
この先にはもう進めない。
かといって、このまま立ちすくんでいても夜が近付くだけだ。
絶望に降り仰いだ俺の眼が「光」を捉えた。
それは稲光のような閃光ではない。
仄かに揺れる燈火である。
良く眼を凝らすと、それは四角い形をしている。「窓」か?
それは、人家がそこにある事に他ならない。
俺はその発見を由美子に伝え、道を離れ、木々の生い茂る斜面を昇り始めた。
俺達の前には古めかしい洋館があった。
何かの間違いで建ててしまった別荘なのであろう。
しかし、その館の由来などはどうでも良かった。
雨でずぶ濡れになった上にここまで昇ってくる間に俺達は泥まみれになっていた。
俺は由美子の肩を抱いて、洋館のドアを叩いた。
ギ〜〜〜〜〜〜……
現われたのはイカにも洋館に相応しい貴婦人然とした老女だった。
彼女は突然の訪問者にも驚かず、俺達を招き入れた。
「お風呂が沸いていますから、使っていらっしゃいな。」
あきらかに消耗が激しく、冷えきった身体の由美子を先に遣らした。
俺は改めて屋敷の中を観た。
年代ものには違いないが、隅々まで手入れが施されている。
電気が引かれており、部屋は蛍光灯に照らされている。
(そうでもなければ窓の明かりなど見えなかった筈だ)
老女の煎れてくれた紅茶が飲み終えた頃、由美子が老女を伴って入ってきた。
彼女はこの洋館に相応しいお嬢様然としたシックなドレスを纏っていた。
「わたくしの若い頃のものですけれど、良くお似合いでしょう。」
俺は頷かずにはいられなかった。
「良いお湯でしたよ。まるで生き返ったみたい。洋介も入っていらしては?」
由美子の口調がどことなく「お嬢様」している。
が、それよりも風呂に入って温まりたい欲求が優先した。
由美子の言った通り、それは生き返るような活力を俺に与えてくれた。
風呂から上がると、何か一皮剥けたような感じがする。
確かに、汚れと一緒に日焼けした肌が剥かれ、少し白っぽくなったようだ。
鏡の前にタオル一枚でポーズを取ると、筋肉がプルプル震えていた。
脱衣所の籠の中を覗くと、汚れ切った服がなくなり、白い服が畳まれていた。
それを手に取った俺の目が点になった。
「?!?!?!?!?!?!」
それはどこからみても白いワンピースだ。
裾にレースをふんだんに扱ったスカート……女の子の着る服だ。
ご丁寧に下着まで揃えてある。
「お手伝い致しましょうか?」
老女の声がする。
「こ、これを着ろというのか?」
「そうですね。裸で居られても困ります。それに、そのままではお風邪を召してしまいますよ。」
「他にないのか?」
「洋介様にはわたくしの妹のものがサイズ的に宜しいかと思います。他にも赤とかピンクのものも御座いましたが、白が一番無難な所かと存じます。ご希望が御座いましたら替わりを持ってまいりますが?」
「それも、あんたの妹のものだろう?」
「洋介様に合うサイズのものは…」
「男物はないのか?」
「はい。この館には男の方が住まわれた事は一度も御座いません。」
「じゃあ、ズボン系のものはないのか?ジーンズでも何でも良い。」
「いえ、この館にはドレス以外は置いて御座いません。」
(ああっ)
俺は天を仰いだ。
と、同時に寒けが襲ってくる。
結構長い間、裸のままで言い合っていたようだ。
(仕方ない)
俺は女物のパンツに脚を入れた。
「あら、可愛いわね。」
それが由美子の第一声だった。
老女に背中のファスナーを上げてもらい、腰回りの苦しさに絶えながら食堂に辿り着いた俺を待っていたのが、その言葉だった。
が、由美子のその言葉に反撃するより先に空腹が俺の行動を支配していた。
目の前のテーブルには既に料理が並べられており、俺は真っ直ぐにテーブルに向うと、椅子に座った。
その前に、由美子がトレイから皿を下ろす。
「汚さないようにナプキンを使ってね。」
由美子が耳元で念を押す。
老女が上座に座り、エプロンを外した由美子が俺の前に座る。
俺は由美子に言われた通り、スカートの上にナプキンを広げた。
女二人の視線の前に、ドレスを汚さないように注意しながら食べてゆく。
それは、自然と女のような仕草になっていた。
食事が終わると、俺達は寝室に案内された。
空腹が満たされ、二人きりになった事で幾分か緊張がほぐれた。
「洋介、結構似合ってるわよ。」
俺は委細構わず、ベッドの上に胡座をかいていた。
「ねぇ、お化粧してみない?」
もうどうでも良くなっていた俺は、
「勝手にしろ!!」
と口を滑らせていた。
由美子は化粧ポーチを手にベッドに昇って来た。
「じゃあ、ちょっと瞼を閉じていて。」
それから暫くの間、俺は由美子の言いなりにされていた。
どこからかカツラを見つけてきたらしい。
俺の頭に被せると、自毛と絡ませ、櫛を通した。
仕上げを確認すると、俺の首に巻いたケープを外す。
「ねえ、こっちに来てみて。」
俺は鏡の前に立たされた。
白いドレスを着た女の子がそこに居た。
由美子とならぶと背の高さで幾分か減点されるが、それでも彼女の可愛らしさは一級品である。
それが、俺自身であると気付くまでに一呼吸以上の時間が掛かった。
「もう良いだろう?疲れた。俺は寝るぞ!!」
俺自身を「可愛い」と思ってしまった照れくささもあって、俺は鏡の前を離れた。
「待って。」
由美子に停められる。
「お化粧は落とさなきゃ。それに、服も着替えてね。」
化粧を落とすのには賛成した。が、その後に再び化粧水だとかを顔に塗り込められてしまった。
さらに、着替えと言って差し出されたのはパジャマではなく、ネグリジェだった。
俺はもう反論する気力もなく、言われるがままに着替えるとベッドにもぐり込んだ。
「……ヨウちゃん。朝よ。起きなさい。……」
それは、母さんが子供のころに俺を起こす時の台詞だった。
瞼を開けると、外からの明るい日差しで部屋の中が満たされていた。
「あっ、洋介。目が覚めた?」
今はもう俺の事を「ヨウちゃん」などと呼ぶ人間はいない。
さっきのは寝ぼけた頭が生み出した空耳だったのだろう。
部屋の中を見回し、ここが一夜の宿となった洋館である事を思いだした。
さらに、思い出した事がある。
俺はネグリジェを着て寝かされたのだ。
そして、着るものがなければ、もう一度ドレスを着させられる羽目に合うのだ。
「由美子。俺の服はどうなった?」
「今、奥様が洗ってらっしゃるわ。」
「何?!」
俺は目が・になった。
つまり、服は「乾いた」どころではなく、今まさに洗剤にまみれていると言う事だ。
したがって、俺が着る服は「あの」ドレスしかない。
「良いじゃない。どうせ昨夜も着ていたんだし、あたし達以外に見られる事もないでしょう?」
仕方なしにネグリジェを脱ぎ、昨夜のドレスに腕を通した。
由美子に背中のファスナーを上げてもらった。
「ねぇ、洋介。少し背が縮んでない?」
「そんな事はないだろう?この服だって昨日と同じにぴったり合っているぜ。」
「そうかしらね?」
そうは言ったが、やはり由美子と並ぶと低くなった気もする。
「でも、今朝はハイヒールを履いていないのよ。」
「???」
つまり、今朝の由美子は昨夜より10cmは低くなっており、それより低く感じるという事は10cm以上俺の身長が低くなったと言う事だ。
試しに壁に背を付け印を付けて比べると、今の俺は由美子より5cmも低くなっている。
一晩のうちに20cm近く縮まった事になる。
「どういう事だ?」
と、考えていると。
「お食事が出来ましたよ。」
と、老女が言ってきた。
「とりあえず、朝御飯をたべましょう。」
由美子に促され部屋を出る。
「その前にトイレに行ってくる。」
俺は二人から離れた。
これがトイレか?と思われるくらい広い部屋だった。
スカートの裾を捲くり上げ、パンツの中から息子を引きずり出す……
(手応えがない?!)
パンツの中を隈なく探すが、僕の息子に触れる事が出来ない。
我慢の限界が近づき、仕方なくパンツを降ろして便器に座る事にした。
下半身の力を緩めると、シャーッと小水が放たれる。
出し切った後でペーパーでソコを拭く。
俺の息子は跡形もなく消え失せていた。
膝の所まで降ろしたパンツを脱ぎ捨て、スカートを捲くり上げ、下半身を覗き込む。
そこはオンナのコのような割れ目になっていた。
(俺はオンナになってしまったのか?)
俺は力なく便器の上に座り込んでしまった。
再び催してきた。
チョロチョロと小水が滴り落ちて行く。
知らず知らず目から涙が零れていた。
俺は悲しくなった。
「洋介?」
あまりにも長いトイレに不審がった由美子がやってきた。
「い、今行く。」
脱ぎ捨てたパンツに脚を通し、引きずり上げる。
パンツの布地が下半身にピッタリと貼り付く。
不思議な感触だが、とても気持ちが良い。
スカートの裾の乱れを直してトイレを後にした。
「洋介?なんか感じ変わっていない?」
俺は由美子の問いかけを無視して食堂に向かった。
食事を済ませると、俺は部屋に取って返した。
股間の変化に気付くと、他の部位も変化しているような気がした。
食事中胸元を覗き込むと、そこがふっくらとしているのに気がついていた。
ドレスは身体にピッタリとしたものなので、胸が膨らめばソコがきつく感じる筈である。
が、身長が低くなったにも関わらずドレスがフィットしたままであった事を考えると、このドレスが俺の身体の変化に合わせて変形しているとしか思えない。
部屋に戻りドレスを脱ぎ捨てると、はたして俺の胸はオンナのように立派に膨らんでいた。
今朝、着替えた時は平らだったはずだ。
胸毛も消え、膨らみの先端にはサクランボウのような蕾が付いている。
「どうしたの?」
振り向くと、由美子がいた。
「これが見えないのか?これだけじゃない。下も変わってしまったんだ。」
が、由美子は平然としていた。
「あら、可愛い。けど、やっりブラはしましょうね。」
どこからか新しい下着をもってきていた。
「お揃いだから、ショーツも替えてね。」
俺の掌に淡いピンクの布切れを握らせた。
「そうだ。ドレスも替えましょうか。」
そう言って隣室に消える。
俺は下着を手に呆然としていた。
視線を下ろすと双つの肉塊があった。
俺の胸から重たそうに貼り付いている。
空いている掌で支えると、確かに重みを感じる。
そこにブラのカップを押し当ててみた。
パンツ程ではないが、ぴったりと貼り付く感じが心地よい。
ストラップを肩に掛け、背中のホックを止めた。
肉塊の重みが分散される。
と、同時にゆらゆら揺れていたものが固定された感じだ。
たとえて言えばぶらぶらしていた息子がパンツに納まったようなものだ。
由美子に渡されたパンツに穿き替え、姿見の前に立った。
昨夜は単なる女装であったが、今の俺は女性そのものだった。
皮膚の色つやから身体のラインまで、全てがオンナになっていた。
由美子がドレスを手にやってきた。
彼女もまた着替えを済ませてきたようだ。
俺に渡したのは彼女と同じ柄のドレスだった。
袖を通し、再び姿見の前に立つ。
まるで「姉妹」のようだ。
由美子の方が俺より若干背が高い。
「あたしの方がお姉さんよね。ヨウちゃん?」
「ヨウちゃん?」
「その姿で『洋介』じゃないでしょう?妹に相応しい呼び方でしょ?」
「俺は『妹』じゃない。」
「可愛い顔して拗ねないの。それにオンナとしてはあたしの方が長いんですもの。当然でしょ。」
「……」
俺は何も言えなかった。
俺は踵の高いサンダルを履いて中庭を歩いていた。
どういう訳か館の外には出ていけなかった。
外に向かう扉は閉ざされ、窓は開いているにも関わらず、そこから身を乗り出す事は出来ても外に転がり出る事は不可能であった。
館の隅々を探究し、中庭であれば外に出る事ができる事が判った。
脚にまとわりつくスカートの感触や踵のある靴の感覚にも慣れてきていた。
中庭を埋めつくす草花に囲まれ、俺はうっとりとしていた。
太陽の光の中で俺は何故ここにいるのかを忘れかけていた。
散歩を終え、部屋に戻る。
近付くにつれ、中からミシミシと軋む音とオンナの喘ぎ声が漏れ出してきていた。
それは由美子のアノ時の声に他ならない。
「由美子?!」
俺は勢い良く扉を開いた。
ベッドの上に二人のオンナが絡み合っていた。
由美子と老女である。
上に跨がっていた老女が半身を持ち上げる。
「やあ。お帰りですか?」
「な、何をしているんだ?」
「何って?ナニの事ですよ。見て判りません?」
老女が皺くちゃの裸体を持ち上げる。
ゆっくりと由美子との交わりを解く。
接合部が切り離される。
そこにはある筈もないものがあった。
「これに見覚えございませんか?」
老女が股間を曝け出す。
それは作り物ではなかった。
どくどくと脈打っている。
「これは、貴女からいただいたものです。」
彼女の言葉に俺は自分の股間を押さえた。
そこにある筈のもの…失ってしまったモノ…俺自身……
「服も乾いたようなので、そろそろおいとましますね。」
老女は脇に畳んであった服の半分を由美子に手渡した。
由美子は汚れた裸体の上にそれを着ていった。
どこかぎこちなく、催眠術で操られているような感じだ。
そして、老女が残った服を広げる。
(そ、それは俺の…)
俺の言葉は声にならなかった。
「これはあたくしがいただきますわ。その代わり、貴女にはこの館を差し上げますわ。」
老女は皺だらけの顔に指を立てると、ビリビリと皮膚を引き裂いた。
その中から現われたのは『俺』だった。
『俺』が俺の服を着る。
由美子の肩を抱くように部屋を後にする。
俺は為す術もなく、彼等の後についていった。
「お世話になりました。」
『俺』と由美子が頭を下げる。
『俺』となった老女が玄関の扉を開ける。
扉は苦もなく開き、表の陽光が差し込んでくる。
俺は彼等の後を追って外に出ようとした。
が、俺の身体は扉の所で跳ね返された。
「キャッ!!」
女のような悲鳴を上げ、俺は尻餅を付いてしまった。
「そうそう、貴女が貴女のままでいる限り、その館からは一歩も外には出られませんよ。」
『俺』が俺を見下ろしてそう言った。
俺は立ち上がると、慎重に手を差し出した。
丁度、扉の所で壁に突き当たる。
磨き上げられたガラスのように何も見えないが、それが俺の行く手を阻む。
「それではお元気で。」
『俺』は由美子の肩を抱いて立ち去って行く。
「由美子〜〜!!」
俺は叫んだ。
が、なにも聞こえていないのか、由美子は『俺』に従って行く。
俺は、俺を阻む透明な壁に何度も拳を叩きつけた。
やがて、彼等の姿は木々の間に消えていった。
俺達は自動車を走らせ帰路に着いていた。
由美子の意識が復活する。
「洋介?元に戻ったの?」
「さぁ?悪い夢でも見ていたんだろう?」
「そ、そうよね。誰に言っても信じてもらえないでしょうね。」
俺の横、助手席で由美子が頷いていた……