スカート



 その日、僕は何とはなしにスカートを穿いて講義に出た。
 誰も僕の事を気に止めず、せっせと板書したり、内職したり、居眠りしたりしていた。
「坂内!」
 講義の終わった後、教壇から声を掛けられた。
「はい。」返事をする。
 僕の周囲がにわかにざわつく。
「ちょっと来てくれ。」
「はい。」
 僕が教室を前に進むにつれ、ざわめきが大きくなっていった。
 そう、僕が返事をして前に出てくるまで、だれも僕の事が判らなかったのだ。僕の声を聞き、姿を見、それが坂内義人という名前と結び付いた時にようやく反応を起こす。
「おい、あいつ男のくせにスカートを穿いているぞ。」
 これが大方の反応。中には、「似合ってるわよ。」「可愛いわね。」というのも女子を中心にちらほらある。「ふ〜ん。」「別にいいんじゃない。どちらでも。」という声も無いわけではない。
 それよりも、この事に気がつかない人も大勢いた。
 
 僕は新藤教授の前に立った。
「べつにその事が良い、悪いを言うつもりはない。」
 教授は僕の全身を一瞥した。
「これは、私個人的な興味から質問するのだが、君は何でこういう格好をしようと思ったのだね?」
 教授からだけでなく、教室のそこかしこから注がれる眼差しを感じていた。
「特にありません。ただ、なんとなく…今日はこれを着ていきたいなぁ、とまあ、そんな気分だったもので…」
「そうか。」
 教授はそれ以上質問はしなかった。
「良ければ後で研究室に来ないか?」
 そう言って教室を後にした。
 扉が締まると同時に女のコ達が集まってきて僕のまわりを取り囲んだ。
「坂内君て女のコだったの?」
「可愛いじゃない。」
 まぁ、これがみんなの最初の一言。
「ねぇ、新藤教授に何言われたの?」
「うらやましいわ。迫っちゃえば新藤先生、落ちるわよ。」
 どうやら、教授は女子の間では人気があるようだ。
「何でお化粧しないの?」
「眉はもう少し細い方が良いわよ。」
 別に、そこまでしようとは思わない。
「これ、コンテストの時のスカートでしょ?」
 
 
 そう、秋の頭には学園祭があった。
 ご多分に洩れず、ミス・コンテストなるものも存在する。サークルの一年生の中で一番の童顔だった僕に、真っ先に白羽の矢が向けられた。その時は何の事だか判らずにボーっとしていると、まわりの話しは先へ先へと進んでいた。
「僕が女装するの?!」
 気付いた時には既に断れる雰囲気ではなくなっていた。
 サークルには特別費なるものがあった。これはコンテストの為に蓄えられていたものだった。この金のほとんどが服を揃えるのに使われる。
 女のコ達に連れられてブティックを巡った。
「坂内君てスリムなのね。既製服がそのまま着れるのね。」
「化粧品も揃えたし、手直ししないから予算が大分余ってるわよ。」
 女のコ達が善からぬ企みをしている間、僕は買い集めた荷物を両手にただ立っているだけだった。
 コンテストの成績は思った程ではなかった。
 前の日に余った予算でエステに連れていかれ磨きを掛けられた僕はどこから見ても女のコそのもので面白みに欠けていたらしい。優勝したのは相撲部の一年生でかなりの芸達者らしく、彼がステージの上にいる間中場内は笑いに包まれていた。
 そんな訳で、コンテストの時に買い集めた服が僕の部屋に残っていたのだ。なかでも本選で着たのはチョットお気に入りの逸品だったのだ。
 
 
 次の講義の時間には、かなりの人が僕の事を聞きつけていたようだ。いつにも増してざわついている。しかし、僕はそんな事よりも新藤教授が僕を研究室に呼んだ意味を考えていた。
 ただ単に、僕がスカートを穿いて着た理由を問いただしたいだけなのか?
 あの場では禁止しなかったが、この格好をしてこないように指導するのか?
 はては男がそんな格好をするものじゃないと説教するのか?
 僕には周りのざわめきも、ましてや講師の声など、何も耳に入って行かなかった。ただ、終了のチャイムの音が聞こえた時、僕は決心していた。
 新藤教授に会わなければ何も進展はあり得ないのだ。
 幸いにも次の時間は講義が入っていない。
 寄り集まる女のコ達の生け垣をかき分けて、僕は研究室に向かった。
 
 
「どうぞ。」
 ドアをノックすると新藤教授の声がした。
「やあ、君か。そろそろ来る頃じゃないかと思っていた所だ。君はこの時間は講義を入れていなかったよね。」
 教授はドアの前で動けずにいる僕の手を引いて窓際の応接セットのソファに連れていった。その時カチャリと音がしたのは、ドアをロックしたのだろうか?
「まあ、座りたまえ。今、珈琲でも用意するからね。」
 僕はフカフカのソファに包まれた。
 教室の椅子ではあまり気にする事は無かったのだが、気をつけないと膝が開いてスカートの中が見えてしまう。
 慌てて膝を閉じようとしたが、なかなか巧くいかない。
 幾度か試行錯誤して浅く腰掛ければ良いと判った頃、教授がトレイにマグカップを2つ載せ戻って来た。
「ミルクと砂糖は?」
「ブラックで良いです。」
 手渡されたカップから珈琲の心地良い香りが立ちのぼる。
 教授は立ったままカップを手にし僕を見下ろしていた。
「君がその格好をするのはコンテスト以来だね。」
「ご存じだったんですか?」
「まあ、あのコンテストは何かと有名だからね。」
「…」
「ところで、君はよくそういう格好をするのかね?」
「いえ、今日はたまたま…」
「そう卑屈になる事はないよ。君にはその格好が似合っている。良ければその格好を続けないか?」
「でも、僕はオトコですよ。」
「しかし、厭ではあるまい?それとも誰かに強制されてそういう格好をしているのかな?」
「コンテストの時はそうでしたけど、今日は違います。」
「髪を伸ばしているのも?」
「いえ、単に床屋に行っていないだけです。」
「ホルモンはやっているのかい?」
「ホルモンて?」
「女性ホルモンの投与だよ。女性らしい身体にするクスリだよ。バストを大きくしたりするやつだ。」
「そんな、別に女のコになりたい訳じゃありません。」
「でも、女装は厭じゃないんだろう?」
「べつに男装とか女装とかそういう事じゃないんですけど…」
「けれど、そういう格好をすることに抵抗はない訳だ。」
「…」
「では、毎日その格好で来なさい。服が足りなければ買ってあげるし、部屋が狭いなら私のマンションに来なさい。そうだ、卒業までの面倒は全て見てあげるよ。もちろん就職先も良い所に入れてあげる。」
「な、なんか奇怪しくありませんか?」
「いや、何も奇怪しくはない。君は私の愛人となるのだ。」
 
 ずてっ!!
 僕はソファの上でずっこけてしまった。
 手に持ったカップから珈琲が飛び出し僕を濡らした。
「これはいけない。そこに風呂場があるからシャワーでも浴びて来なさい。」
 教授の言っていた愛人云々はそれとして、冷めていたとはいえ髪の毛に付いた珈琲を洗い落としたいと思うのは当然の事だ。珈琲は顔から胸元にかけて派手にかけられていた。教授の言うようにシャワーを浴びるのが今の最良の選択であった。
 が、濡れた身体をバスタオルで拭きながら脱衣所に戻るとそこに僕の服はなく、換わりにレースのヒラヒラ付いた白いワンピースが置いてあった。
「なんですか?これは?!」
 ドアから首だけだして部屋の中に向かって叫ぶと、笑顔を湛えた教授がこちらを向いて立っていた。
「こんな事もあろうかと、用意しておいたのだよ。サイズは合うはずだ。」
「でも、これ女のコの着るワンピースですよ。」
「うん。君に似合う筈だ。こういうのも厭ではないのだろう?」
「でも…」
「君は私の愛人となったのだよ。その可愛らしい姿を私に見せておくれ。」
 ずてっ!!
 再びずっこけさせられてしまった。
 教授の笑顔には有無を言わさないものがあった。
 仕方なくワンピースを手に取る。その下にはご丁寧に女物の下着が一式揃っていた。どうにでもなれと、自棄になった僕は教授の要望通りそこにあったものを全て身に着けて部屋に戻った。
「OK。じゃあ、こっちに来て座りなさい。」
 教授に促されてスツールに座る。教授も椅子に座るとサイドテーブルの上に置いた箱を開いた。そこにはプロ用の化粧道具が一式揃っていた。
 ピンで前髪を止め、手際よくベースメイクを施す。
 挟みで眉毛をカットし、その上から眉墨を書き込む…
 …
 あっと言う間に仕上げてしまった。
 鏡を見せられるとそこには女のコの僕がいた。
 それはコンテストの時とはまた違った印象がある。
 清楚な面影の中、真っ赤な口紅は煽情的だ。
 だが、そのアンバランスさも絶妙な加減で自然な感じに仕上がっている。
 
「さあ、こっちへ。」
 教授は再び僕を立たせると、研究室の奥にある扉に導いた。
 薄暗い部屋は教授が入り口の扉を締めると真っ暗になった。
 腕を引かれ、奥に進む。
 そのまま、クッションの上に突き倒される。
 カチリと音がして照明が灯った。
 そこはベッドの上だった。
 シーツの上に紅い染み…僕の口紅の後…
「何をするんですか!!」
 振り返ると教授はすでに上半身裸になっていた。
「もちろんナニをするのだよ。君は私の愛人になったのだからね。」
 今度ばかりはこける訳にはいかない。
 女のコでもないのに愛人にされ、さらにベッドの上に突き倒されたとあってはその後の事は容易に想像がつく。
「教授はホモだったんですか?」
「知らなかったのかい?」
 平然と受け返す。
「これだけのルックスで、女のコ達にモテるのに浮いた噂のひとつもない。そうなれば絶対的な禁欲者か女のコに興味のない男色に相場は決まっている。もっとも、これだけ女装の似合うコは君が始めてだがね。」
 教授の身体が伸し掛かって来る。
 濃厚なキスに頭がクラクラしていると、教授の手がスカートの中に入って来る。
「何処から見ても女のコなのに、君は立派なモノを持っているね。」
 ショーツの上に掌を載せ、僕のペニスを包み込む。
 僕の想いとはうらはらに、それはムクムクと大きくなって行く。
 硬さを増したペニスがショーツから溢れ出すと、教授の指が直に絡まってくる。
 指先で先端をなぶられると、「アアンッU」と艶かしい声が洩れてしまう。
 その声に気を良くしたのか、教授の指の動きが激しくなってゆく。
 何度か射精させられた後、よつんばいにされスカートが捲り上げられる。いつの間にかショーツは何処かに行ってしまっていた。頬をベッドに押し付けるようにお尻を高く突き上げる。教授の腕で太股が抱え上げられる。ひんやりとしたクリームがお尻の穴に塗り込められる。
 ズブリと教授のモノが侵入してきた。
 痛みと快感の入り交じった強烈な刺激が身体の芯を走り抜ける。
 教授は腰を動かしながら、さらに僕のペニスを刺激する事も怠らない。
 愛液の代りに精液が下半身を濡らし続ける。
 僕の睾丸から絞り尽くされた時、教授が唸り声とともに大量の精液を僕の中に放った。
 教授の腕から開放されると、僕はベッドの上にぐったりと臥せる。
 お尻の穴から教授の精液が滲み出てくる。
 それは僕のものと混ざり合い、白いワンピースを汚してゆく。
 僕は至福のまどろみの中に取り込まれていった。
 
 
 僕は新藤教授の愛人となった。
 アパートは引き払い、教授のマンションで同棲している。
 もちろん、言われた通り毎日スカートを穿いている。
 もう誰も僕が男だっていう事を忘れている。
 僕自身でさえ錯覚して、教授のお嫁さんになりたいなどと夢想している事がある。
 だけど、教授だけは違う。
 毎晩のように僕の男のコを愛でて、僕が男のコであると思い出させてくれる。
 僕は教授の愛人なのだ。
 僕が男のコでいる限り…
 

−了−


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