休日



 電話の音に慌てて受話器を取ると、FAXの接続音が聞こえた。
 FAXなど来るのは珍しい事だ。と、受話器を元に戻すとロール紙が吐き出されて来た。
『理由は後で話す。とにかく来てくれ。弘司』
 紙にはそうなぐり書きされていた。
 僕は折り返し弘司に電話を掛けたが、喋る暇も与えずに無言のまま切られてしまう。そんな事を5回程繰り返すと、今度は受話器も取ろうとしない。3分近く呼び出し音を鳴らし続けたが弘司は出ようとはしなかった。
 彼が自分の家に居る事は間違いないようだ。
 ここは、FAXに書かれている通り、直接弘司に会わざるを得ない。
 僕はバイクのキーを取り、家を出た。
 
 
 弘司の住むアパートはバイクで10分程の所にある。
 外付けの階段を昇り、204と書かれた部屋の前に立つ。
「コウ、僕だ。正樹だ。」
 いつもなら威勢の良い返事が返って来るのだが、今日は無言のまま扉が開かれた。
 そして、扉の向こう見知らぬ女の子を認め、僕は慌てた。
「す、すいません。」
 僕は部屋を間違えたと思い、思い切り頭を下げた。
 そして、扉に書かれた部屋番号と、表札を確かめる。
 
 204 田中弘司
 
 間違ってはいない。
「入って。」
 少女のか細い声が僕を招き入れた。
 ためらいつつも上がり込んだ僕は居間に入った。
 彼女は台所でインスタントコーヒーを淹れている。
 他には誰もいない。
「どうぞ。」
 と、少女がテーブルの上に2つのマグカップを載せたトレイを置いた。
 僕は少女に向かった。
「君は何者なんだ?コウはどうした?」
 少女は視線を床に落とした。
 再び彼女の瞳が僕を捉えると、彼女はキッパリとした声で、「とにかく、座って。」と促した。
 少女に釣られるように、僕も畳の上に腰を降ろした。
 そこは、この部屋での僕の指定席であり、彼女は弘司の指定席に弘司と同じように胡座をかいて座った。
 ようやく、僕は彼女の服装に注意が行くようになった。
 彼女はぶかぶかのGパンの裾を折って穿いていた。
 セーターもぶかぶかだ。僕はこのセーターに見覚えがあった。
 彼女は弘司の服を着ているのだ。
 化粧もしていない少女が何故弘司の部屋で彼の服を着ているのか?
 弘司からのFAXの意味は?
 僕は彼女の次ぎの言葉を待った。
 
「驚かないで聞いて欲しい。」
 少女はそう言った。
「信じられないだろうが、これは本当の事なんだ。」
 僕は少女を見つめた。
「マサ、俺が弘司なんだ。」
 僕は暫くの間、彼女が何と言ったのか理解出来なかった。
「今朝、起きたらこんなになっていたんだ。」
 もう一度、少女を見る。
「相談出来るのはお前だけだ。しかし、声まで変わってしまていたので、こんな回りくどい方法を取らせてもらった。」
 確かに、この語り口は弘司のものだ。
 良く見ると小さくなってはいるが、全体に弘司の面影が残っている。
 そして首筋に3つ並んだ黒子を見つけた。
「確かにコウだ。が、これからどうするんだ?お前がコウであることを他の人に説明するのもやぶさかではないが、それだけの為に僕を呼んだわけでもあるまい?」
「そうなんだ。見ろよ。俺の服には、この身体に着せられるのはせいぜいこんなものだ。かと言って買いに出ようにも表に出れる格好じゃない。マサならなんとかできると思って呼んだんだ。」
「けど、僕には女の服なんて買えないぞ。第一、サイズも判らないのだろう?」
「それはそうだ。が、俺が行くにしても靴が合わない。」
「コンビニでも行けばつっかけぐらいはあるだろ?」
「じゃあ、それを頼む。それに下着も宜しく。試着する時にトランクスでは変に思われるからな。」
 買い物に出かける話しになって、弘司の顔からは深刻そうな影は一切姿を消していた。
「お前、浮かれていないか?」
「幸いにも月曜は休日だから、今日からの三日間で元に戻れれば良いんだがな。」
 僕の心配はどうもはぐらかされたようだ。
 
 
 僕は一旦自分の部屋に戻り、予備のヘルメットを引きずり出して来た。
 弘司の所の戻る時に、少し遠回りをしてコンビニに立ち寄った。(さすがに、女性用の下着を買うのに顔見知りのコンビニに行く度胸はなかった。)
 僕は郊外の大型スーパーの駐輪場にバイクを置き、タバコを吹かしていた。
 弘司と一緒に婦人服売り場を徘徊するのが嫌で、僕は寒いのを我慢しつつ外で待つ事にしたのだ。
 だが、身体の芯まで冷え込む寒さの中で、背中だけが唯一熱を帯びていた。
 背中には若い女性の証の感触がまだ残っていた。
「マサ?」
 女の声に振り向く。
「俺だよ、弘司だ。見違えたろう。」
 そう言ってくるりと回転すると、スカートの裾がふわりと広がる。
「お、お前…スカートなんか穿くのか?」
「ねぇ、お買い物の済んだしぃ、デートしよ。」
 弘司に腕を引かれて立ち上がった。その腕をさらに抱き締める。
 僕の腕に女性の膨らみの弾力を感じた時、一瞬、彼(彼女)が弘司であることが掻き消されていた。
「は、放せよ。」
 僕は自分自身に言い聞かせるようにして腕を振り解いた。
 ……………
 …………
 ………
 ……
 …
 
 僕の下でコウは可愛らしく喘いでいる…
 閉じた瞼が恍惚の表情を浮かべている…
 
 僕はコウのペースに巻き込まれていた。
 気が付いた時には、既にホテルの一室にいた。
 悦感と得体の知れない後ろめたさの中で、僕は彼女を抱いていた。
 
 僕らはコウの部屋に戻った。
 一度味わってしまった快楽を我慢することは難しい事だ。
 その晩、僕はコウの部屋に泊まる事になった。
 
 …
 ……
 ………
 …………
 ……………
「お早う。」
 窓から差し込む日差しは、太陽が既に天頂に差しかかっていることを教えてくれた。
「ほら、これを着ろよ。」
 そう言われ、自分が全裸で寝ていた事を思い出した。
 そして、ふとコウを見る。
 そこには男の姿の弘司がいた。
「元に戻れたのか?」
 友人の変身が解けた喜びの後ろで、昨夜抱いていたコウという少女かいなくなってしまった事を悲しんでいる僕がいた。
「ああ。予想通りにな。」
 僕はこの時の弘司の微笑みに気がつくべきだった。
「それよりも服を着ろよ。それとも、そのままの方が良いのかい?」
 弘司が差し出したのは僕の服ではなかった。
 それは、昨日弘司が買い集めた女の子の服だった。
「あわてる事はないよ。休みはまだ二日もあるからね。」
 
 

−了−


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