「お兄さん、面白いものがあるよ。」
街角でみるからに怪しげな男に声を掛けられた。
「お兄さんはコンピューターをやっているでしょう?」
男の手には一枚のフロッピーディスクが握られていた。
黒いフロッピーにはラベルもなく、某メーカーのロゴがシャッターの所に刻印されているだけだ。
「お兄さんならこいつの面白さは判ってくれると思う。どうだい?5千円で買ってくれいいかい?」
幸か不幸か、たまたま俺の財布にはかなりの余裕があった。
が、ちょっと渋い顔をしてみせる。
「3千円なら良いよ。」
男は困った顔をしていた。
ボソボソと誰かと会話をしているようだが、辺りには誰もいない。トランシーバーの類も持っているようには見えなかった。ただ、横を向いてボソボソと呟いているのだ。
そして、
「判った。兄さんを見込んで特別に3千円で売ってあげよう。」
男は俺の手にした3枚の千円札をひったくるように取り上げると、ポンッとフロッピーを放って寄越した。
「あっ!」
俺は宙に舞うフロッピーに一瞬、気を取られた。
フロッピーをキャッチして再び男の方を向くと、既に男は消えていた。
そこには、3千円と引換えに手に入れたフロッピーが残っていた。
怪しげなものは先ずチェックする。
まあ、当たり前の事だが一通りのチェックを終えた後、そのフロッピーに入っていた唯一のファイルを実行してみた。
途端にモデムが動きだした。
画面にあるメッセージは市内の電話番号みたいだ。モデムの音を聞いても間違いないみたいだ。そのまま放っておくと、シャカシャカとハードディスクが動きだす。データをダウンロードしているのだろう。5分,10分と時間が経過してゆく。
動きだして30分になろうかとした時、モデムが停止し「終了」のメッセージが表示された。
ハードディスクには1個の実行ファイルがダウンロードされていた。
再度チェックを掛け、新たにディレクトリを作成しそこに移動した。
フロッピーを抜き取り、今度はディスク上のファイルを実行する。
パッ!!と画面が切り替わる。
リアルな3D映像が迫ってくる。
それから後の数時間、俺はこのゲームに魅了されてしまった。
そこは剣と魔法の世界。俺は戦士として旅を続けていた。
ダンジョンを巡っては様々なモンスター達を倒しつつ、その奥にある秘宝を手に入れるのだ。秘宝にはルーンが刻まれており、秘宝自信をアイテムとした魔法が使えるようになる。時には町で秘宝を売っては金に替え、宿や食事にありつくのだ。
いくつかの傷も負ったが、経験値は上昇し、ある程度の財産も増えた。
そんな時、俺は酒場である話しを聞いた。
北の地で『勇者』を探しているというのだ。『魔人』が現れ、近くの山賊どもを統率し北の地で暴れ放題をしているという。賞金も桁外れにでかいが、なによりも『魔人』を倒した勇者には北の王国の姫を貰えるという。ゲームの中でのこのシチュエーションはいかにも当たり前に過ぎる。
俺は馬を買い、北の地に旅立っていった。
北の地は大荒れに荒れていた。
村は焼かれ、残された家畜も野犬の群れに無残な屍を晒している。
所々に難を逃れた村があったが、どの村も窓を固く閉ざし気配を悟られないよう沈黙を守っていた。
村人から食料を分けてもらいながら聞いた話しをつなぎ合わせると奴らの行動にパターンが見えてきた。
俺は先まわりをして奴らを迎え討った。
街道から少し離れた木立の中に馬を繋ぎ、愛用の太刀を担いで道の中央に立つ。
森の向こうに土煙が見えた。
しばらくすると街道の向こうから奴らが姿を見せた。
二、三十の騎馬が疾駆する。
土煙で正確な数が判らない。
俺は鞘から太刀を抜き放った。
籠手の小楯を拡げ、太刀を肩に奴らに向かった。
「や〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
甲高い気合声とともに、俺と奴らの間に木陰から飛びだしてきた人影があった。
小柄なその姿、野太さのない掛け声…まだ少年のようだ。
彼は威勢だけで奴らに向かっていった。
そんな少年の姿を見て、俺は走りだしていた。
奴らの気が一瞬、俺の方に向けられる。
その隙をついて少年が奴らの先鋒に切り掛かる。
はしこく急所を切り裂き、3人程を倒していた。
しかし、本気になった奴らの前には少年の技もなかなか届かない。
俺が介入するまで保ったのは奇跡に近い。
少年の後ろから、太刀を一旋する。
奴らの腕や首が宙を飛ぶ。
真っ直ぐ切り込んでいこうとした俺のプランは少年のお陰で白紙に戻っていた。
少年を抱え、街道の脇の森に踏み込む。
騎馬ではこれ以上進めまい。
幾人かが馬を降り、追跡にかかる。
「やめやめ!」
奴らの後ろから声が掛かり、それ以上の追手はなくなった。
俺は少年を抱えたまま街道を大きく迂回して馬を繋いだ木立の中に戻っていった。
いつの間にか少年は気を失っていた。
馬の元に辿り着いた時には奴らの気配はどこにもなかった。
このまま街道を進んでも焼き払われた村が残っているだけだ。俺は馬の背に少年をくくり、街道から逸れてまた別の道を進むことにした。
日も暮れかける頃、小川の脇に水車小屋を見つけた。
少年を小屋の中に寝かせ、俺は外で火を起こした。
しばらくすると小屋の中で物音がする。
「何で邪魔をした?」
俺は背中に抜き身の刃を感じていた。
「無茶はするな。坊主は家で寝ていろ。」
「坊主ではない!わたしの名はマリア・ディオルデだ。」
「女か?」
俺は驚いて振り向いた。
「女で悪いか?」
娘の頬に光の筋ができていた。
「なおさらだ。こんな事は男に任せておけば良い。」
俺は籠手をした手で刀身を掴み、彼女の掌から抜き取った。
マリアはその場に立ち尽くした。
「なんで女では駄目なの?父の仇を討つために特訓したわ。男たちに混じって、彼らの何倍も努力したわ。それでも駄目なの?女だから?」
「奴らの力は桁が違う。戦士と名の付く物とて互角の勝負が関の山だろう。『技』も必要だが、奴らの前には『力』が物を言う。女にはその『力』がない。判るか?」
「判っているわよ。だから悔しいんじゃない。」
力のない拳が俺の胸を叩く。
そのまま胸に顔を埋め、泣き崩れた。
翌日、俺は再び奴らの前に立った。
マリアは俺に付いてきた。今は馬と一緒だ。
昨日とは違う集団だった。しかし、『奴ら』には違いない。
数分の後、俺の足元には二十余の屍があった。
俺はマリアを連れて次の目標に向かった。
ここでもまた、俺の足元に屍の山が出来る。
しかし、いくら小物を叩いても奴らの本拠地にいる『魔人』を倒さなければ話しにならない。さらに、小物を叩いても俺の疲労が溜まるばかりで経験値が上がることはない。
やがて、俺の行動パターンも読まれる事となった。
狭い切り通しに差しかかった所、前後から挟撃された。
マリアを庇いつつ死力を振り絞ったが、ついにマリアが奴らの手に捕らえられる。
「いや〜〜〜〜!!」
叫び声が谷間にこだまする。
振り向いた一瞬の隙に奴らの放った槍が俺の胸を貫いた。
−GAME OVER−
再びゲームを再開するが、必ずあの切り通しでゲームオーバーとなってしまう。
そのまま夜が明けた。
「お兄さん、どうでした?」
あの男だった。
「どうしてもクリアできないステージがあるでしょう?」
俺は立ち止まった。
「こいつを使えば楽にクリアできますよ。」
男の手にはスキー用の手袋のようなものが握られていた。
「これは?」
「新型のコントローラーですよ。」
「データグローブ?」
「まあ、似たようなものです。」
「いくらだ?」
「1万円です。」
俺の頭はゲームの事で一杯になっていた。
無造作に財布から1万円札を抜き出していた。
グローブをひったくるようにして俺は家にとって返していった。
みるからにデータグローブでしかない『新型のコントローラー』を接続し、さっそくゲームを実行してみる。
−コントローラーを装着してください−
メッセージに従いグローブに手を通す。
ピリピリと電気が指先をくすぐる。
パッ!!と画面が切り替わる。
3D映像は以前に比べ迫力を増していた。
画像と連動してグローブから流れ込む電流が文字通り俺をゲームの世界に引きずり込んでいった。
俺は紛れもなくゲームの世界にいた。
居ながらにして経験できる体感ゲームだ。
俺は何度も画面越しに見ていた世界に立っていた。掌にはデータグローブはなく、替わりに革の手袋をしていた。マントをはおり、腰には剣が差してある。
街道の先に村が見えた。
俺は戦士としてその村に向かった。
ストーリーは間違いなくあのゲームそのものだ。
俺はダンジョンを巡っては様々なモンスター達を倒しつつ、その奥にある秘宝を手に入れていった。秘宝のルーンが導き出す魔法はゲームと全く同じ効果がある。いままで何度もクリアしてきた通りに『剣』と『魔法』を巧みに使い、俺は勇者となってあの場面にたどり着いた。
画面越しにコントローラーで勇者を操っていた時に比べ、今の俺は勇者そのものとなっている。俺の思いがダイレクトに行動に表れる。慣れるに従い容易にモンスター共を退治できるようになった。今の俺なら何とかこの切り通しを抜けられるだろう。
俺はマリアを庇いながら一人、また一人と奴らを倒していった。
今、俺の前には3人の敵がいる。これが最後の残りだった。後は全て倒した。
俺が一歩踏みだすと、奴らはジリジリと後退する。
さっと間合いを詰め、左の男の鎖骨に剣を突き立てる。返す刀で右側の男の首を切り離す。上段に剣を構え、正面の男の脳天から一気に振り下ろすと、男の体は左右に別れていった。
「いや〜〜〜〜!!」
その時、今までに何度も聞かされた叫び声が谷間にこだました。
奴らはもう誰もいないはずだ!!
振り向くと黒づくめの男が左腕にマリアを抱え、ゆっくりと宙を昇ってゆく。
「き、貴様は?」
男はルーンを唱えると、右掌の中に無から槍が現れた。
槍が俺の胸を貫く。
俺も最後の力を振り絞り、剣を投じた。
剣に刻まれたルーンを叫ぶ。
ルーンに応じて剣は姿を消す。一瞬の後、剣はマリアの掌の中にあった。
俺は切り通しの真ん中で胸を槍に貫かれ、倒れてゆく勇者を見下ろしていた。
しかし、ゲームオーバーの文字は現れない。
「ふっははははは。残念だったな。『勇者』よ。俺が『魔人』なのだよ。」
耳元に男の高笑いがした。
振り向くと、そこに黒ずくめの男の顔があった。
マリアを奪い、俺に槍を投げつけたあの男だ。
俺はこの男の左腕に抱えられるようにして空中を漂っていた。
そして、俺の掌の中には『剣』が握られていた。
とっさに逆手に持ち替え、奴の左腕の根元に思い切り突き立てた。
「うっ!!」
『魔人』は呻き、俺の体は重力に掴まれた。
見上げると宙空に左腕を抑えた『魔人』がいた。
「『勇者』よ、まだエンディングには間があるようだ。わたしは『城』で待っている。せいぜい頑張るんだな。」
やつはそう言い残し、高空に消えていった。
足元には『勇者』が倒れていた。槍は正確に心臓を貫き、身体中の血を吐きださせていた。すでに血の海に新たな血は注がれていない。勇者の心臓は完全に止まっていた。
判りきったことではあるが、俺は剣の刃に自分の姿を写してみた。
俺はマリア・ディオルデになっていた。
剣を鞘に戻し、勇者の持っていた金と秘宝を受け継いで切り通しを後にした。
マリアの肉体では今までのような力任せの戦いは出来ない。ルーンの力を借りなければ『魔人』どころか、下っぱ相手でも数が集まればいつかはやられてしまう。しかし、この北の地には秘宝の残るダンジョンは殆ど残っていない。無駄足を踏んでいる間にも奴は着々と手下を増やしていく。
そこで、俺は奴等の砦を襲うことにした。奴等の砦には近隣の街や村から略奪した金品が蓄えられている。当然、秘宝もまたそこに集められている。
俺は一旦村に戻り、この身体に合った武具を揃えることにした。
「マリアさん?」
宿の亭主がめざとく俺を見つけた。
「勇者殿はどうなされた?」
「魔神にやられました。」俺にはそう答える以外にはなかった。
亭主の顔に一瞬ニヤリと笑みが浮かんだが、すぐに元の顔に戻っていた。
「今晩もお泊まりになりますか?同じ部屋をご用意できますよ。」
いずれにしろ、身体を安めないことには話にならない。俺は何も考えずにOKしてしまった。
「勇者殿を亡くされて、さぞ気落ちされているでしょう。」
そういって、亭主は何杯目かのカクテルを差し出した。
いつの間にか、俺は宿の食堂で宿の亭主と酒を酌み交わしていた。いや、酌み交わすというよりは一方的に飲まされているといった方が良い。勇者であった時は水のように飲んでいた酒も、女の肉体ではさすがに限界があった。最初の何杯かは勇者のつもりで一気に飲み干してしまったが、いつの間にか酔いが回り身体がほかほかと火照ってくる。さらに亭主の入れるカクテルは飲みやすく、麻薬のように次の杯に手が出てしまう。
気がついた時には足腰が立たなくなっていた。
宿の亭主に呼ばれ立ち上がろうとした時、俺は椅子の上から転げ落ちてしまった。
それでいて意識はハッキリとしている。
亭主の合図で二人の男が立ち上がり両脇から俺を支えると、寝室に引きずっていった。その後ろを亭主が付いてくる。さらに、幾人かの男がその後ろに続く。
ベッドの上に転がされる。
亭主は後を付いてきた男達から金を取っているようだ。
「何を企んでいる?」
「知れた事です。」亭主は飄々と答える。
その後ろで男達の瞳がギラついていた。
痛みと伴に、俺は女の悦びを知った。
それから俺は亭主の言いなりに客を取らされた。
男達に抱かれ女の悦びに浸っていると、それだけで充分な気かした。
亭主の言いなりではなく、自分から『オトコ』を求めていた。
抜け出せないアリ地獄の中に甘美な美酒を見つけたように『女』の生活に酔い痴れていた。
俺は、魔王を倒すという目的さえも忘れてかけていた。
そんなある時、俺は『女の武器』というもの存在を知った。
そして『女の武器』が容易に金を生み出す事がも判った。
しかし、それがどういう意味を持つか、暫くは気にも掛けなかった。
が、ある時俺は店の奥で秘宝を見つけた。
それは俺が『勇者』として集め、そして亭主に奪い取られたものだった。
(俺はこの村で秘宝を買い集めようとしていたのではないのか?)
俺はようやく本来の目的を思い出した。
秘宝を買い集めるには金がいる。
『女の武器』を使えば金は集まる。
しかし、店で客を取っている限り全ての金は亭主に握られてしまう。
そこで、女の武器の使い方に慣れそれを有効に活用するノウハウを得ると、俺は自分自身で稼ぐ方法を見つけ亭主に見つからないように蓄えを増やしていった。
やがて、蓄えた金で亭主から自分自身を買い戻すと宿を後にした。
蓄えは自分自身を買い取った後もかなりある。それは『勇者』の蓄えとは桁違いである。俺は端金で当初の目的通りに武具を揃え、残りの蓄えを使って村中の秘宝を買い集めた。その中には俺が亭主に奪われた『勇者』が集めた秘宝も含まれていた。
俺は奴等の砦を急襲した。
力を秘宝のルーンで補い、ようやくの思いで奴等の砦を落とした。
やはり砦には近隣の街や村から略奪した金品が蓄えられていた。秘宝もまたそこにあった。それらを全て手に入れた俺は更に秘宝を集めるために近くの街に向かった。
俺は当然のように『女の武器』を使い蓄えを増やし様々な情報を集めた。
今の俺には『勇者』の時のような行き当たりばったりの戦法は不可能であった。それは砦の襲撃の時に厭という程思い知らされた。
確かに、戦いの感は鈍り、体力も衰えていた。
しかし、いくら身体を鍛えても限界は見えていた。
そして秘宝も無限に使える訳ではない。
俺は情報を集め、手元の秘宝を何時何処で使えば効果的かシュミレーションを繰り返した。
俺の頭の中には奴の『城』の構造が焼きついていた。
もう一度装備を確認した。
眼下には『魔人の城』があった。
俺は気を引き締めるため、ポケットから手鏡とルージュを取り出した。
鏡に映る愛らしい唇にルージュを引いた。
「さあ、いくわよ。」
俺はポケットにルージュを戻し、細剣を抜いた。
そのまま空中に躍り出る。
秘宝のルーンを使い、俺は空を飛んだ。
風を孕んだ羽衣の秘宝が夜空にほの白く輝いている。
『城』の尖塔に近づき開いた窓の一つに身を躍らせる。
解き放たれた羽衣は夜空の彼方に消えていった。
俺は塔の中を駆け降りていった。
この塔の地階には秘宝の貯蔵庫がある。
駆け降りる勢いをそのままに、貯蔵庫の扉の前に立つ衛兵の首を切り落とした。
この細剣もまた秘宝のひとつであった。
屈強な魔物の首の骨を切り落としても切れ味が落ちる事はない。
首から緑色の血を噴き出して立っている衛兵の懐から扉の鍵を取り出した。
中には山のように秘宝が積まれていた。
俺の狙いはこの秘宝の山を暴走させ、城の中を混乱させる事にあった。
懐から振り子の秘宝を取り出し、秘宝の山の上にセットした。
いわゆる時限装置だ。
首尾よく魔人の館に辿り付いた時、轟音とともに尖塔が崩れ落ちていった。
俺は繁みに身を潜め、館から走り出て行く魔物達をやり過ごした。
頃合いを見計らって、開け放たれた正面扉の前に躍り出す。
城の構造は全て頭の中に焼きついている。
俺は『魔人』の居室に向かって掛け出していった。
広間を横切りながら、現場に向かおうと遅れて出てきた魔物を切り棄てる。
「きゃ〜〜〜〜〜!」
物陰に隠れていたメイドの女魔物の悲鳴が上がる。
俺は中央の大階段を駆け登っていった。
悲鳴を聞きつけおっとり出てきた魔物を倒す。
既に下っ端の魔物は尖塔の方に出払っており、残っているのは幹部クラスの魔物達だ。
俺はこれまでの鍛練の成果を披露した。
『魔人』の居室に近づくにつれ魔物のランクもどんどん上がってくる。
それでも、秘宝を巧みに使い奴らを倒し続ける。
様々な色の返り血を浴びて、俺はとうとう奴の部屋の前にいた。
もちろん扉は魔法で封印されている。
俺は秘宝の力でそれを扉ごと吹き飛ばした。
「なかなかお早いお着きで…」
俺の目の前に奴が立っていた。
「…もと『勇者』どの。」
やつは「もと」を強調するように言った。
「今度こそ、あなたを倒してあげるわ。」
「これはこれは、勇ましい事で…お嬢さん。」
今度は「お嬢さん」を強調する。
「さぁ、剣を抜きなさい。」
俺はゆっくりと間合いを詰めていった。
「剣など必要ありませんよ。わたしには魔法がある。しかし、あなたは秘宝を使い切っているのでしょう?」
確かに俺は殆どの秘宝を手放していた。
「あなたはもう『勇者』ではないのですよ。そのような姿は似合いません。」
そう言って奴が手を叩くと女魔物のメイド達がぞろぞろと現れた。
「寄るな!!わたしは戦力のない者は切りたくはない。」
しかし、メイド達は着実に俺を取り囲んだ。
「彼女達の言う事を聞くことですね、お嬢さん。ここまで来れたご褒美にわたしの晩餐に招待してあげますよ。」
奴の掌が俺の方に向けられる。
ルーンが唱えられる。
今の俺には防ぎようがなかった。
俺の手から細剣が抜け落ちていった。
俺は漆黒のドレスに包まれていた。
何も抵抗出来ずに女魔物達に服を脱がされ、風呂に入れられ、磨き上げられた。
テーブルの向こうには奴が座っている。
盛んに俺の美しさを褒めたたえている。
俺が女であればコロリと奴に落とされていただろう。
俺はもくもくと料理を摘んでいた。
しかし、不覚にも俺はワインに手を付けてしまっていた。
マリアの身体は『勇者』程アルコールに免疫がある訳ではなかった。
どこかに油断があったのだろうか?奴のおだてに身体が反応していたのだろうか?
俺の意識は朦朧としていた。
気がつくと俺はベッドの上に寝かされていた。
既にドレスは脱がされ、俺は全裸だった。
奴の掌が俺の股間に被さっている。
「あんUああ〜んU」
奴の指に玩ばれ、俺の中の『女』が目覚めていった。
「幼い顔をしている癖に淫乱な女だ。その愛らしい口はどんな淫らな言葉を吐き出すのかな?」
奴もまた、俺を抱いた男達と同じ事を言う。
ならば、俺の『女の武器』も有効なのか?
俺は奴を引き寄せその上に折り重なった。
奴の股間に顔を埋める。
そこには男達と同じモノがあった。
いつもと同じように口に含む。
奴の警戒心が溶け出してゆく。
俺は奴の上に跨がり、淫蕩に腰をくねらす。
「ああっ、うんん、あ〜〜〜〜U」
俺の媚声に奴は夢中になっていった。
奴は何度も俺の中に精を放った後、ベッドの上でぐったりしていた。
頃合いを見て、俺は指に嵌めた指輪をひとつひとつ外しては奴の肉体の上に置いていった。
これも秘宝だ。ただし、ひとつひとつの力が弱いので奴も見過ごしていたのだろう。
確かにこれは相手の体に触れなければ効果がない。
奴の上に乗せた指輪はゆっくりと奴の肉体にもぐり込んでゆく。
それらは奴の心臓に、肺に、脾臓に、膀胱にそれぞれ停まってゆく。
俺は最後の一つを奴の額に乗せた。指輪は額から脳に降りてゆく。
奴がゆっくりと瞼を開けた。
「何をした?」
俺は奴の手が俺の腕を捕まえる寸前に奴の上から飛び退いた。
「これで貴方もおしまいね。」
俺がキーワードを唱えると奴の体が四散した。
−GAME fine−
目の前に文字が浮かんだ。
一気に現実に復帰する。
パソコンのディスプレイがエンディングクレジットを流している。
−『魔人』は倒されました。貴女が『勇者』です。−
パソコンの画面がフェイドアウトしてゆく。
俺はデータグローブを外した。
そこから現れたのは白く繊細な掌…
プチッとパソコンの電源が切れた。
ディスプレイに俺の顔が映り込む。
しかし、そこには見知らぬ女の顔があった。
鏡を見て俺は確認した。
俺は『女』になっていた。
(ゲームのせいか?)
俺はもう一度コンピュータを立ち上げた。
が、ゲームは跡形もなくなっていた。フロッピーも初期化されている。
俺は途方に暮れていた。
「お嬢さん、面白いものがあるよ。」
街角でみるからに怪しげな男に声を掛けられた。
「お嬢さんはコンピューターをやっているでしょう?」
男の手には一枚のフロッピーディスクが握られていた。
黒いフロッピーにはラベルもなく、某メーカーのロゴがシャッターの所に刻印されているだけだ。
あたしは逃げ出すようにその男から離れていった。
部屋に戻るとアタシはパソコンを押し入れの奥に仕舞い込んだ。
(あたしはもうゲームなんかやらない。)
そう心に誓って言った。