「あたし今、魔法に凝っているの。」
百合子がそう言ったのは3度目のデートの時だった。
百合子との出会いはほんの偶然の出来事だった。(今にして思えば、それも百合子の魔法の力だったのだろう)久しぶりのドライブでたまたま立ち寄った展望台で彼女と出会った。
他愛もない内容だったが、しばらく話をして意気投合した僕等は食事に行き、そのままの勢いでホテルで身体を合わせていた。
「また逢ってくれる?」
近くの駅に送った時、百合子が言った。僕は二も無く返事をし、名刺の裏に住所と電話番号を書いて渡していた。
そして、3度目のデートの時、
「あたし今、魔法に凝っているの。」
と、百合子が言った。
「へ〜、見てみたいなぁ。」
「じゃあ、あたしの部屋に来ない?」
「OK」
僕は何の疑いもなく、百合子の指示に従って車を動かしていった。
百合子の家は住宅地を離れ、鬱蒼と繁る木立の中を進んでゆく。いつしか、道路の舗装もなくなっていた。
「もうすぐよ。」
百合子の指した方向にハンドルを切ると、車は開かれた場所に出た。
一面、芝に被われた大地がうねり、その先に豪奢な洋館があった。
正面に車を止め、僕は導かれるまま中に入っていった。
そのおどおどした雰囲気を感じてか、
「この家にはあたししか住んでいないわ。だからなにも気兼ねする事はないわよ。」
そうは言われても、百合子から手渡されたコップは暫く前からテーブルの上に置かれていたようっだったが、たった今冷蔵庫から出されたようにひんやりと冷たかった。
もしかしたら百合子は本物の魔女ではないのだろうか?そんな思いが頭の中を過る。
階段を上がり、百合子の部屋に通される。
レースのカーテンやベッドに並べられたぬいぐるみは女性の部屋そのものであったが、タロットカードが散らばっているカーペットには魔方陣が描かれていた。
「そこに座って。」
指し示された椅子はカーペットの魔方陣のど真ん中に置かれていた。
そしてタロットカードやいくつかの簡単な魔法を見せてもらった後で、
「以前から試してみたい魔法があるの。協力してくれない?」
僕には断る事など考えられなかった。
「これから行うのは転身の魔法と呼ばれるものです。ネクタイを取って、シャツのボタンもいくつか外した方が良いわね。身体をリラックスさせていてね。」
始まった呪文を聞いているといつしか、うつらうつらしてくる。
気がつくと僕はベッドの上に寝かされていた。
「気分はどう?」
百合子は椅子に座り、僕の方を覗き込んでいた。
「べつに…」
と、言ったそばから得体の知れない違和感を感じた。
「転身の魔法は大体成功したみたい。できればもう少し詳しくあなたの身体を調べさせてもらいたいの。いいかしら?」
「ああ。」
何も考えずにそう答えてしまったが、未だ違和感の正体も判っていない。
「じゃあ、寝間着を脱がしてもらうわね。」
そう言われて、自分の着ているものがシャツでない事に気がついた。
それは女物の寝間着=ネグリジェであった。ベッドに寝かせるのにシャツとズボンのままと言う訳にはいかないのは理解できるが、よりにもよってネグリジェとは…
僕は上半身を起こし、ネグリジェの胸に付いているボタンを外そうとした。
「?!」
胸に手を掛けた僕の腕がネグリジェの薄布の下にあるふっくらしたモノに触れた。
と同時に、僕の胸を押し上げる感触がある。
「そうよ。転身の魔法は外見的には成功しているわ。今のあなたは、どこから見ても女のコよ。」
「女のコ?」
そういえば、声も僕の声じゃない。違和感の正体はこれだったのか。
取りあえず納得し、百合子に促されるように寝間着を脱いだ。
ポロリと2つの肉塊がこぼれ出る。
下着も付けずに着させられたようで、寝間着を脱ぎ取ると僕はまるっきりの全裸になる。
下に目を向けると股間の叢が見える。男とは生え方が違うし、なによりそこには男のシンボルが無くなっている。
(本当に女になってしまったんだ)
そして、ふと疑問が湧いた。
「元に戻れるの?」
百合子は妖しげな笑みを浮かべて僕を見下ろしていた。
「大丈夫よ。今回は始めてなので夜中の12時には解けるようにしてあるわ。というより、ほとんどの魔法は12時がタイムリミットになっているの。シンデレラのようにね。眠り姫みたいな長く持続するのは魔法薬を使うか、よっぽど強力なチカラでやるかね。」
そう言いながら、彼女は服を脱ぎ始めた。
「だから、それまでの間、じっくりと調べさせてねU」
全裸となった百合子の掌が僕の頬に触れる。
ゾクリとした感覚が背中を走り抜ける。
掌がうなじから胸に滑り降りて来る。
彼女の指が乳首を摘まみあげる。
「ああっU」
僕の喉からオンナの媚声が溢れ落ちる。
途端に股間が熱を帯びて汗でヌルヌルしだす。
「ちゃんと濡れているわね。」
て、これって女のコの愛液?
彼女の手が僕の=女のコの敏感な所に触れる。
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜っU」
僕の叫びは女の嬌声以外の何物でもなかった。
「凄いわ。完璧に女のコになっている。」
「そうなの?」
彼女の指が更に奥に進む。
「調べが終わったのなら、もうやめません?」
「どうして?」
「なんかHEN。」
「あたしはもっとHENにさせてあげたいんだけどなぁ。」
僕の内で彼女の指が蠢く。
「やめて…」
遠のく意識の中で僕の声はオンナの喘ぎ声に変わっていった。
確かに、翌朝目覚めると僕の肉体は男に戻っていた。
ボーッとしたまま、アパートに戻っていた。万年床の上に座り、ただボーッとしていた。
電話の音でふと我に帰る。
既に陽は落ちていた。暗い部屋の中、受話器を取る。
百合子だった。
「気分はどう?」
「ボーッとしている。」
「じゃあ、元気の付く魔法を掛けてあげようか?」
「魔法はもいいよ。」
「ほんとうに?あんなに悦んでいたじゃないU」
「…」
「それに、今までは何にも出来なかったけど、これからは簡単な魔法なら遠隔施術できるわ。」
「なに、それ?」
「一度魔法を掛けた相手なら、直接掛けた技の数レベル下のものならどこからでも掛けられるの。もちろんレベルの高い人なら髪の毛一本で遠隔施術出来るけどね。」
「で、僕に何をしようって言うんだ?」
「だから、元気にしてあげようって。」
「本当?」
「それとも夕べの続きをする?それも良いかもねU」
百合子は電話越しに呪文を唱えた。
「どう?」
尋ねられ、内心ホッとしていた。
僕は僕のままだった。
掌はゴツゴツした男のものだし、胸に手を当ててもいつもの平らな感触があるだけだ。
「べつに変わった所はないよ。」
「おかしいわね。」
今度は別の呪文が唱えられる。
と、同時に体中が熱くなる。
そして、股間が濡れていた。
「な、なんなんだ。今のは?」
「催淫の魔法よ。どう?何か効果でた?」
「ち、ちょっと待って…」
僕は慌ててズボンを脱いだ。
股間に染みが広がっている。
そして、トランクスの下に…
彼女の掛けた催淫の魔法に肉襞がピクついている。
「何をした?」
受話器に怒鳴る。
が、下半身からの欲求に堪えきれず、片手は股間に伸びて行く。
「あんっU」
怒鳴った同じ喉から喘ぎ声が洩れる。
男の声では興ざめするが…
「魔法は掛かっているようね。」
彼女の声は僕の耳に届かなかった。
時計の針が12時を指すまで、僕は何度も達していた。
毎晩のように百合子から電話が掛かってくる。
僕は12時までのシンデレラ。彼女の声とともに官能のひとときがやってくる。
時には仕事場に直接掛かってくる事もある。
僕はスーツの下で下半身を女性化させたまま定時まで仕事をする。その後、百合子と落ち合いホテルに向かう。転身の魔法で完全にオンナになった僕は彼女とのセックスに更ける。
お腹が空くと外に出る。スーツは紙袋に入れ、百合子の用意してきたスカートを穿く。化粧も教えてもらった。
食事の後はショッピング。もちろん、この服も僕が買ったものだ。会社に持っていけないので百合子に預かってもらっているだけだ。化粧品もアクセサリーも揃えてある。
ショッピングを終えると再びホテルに舞い戻る。
12時の鐘が鳴るまでのシンデレラタイム。
僕は溺れていた。
百合子との関係に…と言うより、自分自身の肉体に溺れていた。彼女と身体を触れ合っていなくても、自分の手で触れるだけで至福の心地に浸っていられる。
「ずっとこのままでいたい。」
そんな思いではち切れんばかりの僕に、丁度良いタイミングで百合子が申し出てくる。
「あなたの存在を消すことができて?」
つまり、僕が姿を消しても誰も不思議に思わないように出来るか?という事だ。アパートを引き払い、会社を辞め、銀行等の口座も全て引き払い「僕」という人間が存在しなくなっても誰も気が付かないようにする。
身の回りのものを全て処分し、一月程旅に出る。
誰にも気づかれないようにして百合子の館に舞い戻っている。
そしてすぐに転身の魔法で姿を変える。
今度は12時までの中途半端なものじゃない。
僕は魔方陣の中心に全裸で身を横たえた。
長い呪文が終わった。
そこには百合子がひとりいるだけだ。
彼女が静かに呟く。
「ごめんなさい。あたし、あなたに飽きちゃったの。」
ゲ〜〜コ。と、彼女の足元でカエルが鳴いた。