鏡の中の少女



 鏡の中で少女が笑っている。

 僕はもう一度鏡を覗き込んだ。鏡には見知らぬ顔の少女が映っている。彼女は瞳を大きく見開き僕を見つめていた。
 何が起こったのか?それは現実の事なのだろうか?
 鏡に映っているのが僕自身だとすれば、僕は女の子になってしまった?
 ゆっくりと鏡から離れる。
 彼女は僕が着ていたのと同じセーターを着ている。スカートではなく、男物のズボンにスニーカー。それだけ見れば男の子なのだが、だぶだぶのセーターでも胸の膨らみは隠しきれない。髪の毛は僕のよりも長く、綺麗にカットされている。
 顔の輪郭はどう転んでも男には見えない。愛らしい唇が紅く色づいている。
 その顔から僕を連想できるものは何もなかった。
 しかし、これは僕の顔であり、膨らんだ胸も僕の身体なのだ。

 どうなってしまったのか?

 辺りを見回す。僕は公園の公衆便所の脇の水飲み場にいた。外は暗く、公園には誰もいないようだ。公園の中央の花壇に立つ時計は2時を指していた。公園の脇の道を車が一台走り去ってゆく。屋根に飾りを付けたタクシーだった。こんな時間には普通の車など通る筈もない。ましてや、公園に誰かいる訳でもない。
 僕は自分がどうなったかもっと調べたかったが、どちらのトイレを使えば良いか悩んでいた。しかし、誰も見ていなければ関係ない。だからといってこの場で調べるのは万が一という事もある。僕は男性用の個室に入った。
 ズボンのベルトを外し、ワークシャツの裾を引き出す。Tシャツの下に手を差し込み、胸の膨らみを確認する。
 指先がぷよぷよした肉に触れる。僕の胸も触れてくる指先を感じる。指の先端がぷっくりと膨らんだ蕾に触れる。指先で摘む。掌に肉の重さが掛かってくる。ふらつく上半身をドアにもたれ掛けさせる。
「あゥンU」
 乳首を摘んだ指先が動くと、可愛らしい喘ぎが僕の喉から溢れていった。
 股間が熱くなる。むず痒さとともにじっとりと汗をかいたように湿っているような感じがする。
 左手をズボンの中に入れる。ブリーフが濡れていた。指先はいつもの塊の代わりに窪みを発見する。縦に割れた溝がお尻の谷間に続いているようだ。
 お腹の方からブリーフの中に手を差し込む。生え始めた繁みはそのままに、恥骨の先にはオンナのコの割れ目ができていた。それは、僕の指先をねっとりと濡らす。中指の腹が襞に擦れる。
「ああ〜〜ッU」
 僕は女の声で叫んでいた。
 快感が体中を駆けめぐってゆく。
 股間は更に濡れてゆく。
 快感を貪るように僕は指を動かした。
 今まで味わったことのない強烈な快感の渦にアタシは呑み込まれていった。


 緊急車輛のサイレンの音が通り過ぎてゆく。
 僕は公園のトイレの中で股間に指を突っ込んでぼ〜っとしていた。
 指先でソコを弄ぶだけで僕は何度も達していた。それに疲れて指先を差し込んだまま何もせずにぼ〜っとしていた。
 サイレンの音でようやく我に帰る事ができた。あわてて股間から手を引き抜きズボンを引き上げる。ベルトを締め、ジッパーを上げ、セーターの裾を下ろす。
 何事も無かったかのようにトイレのドアを開ける。誰もいないとは判っていても、ドアを後ろ手に締めながら辺りを見回す。
 やはり、誰もいない。
 ほっとして出ようとした時、不意に尿意を覚えた。
 半回転して壁に並ぶ小便器の前に立った。ジッパーを降ろした所でハタと気がついた。今の僕にはオチンチンがないのだ。今までのように立ったまま小便をすることはできない。
 再び個室に戻り、ズボンを降ろして便器に座る。
 チョロチョロと音を立てて小水がこぼれ落ちてゆく。トイレットペーパーで後始末をする。立ち上がり、ズボンを元に戻す。濡れたブリーフが冷たく下半身に貼り付く。水洗のコックをひねり、流し去る。個室を出て洗面台で手を洗う。顔を上げると、鏡の中に少女がいた。


 僕は家への道を辿りながら考えていた。このとんでもない変身は第一の問題だが、他にも色々な謎がある。僕はどうしてあの公園にいたのだろう。今日一日の行動を振り返ってみると、とてつもない長い空白の時間がある。
 そもそも、今日は本当に今日なのだろうか?公園の時計で時間だけは判ったが、今が何日であるかまでは判らない。家に帰れば日付だけは判るが、この空白の時間は何を意味するのだろう?
 僕の記憶は鏡の中に変身した自分自身を発見する所から始まる。その前はいつものように机に向かって勉強していた。参考書の上で文字が踊っていた。うつらうつらと舟を漕いでいたのを覚えている。しかし、そこは僕の部屋であって、別に公園で勉強していた訳ではない。
 僕の部屋は庭の片隅にプレハブで母屋とは離れて建っている。トイレに行くにもサンダルを履いて母屋まで行かなければならない。そんな日常的な事は記憶になくても不思議とは思わないが、ちゃんとスニーカーを履いて公園まで出かけているのなら記憶にないと言う事はない。夢遊病者のように寝たまま外に出たのだろうか?裸足でいるのならそういう事も考えられないでもない。
 考えているうちに家に着いてしまった。家の者は皆母屋のそれぞれの寝室でぐっすり休んでいるだろう。僕はこっそりと部屋の中に入った。
 机の上には参考書が開かれたままそこにあった。柱の時計は3時になろうとしている。文字盤の下の小窓に日付と曜日が出ている。僕の記憶からすれば一日進んだだけ…つまり、記憶の空白は今夜だけの事だ。まだ5時間は経っていない。
 この短い空白の時間に何があったのだろうか?
 僕の記憶にある最後の状態と同じように、机に向かって腰掛けてみた。鉛筆を持って手の上でくるくる回す。参考書に目を落とすと、いつものように睡魔が襲ってくる。鉛筆を回す手を止めた。

 何でこんな事をしているのだろう?

 それは今に始まった事ではない。勉強中に眠くなるのを無理やり引き戻し、参考書に向けさせる。そんな時に、いつも思っている事だ。しかし、今夜はそれだけではなかった。もっと別な思いも浮かんでいた筈だ。
 外に出たい。
 遊びたい。
 彼女を作って遊園地でデートしたい。
 遊園地じゃなくても近くの公園だって良い。

 ?!

 キーワードが出てきた。「近くの公園」だ。その時、僕はどんなイメージを持ていたか?すぐに思い浮かぶのは「あの」公園だ。僕はその公園でアイドルの槇田紀子に似た娘と散歩していた。もちろんイメージの中は天気の良い真昼の公園である。公園の片隅、辺りから死角となる大きな樹の陰で僕達は向かいあった。彼女の顔がアップになる。心持ち上を向いた彼女の瞼が閉じられる。唇が僕を待っていた。僕も目を閉じ、唇に全神経を集中した。
 あと少しで唇が重なる。という時、リンゴンと鐘が鳴った。
 なぜ忘れていたのだろう?その音に僕は夢の中から引きずり出されたのだ。そして、奴と対面したのだった。
 鐘の音に現実に引き戻された僕の目の前に身長20cm程の男が立っていた。
「それがお前の望みだな?」
 勉強のし過ぎという訳ではないだろうが、幻覚・幻聴の類だろう。あり得ない物がそこにあり、聞こえないものが聞こえている。
「幻覚ではない。」
 奴は言った。
「わしはお前さんに召還されやってきたのだ。」
 奴の指さす先にはノートがあった。半分眠りながら持っていた鉛筆がデタラメな文様を描いていた。偶然にもそれが奴の言う「召還の呪文」を描いていたらしい。
「わしも忙しい身故、さっさと済ませたいのだ。」
 呆気にとられている僕を無視して奴は呪文を唱え始めた。
 その単調なリズムに僕は再び睡魔に捕らわれていった。
 耳元で囁くように奴の声がする。
「さあ、公園に出かけなさい。彼女が待っていますよ…」
 僕は半分寝ている状態でスニーカーを履き、外に出ていった。
 僕の記憶はそこでプッツリと途絶えた。

 鏡に自分の顔を写してみる。どことなく槇田紀子に似ている。紀子ちゃんの顔をベースに僕のパーツが混ざり込んでいる。それでも、眉毛を剃って化粧でもすればそっくりさんで通るんじゃないだろうか?
 椅子から立ち上がり、紀子ちゃんの新曲を振り付きで歌おうとしてはっとした。そうだ、声も僕の声じゃなくなっていた。誰かに聞かれると面倒になる。誰かにこの姿を見られたらどう説明すれば良いのだろう?
 僕は慌てて窓のカーテンが締まっているのを確認した。ドアの鍵も降ろし、部屋の明りを落としてベッドに腰掛けた。
 湿ったブリーフをズボンと一緒に脱ぎ捨てた。
 セーターの裾を持ち上げると、股間を直接目にする事ができる。
 確かに何もない。
 セーターを脱ぐ。ワークシャツの上からも胸の膨らみが判る。ボタンを下から一つづつ外してゆく。Tシャツの上に乳首が浮かび上がる。そのTシャツも脱ぐと本物の乳房を目の当たりに見る事ができた。
 指先で触ってみる。
「あんッU」
 可愛らしい喘ぎ声が溢れ出る。
 声が漏れないように、僕は布団の中に潜り込んだ。
 指先を股間に這わす。
 そこは既にしっとりと濡れ始めていた。
 指を立て、アタシの中に突っ込む。
「ああ〜〜〜〜〜〜〜っU」
 幾度となく布団の中で悶える。
 悦感の渦に呑み込まれていった。


 鴉が鳴いていた。
 僕は裸のまま寝てしまっていた。時計を見るとまだ夜明けを迎えて間もないくらいだ。布団を押し退けると、そこに自分の身体があった。夢ではなかった。僕の胸にはしっかりと双つの肉塊が付いていた。さらに、その先にはあるべきものがなかった。
 寒さを覚える。いつまでも裸という訳にはいかない。かといって女のコの服など持っている訳がない。無難な所でジーンズにセーターに決める。が、下着がない。ブラジャーはとりあえずなくとも良いが、ショーツに代わるものが必要だ。夕べのようにブリーフという手もあるが、なかなか穿く気になれない。水泳用のサポータを思い出し、整理ダンスを漁った。白いサポータは透けてはいるが、なんとか様になるようだ。
 素肌に直接Tシャツを着、その上にセーターを重ねる。ジーンズの裾を折って、丈を合わせる。ぶかぶかのウエストはベルトで締める。
 鏡の前でブラッシングして寝癖を抑える。
 ベッドの布団を畳んで、窓のカーテンを開けようとして手が止まった。

 そう、この姿を見られてはいけない。

 だから、いつまでもここに居る訳にいかないのだ。そう思うと反射的にポケットに財布を押し込み、素足にスニーカーを履いて外に出ていた。
 まだ街は静まりかえっていた。
 アタシの足はいつのまにかあの公園に向かっていた。途中で24時間営業のコンビニに立ち寄った。お腹が空いていたのでパンと牛乳を買った。もう一つ、化粧品の並びにぶら下げられていたショーツを一枚買っていた。コンビニの袋を持って公園に向かう。
 すでに明るさを取り戻した路をゆく。公園も明るさを取り戻している。アタシは公園の公衆便所の脇の水飲み場に戻ってきた。
 鏡を覗く。
 そこにアタシがいた。
 その事を確認し、アタシはトイレに入った。もちろん女性用の方を使う。入ると男性用とは異なり、無表情な扉の列が続いていた。
 一番奥の扉を開けた。
 扉の裏にあるフックにコンビニの袋をぶら下げる。中からショーツの袋を取り出しその中の商品を手にする。残ったゴミはコンビニの袋に戻す。
 スニーカーを脱ぎ、ジーンズを降ろして買ってきたショーツに穿き替えると幾分か気持ちが落ち着く。ピッタリとお尻にフィットする感覚は女性の為にだけ作られただけある。
 ジーンズを戻し、スニーカーを履き直す。脱いだサポータはさすがにパンと一緒の袋には入れ難く、ジーンズのポケットにねじ込んでおいた。

 公園のベンチでパンを食べ、牛乳を飲んだ。
 さて、これからどうしよう?
 アタシの気分は半分家出少女だった。ポケットの財布から現金を抜き出し、財布はその他のゴミと一緒にコンビニの袋に入れて公園の塵籠に棄てた。
 公園を出てぶらぶらと歩き出す。
 気がつくと、アタシの足はいつの間にか親友の桂良二のアパートに向かっていた。良二は彼の家の敷地にあるアパートの一室で独り暮らしをしている。僕のプレハブと違ってプライバシーは完全に保たれている。確かシャワー付きの風呂もあった筈だ。
 アタシはウキウキとした気持ちで階段を昇っていった。
 ベルを押す。
「良二、僕だ。明良だ。」
 ドア越しに声を押し殺して呼び出す。しばらくして、ガチャガチャとチェーンを外す音がした。ドアが開くと、その隙間から身体を押し込むようにして入っていった。ドアのノブを奪い取り後ろ手に閉めると、ドアと良二の間に挟み込まれる形になる。見ようによっては良二の胸に抱かれているみたいだ。
 上を向くと、そこに良二の顔があった。
「誰なんだ?君は?」
 良二の表情は見るからにそう語っていた。
 僕は良二を押し戻すようにリビングに入っていった。
「僕は君の友人の久保明良本人だ。何故かは判らないが、こんな姿になってしまったんだ。」
 僕は手早くこれまでの事を説明した。
「で、なんで俺の所に来たんだ?」
 そう言って僕の顔を覗き込んだ良二と目が合っただけで、アタシの股間はじんわりと濡れ始めていった。

「抱いて。」
 僕はありったけの勇気を振り絞って、その一言を言った。
 彼の腕にアタシの胸を押し付ける。彼の股間を優しく撫で上げる。彼はすぐにも応えていた。ズボンの厚い布越しに大きく硬くなったのが判る。
 僕は良二の前に跪き、ジッパーを降ろし、その隙間から指を入れトランクスのボタンを外す。そして硬くなった彼自身を優しく引きずり出した。
 目の前に赤黒く充血した先端が剥き出しになっている。自分以外の男のものをこんなに間近に見たことはなかった。男同士というような嫌悪感は皆無だった。僕の内から湧き出てくる欲望を抑えきれず、僕はそれにしゃぶり付いていた。
 幸福感に全身が満たされてゆく。啜り上げ舌先で弄び勢い良く吸い込む。
 それは息づいていた。
 ビクビクと全身を震わせている。
「ああ」
 彼の呻きと同時に先端から白液が放出される。僕はそれを口の中に受けた。舌に絡みついた液体はほろ苦かった。今まで、自分の精液さえ舐めた事のない僕が他人の精液を舐め取っている。僕が男だったら到底出来ない事を嬉々としてやっているのは僕が身も心もオンナになってしまったからなのだろうか?
 彼は精を放ってもまだ萎えずにいた。
 僕は着ている物を全て脱ぎ捨てた。そして、彼の服もまた脱がしてゆく。彼は何の抵抗も見せず、僕のなすがままにさせていた。二人とも全裸になると、僕は良二に抱きついた。素肌から直に温もりを感じる事が出来る。僕の濡れた股間を彼の太股になすり付ける。バストの谷間に彼の腕を挟む。
 そして、アタシの指が彼の硬くなったものに絡みついた。

「何を考えているんだ?」
 冷やかな声が頭上から降り注ぐ。
 見上げると良二の顔があった。当惑しきった顔でアタシを見つめている。
「アナタのが欲しいのU」
 僕は彼の指先を股間に導いた。
「ネッU濡れているでしょう?」
「お前は本当に明良なのか?」
「あなたに抱いて欲しいの。」
「自分が何をしようとしているのか判っているのか?」
「オンナのコが言っているのよ。」
「明良は男だったはずだ。」
「でも、僕はオンナのコになっちゃったんだ。」
「何故、俺なんだ?」
「好きだからUいけない?」
「俺と明良は単なる男友達だと思っていた。」
「僕だってそう思っていたさ。でも、オンナのコになって良二の事を思い直してみると、男の時とは違っていた。それが何なんだろうかと考えてみた。そしてそれが 好き という感情だと知った時、全てがしっくりときたんだ。」
「それはお前の思い違いじゃないのか?仮にそうだとしても、何でそれが肉体関係に直結するんだ?」
「僕がオンナのコだから。」
「それじゃ答えになっていない。」
「オンナのコに理屈は要らないのよU」
「明良は男だ。」
「でも、アタシはオンナのコなの。」
「じゃあ、お前は明良じゃない。」
「良二がそう言うなら僕は明良じゃないんだ。」
「では、お前は誰なんだ?」
「だから、アタシはあなたに恋するオンナのコよU」
「そんな理屈が通るか?!」
 良二に突き放され、僕は床の上に尻餅をついていた。
 大股開きに倒れると、オンナのコの大事な所が彼の目の前に晒される格好となった。

「キャッ!!」
 恥ずかしさに顔を隠す。が、股は開かれたままだった。
「お、俺はもう自制しきれないぞ。」
 彼の声は震えていた。
「あんッU」
 アタシが身悶えてみせると、
「うぉぉぉぉぉ〜」
 堰を切ったように良二は雄叫びをあげ、僕の上に伸し掛かってきた。
 充分に濡れきった所に一気に突っ込んでくる。
 破瓜の痛みは殆どなかった。
 アタシの中に良二が居た。
 ヌチャヌチャと淫卑な音を立てて肉棒が挿抜される。
 これがアタシの求めていたもの。
 互いの恥骨が音を発ててぶつかる。
「あん、あん、あんU」
 僕が声をあげると、良二の息づかいも激しくなる。
 悦感が高まってゆく。
 良二の四肢が痙攣したように震える。
 頭の中が真っ白になる。
 彼の精が僕の中に放たれた。
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っU」
 僕は歓喜の声をあげ、満ち足りたまどろみの中に没していった。



 そこはベッドの上だった。素肌にタオルケットが被せられている。
 目に入った時計の針は12時をまわっていた。
 起き上がるとタオルケットがめくれ落ちた。
 その下にはオンナの裸体があった。
(そうだ。僕は「女」になったんだ)
 それは僕の身体が女になったというだけでなく、良二という男性を受け入れたという象徴的な意味での女になったということ。
 これで心が精神的にも女になれば、僕は完全に「女」になったといえるのだろう。が、どうやらまだ僕の内には久保明良という「男」の意識が残っているみたいだ。
 もう一度自分の肉体を検分する。この肉体には男であったかけらも残っていなかった。これは一分の隙もなく女の体である。
 そうやって調べていると、体にまとわりつく汗と男女の体液の残滓に不快感を覚えた。
「ねぇ、シャワー使わせてくれる?」
 良二の返事も待たずに、僕は風呂場に向かった。
 脱衣所に掛けられた姿見で再び自分の肉体を検分する。
 顔・胸・腰、どれをとっても申し分ないと、「男」の意識が告げている。
 そして、僕は股間に注視した。僕はここに良二を迎え入れたのだ。この中に彼の「男」が突き立てられて、僕は「女」になったのだ。
 そう思うと再び股間が熱くなる。
 雫が大腿を伝う感覚で我に帰った。
 僕は曇りガラスのドアを開け、洗い場に足を踏み入れた。
 シャワーのノズルを手にノブを回す。
 冷水が勢い良く噴き出してきた。
「きゃっ!?」
 男の時はぐっと堪えていたのだが、女になってからは感情がストレートに声に出てしまう。
「どうした?」
 僕の声を聞いて良二が首を突っ込む。
「いやっU」
 アタシは反射的にノズルを持ったまま胸を被い、しゃがみ込んだ。すると偶然にもノズルの先端が良二に向く。
「うおっ!」
 良二の叫びに自分の行為の結果を知った。あわててノズルを手放す。
 ノズルは無秩序な運動を始め、冷水を辺りに撒き散らせてゆく。
 ようやく水を止める事に思い至った。ノブを反対側に回すと水の勢いは衰えてノズルの動きもおとなしくなる。ノブが廻り切ると水が止まった。
 振り返ると服ごと濡れたままの良二がそこにいた。
「ごめんなさい。」
 僕はタオルを取って良二を拭こうとした。
 が、床のタイルに足を取られる。
「いやっ!!」
 そのまま僕の肉体は良二の胸の中に倒れ込んだ。
 そのまま、太い腕に抱き留められる。顔を上げると良二の顔があった。
「これも役得かな?」
 良二の顔はニヤついている。
 その顔がゆっくりと近づいてくる。
 彼の唇がアタシの口を塞いだ。
 手足から力が抜け、アタシは良二の腕の中でウットリとしていた。
 良二の掌が僕のバストを包み込む。
 指先が乳首を弄ぶ。
「あんっU」
 彼の指が再びアタシをソノ気にさせる。
 良二は片腕で僕を抱き抱えると残った手をおへその下に這わせる。
 叢を徘徊し、恥丘を撫であげる。
 指先が合わせ目に沿って押し付けられると、じんわりと愛液が滲み出てくるのが感じられた。
「エッチU」
 僕は小声で囁き掛けた。
「俺をこんなにしたのは君なんだぞ。」
 そう言って再び僕の口を塞ぐ。
「あんっU」
 彼の指先が僕の敏感な所に触れた。
 その指は更に奥へと侵入してくる。
 背中が良二の胸に密着しているので、お尻には彼の硬いモノが当たる。
 太い腕で自由を奪われ、快感で手足に力が入らない。
 僕は服を着たままの良二に思う存分嬲られていった。


 良二の指先で幾度となく達した僕の下半身は愛液まみれだった。
 イキ疲れてぐったりとした僕を洗い場に転がすと、良二はその上からシャワーの湯を降りかけた。
「大事な所は自分で洗えよ。」
 僕は壁に背中をもたれかけた。
 脚を広げると、良二はその真ん中にシャワーのお湯を注いでくる。
 彼の見ている前でこびりついた愛液の名残を擦り落とす。
 太ももを洗い、お腹を洗い、腰からお尻にかけてを洗い流す。
 最後に残った所に僕の掌が伸びる。
 叢の先にかつて男のシンボルがあった事を思い出す。
 僕の掌はそこを通り越し、女の証に触れていた。
「良く開いて綺麗にするんだ。」
 男にはない肉襞を摘んでは丁寧に洗ってゆく。
 肉の蕾も丹念に掃除する。
「中も忘れるなよ。」
 僕は肉襞を大きく開き、その中に温水を流し込む。指先を挿入して汚れがないか確かめる。しかし、その行為が新たな刺激となって愛液が噴き出してしまった。
 叱られると思い、おずおずと良二の方を見る。
 彼の顔には好色な笑みが浮かんでいた。
「欲しいのか?」
 彼の問いに条件反射的に首を縦に振っていた。
 良二はノブを廻しシャワーを止めた。
 ノズルを手放し服を脱ぐと、彼も洗い場に踏み込んできた。
 バスタブの縁に腰を降ろした。
「欲しいんだろう?」
 僕の目の前に彼のモノが勃起している。僕は獣のように四つ這いになり、彼の股間に顔を埋めると、ソレを口の中に挿入した。
「よしよし。良い娘だ。」
 好色なオヤジのように声を掛けてくる。
 僕は舌先で様々な刺激を与えてやった。
 やがて彼も絶頂を迎え、ソノ先端から精液が放たれる。
 僕はそれを舐め取り、呑み込んだ。
「じゃあ、ご褒美をあげよう。」
 彼の股間はすぐに勢いを取り戻していた。
 僕を抱え上げるとそのまま彼の膝の上に乗せる。
 有無を言わさず彼のモノが僕の中に突き立てられる。
「あッUあ〜〜〜U」
 それだけで僕はイッてしまった。

 彼はバスタブの縁に腰掛けている。それと向かい合うように僕が乗っかっている。僕の足はバスタブの縁を越え、足先がお湯の中に浸されている。しっかりと結合されているので上半身はかなり安定している。
 良二はシャワーのノズルを手に取ると二人の胸の隙間にお湯を降り注いだ。胸を押し付けるとバストの谷間にお湯が溜まる。押し付ける力を弱めると、溜まったお湯が一気に雪崩れ落ちる。お湯の塊が結合部を直撃する。
「あんっU」
 心地好い刺激に肉体が反応する。
 これを二度、三度と繰り返す。繰り返すと人の体は刺激に慣れてくる。そして、もっと強い刺激が欲しくなる。
 僕は良二の手を取り、ノズルの先を結合部に近付けた。
「ああんっU」
 今度はノブを全開にする。
 ノズルを持っていこうとする彼の掌からそれを奪い取った。
 お湯の奔流が結合部に打ち付けられる。
「ああああんっU」
 と快感に浸っていると、不意にお湯が止まった。
 良二の手がノブに伸びている。
「ひとりだけで楽しむな。」
 優しいがその裏に僕を強制する厳しさを秘めた声が降り注ぐ。
 ゆっくりと瞼を開けると作り笑いの良二の顔がそこにあった。
「お前は俺に奉仕していれば良い。」
「えっ?」
「お前は存在しない人間だ。お前には人格はない。お前は俺のモノだ。」
「僕は…、僕だ…。」
「久保明良という男はもうこの世に存在しない。お前は俺の奴隷だ。俺に奉仕する事で存在が許されているだけだ。」
「違う… ああU」
 良二が腰を突き動かす。彼の理屈を否定する前に肉体が勝手に反応する。快感が僕を揺さぶる。何も考えられなくなる。
 僕は快感に身を任せ、声をあげる。
「あ〜〜〜〜〜〜っU」


「どうだ?オンナの快感にヨがっていたのだろう?」
 バスタブに張られた湯の中で僕は良二に抱かれていた。
「でも、僕は明良だ。久保明良はここにいる。」
「それを証明できるか?だれが見てもお前は女だ。それだけで、お前が明良でない事が明白だろう。」
「女の子になちゃったんだ。」
「性転換手術をしたのか?それなら、その医者を連れて来てみろ。」
「手術じゃない。魔法のようなので女の子になっちゃったんだ。」
「でれがそんな事を信じる?」
「本当に魔法なんだ。」
「じゃあ、その魔法で元の姿に戻ってみろ。」
「僕がやったんじゃない。奴がやったんだ。」
「奴って?」
「小さな小人の悪魔だ。奴は僕に召還されたと言っていた。」
「じゃあ、そいつを呼び出すんだな。」
「奴は偶然出来た魔方陣で出てきたんだ。もう一度呼び出す事は出来ない。」
「それでは、お前が明良であることは証明されない。証明できなければお前は俺のモノだ。」
「…」
 僕は何も言い返せなくなっていた。
「では、なんでお前は明良でなくてはならないんだ?」
「えっ?」
「お前が明良である必要がどこにあるんだ?」
 問われて始めて僕が僕である事を真剣に考える。
「お前が明良であれ何であれ、現時点のお前が女である事は動かせない事実なんだ。そして、お前はオンナである事を否定してはいないのだろう?」
 そう言って僕のバストを揉みあげる。
「あぁU」
「どうだ?気持ち良いだろう?」
 彼にバストを揉まれると、自分の事などどうだって良いという考えが優勢になってくる。それどころか、そんな事を考えるのさえどうでも良くなる。
 良二の指が乳首を摘んだ。
「あんっU」
 彼の指が下腹部を徘徊する。が、決して大事な所には入り込んでこない。
 焦らしているんだ。
「けれど、お前が自分の事を明良だと言うのなら俺は何もしてあげられない。明良は俺の中では男だ。俺は男同士でHする趣味はない。」
「いやっU」
 僕は良二の手を取り、指を絡めていた。
「欲しいか?」
 僕は大きく頷いていた。
「なら、お前は明良ではないのだな?」
「…」
 僕がためらっていると良二の指が乳首を捻る。
「あんっU」
 僕はこの快感を逃したくはなかった。
 彼の指を股間に引きずり込もうとするが、激しい抵抗に合う。
「お前は明良ではない。」
「ああんU」
 快感を欲して身悶える。
「明良ではない。」
 更にたたみかける。
 その強引さと僕の強烈な欲望に負け、小さく頷いた。
 すると、彼の腕の抵抗がすっと消え、指先が一気にアタシの中に滑り込んできた。
「うっ、あんっU」
 心の奥底に引っ掛かっていたわだかまりは消え失せていた。
 アタシは心置きなく快感に声を合わせていた。
 彼の指がアタシを弄ぶ。
「あ〜〜〜〜〜〜っU」


 アタシが目を覚ますとそこに良二がいた。
 それだけでアタシは幸せな気分になった。
「行くぞ。」
 良二が言う。
 彼の女奴隷であるアタシは、彼の後に素直に付いて行くしかない。
 けど、彼と一緒ならアタシは幸せU
 デパートで素敵なドレスを買ってもらえた。
 美容院に連れていかれると、綺麗にメークアップしてもらえる。
 そして、ホテルのレストランでディナー…
 女奴隷でいるってことは何て素敵なんでしょう?
 窓の外は宵闇に包まれていた。街の灯が宝石のようにきらめいている。
 窓ガラスが鏡のように室内を写し出す。
 鏡の中にアタシがいた。

 鏡の中で少女が笑っている。

−了−


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