ブランコ



 雨が降っていた。
 僕は、公園のブランコに座り、ぶらぶらと雨に打たれながら揺られていた。
「もしもし?」耳元で女性の声がした。振り向いても誰もいない。そもそも、ブランコで揺れている人の耳元で一定の大きさで聞こえて来ることは有り得ない。しかし、空耳にしてはハッキリと聞こえた。
「もしもし?」再び聞こえる。
 僕はブランコを止め立ち上がった。風が無いので雨が真上から落ちてくる。首を左右に降り声の主を探す。
「あたしの声が聞こえるのね。良かった。」彼女はフウと大きなため息をついた。
「誰なんだ?どこにいるんだ?」
「そおね、声は聞こえても姿は見えないんだ。じゃあ、あそこにあるトイレに行ってみて。」
 僕は言われた通りに公園の公衆トイレに入った。
「そこの鏡で良いわ。見てて。」
 鏡を覗き込む。そのガラスの平らな表面に細波が浮かぶ。歪んだ鏡は何も映さなくなる。その中から小さな腕がヌッと突き出された。人形の様な腕に続いて身体が現れる。その背中に昆虫の様な透明な羽が付いている。
(妖精?)
 その姿は子供の頃に絵本で見た妖精の姿そのままだった。
「これで良いかな?あたしの姿は見える?」
「君は妖精だったのか?」
「いいえ、違うわ。この姿を見てそう思ったんでしょうけど、あなたにはあたしの本当の姿を見ることは出来ないの。この姿はあなたの記憶にあったものを写し取っただけ。それがたまたま、あなたの言う妖精の姿だったというだけの事で、あたしの本当の姿ではないの。」
「では、本当の君って?」
「……〜ん。いいわ、妖精と言う事にしておきましょう。」
 納得はいかなかったが、これ以上詮索しても埒が無いことに気づいた。
「わかった。そういう事にしておこう。で、何々だい?」
「何って?」
「君が僕を呼んだ理由さ。」
「あっ、それね。」
 彼女の顔付きが変わる。
「単に呼んでみただけ。」
 それを聞いて、僕はおもいきりずっこけそうになった。
「それだけ?!」
「うん。ここの人達に何人か声を掛けてみたんだけど、誰もあたしの声が聞こえないみたいなの。あたしにもお仕事があるし、話が通じなければどうにもなんないもんね。だから、手当たり次第に声を掛けてみたわけ。判る?」
「ま、まぁ。何とか。」
「で、公園でぼ〜っとしていたあなたに、たまたま声を掛けたら…」
 うんと相槌を促す。
「通じちゃったのね。これが…」フウと溜息をつく。
「何で、そこで『フウ』なんだ?」
「一応、あたしも仕事で人の望みを叶えてあげているんだけど、やっぱり人は選びたいわ。何も、美形以外はお断りって訳じゃないのよ。ただ、誰もあたしに気づかなければお仕事する事も無かったのに…」と、僕の顔を見る。
「よりにもよって、あたしの声が聞こえたのがこんなの…」と、じと目。
「こんなの、って僕の事か?」
「……まぁ、それは置いといて」と、両腕を延ばして右から左へ動かす。
「とにかく、あたしはあなたの望みを叶えてあげなくちゃならない訳。」再びフウと溜息。
「では、気を取り直して。」とりあえずは真剣な表情をしている。
「あなたの望みを叶えます。」いつの間にか彼女の手にバトンが握られていた。彼女の口から得体の知れない呪文が紡ぎだされる。
「ちょっと待ってくれ。僕はまだ何も言っていないぞ。」
「大丈夫。あなたの事は何でも判っているから心配しなくていいのよ。」彼女のバトンが僕を差し止めた。
 僕は反論しようとしたが、魔法に掛けられたように言葉が出てこない。
「呪文が終わるまで黙っていてね。」彼女はバトンを振りかざし、呪文の続きを再開した。
 次第に辺りの空気が澱み始める。それは見えない蛇のように、僕の周りを巡っている。彼女の呪文に合わせて鎌首を持ち上げる。呪文のリズムが速くなり、彼女の声も甲高くなる。見えない蛇は僕を囲む輪を狭めてくる。ぐいぐいと彼女の呪文に合わせて締めつける。息を吸うことさえ苦しくなる。僕は喘ぎ、身悶えた。やがて、蛇は鋳型に変化した。締めつける圧力が高くなり、生物の弾力性が失われ硬質の金属に変わっていった。
 まるで、火に掛けられたたい焼きのように、僕の身体は溶け型にはめられ、形を変えていった。澱みきった空気の向こう側の鏡が僕を写す。僕が僕でないものに変わって行くのが見えた。


 彼女は呪文を終えた。僕はくたくたになって床の上に座り込んでいた。目の前に彼女が舞い降りてくる。
「じゃあ、最後の仕上げをするわね。」
 彼女は天を仰ぎ、バトンを振りかざす。無言のまま、目を閉じバトンを逆手に持ち替える。彼女の張り出した胸元にゆっくりとバトンが吸い込まれてゆく。そして、彼女を中心に閃光が放たれた。
 僕は眩しさに掌で顔を覆っていた。指の隙間から漏れ出る光の洪水が納まるのを待って、ようやく掌を外した。
 彼女はいなかった。彼女のいた所には巨大な脚があった。巨大と言っても、彼女の脚と較べればのことで、それはいたって一般的な人間の脚だ。彼女は小さな妖精の姿から、普通の人間の姿に変わっていた。スニーカー、ジーンズと視線を上げてゆく。見覚えのあるワークシャツの上に乗った頭を見て唖然とした。見覚えのある目、見覚えのある鼻、見覚えのある口。それは妖精の顔ではない。彼女は僕の顔を写し取ってしまっていた。
「さあ、立って。鏡を見てご覧。」聞き慣れた僕の声で彼女が言った。僕が何も出来ずにいると、脇の下に腕を差し込み抱え上げられた。仕方なく自分の脚で立つ。目の前に鏡があった。
 僕が写っている。そして、もう一人。それは、僕が一方的に想い込んでいた少女だった。ふと、隣を見る。そこには僕の姿をした妖精がいた。鏡の中と見比べる。妖精が手を振ると、鏡の中の僕も手を振っている。僕自身は何もしていない。では、と僕は自分の手を振ってみた。すると鏡の中では、僕ではなく少女の手が振られているではないか。僕は鏡に近づいた。鏡の中で少女の顔がアップになる。少女は僕を見つめていた。


「さあ、これで君の望みが叶えられるはずだ。確か、君の望みはその娘を自分の思い通りにしたかったのだね。ほら、彼女は君の思う通りになるだろう?立ったり座ったり、その愛らしい声で君の事を好きだと言わせる事もできる。そればかりか、君の目の前で服を脱がせ、淫らな格好をさせる事だってできる。君さえ良ければ、君のこのペニスを口の中に入れる事も出来るんだよ。」そう言って彼女はジーンズのボタンを外し、勃起したペニスを僕の掌に握らせた。
「な?」何をする?と言おうとした口を彼女の唇が塞いだ。舌先が口蓋に触れる。ゆっくりと獲物を探すように舌先が僕の口の中をうろつく。僕は舌を左右に動かして逃げ回る。彼の狙いは僕の舌に違いないと本能的に悟っていた。
 しかし、そんな僕の努力もあっと言う間に無に帰してしまった。僕の舌が絡め取られる。唾液が流れ込んでくる。苦しさに耐えかねて、彼の唾液を飲み込んでしまった。
 それは媚薬のように、僕の喉を通り抜ける間に効いてきた。かっと身体中が熱くなる。顔が赤く上気している。四肢から力が抜けてゆく。
 股間に蜜が溢れていた。


 僕は彼に身体を預けていた。彼の掌が優しく僕を愛撫する。いつの間にか服を脱がされていた。首筋を彼の舌が這って行く。右手の指が乳頭を摘み上げる。左手の指は僕の愛液にまみれ、股間の割れ目を彷徨っている。指の腹がコア(核)に触れた。
「あんっU」可愛らしい吐息が僕の喉を駆け昇ってゆく。
 僕は淫蕩の波間に漂っていた。
 僕は何をしているのだろう?
 ふと、頭の片隅を過る思いがあった。しかし、コアを刺激されるとポンッと飛んでいってしまう。僕は官能を求めて媚声をあげる。
「あんあんあんU」腰を振り、股間に男の指を咬え込む。
「欲しいか?」僕の掌に彼のペニスがあった。
 僕はコクリと頷いていた。
「じゃあ、先ず口でしてもらおうか。」
 僕は彼の前に跪いていた。両手でペニスを持ち、ゆっくりと口に含む。舌全体でその先端を包み込む。唇を窄めて刺激を与える。チュパチュパと音を発てて吸い込む。亀頭が口蓋に擦れている。やがて、硬さを増したペニスの先端から多量の精液が迸った。喉の奥に達した精液を僕は当然の如く飲み込んでいた。唇を放すと僕の唾液と彼の精液にまみれたペニスが姿を表す。その先端から滴れそうになった白いものを舌先で嘗め取った。
「お願いU」僕は媚びるように彼を見上げた。僕の股間がそれを求めていた。これ以上じらされると僕は狂ってしまいそうだ。早く早くUと股間が僕をせき立てる。僕は目の前のペニスに歯を立てていた。
「では行くぞ。」彼が僕を抱えあげた。僕は両足を彼の腰に絡ませた。溢れる愛液が彼の腹部になすり付けられる。そのまま、ゆっくりと身体を降ろして行った。
 太股の付け根に彼のペニスが触れる。入り口を探してもそもそと動き廻る。僕は腰を動かして導いてゆく。すぐに入り口が見つかり、ぬめりと潜り込んでくる。入り口は溢れ返る愛液でどろどろになっていた。膣の中に彼のペニスを感じている。制御棒を挿入された原子炉のように、下半身の熱気が薄れてゆく。僕はしばらくそのままペニスの感触を味わっていた。
「気に入ったかい?」優しく彼が声を掛けてくれた。
「あんU」僕の返事は言葉になっていなかった。それでも意味は充分通じていた。僕は彼の上で動き始めた。
 再びペニスが硬さを増して行く。再び彼の精液が放たれた。今度は僕の内だ。子宮に向かって精液が雪崩込んできた。
「あ〜〜〜〜〜〜〜U」僕は悦びとともに涯ていた。




 気がつくとそこは公園のブランコの上だった。
 雨が降っていた。
 僕は、公園のブランコに座り、ぶらぶらと雨に打たれながら揺られていた。
 寒い。そう思って我に返る。頭の天辺から髪の毛を伝って雨水が降りてくる。それを、野暮ったいワークシャツが吸い込んで行く。ジーンズもまた、雨に打たれ重たそうに太股に張りついていた。
 寒い。僕はブランコの鎖から手を離し両腕で包み込むように肩を抱いた。
 胸の膨らみを腕に感じる。
 なぜだか涙が止めどなくあふれてきた。

−了−


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