スペア



 目の前に「俺」がいた。
 それを見ている俺自身は、フカフカのソファに座っていた。


 かねてより、俺は自分の複製であるクローンの研究に興味を持っていた。裏の情報によるとクローンに自分の意識を移しかえることができるようになったとかで、その筋の大物達が躍起になっているという。今までのクローンによる臓器移植による延命に較べ、肉体丸ごと総取っ替えとなれば長寿だけでなく若返りも可能となるのだ。
 しかし、そんな老人の戯れ言に俺は興味を持った訳ではない。銃弾の飛び交う世界で生き残りを賭けるハードボイルドにとり、クローンはスペアの肉体となる。今の肉体が死んでもスペアの肉体に蘇れば俺は不死身となる。
 しかし、誰もが不死身となっては面白くもない。俺は秘密裏に自分のクローンを作成させた。

「で、どうすればクローン体に自分の意識を移せるんだい?」
 俺は白衣を着た涼子に聞いた。
「この転送機を使うの。」と、ワイヤが鳥の巣のように絡みついたヘルメットを差し出した。「これを頭にセットすると、あなたの頭の中に蓄えられた記憶が電気信号に置き換えられてクローンの脳に転送されるの。もちろんあなたが忘れていた事や思い出したくない事も洗いざらい全てもっていかれるの。」
「けれど、それは記憶だけだろう?俺の記憶をコピーしたからといってクローンが俺になる訳ではない筈だ。俺の考え方や思想といったものはどうするんだい?」
「そうね、判り易いように記憶と言ったから誤解があったようね。実際には考え方や感じ方も情報として転送されるわ。丁度コンピュータがデータとプログラムを同じように保管しているのと似ているわね。後は本体と同じに育った脳の同じ部位に転写させることで、その人の人格全てがクローンに復元されるのね。判る?」
「けど、魂とかあるだろう?」
「非科学的ね。そもそもあなたは魂を見た事があるの?何より脳の全情報を移しかえるだけで人格も転移することは実証済よ。」
「えっ?もう出来ているのかい?」
「そ、そうよ。この研究は既に実用段階に入っているの。ただ、上からの圧力で公表できていないだけよ。」
 俺は慌てた。少しでも出し抜かなければこれまでの俺の努力…涼子を懐柔し、クローンを作らせ、様々な情報を引き出した事…が水の泡だ。
「で、俺のクローンはどれくらいで出来る?」
「あと3カ月はかかるわ。それから先は成長を止めてるからいつでも使えるわよ。とはいっても転移直後から動ける訳じゃないわ。三日間は身体に馴染むまで動く事も出来ないけどね。」
「3カ月だな?」



 俺は3カ月間をじっと我慢して過ごした。それから先は元をとるべく、率先して危険率も高ければ報酬も良い仕事ばかりを選んでいった。
 危険度が高いといってもそれは確率的なものでしかない。更にスペアの肉体があると言う事が大胆な作戦を可能とし、結果的に無傷で成功する仕事が続いていた。
 しかし、そんな幸運も長くは続かなかった。
 大翁と呼ばれる世界的暴力団の影の大物を仕留めようとしていた。高性能爆弾を仕掛け、思惑通りに奴が俺の罠に踏み込んで来た。が、いざ俺が安全地帯に逃れようとしたとき、アクシデントが起こった。
 脱出路が塞がれてしまっていたのだ。
 俺は奴ともども爆風に押しつぶされてしまった。
 しかし、これまでの稼ぎで充分元は取れたし、クローンの2〜3体を作るに充分な余裕もある。この仕掛けが明かされるまではまだ2〜3回は死ねると言うものだ。
 俺は転送機を被りスイッチを入れた。

「気分はどう?」
 涼子の声がした。目を開けるとそこは病室だった。
 やあ。と声を掛けようとしたが舌が言う事を聞かない。
「言っておいた筈よ。三日間は何もできないのよ。これも新しい身体を手に入れる代償と思って我慢するのね。」
 涼子はベッドの脇に寄りスイッチを入れる。モーターの音とともにベッドがせり上がる。マットが腰の所で折れ曲がり、俺の目に写るものが天井から壁に変わった。
 身体の自由が効かないので、辺りを見渡す事はできない。かろうじて目玉を左右に動かすことで病室の半分が見て取れた。
 かなり広い個室だが、調度品は無くがらんとしている。壁と同じ白色の扉が部屋の奥と窓際にある。窓際の扉は小さく、隣は控え室なのだろうか?
 涼子がベッドを回り込み、俺の前に立った。
「さてと、新しい身体で気持ちよく目覚めたところで良いものを見せてあげましょう。」
 涼子が振り返り「いいわよ」と声を掛けると、窓際の扉が開いた。
 キャスターのゴロゴロいう音とともに看護婦が鏡を引いて現れた。
「さあ、これがあなたの新しい身体よ。」
 看護婦から引き継いだ鏡を俺の正面に据えつける。
 一瞬俺の思考回路が静止した。
 鏡の中にクローニングされた寸分違わぬ自分の姿を確信していた。あるいは少しは若返っているかも知れない。
 しかし、鏡に写るベッドの上には全裸の女性の姿しかない。
「驚いたでしょう?でも、これは完全にあなたのクローン体よ。遺伝子には全く加工していないわ。成長段階でホルモンをちょっとだけ調整しただけよ。」
 涼子がベッドの端に腰を降ろしたのが鏡に写る。彼女の手がベッドの女の腕に触れるのが鏡に写る。触れられた女と同じ所に何かが触れたのを感じる。涼子は彼女の腕を握り持ち上げると、俺の腕も持ち上がってゆく。
「そう、これがあなたの身体なのよ。」
 涼子は俺の腕を胸の上に降ろす。掌を開かせ、胸の肉塊を掴ませる。
 指先からは確かに女のバストを掴んだ感じがする。そして、俺の胸は得体の知れない感覚を伝えてくる。これが、女の側の感じ方なのだろうか?
「何故だかわかる?簡単に言うと、あなたがあたしたちの秘密に近づき過ぎたから。かしらね?あたしはわざわざこんな手間なんかかけなくてもって言ったんだけど、あのひとがどうしてもって言うもんだから。女の身体でもこうして生きていられるんだから感謝する事ね。」
 と、言う事は俺は涼子の手の上で踊らされていただけという事なのか?さんざん玩び、手懐け、言う事をきかせ、ようやく手に入れた情報は何だったのだろう?

「良いか?」
 天井のスピーカから男の声がした。
「え、ええ。いいわよ。」
 あわてて涼子が答えると同時に、脇にいた看護婦が部屋の奥の扉を開けた。
 白衣の男が俺の前に立った。
「これがそうか?」
 男は涼子を見て尋ねる。手術用の大きなマスクで顔全体が隠れている。
「ええ。」と涼子。
「では持っていくぞ。」
 男は俺の身体を抱え上げた。そのまま隣室に入りソファの上に俺を放り投げた。

「わしが誰だか判るか?」
 男は俺の前に立ちはだかって言った。
「この姿じゃ判りようもないわなぁ。わしはお前の仕掛けた爆弾で図らずもお前と心中しかけた大翁よ。もちろん、わしの身体も粉々になってしまったのでお前と同じようにクローン体に転送する事になったんだが、今回はチョット嗜好を変えてみた。お前があまりにも堂々とわしの女を寝取ったんでな、仕返しをしようと考えたんじゃよ。」
 大翁と名乗る男は顔面のマスクを外した。
 そこにあったのは「俺」の顔だった。
「いま、わしはお前のクローン体に転送している。この身体でお前を犯してやろうというのだ。面白いだろう?」
 俺の目の前の「俺」が言った。



 目の前の「俺」がいた。
 それを見ている俺自身は、フカフカのソファに座っていた。
 そして、俺は女だった。

 俺のスペアの肉体と言うべきクローン体に俺の意識が転送された筈が、俺の意識は女の身体の中で目覚めた。それは俺の遺伝子をもった女性版の俺の肉体だった。
 俺はフカフカのソファに座っていた。裸のままソファの上に放り投げられたのだ。素肌にひんやりとした革の感触が伝わる。が、俺の身体の自由は効かず、指一本動かす事が出来ない。
 起動されて間もないクローン体は暫くの間身体の自由が失われているのだ。
 そんな俺の前で「俺」の顔をした男が白衣を脱いだ。
 俺をソファの上に放り投げたのも、この「俺」の顔をした男だった。
「俺」が丸裸になる。股間のものが異様に硬張している。「俺」の手が俺の肩を掴み引き寄せる。「俺」のモノが頬に当たる。おぞましさに抵抗しようにも手足が言う事を聞かない。
「これはお前自身のモノだろう?嫌がるんじゃない。」
「俺」は俺の後頭部を掴み、俺の口の中に「俺」のモノを押し込んだ。
 苦しさに息が詰まる。
「そうか。お前は何もできないんだったな。それなら、一気にイかしてもらおうか?」
「俺」は俺を抱え上げると、両足を広げさせその中心を「俺」のモノの上に降ろしていった。
 引き裂かれる痛みとともに、俺の中に「俺」のモノが侵入してくる。
「これでお前も正真正銘のオンナになったんだ。」
「俺」は俺の身体をソファに戻すと、そのまま被いかぶさり腰を動かす。
 俺は人形の様に股を開いたままソレを受け入れる。
「ああっU」
 俺の喉から溢れ出たのは悦びに喘ぐオンナの声だった。
「良い声じゃ。良い声じゃ。」
「俺」は調子付いて更に激しく腰を動かす。
「やめろ」
 ようやく自由を取り戻した喉で訴えるが俺の声はか細く、逆に「俺」を興奮させるだけでしかなかった。
「何をやめるんだい?お前だって嬉しいんだろう?こんなに濡らしているじゃないか。」
 俺の密着部は俺の肉体から出てきたものでぬちゃぬちゃと卑らしい音を発てている。
「それよりも、もっと可愛い声を聴かせてくれないか?」
「俺」の掌が俺のバストを掴み、乳首を絞りあげる。
「あ〜〜〜U」
 俺の喉は俺の意思とは関係なく媚声を迸らしている。
「おおっ。良い締まり具合だ。たまらないわ。」
「俺」はウッと呻くと大量の精液を俺の膣に放出した。



 再び俺はベッドに戻され、白い天井を見続ける。
 時間が経つにつれ身体の自由が戻って来る。
 その間にも色々な事を聞かされた。涼子は大翁の愛人であった。そして、クローンで今の若さを保っているだけで、年齢的には大翁と大差はないらしい。
 大翁はさっさと自分のクローン体に戻っていた。
 彼は女になった俺を嬲るためだけに「俺」の身体を使ったのだ。
 大翁は「俺」の身体に入ってこれを自由に使うために6カ月もの間「俺」の身体を鍛えていたのだ。その間、俺の意識は凍結されていたことになる。
 さらに、大翁は「俺」の身体を公然と殺した。
 手間を掛けた「俺」の身体はあっさりと殺しただけでなく、ご丁寧にも新聞の片隅に名前入の記事が載せられるようにしていた。「俺」の死が公となった事で俺は元の肉体に戻る事が出来なくなってしまった。
 それ以前に、奴らは2度と俺のクローンを作ってはくれないだろう。

 涼子は日に一度は様子を見に来る。
 それだけでなく、俺に性的な関係を迫ってくる。
 大翁の愛人と判り彼女への性的な関心は薄れたといえ、女の方から望まれれば、いやとは言えない。が、涼子の望んだSEXは俺の思っていたものとは全く違っていた。自分が大翁の女であることの優越感がそうさせるのか、「男」ではなくなった俺に対して徹底的に威圧的になっている。
 俺が涼子にそうしたように、乳房を愛撫し股間の繁みに指を這わせる。
 屈辱的な愛撫ではあるが、俺の新しい肉体は素直に反応する。これまで感じた事のない快感が俺の脳髄を揺り動かす。
 喉から出そうになる媚声を俺は必死で咬み殺した。
 涼子は倒錯的なSEXを強制した。
 彼女が男で、オンナになった俺を強姦するのだ。ペニスバンドを装着した涼子に俺は組み敷かれる。まだつながりきっていない身体と精神で抵抗するが、力でかなう相手ではなかった。
 俺は非力なオンナになって「彼」を受入れていた。
 意に反して俺の股間から愛液が溢れ出す。俺の股間は嬉々として造りもののペニスを呑み込んでいる。
「ああんU」
 堪えきれず、俺の喉から愛らしい吐息が漏れる。
 涼子のペニスが俺を貫いている。俺は男で女の涼子に犯されている。
(頭の中が混乱する)
 犯されている俺は女にされてしまっている。女同士のSEX?
 彼女は本当はペニスを持った男で、俺は男に犯されている。
 俺は男色じゃない!でも、今の俺は女だ。
 男の涼子と女の俺…
 涼子のペニスがアタシを貫いている。
 アタシの頭の中は真っ白になった。
 男に貫かれて、アタシは歓喜に身悶えていた。



 俺は再び大翁と会った。
 俺はフカフカのソファに座っていた。
 素肌に革の感触が心地好い。
 目の前には大翁が彼自身の身体でいた。彼は全裸で俺の前に立っていた。始めて見る俺自身以外のペニスがそこにあった。
 嫌悪感はなかった。
 涼子にオンナとしての快感を開発された俺に始めて与えられた本物の男性自身がそこにあるのだ。本物のペニスに貫かれる。俺は期待と興奮に包まれ、それだけで股間がじっとりと濡れだしていた。
「来なさい。」
 彼の言葉に従いゆっくりとソファから立ち上がる。
 彼の前に跪くと目の前にソレがあった。俺は舌舐りてソレを口に入れた。
 始めての時は女にされた怒りと戸惑いで何も判らなかった。しかし、今は違う。目で、口で、舌でソレを確かめる。造り物とは違って暖かく、血管の中を血が流れて行く脈動を感じる。
 生きている!!
 俺は今、本物のペニスを味わっているのだ。
 舌先で亀頭の割れ目を玩ぶ。舌の腹でカリ首を撫であげる。チュパチュパと音を発てて吸い込む。唇をすぼめて圧力を掛けながら出し入れする。口蓋が彼の敏感な所を刺激する。
 彼はウッと呻くと大量の精液を俺の口の中に放出した。


「良い娘じゃ。良い娘じゃ。ご褒美を上げよう。」
 そう言いながらも若い彼の肉体は回復してゆく。
「何が欲しい?」
 俺の顎に指を掛け、上を向かせる。そこには欲求に飢えた男の顔があった。
 俺はシナをつくり、甘えた声で答える。
「あなたノが欲しいU」
「声が小さいなぁ。もっとハッキリ言ってご覧。」
 彼は既に硬く勃ったペニスで俺の頬を突付く。
「コレをアタシに頂戴U」
「コレって?」
「ペニ×」
 淫らな言葉の応酬が二人の気持ちを高揚させることは涼子とのSEXでもやっていた。だが、相手が男の声だと更に興奮する。
「どこに欲しいんだい?」
「アタシのオ×ンコ…」
 俺の太ももの内側を雫が垂れてゆく。
 股間が熱く熟している。
 熟れ切った果実をその肉棒で貫いてもらいたい。
 俺は耐えきれず彼に抱き付いていた。バストを彼の逞しい胸に押し付ける。脚を絡めて滴り落ちる愛液を彼の腰に擦り込む。唇を奪う。
 ようやく、彼も観念して俺を抱き上げた。
 その場に膝を折り、俺の身体を床の上に優しく横たえる。
 俺は仰向けになり、脚を広げ彼を迎える。
 スルリと何の抵抗もなく入ってきた。
 充分に濡れているからだろうか、それとも涼子との悪戯で慣れてしまったからだろうか。始めての時の痛みを思い出し、そのあまりの落差に驚いていた。
 数回刺激するだけで大翁は敢えなく果ててしまった。




「よく覚えていないが、俺ノと大翁ノで違いはあるのか?」
 情事の後で俺は涼子に聞いてみた。
「そうね、今思うと勿体ない事をしたと思うわ。男には到底判る筈もないけどコレばっかりは太さや硬さだけでは推し量れないものなのよね。たとえればこの造り物と本物の違い以上のモノがあるのよ。」
 俺は生唾を呑み込んでいた。
「もう一度クローンを作れるかい?」
「だめよ。あのひとの命令には逆らえないわ。あたしも男のあなたをもう一度味わってみたいけど、あなたに男の身体を返す事はできないわ。」
「そうじゃない。俺は元の身体に戻りたいんじゃない。」
「えっ?」
「俺ノを入れたいんだ。あれはもともと俺のモノだ。俺がどう使おうと文句はない筈だ。俺はアレをココに入れたいんだ。」
 俺の目から涙が溢れていた。
 幼い女の子のように泣いてねだっている。
「そうね、アソコだけならなんとかなるかもしれないわ。それに、あなたもすっかり女のコになったようだしねU」

 俺は望み通り俺のモノを俺の身体に移植してもらった。
 長いリハビリが終わると俺は彼等から脱走した。再びハードボイルドの世界に戻った。しかし、この世から抹消されている俺は今までのように表舞台に立つ事はできない。狙撃専門に格下げだった。
 俺の復帰第一号の獲物は大翁だった。
 彼の頭が吹っ飛んだ時、俺は最高のエクスタシーを感じた。
 股間の俺自身が激しく勃起する。それがアタシの中をかき回す。思わずまだ熱い銃身を股間に当てていた。
「あ〜〜〜〜〜っU」
 これが、俺が狙撃専門になった本当の理由だ。
 内向きに移植された俺のペニスは銃のトリガを引く度に膣の中で勃起するのだ。一旦勃起すると絶頂を迎えるまで納まらない。その間、俺は全くの無防備となる。
 だから、隠れた所から一撃必殺の狙撃しか俺には残されていなかった。
 今日も俺はビルの上から獲物を狙う。
 金よりも、名声よりも、俺はトリガを引いた時のアノ感覚を待ち望んでいる。

 俺は官能的なランジェリー姿のまま獲物(オトコ)が現れるのを硬いコンクリートの上でじっと待っている。

−了−


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