波の音が遠くから響いてくる。僕はベットの上で点滴を受けていた。
 
 記憶にあるのは真っ暗な夜空と水の冷たさだった。僕にはそれ以外の記憶が無かった。自分の名前も、住んでいた場所も。家族のことも、友人のけとも。何もかもが霧のベールの向こう側に追いやられていた。
 ドアが開いた。「お加減は如何ですか?」エルがやってきた。彼女はずっと僕の看病をしてくれている。医療の心得があるらしく日々の診察、点滴の交換など僕の身の回りのことはすべてエルがしてくれていた。だから僕はここで彼女以外の人間に出会うことはなかった。もしかすると医師さえもおらず、全て彼女一人で手当てしたのかもしれない。
「だいぶ良くなったよ。もう痛む所もない。そろそろ点滴もいらないんじゃないかな?」僕がそう言うと微かにエルの顔が曇った。「そうね、あと一晩点滴すれば明日には外しても大丈夫ね。」「そう願いたいよ。この点滴だと部屋の中しか動き回れないからね。早く外に出てみたいよ。」僕の言葉に更にエルの顔が曇る。
「外に出る件については先生に聞いてみないと判りません。それに、まだ固形物を食べれるほど内臓の方は回復していません。外に出るのは身体が内外ともに万全となってからだと思いますよ。」エルは一旦隣の部屋に行くとこれまでとは異なる点滴の容器を持ってきた。
 血のように赤い薬液がブラスチックの管を通って僕の体内に流れ込むと同時に僕は意識を失っていた。
 
 
 
 猛烈な痛みとともに覚醒した。余りの痛みに声を上げることも出来なかった。
 ショックで息が止まりそうになる。いや、実際にしばらくの間止まっていた。胸の上下は完全に停止し、口にも鼻にも空気が出入りした形跡がなかった。それでも息苦しいとは感じなかった。呼吸が止まっていると認識し、自分の意志で再開させたのだった。
 深呼吸を繰り返すうちに痛みも引いていった。しかし、手足は痺れたように指一本動かすことができない。ただ天井を見詰めるだけだった。外は夜の帳が降りているのだろう。照明を切られた部屋の中はカーテン越しの星明かりに薄暗く沈んでいた。
 ドアが開き廊下の明かりが差し込んできた。エルが忍び込むようにして部屋に入ってきた。不審感が募る。僕は瞼を閉じじっとしていた。
「肺呼吸を再開したのね。」エルが呟く。エルの手が僕の身体を撫で回してゆく。胸から腕に首筋から下腹部へ。腰の回りは入念に調べているようだ。脚の感覚は未だ戻っていないので触れられているかも判らなかった。
「!!」突然ペニスの先端にエルの指先が触れた。それは偶然ではない。何等かの意図を持った接触だった。その刺激に身体が身悶えるのを抑えることができなかった。
「もう気が付いているんでしょう♪」エルが悪戯っぽくほほ笑む。
「肉体の方は出来上がったみたいね。まだ感覚が戻っていないから反応が鈍いのね。」
「僕の身体に何をしたんだ?!」叫び声は自分の声ではなくなっていた。裏返って甲高い女の声に近かった。「点滴に人魚の血を混ぜただけよ。とはいってもこの濃度を見付けるまでにはたくさん失敗もしたけどね。」「何の為に?」「あたしが人魚に戻るためよ。あなた達は単なる実験台。もともとは溺れ死ぬところをあたしの実験のために生かして置いといたの。」
 僕は言葉を失っていた。
「でも、あなたのおかげでようやく完成することができたわ。」エルがリモコンを操作するとベットが動き上半身が起こされてゆく。
「ああぁ!」僕は下半身に有り得ないものを見ていた。それは鱗に被われた魚のしっぽだった。
「人…魚?」ようやくそれだけを言葉にすることができた。
「そうよ。良く見てご覧なさい♪」とエルは正面に姿見を置いた。
 鏡に映るベットの上に僕はいなかった。代わりに絵本の中の人魚姫が飛び出して来たかのような美しい女性が映っていた。彼女は正しく人魚だった。腰から下は魚のしっぽのようになっていた。
「最高でしょ?」エルが僕の腰からしっぽにかけて手を滑らせた。回復しかけの皮膚感覚がそれを捕える。が、腰から大腿に移ったあたりから普通では有り得ない所から触れられる感触が届いてくる。これがしっぽの感覚なのだろう。
「ここを見てご覧なさい♪」エルが腰の下あたりを指し示した。しっぽの中央にスジが入っていた。
「何だか判る?」エルがスジの上に指をはわせた。指先がゆっくりとスジの中に入ってゆく。
「んあっ!」思わず声が出る。エルの指がペニスの先端に触れた。しかし、そこから届いた刺激はこれまで経験したことのない強烈なものだった。
「凄いでしょう?これが女の子の感覚よ。」そう言ってエルは指を前後させた。そこが次第に濡れ始める。僕の体内から分泌された液体がそこを濡らしているのだ。
「ちゃんと男の人を受け入れられるわね?」僕はエルの質問の意味を把握できずにいた。「人魚は不老長寿だからたくさん稼げるわよ♪」
 
 
 
 その後エルがどうなったかを僕が知ることはなかった。次に目覚めた時は狭い水槽に閉じ込められ、どこかに運ばれていく途中だった。目的地に着くと、水族館にあるような大きな水槽に移し替えられた。
 僕は水槽の中で水族館の魚のように見世物にされた。夜になると水から揚げられベットに寝かされる。
 僕には拒絶することは許されなかった。成り金おやじのような男達が代わる代わる僕を犯していった。脚のない僕は逃げることもできず動物のように飼われるしかなかった。
 
 今日も男達が僕の上に跨ってゆく。いつしか僕もその快感を受け入れてしまっていた。僕は肉体の感じるがままに媚声を上げる。
「あぁ、もっと強く、もっと激しく突いて!犯して♪」
 
 
 

−了−


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