イメージ・カプセル4

  ボーナス・プログラム



 俺は裏通りに面した雑居ビルの階段を降りていった。
 ドアを開けると受付の女の子が出てくる。
「今日は何になさいます?」
 とカタログを広げて見せてくれる。ジャンル毎にインデックスが付いていて、俺はいつものページを開き彼女に示した。
 ここは、イメージ・カプセルという風俗店だ。ヴァーチャル世界で欲求を満たすための全身体感システムを搭載したシュミレーション・マシン「イメージ・カプセル」が置かれている。全てはコンピュータが作り出した仮想世界だ。人件費が掛からないので一般の風俗よりも安く「外れ」もない。なによりも「安全」である。そのため、俺はもっぱらこの店で用を済ませている。
 受付を済ませて更衣室に入る。部屋の中央にはカプセルが据えられている。客はこのカプセルに入り、ここからイメージ・マシンに送り込まれるのだ。
 服を脱いでロッカーに入れる。全身体感を実現する為に全身に感覚器を触れさせる必要があるため全裸になるのだ。カプセルの中にもぐり込み、マスクを装着する。扉が締まる。カプセルはイメージ・マシンに移動してゆく。 感覚器との接触を効果的にするためにシャワーで全身を清められる。カプセルが生理食塩水で満たされ、感覚器が壁から出てきて肌に密着する。カプセルを包み込むようなBGMに眠気を誘われる。うとうとし始めると同時にプログラムがスタートした。
 
 
 気が付くと、俺はバスルームのマットの上に寝ていた。
 美人のコンパニオンがビキニの水着姿で俺の脇に正座していた。
「ミカです。宜しくお願いします。」
 そう言うなりビキニのトップを外し、その豊満は胸に泡を絡めて俺の全身を洗い始めた。
 彼女の全身マッサージが俺の肉体と心を解きほぐして行く。
 身体が充分ほぐれると、シャワーを当て、二人の身体を洗い流す。
 彼女はビキニのボトムも外した。
 そのまま俺の上に跨がり尻を向けると、俺の股間に吸い付いてきた。
 すぐにも俺の息子は硬くなる。
 彼女はそのまま唇と舌で刺激を与え続ける。
 やがて1回目の放出を彼女の口の中に放っていた。
 続いて、彼女は下の唇で俺の唇に接吻する。
 溢れ出る甘い雫が俺の喉に滴ってくる。
 舌を突き入れると彼女は愛らしい喘ぎ声を発した。
 再び彼女は俺の息子を愛撫する。
 ソレが硬くなると、今度は肉体を反転させ、憤り勃ったソレを彼女の胎に導いていった。
 彼女が腰を振ると、肉壁が収縮を繰り返す。
 興奮の内に俺の精が放たれる。
 
 
 
 
 何度かの繰り返しの後、疲れとともに充分な満足を得た所でプログラムが終了した。
 カプセルのシャワーが汚れを落とす。
 俺は爽快な気分で扉を開けた。
 少し違和感を感じたが、そのまま起き上がるとロッカーの扉を開けた。
 いつものように下着を置いた棚に手をやる。
 が、そこにあった生地は穿いてきたトランクスのものとは違っていた。
 確かめるためにも、俺はそれを手に取った。
 それは淡いブルーの生地でできたショーツとブラジャーだった。
 
 それが俺の下着でない事は一目瞭然だ。
(カプセルが誤って配送されたのか?)
 確かに、そのロッカーの中には俺のものは何一つなく、女物のクリーム色のスーツとハンドバック、サンダルが置かれていた。
(どうなっているんだ?)
 俺の頭の中が疑問符でいっぱいになりかけた時、スピーカからアナウンスが入った。
『毎度、イメージ・カプセルのご利用ありがとうございます。お客様のご利用ポイントが1000ポイントに達しましたので、続けてボーナス・プログラムをサービスさせていただいております。お着替えが済みましたら受付まで起こし下さい。』
 機械的な声に引き続き、受付の女の子のらしい声が続いた。
『まことに申し訳ございません。当方の手違いで誤ったプログラムが挿入されておりました。お手数ですが受付脇の事務室にお寄りいただけないでしょうか?』
「俺の服は?」
 俺は向こうが聞いているか判らなかったが、スピーカの方に向かって言ってみた。
『その服が着られないのなら裸のまでも構いませんよ。お客様はまだプログラムの中ですので何も問題ありません。…もしかして、まだご自分の状況を確認されていらっしゃらないのでしょうか?』
(自分の状況?)
 俺は自分の身体を見下ろしてみた。
 
(……)
 
 俺の胸にバストがあった。
 慌ててロッカーの扉の裏にある鏡を覗いた。
 見知らぬ女の顔がそこにあった…
(つまり、まだイメージ・マシンの中という事か…)
 取り敢えず女物の服を一式身に着け、ハンドバックを持って事務室に入った。
 事務室には受付の女の子が待っていた。
「大変申し訳ございません。」
 彼女は深々と頭を下げて言った。
「お客様の1000ポイント・ボーナス・プログラムに誤ったプログラムが挿入されておりました。しかし、一度起動したプログラムの中断はお客様の精神に与える影響が大きいため、このまま継続させていただきます。本来のボーナス・プログラムは次回ご利用時に再度サービスさせていただきますので、今回はこのままこのプログラムをお楽しみいただけないでしょうか?」
「まあ、そういう事なら仕方ないが…」
 そう言った俺の声は女の声に変わっていた。
「で、これはどういうプログラムなんだい?」
「ボーナス・プログラムはお客様の日常の中での幸運を体感出来るようにしたお客様毎にカスタマイズされた特別プログラムになっています。お客様は普段通りの一日を過ごしていただければ良いのです。その中でどのような幸運が訪れるかは『お楽しみ』となっています。」
「こんな状況で俺が『普段通り』をやれると思うか?」
 俺はスカートを摘んで言った。
「何とかなりますよ。けど、その前にお化粧くらいはしておかないとね。」
 俺は彼女に導かれるまま鏡の前に座らされ、生まれて初めての化粧を施された。
 
 
 
 店を出て、階段を昇るとそこはいつもの街中だった。
 俺は取り敢えず自分のアパートに戻る事にした。
 ハンドバックには定期が入っており乗車区間も同じだったのでそのまま駅の改札を抜けた。
 電車に乗るとガラガラに空いていたので座る事にした。いつものように網棚に鞄を載せようとしてフとためらいを感じた。(そういえばハンドバックを網棚に載せる女など見た事ないなぁ)そこで、俺はバックを膝の上に載せる事にした。そうすると、自然と膝頭が閉じ女の座り方になっていた。
 それでも、微かに開いた膝の隙間から男達の視線がスカートの中にぬっぺりと這いずり込んで来るような気がした。気を引き締めて膝頭を密着させると、今度は俺の胸元にチクチクと突き刺さるような視線を感じていた。
 それは電車の中だけではなかった。
 その視線は道を歩いていても執拗に届いてくる。
 それは不快感だけではなく、不安な感じもまた俺の心に芽生えさせていた。
 俺は、国道をクロスする薄暗く長い地下道を歩いていた。
 後ろから近づいてくる足音に怯えていた。
 サンダルの踵の音が地下道に谺する。
 その音が更に不安感を誘う。
 俺は、知らず知らずのうちに駆け足になっていた。
 
 
 やがて、アパートに辿り着いた。
 部屋の鍵を探すより先に、俺はドアホンのボタンを押していた。
 すると、ガチャガチャと鍵を開ける音がした。
(誰かいる?)
 ドアが開く。
「やあ、来たね。」
 
『俺』がそこに居た。
 
 促されるまま、俺はサンダルを脱いで部屋に入った。
 そんな俺を『俺』が抱き締める。
「キャッ!!」
 小さく悲鳴を発した俺の唇を『俺』の唇が塞ぐ。
『俺』の掌が服の上から俺の胸を揉みあげる。
「ああっ」
 オンナの吐息が漏れる。
『俺』は起用に俺の服のボタンを外す。
 スカートが床に落ちる。
 下着姿の俺を『俺』は軽々と抱え上げ、ベッドに運んだ。
 俺は何も出来ずにベッドの上に転がされる。
 ブラジャーからバストを引きずり出すと乳首を弄ぶ。
「うん。ああ…」
 俺の喉から零れるのは、完全にオンナの喘ぎ声だった。
『俺』の掌がショーツ越しに花園を彷徨う。
 指先が割れ目をなぞる。
 ジワリと愛液がソコを濡らすのが判った。
「ふ〜〜む」
『俺』は前技の手を止めると、ショーツのゴムに手を掛けた。
 そして一気に引き擦り降ろす。
「じゃあ行くぞ。」
 いつの間にか『俺』は全裸になっていた。
 その股間には俺の息子が硬く勃っている。
 
 俺は俺自身に貫かれた。
 
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
 快感が俺の脊髄を駆け昇ってきた。
 男には味わえない恍惚が押し寄せてくる。
 俺は身悶えると同時に、更に深く俺自身を迎え入れていった。
 頭の中が真っ白になった……
 
 
 
 
 
 俺は『俺』の腕枕にまどろんでいた。
 もうすぐ『一日』が終わる。
 俺は幾度となく『俺』とヤりまくっていた。
 仮想世界の『俺』は疲れを知らなかった。
 俺自身も仮想世界にいるので肉体的に疲れる事はないのだが、精神的な疲労が溜まっている。だが、それにも増してオンナの肉体で得られる快感の素晴らしさに圧倒されていた。
 
 再び眠気に誘われる。
 
 気が付くと全身がシャワーで洗われていた。
 俺はカプセルの中にいた。
 身体が乾いた所で扉が開かれる。
 起き上がり、自分の身体を確認する。
 今度は自分自身の肉体だ。
 ロッカーの鏡に映る顔も俺のものだし、ロッカーの中身も俺の物が入っている。
 腕時計を見るとこの店に入ってからまだ1時間しか経っていない。
 俺はそのまま店を出た。
 
 
 アパートに戻る電車の中で俺は自分が変わっている事に気が付いた。
 それは外見ではなく、内面的なものだった。
 俺は周りの女性をいつもとは違う目でみていたのだ。
 あのボーナス・プログラムのせいで、自分自身を彼女達と同一視していた。
 同じ感覚を共有した事で、俺は彼女達の立場で女性を見るようになっていた。
 既に俺は、彼女達をSEXの対象としては見ていない。
 彼女達は俺であり、俺もまた彼女達の一部である。
 男に抱かれることで快感を享受する存在なのだ。
 俺と同じように男に貫かれ、ベッドの上で嬌声を発するのだ。
 しかし、彼女達は深夜の痴態をおくびにも出さず、平然とした顔で電車に乗っていた。
 彼女が媚びを売るのは自分の決めた男性だけ。
 最高のエクスタシーを得るためには彼女達は努力を惜しまない。
 だから、彼女達は澄ました顔で電車に乗っているのだ。
 俺もまた彼女達と同じような顔をして電車に乗っていた。
 
 
 アパートのドアを開ける。
 男の匂いが溢れかえる。
 これは俺の匂い。
 昨夜、俺を抱いていた『俺』の匂い。
 俺だったオトコの匂い。
 昨夜、アタシを抱いたオトコの匂い。
 アタシの愛したオトコの匂い。
 
 けれど『彼』はもういない。
 
 鏡の前に立って、アタシはその事を確認した。
 鏡の中に居るのはアタシ。
 男物の服を着ている、変な格好のアタシ。
 だから、着替えを探した。
 ベッドの上に昨日着ていたクリーム色のスーツが畳まれていた。
 アタシは服を脱ぐと、ショーツとブラジャーを取り上げた。
 淡いブルーのショーツが敏感な股間を覆う。
 同色のブラジャーがバストを締める。
 ストッキングを穿き、クリーム色のスーツを着た。
 スツールを引き出し、鏡の前に腰を降ろす。
 ハンドバックから化粧ポーチを取り出し、入念に化粧を済ませた。
 鏡の中に居るのはアタシ。
 女物の服を着ている、普通の格好のアタシ。
 
 サンダルを履いて、部屋を後にする。
 アタシは新しいオトコを求めて、再び街に向かって行った。
 
 
 

−了−


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