(8)浸食


 …俺は…俺は何を話してるんだ?
 勝手に言葉が紡がれてゆく。
 いや、俺自身が喋ってる事は意識している。
 が、何だこの喋り方は?まるでリンそのものじゃないか!!
 それに、リンの方もだ。もう、本来の俺と見分けがつかないんじゃないか?
 「精神が肉体に侵されいる」というのが現実味を帯びてくる…
 
 「…あ…あたしって言ってしまうと、自分が自分でなくなってしまう気がしてたの。だから、あたしは自分の事をあたしって言えなくて…」
 「お前の頭じゃそんな難しい事、考え切れないだろ?素直に現実を受け入れた方が良いと思うぞ♪」
 「あたしはこの現実に流される気はないの。あんたはどうなのよ。」
 「俺は別にこのままでも良いぜ。さっきまではアーサーと肌が触れ合うことに興奮してたけど、慣れてしまえばどうって事なかったな。」
 「受け入れちゃうの?アーサーの事はもうどうとも思ってないの?」
 「今はもう男同士だしな。お前こそアーサーに抱かれたくなってきたんじゃないか?」
 彼の言葉の意味を理解するより先にあたしの顔が真っ赤に染まった。
 「だ、抱かれるって何よ…」
 あたしの頭の中に妄想が展開される。
 アーサーが優しい顔で両手を広げている。
 「おいで♪」
 その声に応じて、あたしは着ていた服を全て脱ぎ去り、一糸纏わぬ姿でアーサーの胸に倒れ込んでゆく。
 温もりにつつまれる。
 「愛してるよ。リン♪」
 
 (違う!!)
 
 あたしはリンじゃない。
 あたしは…俺はリョウだ!!
 俺はなんという妄想に浸っていたのだ?!
 これも、リンが変な事を言ったからだ!!
 
  
 「何、百面相してるんだ。俺的には面白いから止めはしないが?」
 と、そもそもの元凶が声を掛けてきた。
 「あんたが変な事を言ったからでしょ?」
 「変な事はないさ。精神が肉体に支配されれば、当然その肉体が持っていた願望も表面化してくる。」
 「って、あんたがアーサーに抱かれたかったって事?」
 「女としてはな♪今は男同士だからそんな気はないし、抱かれた訳じゃないけど、こうしてアーサーを担ぐ事ができたんだ。」
 「だからって、何であたしがアーサーに抱かれたくならなきゃならないのよ。男同士なのよ!!」
 「精神の性別なんて、簡単に塗り変えられてしまうよ。肉体の欲求に素直に従ってた方が良い。」
 「肉体の欲求…って、言い方が卑しいわね。」
 「どう言い繕っても、事態が変わるもんじゃないだろ?現に俺なんかお前の裸体を思い出して、股間がビンビンだよ。良かったら相手してくんないか?」
 「何考えてるのよっ!!」
 と言ったものの、あたしは彼の言葉に彼の股間を想像してしまった。
 それは、アーサーの優しげな顔より具体的にあたしの脳裏に展開される。
 そう、あたしはこれを何年も見続けてきた。なぜなら、それはあたしの股間にあったものだから…
 
 あたしの?
 否。それは「俺」のだ。またも俺の意識は女の方に流されていたのだ。
 「無理しない方が良いぞ。受け入れてしまえばなんて事ないんだから♪」
 「あたしはリョウなのよ。一刻も早くトラップの効果を無効にしてもらうんだからっ!!」
 

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