最強の剣を隠しておいた場所は未だ荒らされていなかった。
覆いの為に積み上げた岩塊には草が根を下ろしていた。俺が小刀を岩の隙間に差し込むと岩塊は覆いの役目を終え、崩れていった。中には俺が隠した時と変わらずに俺の荷物と剣の鞘が置かれていた。が、最強の剣だけはその姿を失っしていた。
俺が女になっているのは最強の剣を手に入れたための代償であった。この剣を抜いた途端に俺の身体は女に変身してしまうのだ。しかし、剣を鞘に戻せば元の姿に戻れた。
が、肝心の剣が消えてしまっていた。俺はもう男には戻れないのだろうか?俺は崩れるようにしてその場にしゃがみ込んでしまっていた。
「それは姫の恋人の遺品なのでしょうか?」振り向くとそこに吟遊詩人が立っていた。「な、何でこんな所にいるのよ。」奴は俺の問いには答えず、いま一歩近付き俺の前に屈み込んだ。「涙に暮れる姫もまた美しい。」そう言って俺の頬を伝う滴を拭った。
俺は自分が泣いていた事にさえ気付かなかった。「ほっといてよ!」と奴の手を払う仕草まで俺は女になってしまっていた。吟遊詩人は立ち上がり、後ずさった。俺の手に小刀が握られているのに気が付いたからだ。「皆の所には必ず戻るわ。だから、今は独りにしておいて。」そう言って俺の服を胸に抱えた俺は、どう見ても恋人を失った女の姿にしか映らないだろう。
陽も暮れかけていた。俺は荷物をまとめ、中身のない剣の鞘を持って街に戻った。宿の部屋で汚れた服を着替え、泣き腫らした目が目立たないように化粧を整えた。階下の酒場は賑やかにざわめいていた。
酒場のドアを開けると、
そこには見知った男達の顔があった。「み、みんな…」俺が絶句していると、「今宵は私が席を戴いてもよろしいですかな?」と吟遊詩人。「異議なし。」と男達。吟遊詩人が俺の隣に座り、いつもと同じ宴が始まった。
部屋に戻り、男の俺の荷物を解いてみた。あの時のままの品々が床の上に広がった。そこにないのは最強の剣だけであった。俺は鞘を抱き締めた。
この中に収められていた剣のことを思うと胸が熱くなる。ドクリと鞘が脈動した。いや、それは鞘の中に存在しているモノだ。俺は鞘を逆さにして中のモノを取り出そうとした。何度か振ってみると、コトリと落ちてきたモノがあった。干からびた木の枝のようにも見えた。手に取ると心なしか温かみがあった。
以前、どこかで同じような温かみを感じたことがあった。そう。ドラゴンの前で最強の剣の把に触れた時だ。剣の脈動に俺の意識が同調し、光に包まれると最強の剣は俺のものとなったのだ。
俺は枯枝に気を送ってみた。ピクリと身震いしたようだ。干からびたそれには水分が足りないのだろうか?しかし、水を取りに戻れば吟遊詩人が必ず怪しむ。そこで俺は口の中に溜めた唾液を垂らしてみた。
水分を得た枯枝は表面の滑らかな棒になった。良く見ると最強の剣の把の面影がある。「もしかして、お前は最強の剣なのか?」
棒はYESのつもりか、俺の手の中で身震いするのだった。
鞘の中に棒を押し込んでも、俺が男に戻ることはなかった。しかし、希望はある。剣が元の姿を取り戻す事ができれば良いのだ。俺は荷物の底に棒を隠し、鞘を恋人の形見と称して刀身のないまま背中に括った。
「姫」の一行は獲物を求めて、再び旅を再開した。