漂 流

By 奈落(Naotoshi) E-mail:PFB01406@nifty.ne.jp


−1−
 
『ご案内申し上げます。本船はただいまより超空間跳躍に入ります。位相調整のため船体が揺れる事がありますので、お近くの座席にお座りのうえ、シートベルトを着用いただきますようご協力お願い致します。』
 型通りのアナウンスが船室に響きわたる。
 いつも通り、だれもがそれを聞き流している。
 ほとんどの乗客は観光客で、これから始まる旅に心を馳せ、浮かれはしゃいでいる。
 それでも、俺は律儀にも壁面から予備座席を引きずり出していた。
 シートベルトを着用すると、柱に設置してある情報端末のモニタに視線を移した。
 そこには船首カメラが捉えた映像が写っている。
 宇宙旅行か一般化してかなり経つが、乗客サービスとして離着陸や遷移時の船外風景のモニタは単調でこれといった面白みがなにのにも関わらず、今もって継続されている。
 もちろん、宇宙船には窓がない。緊急時に備えて艦橋から有視界飛行を可能とする小窓を設けているものもあるが、船体構造のウィークポイントとなるため、経済性を重視する民間船には一切の窓がない。
 乗客は離着陸や遷移時のモニタサービス以外では船外を目にする事は殆どない。
 そして、だれもその事に不満を持つ事はなかった。
 
『カウントダウンに入ります。ご注意下さい。』
 そんなアナウンスも船内の喧噪に掻き消されてしまう。
『…、5、4、3』
 残り2秒という所でカウントダウンのアナウンスがプツリと切れた。
 
 その直後、けたたましい警報音が鳴り響いた。
 衝撃が床を叩いた。
 上がりかけた女性の悲鳴が途絶える。
 
 シートの両脇からエア・クッションが展開され、俺を包み込んだ。
 透明なクッション越しに船室の惨劇が観て取れた。
 
 ヒトもモノも宙を舞っている。
 ポップコーンのように弾けてゆく。
 俺に向かって飛んできたナイフやフォーク、机や椅子、老若男女の身体などはエア・クッションが防いでくれている。
 
 どうやら船体に亀裂が入り空気漏れを起こしているようだ。
 まだ、意識の残っていた人達が喉を掻きむしっている。
 
 
 
 照明が切れた。
 
 
 俺にはなにも見えなくなった。
 音も聞こえなくなった。
 
 不意に加速がかかる。
 
 明かりが戻った。
 戻ったとは言い難いくらい弱々しい明かりではあるが、俺の目の前の状況がなんとか判った。
 
 星々の明かりに分解を続ける宇宙船が照らされていた。
 それは、俺が今まで乗っていた宇宙船だった。
 俺を包んでいたエア・クッションはエア・ボールとなって宇宙空間に漂っている。
 他にもいくつかエア・ボールを見つけたが、そのなかに人が入っているようには見えなかった。
 
 俺はボーっと外の惨劇を観ているしかなかった。
 
 
 
 
−2−
 
 お腹が空いていた。
 
 しかし、その空腹感が事故の事から俺の意識を引き剥がしてくれていた。
 既に現場からはだいぶ流されていた。
 取り敢えず、空気だけはエア・ボールから供給される。
 
 水や食料は一切ない。
 それに、エア・ボールの供給する空気も無限ではない筈だ。
 漂流を始めた当初は、そんな想いをから逃れるために眠てしまおうとした。
 が、すぐに瞼が開いてしまう。
 
 そして、空腹感が襲ってきた。
 図らずもその空腹感が気を紛らわしてくれた。
 
 
 
 
 ふと、目の片隅が光の点滅を捉えた。
 地上と違って宇宙空間では星々は瞬く事はない。
 だから、それは人工の光に他ならない。
 これが無人島かなにかなら、服を脱いで振り回し大声を上げる所なのだろうが、エア・ボールの中ではそんな事はままならない。
 じっと、その人工の光の動きを追っていた。
 
 ピカリッ!!
 
 サーチライトが俺に注がれた。
 眩しさに瞼を閉じる。
 光は俺を照らし続けた。
 暗闇を観続けていた瞳が光に慣れた頃、サーチライトの光量も徐々に絞られていった。
 
 光が消えると同時にガクンとショックが来た。
 エア・クッションがたちまち俺を包み込む。
 エア・ボールのまわりに網の目が這っていた。
 俺はエア・ボールごと船の中に引きずり込まれていった。
 
 
「ありがとうございます。」
 倉庫に空気が満たされ作業員がやって来ると、直ぐにもエア・ボールが切り裂かれた。
 潰れたエア・ボールの中から這い出した俺は先ず、その作業員に礼を言った。
「いいのよ。気にしないで。」
 その声を聞いて、ようやくその作業員がうら若い女性である事が判った。
「それより、お腹が空いてるでしょう?こっちへ来て。」
 俺は彼女に付いて船の中に入っていった。
 通路の広さ・長さからこの船が結構小さいものであると推測できた。
 案の定、通された食堂は厨房と一体となった小さなもので、10人も入れないくらいだった。
 テーブルの上には既に湯気を上げているボウルが載っていた。
 スプーンが添えられている。
「あなた、NCC1037便の人でしょう?」
 彼女は俺を座らせると向かい側の席についた。
「あれは3日前の事故だから、その間何も食べていない胃に負担にならないようにスープにしておいたわ。」
 俺は礼を言うと同時にスプーンからスープを流し込んだ。
 スープが胃に染み渡ってゆく。
 俺はボウル一杯のスープを一気に飲み干してしまった。
 
 胃が落ち着くと同時に、猛烈な睡魔に襲われた。
 お礼をするのもそこそこに、俺はテーブルの上に倒れ込んでいた。
 
 
 
 
−3−
 
 目が覚めた。
 俺はベッドの中にいた。
 そして、ようやく俺は救助された事を実感した。
「あ、起きた?」
 声のする方を見ると彼女が座っていた机から立ち上がった所だった。
「ありがとう。もしかしてずっと就いていてくらたの?」
「いいえ、この船にあるベッドはこれだけだから。」
「じゃあ、君はそこで寝てたの?ごめん。」
 俺は慌ててベッドから降りた。
 少しふらついたが、近付いてきた彼女に手を差し伸べた。
「改めて、助けてくれてありがとう。俺は後藤慎二。ご存じのように船の事故で放り出されていたんだ。」
「どういたしまして。あたしはUGK63024。この船の生体コンピュータです。」
「えっ?」
「というか、あたしはこの船そのものと言った方が早いわね。この身体は補助端末なの。」
「ロボット?」
「この端末単体で見ればね。でも、あたしはれっきとした人間よ。もっとも、生体コンピュータ用に生まれた時から脳だけで生きているんだけどね。」
「ご、ごめん…」
「いえ、気にしないで良いわ。」
 
「ところで、この船は何処に向かっているの?」
 訪れた沈黙に耐えきれず、俺は口を開いた。
「ごめんなさい、今は言えないの。でも、大きな港が近くに来たら寄ってあげるわ。」
「あ、ありがとう。ただ飯ぐらいも何なんで、何か仕事があれば手伝うよ。」
「それは大丈夫。この船は完全自動なんで、する仕事と言っても…」
 その時、彼女の瞳が妖しく輝いていた事に俺は気付いていなかった。
 
 
 
 
「もし良かったら、あたしに協力してくれないかしら。」
「な、なんでもするよ。」
 なにも仕事が無いと聞いてがっかりしていた俺は勢い良くOKした。
「良いの?」
「男に二言はないぜ!!」
「そう?じゃあこっちに来て。」
 俺は彼女に連れられて、船の中心部にやってきた。
「これが本当のあたし…」
 照明が落とされると、部屋の中央に鈍い灯に照らされた物体が浮かび上がった。
 それは人間の『脳』だった。
「これが生体コンピュータUGK63024の本体…つまり、あたし自身です。」
「何故これを俺に見せる?」
「さっきも言ったように、あたしは生まれた時からこの姿のままだったの。こんなふうに身体を動かせるけれど所詮は補助端末。ロボットでしかないわ。」
 彼女は俺の目をじっと見つめて言った。
「あたし、一度で良いから生身の肉体を持ってみたかったの。」
 彼女は俺に抱きついた。
「この、暖かくて柔らかい肉体に憧れていたの。」
 再び俺を見つめる。
「あなたの身体を貸して欲しいの。」
「身体を貸す?」
「そう。この補助端末みたいにあなたの身体を使わせて欲しいの。」
「よく判らないが、それで救助のお礼になるなら良いよ。」
「ありがとう。その間、あなたには補助端末を使えるようにするから不自由はない筈よ。それに、補助端末もいろいろあるから好きなのを選ぶと良いわ。たまには別の身体になってみるのも面白いわよ。」
「君に任すよ。適当にやってくれ。」
「わかったわ。じゃあ、早速取りかかるわね。」
 そう言って、彼女は俺にキスした。
 暖かい粘液が口の中に注がれた。
 頭がぼーっとして、俺は意識を失った。
 
 
 
 
−4−
 
 目が覚めた。
 俺はベッドの中にいた。
 何が起きたか判らないでいると、
「あ、起きた?」
 声のする方を見ると彼女が座っていた机から立ち上がった所だった。
 いや、それは彼女ではなかった。
 どこかで聞いた事のある男の声…
 近付いてきたのは彼女ではなく見知らぬ男だった。
 
 ぼーっとする頭で考える。
 彼は『見知らぬ男』ではない。どこかで会った事がある…
 
「ありがとう。やっり生身の身体は良いね。あなたはどう?身体を換えるの初めてだから慣れるまでに少し時間が掛かる筈だよ。」
 ようやく彼女に『身体を貸した』事を思い出した。
 つまり、彼は『俺』であり、彼女だった。
 改めて『俺』を見る。第三者の目で自分自身を見るというのも不思議な体験である。
「無理しない方が良いよ。」
 身体を起こそうとした俺を彼=彼女が押し止めた。
「大丈夫だよ。」
 そう言ってから違和感を覚えた。
 彼女に俺の身体を貸したからには、今の俺は俺の身体ではない事になる。
 俺は今、俺以外の身体に入っている。
 違和感はそこから来るものだ。と頭では理解したが、何か引っ掛かるものを感じていた。
「大丈夫だよ。」
 もう一度言ってみる。
「自分の声じゃないって、なんか不思議だなぁ。」
「大丈夫。すぐに慣れるよ。それに、サポートAIに任せればもっと楽だよ。」
「サポートAI?」
「簡単に言えばその身体の無意識の行動を制御しているシステムの事だよ。やりたい事をいちいち指示していたら大変でしょう?大まかな指示だけ出せば、あとはサポートAIが勝手にやってくれるよ。」
「ふ〜ん。」
「例えば『着替える』って思っただけで、あとはぼーっとしていれば、AIが勝手に服を選んで着替えさせてくれるよ。」
「そうなのか?」
 俺は『着替えよう』と思ってみた。
 そして、そのままぼーっとしていると、身体が勝手に動き出した。
「簡単でしょう?」
「そうだね。」
 俺が彼(彼女?)の方を見ているうちにも、せっせとパジャマを脱いでいった。
 下着姿のまま、スタスタと部屋を横切ってゆく。
 壁面に手を触れると扉が開いた。
 そこは彼女のクローゼットだった。
 彼女の服がぎっしりと詰まっていた。
 俺の手はそこから適当に服を選んでいた。
 
 取り出したのは軍服をアレンジしたようなすっきりしたデザインのスーツだった。
 俺の手は取り出した服を胸に当て、扉の裏の鏡に姿を写した。
 
 
 
 
−5−
 
 その時、俺は初めて自分の姿を見た。
 
 モデルなみの美人がそこにいた。
「これが俺?!」
 俺はサポートAIから身体のコントロールを奪い取った。
 スーツを持っていた手を開く。服はそのまま床に落ちた。
 布地に隠れていた俺の身体があらわとなる。
 そこには立派なバストがあった。
 ウエストからヒップにかけて理想的な曲線が描かれている。
 その女性はショーツ一枚でそこに立っていた。
「これが俺…」
 俺は彼(彼女)に振り向いた。
「な、何で『女』なんだ?」
「だってあなた、みんなボクに任すって言ったじゃないか。」
「そ、それはそうだが…」
「ボクがあなたになって、あなたも男のままだと不毛じゃない?」
「ふ、『不毛』ってどういう事だ?」
「ボクなんかずっと独りだったんだ。他人の温もりっていうのに憧れていたし…」
 うなだれていた彼(彼女)が顔を上げた。
「あなたが男同士の方が良いって言うなら替えます…」
「き、君は何を考えているんだ?」
「だって、生身の身体に出来て補助端末に出来ない事ってそれくらいなんだもの…」
「つまり、ナニをする為だけに俺の身体を使いたかったのか?」
「極論するとそういう事になるね。」
「バカらしい。そんな事は君独りで勝手にやっていろ。俺は身体を貸しただけだ。なにも手伝わんからな。」
 俺はクローゼットの扉を閉めるとベッドに戻った。
 パジャマも着ずに毛布にくるまった。
 彼(彼女)は黙ったまま、部屋を後にした。
 
 
 
 
 何かが顔の上を這っていた。
 むず痒さに目が覚めた。
 俺の目の前に鏡があった。
 細い筆が鏡の中を俺の唇に近付いてくる。
 再びむず痒さが感じられた。
 筆先が唇に触れる度に、紅く染まってゆく。
 
 口紅?!
 
 どうやら、俺がふて寝している間にサポートAIが動き出したようだ。
 その間にも、ティッシュを手に取り、唇に挟み込んでいた。
 もう一度鏡を覗き込む。
 化粧の仕上がりを確認しているようだ。
 サポートAIはすっかり着替えを済ませ、俺の顔に化粧を施していた。
 化粧をした事で、この身体の美しさが一段と際立ったようだ。
 俺が何も出来ずにいるうちにテキパキと化粧道具を片づけてゆく。
 彼女は立ち上がるとベッドの乱れを直し、部屋を後にした。
 
 
 
 
−6−
 
 彼(彼女)はキャプテンシートに座っていた。
 サポートAIは俺をその後ろに導いていった。
「落ち着いた?」
 彼(彼女)が聞く。
「ええ。」
 サポートAIが答える。
 背もたれの裏側から腕を伸ばし、彼を抱き締めていた。
 その腕に彼の頬が触れる。
 無精髭が肌に感じられた。
 コンソールから離れた彼の手が、俺の手首を掴む。
 手の甲に唇を当てた。
「オートパイロットに切り替えたよ。」
 そのままシートの背もたれを倒しながら、俺の腕を引いた。
 彼の上に俺は倒れ込んだ。
 彼の唇が迫ってくる。
 俺は彼の腕に抱き締められていた。
「あぁ…」
 サポートAIが喘いでいる。
 彼の手が巧みに俺の服を脱がしていった。
 俺は事の展開に戸惑い、何も出来ずにいる。
「うんっ。ああ…」
 サポートAIがしきりに甘い声をあげている。
 
 
 彼の手が人工重力のスイッチを切った。
 
 
 二人の身体が狭い艦橋に漂っていった。
 男は簡易な船内作業着を着ている。
 女は全裸であった。
 男は女の足元に廻る。
 脚を抱え、その股間に巧みにもぐり込んでいった。
 男の舌が女の秘部を捉えた。
「あんっ。あ、あぁ…」
 俺は媚声を上げていた。
 股間にジワリと蜜が溢れてくるのを感じた。
 俺は瞼を閉じ、その感覚に意識を集中していた。
「ああん。あん。」
 彼の攻めは俺の性感帯に確実にヒットしてゆく。
 俺は中空で快感に身を悶えさせていた。
 
 そして、『男』が入ってきた。
 
 
 
 …俺は絶頂に達した…
 
 
 
 
 
 
−7−
 
「出来たよ〜」
 俺はインターフォンで彼を呼び出した。
 食堂のテーブルの上には俺が作った料理が並べられていた。
 …もっとも、そのほとんどがサポートAIの能力によるものだが…
 
 俺はエプロンを外し、鏡を覗いて髪の乱れを直した。
 今の俺はTYPE−37という身体を使っている。
 化粧をしなくても十分な若い身体だ。
 最初に使ったTYPE−64程にはナイスバディとはいかないが、若い分だけ感度が良い。
 ミニスカートの船内着にカーディガンを羽織っただけであるが、十分に可愛らしい。
 
 船内情報装置が彼が近付いた事を知らせる。
 すぐに ドアが開き彼が入ってきた。
 それは元々は俺の身体だった。
 彼はいたく気に入ったようで、なかなか返そうとしない。
 俺も返してくれとは言っていないが、彼が生身でいる限り、俺はこのように料理を作ってあげる口実ができる。
 料理を作り、洗濯をし、船内の隅々まで掃除する事で俺は時間を潰していた。
 そうでもないと、俺はこの船の中でなにもする事がなくなってしまう。
 彼がその身体を手放したくなくなるような美味しい料理を俺は作り続けていた。
 
「美味しいよ。」
 テーブルについた彼が最初の一口の後、そう言ってくれた。
「ありがとう。作った甲斐があるわ。」
「君もどうだい?」
「えぇ、いただくわ。」
 俺も料理に手を付けた。
 この補助端末のロボット体はもともと食事を摂る必要はないが、食べられない訳でもない。
 俺の皿にも彼とのバランスを考えて一人前を盛りつけてある。が、
「たくさん食べてちょうだい。」
 俺は自分の皿から彼の皿に半分以上分けてやった。
 彼はそれを猛烈な勢いで詰め込んでゆく。
 俺はそれをうっとりと眺めているのだ…
 
 
 
 
 夜になれば二人してシャワーを浴びる。
 温風で身体を乾かすと、そのままベッドに向かう。
 TYPE−37は小さく出来ているので、ベッドに二人が乗るのにも不自由しない。
 小さな胸の膨らみに彼の手が掛かる。
「優しくしてね。」
 俺が甘えるように言うと。
「大丈夫だよ。」
 彼が優しく言葉を掛けてくれる。
 俺は彼の腕の中で幾度となく絶頂を味わうのだ。
 
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
 
 狭い部屋に俺の嬌声が響き渡った。
 
 
 
 
−8−
 
「…港が近付いたよ…」
 彼が言った。
「ありがとう。たのしかったわ。」
 彼の目に涙が浮かんでいる。
「この身体を返すわね。」
(いやっ)
 俺の想いは言葉にはならなかった。
 
 
 
 
 この船は大気圏内航行能力があるので、管制の指示に従って地表の空港に降下していった。
 彼女はTYPE−33の身体で船を操っていた。
「もう少しこのままでいたい…」
 という俺の願いから、俺が自分の身体に戻るのは彼女がこの惑星を発つ明日にしてもらった。
 
 補助端末だからといって船内だけに留まっていなければならない訳ではない。
 地球型の惑星であれば、自由に出歩く事が出来る。
 俺はTYPE−37の姿のまま、彼女と街にでていった。
 
 彼女はほとんど船外にでたことがないらしく、もっぱら俺がリードしてやった。
 ブティックを巡ってはウィンドウショッピングを楽しみ、喫茶店でケーキを食べ、デパートであれやこれやと買い物をしてまわった。
 荷物は船に直接送ってもらい、手ぶらの若い娘は二人して、夜の街に突入していった。
 
 ディスコで踊り、カラオケで歌いまくった二人は船に帰る気力を失っていた。
 そのまま、近くのホテルに雪崩込んだ。
 
 ふかふかのソファに腰掛け、ブランディを啜っていた。
「面白かったね。」
「楽しかったわ。」
「ありがとう。」
「ありがとう。」
 そして沈黙が訪れた。
 
 彼女が俺に覆い被さってきた。
 口移しでブランディが注がれる。
 暖かい液体が喉を抜けると、体中が火照ってくる。
「女のコ同士で?」
「いや?」
「これも良いかも…」
 
 二人の肉体が絡み合った…
 
 
 
 
 轟音とともに船は飛び立って行った。
 俺は『後藤慎二』に戻っていた。
 船が見えなくなるまで見送ると、俺は彼女がまとめてくれた荷物を背負って港を離れた。
 役所に行けば俺がNCC1037便の事故の生存者である事が認められ、故郷への送還を手配してくれる筈である。
 
 格好付けた訳でもないが、俺はジャケットのポケットに手を入れた。
 
 ふと、指先に硬いものが触れた。
 どこから紛れたのか、それは口紅だった。
 キャップを取って捻ると、紅い塊がせり上がって来た。
 脇を見ると、窓ガラスに口紅を手にした男の姿が写っていた。
 
 俺は口紅をポケットに戻し、歩き始めた。
 
 

−了−

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