おまじない

By 奈落(Naotoshi) E-mail:PFB01406@nifty.ne.jp


 行きつけのスナックで独り飲んでいた。
 独りと言っても、側には店の女の子がサービスしてくれている。
 今日は日が悪いせいか、客は俺しかいなかった。
 顔見知りの事もあって、ママは店の奥で休憩している。
 カラオケもやらずに、BGVの音だけが店の中に響いている。
 女の子は手持ち無沙汰に爪の手入れをしていた。
 
 チビリチビリ空けたグラスに女の子がボトルから琥珀色の液体を注ぎ足してゆく。
 既に、かなりの時間をそこで過ごしていた。
「ねぇ、おまじないに興味ない?」
 無為の時間に耐えきれず、女の子が声を掛けてきた。
 最近入ってきたミドリという娘だったと思い出していた。
「最近仕入れてきたおまじないなんだけど、試したいんだ。」
「俺はべつに、どうでもいい。」
 彼女はそれを肯定ととったようだ。
「ありがとう。このおまじないは一人ではできないんでやきもきしていたんだ。」
 彼女はスツールを引っ張ってきて俺の前に向かい合うように座った。
「このおまじないは、人生変わるわよ。」
 ポーチからなにやら取り出した。
 透明な飴玉みたいだ。
「これを舌の上に載せて唇を閉じて。」
 俺は言われるままに従っていた。
「こうやってお互いの指を絡めるの。」
 テーブルの上に肘を付き、掌を合わせると自然と顔が近づく。
「じゃあ、ゆっくりと瞼をとじて…」
 お互いの額が触れ合い、俺はゆっくりと眼を閉じた。
「ジュウ………キュウ………」
 彼女が数を数えている。そしてその合間に小声で呪文のようなものを唱えている。
「………イチ………」
(…ゼロ…)俺も声には出さずにカウントしていた。
 
 ふっと口の中から飴玉の存在が消え失せた。
 彼女の額が離れ、絡まった指が解かれる。
「眼を開けて良いよ。」
 それは彼女の声ではなかった。
 俺の前から男の声が聞こえた。
 俺は慌てて瞼を上げた。
 目の前いた筈のミドリは居ず、替わりに壁を背に男が座っていた。
 俺はいつの間にか通路側のスツールに移動させられてしまったようだ。
「まだ気付かない?」
 男はどこかで見たような服を着ていた。
 そう、俺の持っているのと同じだ。
 そういえば、俺は今日その服を着てきてのだ。
 俺は男の顔を観た。
「そう、わたしはアナタ。」
 俺は納得した。彼は「俺」だ。
「そして、アナタはわたし。」
 そう言われ、俺は自分自身を見下ろしてみた。
 胸元を覆う緑色のドレス。
 胸には双つの膨らみがあった。
 
 
「ママ、お勘定。あ、それとミドリちゃん借りてくね。」
 俺が自体を把握しきれないでいるうちに、彼は勘定を済ませ、ママから手渡されたミドリのコートを俺の肩に被せる。
 促されて立ち上がった俺は不安定なハイヒールによろめく。
 それを彼がしっかと抱き留める。
 抱えられるように店を出た俺達は暫くの間、街の中を歩いていた。
(何で俺はこの男の言いなりになっているんだろう?)
 思い出したように沸いてくる疑問も、足元が危うくなる度に彼に抱き留められると、頭の中が真っ白になり何もかも忘れてしまう。
 気がつくと俺達はホテルの一室に辿り着いていた。
 ハイヒールを脱ぐ事ができてホッとした俺からコートが奪い取られる。
 その下から現われる緑色のドレス。
 そんな俺を彼の腕が抱き締める。
 彼の顔が近づく。
 唇が奪われる。
 「奪う」のではなく、「奪われる」ようなキス。
 擦り寄せられる頬に髭の剃り後がチクチクする。
(小さい頃、オヤジにやられて以来だな…)
 やがて腕が解かれ、開放された。
 彼はベッドの上に腰を降ろした。
「こうやって男になって女の子を抱いてみたかったんだ。こんな事を頼めるのは水島さんしかいなかったし、水島さんの身体を借りて他の女の子を探すよりは自分自身の方が楽だと思ったの。それに、アタシも相手は水島さんなら良いと思っていたのよ。」
 水島とは俺の事だ。
 オネエ言葉を使う彼は俺の事を知っている。
(どういう事だ?)
「先にシャワーでも浴びて来たら?」
 俺はコクリと頷いてバスルームに向かっていた。
 
 俺の姿が鏡に映っていた。
 見覚えのある女の顔が映っていた。
 緑色のドレスから、すでに判っていた筈だ。
 この娘はスナックのミドリという女の子だ。
 そしてバスルームの扉の向こうでベッドに座っているのは俺=水島豊だ。
 彼女の「おまじない」で、俺とミドリの身体が入れ替わったのだ。
 俺はドレスを脱いだ。
 鏡の中に下着姿のミドリがいた。
 ブラを外すと瑞々しい乳房が露となる。
 ぷっくりとサクランボのような乳首がその先端に載っている。
 次ぎは下半身だ。
 爪を掛けないようにストッキングを降ろす。
 ドレスと同じ色のショーツを取ると、彼女は全裸となった。
 バスタブに入り、シャワーを浴びる。
 胸元で弾ける飛沫が顔を濡らす。
 化粧をしたままだった事を思い出す。
 石鹸を泡立てて顔を洗う。
 2度3度と繰り返した後、石鹸の泡で全身を包み込んだ。
 掌でバストを包み込む。
 下から持ち上げると、その重みを感じる。
(これがバストを持つという事か…)
 泡は胸から腹部、そして下半身に向かう。
 ゆっくりと股間に指先を滑らせる。
「?!?!?!?!」
 得体の知れない感覚が突き抜けてゆく。
 膝から力が抜け、俺はバスタブの中に座り込んでしまった。
 頭上から驟雨のようにシャワーの湯滴が降り注いでくる…
 
「どうした?」
 バスルームの扉が空き、全裸の「俺」が入って来た。
 俺がなにも出来ないでいると、彼はテキパキとシャワーのノズルを取って俺の身体から石鹸を流していった。頭の先から爪先まで洗い流すと、バスタブの中から俺を抱え上げ、部屋の中を横断してベッドの上に俺を放り投げた。
「ちょっと待っていてね。」
 彼はバスルームに戻り、速攻でシャワーを浴びるとバスローブを着て戻って来た。
 途中でグラスにブランデーを注ぎ、一口啜る。
 グラスをサイドテーブルに置き、そのままベッドにいる俺の上に伸し掛かってきた。
 唇が合わされる。
 彼の口から暖かいブランデーが彼の唾液とともに送り込まれた。
 ブランデーが喉の奥を通り過ぎて行く。
(美味しい)
 いつものブランデーがこんなに美味しく感じたのは何故だろうか?
 彼はバスローブを脱ぎ捨て、俺の上に身体を合わせる。
 耳元に息が吹き掛けられる。
「ああん」
 俺の口から出たのは、女の喘ぎ声だった。
 彼の愛撫に悶え、嬌声をあげながら俺は女の悦感に翻弄されていた。
 
「?」
 気がつくと下腹部に異物を感じていた。
 俺の股間が押し広げられ、そこに彼がいた。
 俺は彼の男性自身を受け入れていた。
 彼が動くと俺の内で異物が暴れる。接合部からの淫裨な音が辺りを包む。
「Um〕
 彼は唸り声と伴に、俺の内に放出した。
 俺は頭の中では何が起こっているのかはっきりと認識していた。
 が、それは第三者的な立場で見ているような遠くの事象に感じていた。
 それが俺自身の現実である事をほとんど理解していなかった。
 女が男を受け入れた…男の精液が女の膣に放出された…
 ただ、それだけの事…
 しばらくして、ふたたび愛撫が始まる。
 この肉体の事は彼が一番良く知っているのだろう。
 俺は彼の手業に身悶え、喘ぎ、嬌声をあげる。
 悦感に身を委ねるとなにもかも忘れられた。
 快感を与えてくれる彼の指先に意識が集中する。
 彼の触れた所から、津波のように快感が全身に広がる。
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
 俺の意識は絶頂の涯にホワイトアウトしていった。
 
 
 窓から差し込む日差しは朝ももうかなり遅い時間である事を告げていた。
 俺は独りベッドの中で目覚めた。
 サイドテーブルに書き置きがあった。
〔夜にはもどります。お店で待っていてね(ハート) from ミドリin豊〕
 汗と愛液まみれの裸体を見ずとも判っていた。
 俺はまだミドリのままだった。
 シャワーを浴び、昨夜のドレスを再び着込んでホテルを出た。
 この格好のまま街中をぶらつく訳にはいかないのでタクシーをつかまえてお店に戻った。
 ロッカーで彼女のセーターに腕を通していると、
「あら、帰っていたの?」
 ママが顔を出した。
「丁度良かった。3時に山崎さんが来るの。アタシは出かけているから、ミドリちゃんいつも通りお願いね。」
「はい。」
 俺はそう答えていた。取り敢えず、今日一日はミドリとして過ごす他はない。
(しかし、俺にミドリの替わりができるのだろうか?)
 店に戻るとママが顔を整えていた。
 そう言えば、俺はすっぴんのままだ。女の子がお客を相手にするのに化粧なしで良い訳がない。
 俺はママの作業をじっとみていた。
「どうしたの?なんかヘン?」
「い、いいえ。そんな事ありません。ただ、ママが綺麗なんで見とれていただけです。」
「そお?お世辞でも嬉しいわ。」
 手鏡で仕上げを確認すると、
「そうだ。今日はアタシに顔を作らせてくれない?山崎さん好みにしてあげるわよ。」
 そう言われて拒絶するわけにもいかない。
(それに、慣れない手で化粧をするよりはママにやってもらえるのは願ったりだ。)
「ありがとうございます。」
 こうして俺は鏡の中で綺麗になってゆく俺=ミドリの顔をうっとりと眺めていた。
 
 
「じゃまするよ。」
 3時丁度に山岸さんがやってきた。
 俺は暇つぶしに読んでいたファッション雑誌を置いて、迎えに出た。
「いらっしゃい。」
 俺は努めてミドリらしく振る舞った。
 山岸は後ろ手にドアの錠を降ろすと、俺を抱き締め濃厚なキスをした。
 それだけでミドリの肉体は反応していた。
 股間に熱い蜜の前触れが感じられる。
 俺は身を捩り、彼の腕から逃れた。しかし、これがミドリの「仕事」だと思い直す。
 カウンターからおしぼりを取り出し、何事もなかったように山崎に手渡した。
「それじゃあ、初めてくれないか?」
(?)
 俺はソファにくつろいだ山崎から発せられた言葉を理解できなかった。
「どうした?いつもならお前の方からねだってくるのだろうが。」
 山崎は脚でテーブルを寄せるとソファの前に空間を作っていた。
 彼の広げられた股間はズボンの布を押し上げるように膨らんでいた。
「忘れてしまったのか?ほら、ここに跪いて…」
 俺は元に戻った後、ミドリが困らないように山崎の指示に従っていた。
 チャックを下ろし、トランクスのボタンを外すと目の前に男性自身がそそり立っていた。
 自分のモノ以外のモノをこんなに間近に見た事などなかった。
 それはグロテスクに脈打っていた。
 俺は言われるまにそれを口に含んだ。
 俺は男色ではない。男のモノを咬えるなど、屈辱以外の何物でもない。
 しかし、それだけでは済まなかった。
 山崎は俺の口の中に射精すると、それを全て飲み込ませた。さらに、竿に残った残滓も嘗め取らせると、俺の身体から服を剥ぎ取った。
「今度はお前の番だ。」
 両脚を取られ、俺は逆さ釣りになった。
 太股が肩で抱えられると、俺の股間が丁度彼の顔の前に来る。
 ペロリと、彼の長い舌が俺の股間を嘗め上げていった。
「アンッ」
 俺の意志に反して、肉体が反応している。
 股間から零れる蜜を彼は丁寧に嘗め取っていった。
 頭に血が昇り、朦朧としかけた所で開放された。
 俺が床の上にぐったりとしていると、山崎が伸し掛かって来た。
 いつの間にか、彼も全裸となっていた。
 再び、俺は彼の言いなりとなった。
 俺になったミドリがしてくれた愛撫とは全く違う、男に奉仕する為のSEXを強要された。
 そして、満足した山崎は元通り服を着ると、
「良かったよ。これはお小遣いだ。」
 そう言って、ぐったりと床の上に横たわる俺の掌に数枚のお札を握らせていった。
 
 
 夜になり、店が開いた。
 俺は何事も無かったかのようにママの下でお客を接待していた。
 店のドアが開く度に振り返る。
 が、そこには俺の姿をしたミドリがいる事はなかった。
 やがて12時を回る。
 更に、時計の短針は進んでいった。
 客もいなくなる。
「そろそろカンバンにしましょうか?」
 ママの声に恨めしそうにドアを見つめる。
 カウンターの電話が鳴った。
「ミドリちゃん。電話よ。」
『ごめんなさい。やっぱりこの身体返したくなくなっちゃった。朝イチの飛行機でアメリカに行きます。』
 俺は呆然となった。
 ミドリは電話の向こうで喋り続けていた。
『あなたの部屋の物はあたしのマンションに届くようにしてあります。部屋は解約しました。お金もあたしの口座に入れておきました。お詫びのつもりであたしの貯金はそのままにしておきます。ご自由にお使い下さい。それではお元気で…』
 俺が喋る間もなく電話は途切れた。
 俺はツーツーツーと囁く受話器を握りしめていた。
「今のミドリちゃんだった?」
 振り向くとママの顔が覗き込んでいた。
 知らず知らずのうちに涙が零れていた。
「やっぱり、彼女帰れないって?いえ、もう『彼』だったわね?」
(?!!)
 俺の手から受話器が落ちて行った。
「ママ…、知っていたの?」
「何?あなたがミドリちゃんじゃなくて水島さんだって事?」
「………」
「ええ、あのおまじないを教えたのはアタシだからね。今日からはあなたが『ミドリちゃん』ね。」
「…お、俺は『男』だ…」
「良いじゃない、女の子で。これからアタシがじっくりと女の子の良さを教えてあげるわ。」
 そして、ママの唇が俺の唇を塞いだ…


−了−

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