ダンジョン3



 今夜も早々とベットにもぐり込みログインする。ホストはいつもの「ダンジョン3」だ。
 ヘッドセットの暗闇の中に「ダンジョン3」のCG映像が浮かび上がる。
『お前は誰だ』
 頭上から声が響く。
 暗闇み向かってID番号とハンドル名を告げる。
『何処に行く』
「昨日の場所から」
『では合言葉を』
「********」

 一気に辺りが明るくなった。僕はベットから起き上がった。周りを見回して確認する。昨日ログアウトした場所だ。床の上に服が脱ぎ捨てられている。昨日着ていた服そのままだ。違うのは一緒にいたヒロシがいなくなっている事ぐらいだ。
 シャワーを浴びてすっきりする。ドライヤーで髪を乾かし、昨日と同じ服を着る。
 ここでは僕は『女の子』をやっている。もちろん、今付き合っているヒロシはそんなこと知りはしない。ボロをださないように仕種や言葉使いに注意しいてる。もう一つ忘れていけない事がある。それは思いっきり甘える事だ。ワガママを言って彼を困らせ、その後でとびきりの笑顔で彼にしがみつく。これも一つのテクニックである。

 鏡に向かってルージュを引く。髪は束ねずにストレートのロングヘアを肩に垂らす。
 こっちの世界で借りているマンションに戻って着替えると、ヒロシとの待ち合わせ場所に向かった。(ホテルの料金はヒロシが済ませていた。こんな所は女が便利だねU)
 ヒロシとはいつも11時に待ち合わせする事になっている。まだ1時間程時間があるのでショッピング・モールに足を向けた。化粧品と下着の補充を済ませ、残った時間でウインドウショッピングを楽しむ事にした。

 架空の世界ではあっても僕たちはここで生活しているのである。さまざまな消耗品は補充しなければならない。もちろん食事をすれば排泄行為もある。(僕は女の子なので、月に一度は生理になる。そのための準備も怠りない。ポシェットには普通の女の子が持っているものは全て入っている。もちろん避妊も考えている。うっかりすると本当に子供が出来てしまうらしい。)
 化粧水とベビーローションを買った。配送はマンションに直送してもらう。下着売り場ではストッキングとショーツを3枚いくらで買った。
 下着売り場で少々長居をしてしまったので、あまりウインドウショッピングの時間がない。そこで、手近のアクセサリーショップをひやかす事にした。ピアスやイアリング、髪止め、ブローチなど女の子が身に着けるキラキラした輝き物の他にもぬいぐるみやキャラクターのコーヒーカップ、コースターなどが狭い店内に詰め込まれていた。
 そんな中で、ふと目に止まったものがあった。
 普段なら見過ごしてしまいそうな地味なデザインの指輪だった。
 2匹の蛇が互いの尻尾をくわえている……
 しばらく見とれていたが、待ち合わせの時間を思い出し、僕はアクセサリーショップを後にした。

 待ち合わせの場所・公園の時計台の下には既にヒロシが待っていた。
「ごめ〜ん。待った?」
「遅いぞ」とコツンと頭を叩かれた。
 僕はペロリと舌を出して愛嬌を振りまく。僕がヒロシの腕にじゃれついて二人のデートが始まる。ヒロシは長身のスポーツマンタイプ。本来の僕が真似しようとしても到底まねできないほどカッコイイ。それにお金持ち。この世界では働く必要はないのだが、ここで生活するにはなにかとお金がかかる。そして、ここで使った代金は全て元の世界の自分に跳ね返ってくるのだ。僕なんかあれこれヒロシにおごってもらっていても月に5〜6万円は使っている。ヒロシなら2〜3十万円くらい使っているんじゃないかしら。

 レストランで食事をしてそのままホテルに向かう。この世界での最高の楽しみがSEXである。元の世界での性別なんかは関係ない。SEXの感覚はこの世界の性に合わせてフィードバックされてくる。彼の前技にアソコがグショグショになる。彼の指が動く度に僕はあられもない嬌声を上げる。僕はベッドの上で身悶える。ヒロシの熱いモノが突き進んでくる。僕もカラダ全体でソレを受け止める。彼の動きが段々早くなってくる。僕の頭の中は快感で真っ白に染まる。二人してエクスタシーの頂点に向かって突き進んでゆく。
「アァ」「イクゥ」「もっとォ」「イ、イ、イッ」
 自分でも何を口走っているのか分からない。彼の身体が小刻みに震えだす。

 あと少し!ッという所で突然ヒロシの姿が消えてしまった。一瞬、何が起こったのか判らなかった。僕の肉体は高揚したままその場に硬直してしまった。
 何が起こったか?
 人の姿が消えるのはこの世界から出てゆく時…すなわちログアウトした場合しかない。しかし、普通はこの世界の生活に支障のない場所を探してログアウトするし、それがこの世界のマナーともなっている。もちろん、ログアウトは本人の意思で行うものであり、普通は他者による強制ログアウトはありえない。だが、ヒロシはSEXの最中であり、しかも射精寸前のもっともハイな時に自分からログアウトするなど考えられない。
 何が起こったのだろう? 考えてもなにもでて来ない。こうなったら直接本人に聞くしかない。が、元の世界でのヒロシの正体など一度も聞いた事がない。(もっとも、僕も自分の正体は隠しているが…)元の世界に戻って聞く事が出来ないのであれば、あとはヒロシがこの世界に戻ってくるのを待つしかない。それがいつになるかは推し計ろうがない。
 と、なったら何をすべきか? 今は自分の火照った肉体を片づけるのが第一だ。物足りないが、自分で自分を慰めるしか方法がない。肉体は準備OK。あとは自分の指に任せる。右手で乳房を揉み、左手をアソコに押し当て、指を付き立てる。指の腹がクリトリスに触れ、僕は一気に昂まった。
 ヒロシの姿、ヒロシの顔、ヒロシの声、ヒロシのモノ…いろいろと思い出しながら、昇り詰めていった。

 いくぶんかの虚しさとともに、自分の指で幾度か達したあとで僕はシャワーを浴びた。ヒロシの事を思うとシャワーの湯滴に混じって涙が止めどもなく溢れてきた。バスルームの床にへたり込み、シャワーの温水の下で泣いていた。やがて涙も枯れる。シャワーを冷水に切替え身体の火照りとともに涙の跡も一緒に洗い流した。
 ベッドルームに戻る。ベッドは二人の絡み合いとその後の一人相撲で乱れに乱れていた。そのベッドの上に突然、人の姿が現れた。
 ヒロシが戻ってきた。ヒロシは僕を認めると小さく「ごめん」と呟いた。
「どうしたの?」と聞くと彼はゆっくりと自分の事を話始めた。
 ヒロシは本名を本田浩一郎といい、とある大企業の創設者なのだそうだ。一代で築き上げたからして、ヒロシも外見とは雲泥の差もある年齢に達していた。その年齢で別世界とはいえ激しい運動を繰り返していたため、本来の肉体の心臓にそうとうな負担が生じていたらしい。ぞれが、今回一気に爆発したようだ。システムの自動回路が働き、強制ログアウトがかかると伴にお抱えの担当医が飛んできて身体検査が行われた。
「そして、その医者が言うにはいくら別世界だからといって無理をしてはいけないのだそうだ。しかし、SEX までは止められなかったよ。ただ、もっと肉体に負担のかからな い方法でという注文はついたがな。」
 そういえば、これまでのSEXは全て彼が主導権を取り、僕は彼にされるがまま快感に浸っていたようだ。
「じゃあ、今度はあたしが奉仕する番ネU」
「いや、医者の言う事なぞ気にしなくていい。女に奉仕されるなど男の恥だ。」
「そんなコトないわ。騎乗位とか…」
「バカ言うな!」
「けど、アナタの身体の方が心配だわ。」
「ワシの身体だ。お前なんぞに心配されたくないわ。」
「そんなァ〜。あたしは貴方の事を思って…」
「これが男のプライドだ!」
「そんなら『男』をやめちゃいなさいよ」
「『男』をやめる?」
「そうよ。この世界はなんでもアリよ。年齢だけじゃないわ。性別だって、人種だって思いのままに変えられる わ。もっと言っちゃえば小鳥にだってなる事が出来るのよ。」
「しかし、そう簡単には…」
「じャ、いい?」
 僕はヒロシの返事など待たずに、僕の構成パターンを彼の虚像に複写してしまった。





 目の前にもうひとりの僕がいる。もちろん、この世界の女の子の姿をした僕だ。中身はヒロシこと本田浩一郎という老人である。
「これなら文句ないでしょう?」僕はそう言って近づくと彼女にキスをした。
 ヒロシは事態の展開に付いて行けず、ボーとしていた。僕はヒロシをベッドの上に引きずり倒し、愛撫を始めた。もともと自分の身体である。どこが一番感じるか知り尽くしている。耳朶を噛み、首筋に沿って舌を這わせる。それだけで彼女は感じ、乳首がそそり立つ。乳房を揉み上げると早くも下半身が濡れだす。乳首を口に含みながらアソコの茂みに指を這わせる。それだけでヒロシは弓なりに体を反らせる。
「いい恰好ね。」僕はベッドの脇のスイッチを押した。
 天井に巨大な鏡が出現し、ベッド全体を映し出す。下になったヒロシからは鏡に写った光景が一番良く見える。
「これがアナタよ。」彼女はそこにあられもない自分の姿を認めた。
 僕の左手はさらに溢れ出す愛液に濡れた。

 『女』の快感を知ってしまったヒロシはもはや『男』に戻ろうとはしなかった。
 それからというもの、僕たちは毎日レズプレイに浸っていた。いつもの待ち合わせ場所で落ち合い、ウインドウショッピングを楽しむ二人は端からみれば仲のよい姉妹に見えたに違いない。あいかわらずヒロシ(最近ではヒロコと呼ぶようになった)はいろいろとプレゼントしてくれるが、最近はヒロコ自身も同じ物を買うようになった。前日に相談して、いつもお揃いの服でデートすることにしている。ショッピングが終わるといつものようにホテルに入る。ただ、これまでとは違ってお互いに慰め合う。ベッドの上では二人は対等の関係である。
 『男』の時とは違って消耗が少ないので二人して何度も登り詰める。イクときは一緒だ。





 しかし、二人の関係も長くは続かなかった。ある日、二人で街を歩いていると同じ二人連れの男にナンパされてしまった。平凡な男だったら見向きもしなかったのだろうが、チョット冒険したくなる雰囲気があった。ヒロコを見ると彼女も目に好奇心をたっぷり浮かべていた。僕たちはレストランで食事をした後、パブでアルコールを補給した。パブを出た時には4人とも上機嫌だった。
「女の子って便利ね」ヒロコがそっと耳打ちする。
 男におごってもうのは始めての経験だったろう。これで二人の関係も終わったかな?と、漠然とした予感があった。その夜は当然の成り行きで2組のカップルに別れて終わった。
 翌日、これが二人の最後の出会いとなった。昨夜は久し振りの男との交渉で僕自身ハイな気分になっていた。僕からしてこうなのだから、始めて男性を経験したヒロコが『男と女の関係』にのめり込んでしまうのは目に見えていた。遅れてきたヒロコは髪を結い上げていた。昨日までの彼女とは全くの別人である。今日の彼女と僕とをみて『姉妹』と思う人は少ないと思う。型通りにショッピングしレストランで食事を採った後、ヒロコは用事があるからと別れていった。
「避妊には注意するのよ。」別れ際、僕は彼女に耳打ちした。



 次の日から僕はヒロコとの待ち合わせ場所に行かなくなった。それからの数カ月は何人もの男と付き合ったが長続きする事はなかった。
 ある日、フイに呼び止められた。ヒロコだった。ベビーカーに可愛らしい二世が寝ていた。
「赤ちゃん出来たのね?」
「そう、できちゃった。」彼女がベビーカーを見やる優しい瞳の奥に涙が見えた。
 彼女はもう元の世界には戻れない。子供がいる限り、一生この世界を離れる事が出来ないのだ。もちろん姿を変える事も出来ない。『女』として『母』として彼女=本田浩一郎はこの世界で生きつづけなければならなくなってしまったのだ。
 しばらく世間話をした後、二人は別れた。とうとう僕の正体を明かす事はできなかった。





 僕は今でも女の子をやっている。
 何年経っても、この街で、『男』を求めて……

−了−


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