淫女



 心地よいまどろみの中で僕は目覚めた。
 今日もまた一日を繰り返してゆく。
 が、「今日」はいつもの一日とは違っていた。

*      

 いつものように朝食を済ませ、アパートを出る。
 遅刻を気にしつつ、駅に向かって走っていった。
 近道の公園を横切ろうと柵を飛び越した。
 その途端、

ドシン!!

 と、ぶつかってしまった。
「きャ」と女の叫び。
 頬に当たる柔らかな感触。
 そのまま僕は、夕べの雨の名残のぬかるみに落ちていった。

ぐしゃ!!

 もしくはべちゃと音を発てて、僕は泥まみれとなっていた。

 幸いにも、ぶつかられた女性は連れの男性に支えられ、僕のような無茶苦茶な目に合うことから免れていた。
「すみません。怪我はありませんか?」僕はぬかるみの中で四つん這いになって謝った。
「大丈夫よ。それよりあなたの方が大変ね。さあ、お立ちなさい。」言われて顔を上げる。
「すぐそこに、あたしのマンションがあるから寄ってらっしゃいな。」
 彼女が男に目配せすると、男は僕の腕をぐいと掴み立ち上がらせた。そのまま反論する余地もなく、僕は彼女の部屋に連れて行かれた。

*      

 マンションの部屋は女性のへやとしてはこざっぱりしていた。(「あたしの」と言ったからにはこの男女は夫婦ではないのだろう。部屋の雰囲気からしても同棲しているようにも見えない…)僕は男に掴まれたまま玄関のドアの前に立っていた。彼女はバスルームに入りシャワーの準備をしていた。
「来て!」と、バスルームから声がすると、男は僕を掴んだままバスルームに入っていった。
「脱がして!」彼女の声と同時に男は僕の服を襟の所から真っ二つに引き裂いていった。
「………」僕は声を出せなかった。
 恐怖というよりも唖然としてである。男は彼女の言うままに実行する。まるでロボットのように。(しかし、金属の冷たさは無い。彼とて生身の人間である。が、そのパワーは計り知れない。もし、彼女がそう言ったら、僕など身体ごと真っ二つに簡単に引き裂かれてしまうだろう。)真っ裸にひん剥かれた僕に温水のシャワーが降り注ぐ。シャワーをコントロールしているのは彼女である。恥ずかしいので前を隠したいが、両腕は男にがっしりと掴み固められている。もちろん、男も僕と一緒にシャワーの温水を浴びているが、男は服を着たままだ。
 彼女は男を一切無視して、僕にシャワーを浴びせかける。ノズルを近づけ、頭の先から丹念に泥を洗い流してゆく。後頭部を洗う時にはビキニの水着越しに彼女の胸に顔が埋まってしまう。顔を洗い清めた後で、シャワーの温水を背中に浴びせながら、僕の唇に彼女の真っ赤な唇が押しつけられた。もちろん、豊かな胸も密着してくる。みっともなくも、僕の下半身は硬くなっていた。
「元気ねU」と、彼女は言い、そこにシャワーを注いだ。
 たったそれだけの刺激で、一本目が終わっていた。しかし、二本目の態勢も即、OKとなっていた。彼女は石鹸を泡立たせ、これを包み込んだ。三本、四本ととられてもまだ元気でいる。しかし、僕は男に抑えられていて何も出来ない。彼女のなすがままに時が過ぎてゆく。さらに、石鹸の泡は下半身全体を覆ってゆく。
「ここも泥で汚れているわ」と、彼女は臀部を割って来た。
 彼女の指先が鋭敏な粘膜を刺激する。
「力を抜きなさい」さらに、指先が奥に入り込む。
 シャワーが汚れを洗い流した後で、シャボンが全てを覆い包む。
「もっと力を抜きなさい」僕は既に自力では立っていなかった。
 僕の体重は男の両腕で支えられていた。そして、彼女の指に代わって押し込まれてきたものがある。
 これで、僕の全体重が男に支えられている事となった。男の両腕ともう一本…

*      

 両足の裏まで洗い終えて、彼女はシャワーのコックを捻った。僕は相変わらず男に繋がれたままである。下腹部もさらに硬くなっている。彼女は全身の水滴を拭き取り、自分も部屋着に着替えると、僕を鏡の前に引き連れていった。鏡の中に素っ裸で男に繋がれたみっともない姿が写しだされた。一瞬見ただけで、僕は目を背けてしまった。が、彼女はそれだけでは済まさなかった。
 三脚を用意すると、カメラを据え付け、シャッターを切った。僕が顔を背けると、タイマーに切替え、彼女自身の手で僕の顔を正面に向かせる。フィルムを使い切ると、今度はポラロイドで数枚撮った。
 フラッシュの残像が目の中でチカチカしている。眩しさに抵抗する気力が萎える。萎えると同時に体の力がすうっと抜ける。緊張がほぐれ、背中に男の体温を感じる。さらに、下腹部からドクンドクンと脈動するものを感じる。それは一種の心地よさを僕に与えてくれる。僕の誇張した突端から透明な雫が溢れ出る。さらにフラッシュが焚かれる。彼女の指示で男が動く。僕は粘土細工のように、男の動きに合わせて様々なポーズを作る。シャワーの水滴は拭われていたが、男の汗と僕自身の分泌物で身体中が濡れていた。

 フラッシュの洪水が一瞬静まる。僕は再びシャワーの下に立たされる。しかし、男との接続は絶たれる事はない。身体中にまとわり付いた汗と分泌物を洗い流すと、彼女はナイフを取り出した。再度シャボンで包まれる。彼女のナイフが体毛を剃り落としてゆく。脛毛、胸毛、腋毛…爪先から手の甲の毛も剃り落とす。髭を落とし、眉も無くなる。最後にシャワーで洗い流し、水分を拭き取る。
 部屋に戻ると男は仰向けに横たわる。必然的に僕は男の上に跨がる形になる。体に力が入らず不安定になる所を男の両腕に後ろから支えられる。
 男の膝の上、僕の正面に彼女が腰を降ろす。その横に化粧箱が置かれる。彼女はその蓋を開けた。
 ヘアピンで髪を留め、化粧水・ファンデーションと、次々と僕の顔に塗り付けてゆく。剃り落とされた眉の所に細く形の良い眉が描かれる。付け睫毛が貼り付けられ、アイシャドゥが引かれる。真っ赤な口紅が小さな筆で塗り込まれる。ショートのかつらが被せられる。

 化粧道具をしまい、彼女が立ち上がる。
 再び彼女が姿を現したとき、長い布生地を持って来た。パステルカラーの布地を僕と男の肉体に巻き付ける。巻き付けるとはいっても、1〜2回ほど体を巻くだけで、肉体のほとんどが露出している。布地の折れ具合を調整し、彼女はシャッターを押す作業に戻った。
 つぎに、彼女が持ってきたものは女性用の下着である。男と繋がれたままなので、パンティーの類はないが、ブラジャーをし、ストッキングをガーターベルトで止める。コルセットがウエストを締めつける。
 何枚か撮られると、今度はスカートをあてがわれた。結合部を露出させて数枚、隠して数枚続けざまにシャッターが下ろされる。次がブラウス。
 ボタンを止める前に数枚、止めてから数枚。更にカーデガンを羽織る。端から見れば、男に跨がる女にしか見えない。男の下半身が裸なのを見れば、この女は相当な淫女に違いない。このあられもない姿をポラロイドに撮ると、彼女は一切の道具を片づけはじめた。
 片づけが終わると、始めて男との結合が解かれた。というより、片づけの間に男がいなくなったのを片づけが終わった時点でようやく気がついたのだ。
「立って。」彼女に言われて立ち上がる。
 足腰に力が入らずフラフラする。そして数枚のポラロイドと紙袋を手渡された。
「ありがとう。良い絵が撮れたわ。」僕は受け取ると何も見ずにネラロイドを紙袋に押し込んだ。
「服は破れているからこのまま帰った方がいいわ。」
 彼女の指示のまま、表に出る。
 マンションの出口まで彼女に見送られた。

*      

 女物の踵の高い靴にふらふらしつつ、僕は街をさまよっていた。ふと、正気に戻る。店のショウウィンドウに僕の姿が映る。そこに女装した自分の姿を見いだし、恥ずかしさがこみ上げてくる。あわててアパートに戻る。だれにも見つからないようにアパートのドアをくぐる。外から部屋の中を見られないようにカーテンを閉める。薄明かりの中で洋服ダンスの扉を開ける。扉の裏の姿見に自分を映す。まるで別人のようだが、化粧に塗り込められた顔をよくみると自分の面影が窺える。
 髪の毛に手を掛け、かつらを外す。が、自毛と絡みついているのか痛くて外せない。
 首から上は後回しにして服にとりかかる。ブラウス、ワンピースと脱いでゆく。ブラジャーを外すと豊満な乳房が現れた。

 コルセットで締めつけられた肉が移動したのかと思い、すぐさまコルセットも外す。が、一向に変化はない。
 あわててスカートをたくし上げる。
 剥き出しの下半身にあるべきものが消え失せていた。僕はその場に座り込んでしまった。

*      

 無為なひとときを過ごした後、彼女から手渡された紙袋を調べた。女物の衣服が下着も含めて数セット。化粧箱の中には化粧道具が一式。小さなポシェットには生理用品まで入っていた。そして、数枚のポラロイド。
 写真は時系列が混乱していた。服を着た女性が半裸の男に跨がっている。枚数を重ねる毎に服が脱がされてゆく。ブラジャーが外され、形の良い乳房がこぼれ落ちる?スカートが外れる。
 ポラロイドに映っているのは正真正銘の女性だ。
 つまりこれが『僕』。

 男の下半身を哈え込み、恍惚の微笑を浮かべている淫女。
 自分の写真に興奮し、下半身を潤ませている。
 指で触れると、愛液が絡みつく。
 写真の女と同じ顔が鏡に映っている。
 これが『僕』。

「あァ〜〜〜」
 エロティックな溜め息が漏れる。
 僕は淫女……

−了−


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