怪物



 鬱蒼と繁る木々の間に、薄汚れた洋館があった。
 絹糸のような雨が降り続いていた。
 洋館には一人の男が居た。
 男は冷めきった珈琲カップを置き、立ち上がった。
 白衣の裾を翻して、男は地下室に続く秘密の扉を開いた。

 薄暗い地下室の中央に3m程の間隔を置いて直径1m程の巨大なガラス玉が2つ、不気味な光沢を放っていた。男は階段を降りると壁際に近づいた。壁には制御盤があり、1本のレバーが付いていた。男はレバーに手を掛け、ぐいと引き下ろした。

 地下室に光が溢れた。
 ガラス玉の丁度中間から床が2つに割れた。その隙間から強烈な光が溢れ出て来る。
 光が地下室に充満し床が姿を消すと、そこに怪物の頭部が現れた。
 二つの巨大なガラス玉は怪物の眼球であった。
 男の立っている壁際の一角が動きだす。
 それはエレベーターになっていた。下降するにつれ、怪物の全貌が現れる。
 全身を銀色の装甲板に守られた怪物は2本の手を持ち、太い2本の足で直立していた。が、それは人間の姿を模したものではなかった。その象徴たる巨大な尻尾がそのフォルムを決定付けている。
 怪物=ロボットは『ゴジラ』の姿を採っていた。

 エレベーターは本来の床に辿り着いた。
 そこは様々な機械とその操作盤に溢れていた。
 男は次々と制御盤のスイッチを入れ、様々なつまみを調整してゆく。
 静寂は振動の渦と化した。モーターの回る音、パイプが液体を運ぶ音、ファンが回り風を切る、スパークが飛ぶ、ギアが噛み合う……
 そして、怪物の頭部にある2つのガラス玉に光が灯った。

 男はメインコンソールの前に立った。
「さあ、『メカ・ゴジラ』よ。年に一度の保守飛行だ!思い切り暴れるが良い!!」
 コンソールの中央のT字ハンドルに手を掛けた。
 男は振り仰ぎ、怪物の瞳の輝きを確かめると口許に笑みを浮かべた。
 しかし、直ぐ様視線をコンソールに戻す。
 両腕に力が入る。
 その時、

「まって!!」


 甲高い少女の声が響きわたった。
「真由美!?」
 スピーカからは少女の声が続く。
「おじいちゃん、もう止めて頂戴。これ以上、村の人達に迷惑を掛けないで。」
 男はレバーから手を放し、マイクを取った。
「うるさい!ガキは引っ込んでいろ。」
 そうは言いつつも、男の手はハンドルの上で躊躇している。
「おじいちゃんは自分が何をやっているのか判っているの?年に一回とはいえ、その怪物 が動くといくつもの街が灰になっているのよ。それでも村の人達は見て見ぬふりをして くれているわ。防衛隊の人達が来ても知らぬ存ぜぬで追い返してくれるのも、みんなお じいちゃんが好きだからなのよ。分かってる?」
「……」
「何でおじいちゃんはそんなものを作ってしまったの?なんでただの発明おじさんでいて くれなかったの?昔作ってくれたハロやロビーは可愛かったわ。けど、なんでそんな怪 物を作らなければならなかったの?」
 少女の声は半分、涙に埋もれていた。
「こいつは私の夢なんじゃよ。真由美には分かるまいが、ハロもロビーもこいつと同じ仲 間なんじゃよ。こいつは図体がでかい分、ハロやロビーほど簡単に作れなかったし、動 かすのにも莫大なエネルギーが必要じゃ。そのうえ、精密な部品を沢山使っているので たまに動かしてやらないと二度と動くことが出来なくなるんじゃ。『一年』というのが 動かさないでいる限界なんじゃ。」
「い、いいじゃない。動かなくなったって。その方がみんな喜ぶわ。」
「こいつは、ハロやロビーと同じように私の生んだ息子たちじゃよ。殺す訳にはいかない …。」
 男の手からマイクが落ちた。
 再び両手をT字ハンドルに掛け、ぐいと引き下ろした。
 轟音とともにメカ・ゴジラが飛び立っていった。
「おじいちゃーん!!」
 少女の叫び声もまた轟音にかき消されていた。

−了−


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