人 形



 人形には魂が宿る。と昔誰かに聞いたことがある。この部屋に並べられた人形たちを見ていると不意にそんな事を思い出してしまった。

 頼まれてやってきた人形師の館でこの部屋に通され、待つこと一時間。ようやく、主人が人形を手に現れた。
「これが、ご依頼の人形です。本来であれば、いましばらく私の元で落ちつかせるのですが、お急ぎの事と伺っております。
 なにぶん、作りたてですので十分注意して下さい。」
 後になって、この時は何を注意すればよいのかを聞いておけばよかったと後悔したが、その時は接着剤や染料がまだ落ちついていないので取扱いに注意する、としか考えていなかった。
 私は受け取った人形を桐箱に丁寧に寝かせ、両腕で抱えてその館を辞した。

 引き渡しは明日。私は同じホテルに部屋を取った。
 包みを解き、机の上に桐箱を載せた。蓋を開けようとして、プチリと糸の切れるような音がした。良く見ると小さな短冊状の紙が蓋に貼られていて、開いた拍子に剥がれてしまったようだ。一瞬、マズイ!!と思ったが、封をする程丈夫な紙でもなく、また千切れたようにも見えなかった。後で貼り直せば良いと、そのまま蓋を取り、私は再び人形と対面した。
 館の怪しげな雰囲気がそう見せていただけではなかった。近代的なホテルの部屋で見ても、この人形には異様な気配が感じられた。人形の漆黒の瞳を見つめていると、いまにも魂を吸い取られそうになる。この人形には得体の知れない不安定さがあった。
 じっとその瞳を見つめていると、催眠術にかかったかのように、すーっと意識が遠退いていき、私はそのままベッドに倒れ込んでしまった。

 気がつくと、私は闇の中にいた。
 ホテルの部屋の中ではない。ホテルであれば少なくとも時計とか、スイッチの在り処を示す光等がちらついている。しかし、ここは漆黒の闇。ここが何処であるかを知る手掛かりは一つとしてない。
 さらに、私自身金縛りに合ったように身動き一つとれない。指の一本でも動けば、そこから何かしらの情報を得ることができるが、それさえも封じ込められている。

 がちゃりと音がした。続いてドアの開く音。
 まだ、ここはホテルの中なのか?
「お目覚めかね?」
 聞いた事のある男の声。人形の受渡しを依頼した男の声だ。
 プチリと糸の切れるような音とともに、光が戻った。
 そして、私の正面にあの男の顔があった。
「流石だ。魂の入った人形に優るものはない。」
 男の掌が伸び来る。それはぐんぐん大きくなり、巨人の掌となる。
 私の身体はその巨大な手に掴み上げられた。
 私にとり、男は巨人以外の何者でもない。しかし、それだけではない。昨夜までは正常に見えたホテルのベッドや机までもが巨大化している。いや、私はもう理解しているはずだ。だめ押しのように、男は軽々と私を振り回して鏡の前に置いた。
 鏡には人形を鷲掴みにした男の姿が写っていた。
 この人形が私なのだろう。
 私の魂がこの人形に取り込まれてしまったという事か?

 ニタリ。と男の顔に嫌らしい笑みが浮かぶ。
 男は私を机の上に立たせ、前の椅子に腰掛けた。鏡は机の正面に据えられていた。私は鏡に向かうように立たせられていた。鏡の前の電話やペン立てを退かすと、私の全身が鏡に写しだされる。
「知っていたかね?この人形はその瞳をじっと見ていると、魂を吸い取られてしまうのだよ。ただひとつ、鏡越しに愛でる以外はね。」
 男は私に言い聞かせるように、鏡越しに私を見つめて言った。
「本当はお前の美しさを直接この眼で見ていたいが、そうするとわたしの魂もまた吸い取られてしまう。しかし、鏡越しでさえお前の美しさは少しも損なわれていない。」
 男は腫れぼったい垂れ目を更に垂らして私を見つめている。
 男の指が私の身体に触れる。指の腹で私の腕を摩る。親指と人指し指で私の髪をつまみ上げる。小指の爪先で私の瞳の細かな睫毛を撫であげる。
 得体の知れない悪寒が私の全身を駆け巡っていった。

 男は机の上のボールペンを拾い上げ、ペン先を私に向けた。
 ぐい、と唇を割って口の中に入り込んでくる。喉の奥にペン先が当たる。嗚咽することも出来ず、私はされるがままにいた。
 口の中で動いていたペン先が何かを探し当てたかのように一瞬止まった。
 そこから、ぐいと一段押し込まれる。
 カチリとスイッチの入る音がした。
 私の中で何かが変わった。

 口からボールペンが抜き取られ、再び男の愛撫が始まる。
 男の指が私の胸に触れた。
 ビクリと全身を駆け抜けるものがあった。
 それは今まで感じていた『悪寒』とは正反対の『快感』であった。
 乳首が硬くなり、服の下から突き上げてくる。その先端に男の指が触れる。
「あんU」
 私の喉から可愛らしい『声』が漏れる。
 男の指が背筋をなぞる。男の指先から快感が送り込まれているかのようだ。
 心棒が溶けだしてしまったかのように、私の身体はその場にへたり込んでしまった。
 スカートの裾が捲くれ上がり、白い太腿が艶めかしく剥き出しにされる。
 男は更に首筋や胸元を攻めたてる。私は身悶え媚声を溢してゆく。手足を自由に動かせないもどかしさが、さらに快感を増幅させいてるようだ。
 男の掌には再びボールペンが握られていた。
 剥き出しにされた太腿をなぞるようにペン先を股間に押しつける。じわりと股間から滲み出てくるものがある。濡れた股間にペン先が押し入ってくる。私の股間はズブズブとソレを呑み込んでゆく。男がボールペンを捻ると快感が脊椎を走り抜けてゆく。
「あ〜〜〜〜〜〜U」
 私の喉から嬌声が迸る。肉体は海老反り、首は激しく左右に打ち振られる。
 無意識のうちに胸をはだけ、たわわな乳房を揉みしだいていた。
 男の息づかいが速くなる。
 男はわめきながらボールペンの往復運動を繰り返す。
 そこから生み出される快感が絶頂を迎えた時、男の動きが一瞬停止した。



 男は机の上にうつ伏せになり、いびきを上げていた。
 私は自分の身体が自由に動くのを確認すると、服の乱れを整して立ち上がった。
 鏡に自分の姿を写してみる。確かに美しい人形そのものである。スカートの裾を揺らすと足にまといつく布の感触が心地よい。更に股間には男から与えられた快感の余韻が残っている。再び机の上にへたり込んでしまいそうになり、キッと歯を食いしばり溶けかかる快感を肉体から追い出した。
 まず、この場を離れなければならない。
 人形の大きさの身体では容易にならない事は分かっている。が、このままこの男の虜になっている訳にはいかない。ぐるりと部屋の中を見渡す。ドアの脇にもう一人の男が横たわっていた。部屋の隅に放り捨てたらたまたまドアの脇になったように、肉体をくの字に曲げて不自然な姿勢で眠っている。良く見るとそれは私自信の肉体であった。いずれはこの肉体を取り戻さなければならないが、今はこの肉体に戻る術も知らず、人形の小さな身体でこの大荷物を引きずって歩く訳にもいかない。
 しかし、この肉体を踏み台にすれば、ドアの把手に手が届く。私は男の寝息を確かめ、机の上から飛び下りた。

 元の自分の肉体によじ登ってゆく。スーツの裾を手掛かりに、シャツのボタンを足掛かりに、動き辛いスカートを穿いたまま登ってゆく。以外にも軽い身体と機械のように強い腕の力で頭の頂に到達した。しかし、目測を誤ったか、ドアの把手まではまだ距離があった。いつもの感覚では到底届きそうもない距離ではあるが、この身体のパワーには未知のものがある。
 意を決して大きく屈み込むと、把手に向かってジャンプした。
 私の腕は余裕で把手に絡まることが出来た。鍵穴に踵を掛けて、ノブを廻す。ノブが回り切ると、ドアの枠に爪先を立てて力強く蹴り放つ。勢い良くドアが開く。ノブから手を放すと私の身体は通路に転がり落ちた。
 バタン!!
 開いた勢いの反動で、ドアは元の位置にもどる。オートロックが自動で掛かる。
 私は振り向きもせずに駆けだしていた。

「人形はその瞳をじっと見ていると、魂を吸い取られてしまうのだよ。」
 男はそう言っていた。
 誰かが私を見つめると、その人の魂を吸い取ってしまうということだ。危険きわまりない。只でさえ自分で動く人形である。人目を引けば、たちまち話題となる。そうすれば、嫌が応でも私を見つめる人が出てくる。
 私は人目に付かないようにホテルの中を動き回った。
 が、偶然とは思いもよらない事である。
 テーブルの下に隠れていた私の目の前にイアリングが落ちてきた。
「アッ!」と女の声。
 私の目は落ちてきたイアリングに注がれていた。
 そこに屈み込んだ女の顔。
「見つけたU」
 女はイアリングの片割れを見つけると同時に私をも見つけてしまった。
 覗き込む女の瞳。瞳孔が広がる。そしてゆっくりと瞼が降りてくる。
 どさり。と彼女の身体が崩れ落ちる。
 やがて、私の意識も遠のいた。



 気がつくと目の前に床があった。
 その先にイアリング。
 私はイアリングを手に、立ち上がった。
 今度は人形の視点ではない。人間の視点に戻っている。私はスカートの誇りを払い、手にしたイアリングの片割れを元の位置に戻した。
 テーブルの下から人形を拾い上げる。
 ポケットのルームキーで部屋番号を確認すると、人形を抱えてその部屋に急いだ。

 鏡に写っているのは見知らぬ女性。その下に人形が写っている。
 部屋の作りは殆ど同じだった。鏡の前の机に座り、鏡越しに人形と向かい合う。
「ごめん。君を巻き込むつもりはなかった。今、君の居る人形は、その瞳をじっと見ていると、魂を吸い取られてしまうという魔性のものらしい。と言うのも、私自身殆ど何もしらないのだ。この人形に魂を吸い取られ、監禁されていたのをようやくの事逃げだした所で君と出会ってしまったのだ。本当に済まない事をした。」
「あなた、男の人なの?」
 人形からか細い声が聞こえた。
「ああ」と彼女の声で答える。
「それで、何をするつもりなの?」
「私の肉体を取り戻す。自分の肉体に戻れればすぐにでもこの身体はお返しする。動けるとは言っても人形の身体では何かと不便なのだ。人間であればいくらでもやりようはあるものだ。だから、すまないがそれまでの間、君のこの身体を貸してもらえないか?」
「で、元に戻る方法は知っているの?」
「君がそうであったように、この人形の瞳をじっと見つめていれば魂が吸い取られる。そして、それまで人形に囚われていた魂は入れ替わりになる。」
「でも、貴方の肉体には魂は残ってないのではなくて?」
「確かに…」私は考え込んでしまった。
「けど、貴方の肉体を取り戻さなければなにも出来ないのでしょ?いいわ。しばらくの間あたしの身体を貸してあげるわ。」
 予想外の申し出に私は声もでなかった。
「でもね、その男言葉は止めてもらえないかしら。」

 私は彼女と伴に、元の自分の部屋の前に立っていた。
「義夫さん?」
 私はドアをノックすると『女』を意識しながら優しく呼びかけた。部屋を出る5分前に内線電話を掛け、男が起きている事を確認しておいた。
「誰だ?」ドアの向こうから男の声がした。
「あたしU」
「?」
 自分の名前を呼ばれ、警戒心に隙間が生じている。私を確認しようと、男はドアの隙間に顔を付けた。(今だ!)私は暴漢スプレーをドアの隙間に吹きつけた。男は悲鳴を上げ床の上をのたうち回っている。私は彼女をドアの内側に送り、把手に掴まれるように持ち上げてやった。
「いいわよ」
 彼女の合図で一旦ドアを閉じる。
 ガチャガチャとドアチェーンを外している音がする。
 把手が回り、ドアが勢い良くひらいた。
 飛びだしてきた彼女を両腕で受け止め、私は部屋の中に入った。
「あった」
 私の肉体はドアの脇に放り投げられたままであった。
 これを背中におぶり、ずるずると引き擦ってゆく。その先を人形が先導する。
 奇妙な一団は人目に触れることなく、彼女の部屋へと戻った。

「ありがとう、これで私も自分の肉体に戻れる。」
「だめよ!男言葉に戻っているわ。その身体に居るうちは『女』を忘れないでいてちょうだい。」
「だが、すぐにでも君にこの身体を返さなければ…」
「でもよ!」
「…」
「返事は?」
「わかったわ。」やはり照れくさい。
「そう、それでいいわ。でねUもう一つお願いがあるの。」
「なぁに?」私はサービスでにっこりと微笑みも付けてやった。
「裸になって。」
「?」
「あたし、自分の肉体をじっくりと見てみたいの。こんな経験二度とないじゃない?ビデオで撮ってもらっても後で見るしかないし、モニタを見ながらじゃイマイチなのよね。だからお願い。やってもらえないかしら。」
「へぇ〜、そんな趣味があるんだ。」
「そんな事はどうでもいいから、やるの?やらないの?」
「判ったわ。」

 全裸になった私を彼女はうっとりと眺めていた。さらにファッションモデルのように、部屋の中を歩かせたり、立たせたり、座らせたりと次々と指示を出した。
「次は床に座って。そうじゃなくて、足の真っ直ぐ伸ばすの。」
 一旦正座した足を解き、前に伸ばす。
「両手を床に付けて。」
 彼女は近寄ると、私の腕に自分の腕を廻し抱きしめる。
「あァ、これがアタシの身体。」
 頬を擦り寄せる。そのまま背中の方に回る。掌が触れると、ズキッと衝撃が走る。
「ウグッ」衝撃が喉を突いて出ようとする所をかみ殺す。
「我慢しちゃ駄目!そのまま声に出してちょうだい。」
 再度、衝撃に襲われる。
「あんU」
 言われた通りに衝撃をかみ殺すのを止めると、私の喉からは女の媚声が迸った。
「そうよ、ここがあたしの性感帯。そして、此処も。」
 脇腹を刺激が走る。
 喉の歯止めを外してしまうと我慢することは一切できない。悶え、海老反る。
「あんあんあんあんあんあんあんあんU」
 止めどなく快感が押し寄せてくる。それは人形の時に感じた『快感』よりも数倍にも増している。
 さらに彼女は私の股間にもぐり込み、秘所に手を伸ばし弄ぶ。
 快感はさらに増幅してゆく。
「あ〜〜〜〜んU」
 彼女の手技に私は絶頂に達した。



 私は床の上に全裸で眠っていた。
 起き上がり、部屋の中を見渡す。
 近くに人形が転がっていた。彼女は寝ているのだろうか?この肉体を返さなければならない。起こしてやらなければ…
 しかし、そんな必要はあるのか?
 彼女に肉体を返したからといって自分の肉体に戻れる保証はない。それに、戻ったとしてもアノ快感をもう一生得ることができなくなるのだ。
 確か、人形の喉の奥にはスイッチがあったはずだ。これを切れば彼女は動けなくなる。そうすれば、この肉体を奪い取ったとしても誰も文句をつける者はいない。
 私は立ち上がるの机の上のボールペンを手にした。
 人形を抱え上げる。
 唇を割ってボールペンを押し入れる。
 人形の瞳が見開かれる。彼女が気が付いたようだ。が、既に声を上げる事もできない。私はぐいとボールペンをもう一段突き入れる。
 カチリと音がした。
 人形の動きが止まる。
 関節が硬くなり、そのまま凍りついている。私は手足の関節を伸ばしてやる。スーツケースの奥にそのまましまい込んでしまった。

 一息付くと、ベッドの上に横たわるモノに気付いた。
 私の元の肉体である。魂の脱け殻はこれまでの騒動など何も知らずにのうのうと横たわっている。
「!」
 突然、私の頭に一つのアイデアが沸き上がった。
 彼女が言っていた。自分の肉体を別の視点で見ることなど、そうそう出来る経験ではない。その時は彼女だけの特別な感情だと思っていた。が、いざ目の前に自分の肉体を見ると、それが特別な感情ではないと分かった。
 ベッドに近づき、その服を剥ぎ取ってゆく。
 やがて、一糸まとわぬ男の肉体が現れた。
「これが、私の肉体…」
 しかし、一方でまた別の想いが沸き上がる。
「これが、『男』の肉体…」
 無意識のうちに私はベッドに上がり彼の股間に顔を近づけていた。両掌でソレを包み込み、先端に口づけする。
 魂のない男の『肉体』が反応した。
 ソレは硬く勃っていた。
 私は彼の肉体に跨がった。
 私の股間からは愛液が溢れだす。
 ヒクヒクと肉襞がうち震えている。
 ゆっくりと腰を降ろしてゆく。
 始めての『男』を迎え、私の肉体は歓喜に悶える。
 男の上で淫蕩な踊りを繰り返す『女』がそこに居た。
 私は幾度となく絶頂を迎える。
 等身大の肉人形と化した彼の肉体の上で私は悦楽に酔いしれていた。

−了−


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