『 夢 』 世 界



 目の前に全裸の少女がいた。俺はベッドの上に横たわる少女を見下ろしている。少女の瞳は大きく見開かれているが、放心したように何の抵抗もしようとしない。既に俺のペニスは憤り立ち、ビクビクと脈打っている。俺はゆっくりと少女の上に降りていった。

 全ては夢の中の出来事。ドリームマシンと呼ばれる機械により生み出された人工的な夢である。ソフトウェアのカートリッジを交換することにより様々の『夢』を望み次第に体験することができる。楽しい夢、恐ろしい夢、悲しい夢、不条理な夢…中でもSEX関連の『夢』は一際高い需要がある。
 日常では経験できないSEXを『夢』が実現してくれる。もちろんシナリオを書く作者がおり、演技する役者があって始めてソフトとして提供されるのである。が、その需要の多さから、ソフトの種類も群を抜いて多い。元々はリフレッシュサロンという形で専用の場所で提供されていたドリームマシンも、その需要の多さに瞬く間に小型化・低価格化され一気に普及していった。ソフトもレンタルショップが扱い、新作が発表されるとショップの前には徹夜の行列が出来るようになっていた。
 もちろん、『裏』ソフトも出回っている。特に登場人物を傷つけたりするものは政府の規制があるが、殺したり殺されたりするものは絶対に『表』には出て来ない。一度、首吊り物を手に入れる機会があったが、あまりの恐ろしさに1週間ほど不眠症になり、以後そのての物には手を出すまいと誓っている。
 最近は『裏』の中でも新人作家のものを中心にしている。ほとんどの若手作家は『裏』で知名度を上げ売れ筋の乗った所で大手のメーカーに拾われメジャーデビューしてゆく。しかし、中には才能があっても大衆受けしなかったり、大手メーカーと仲違いして『裏』に舞い戻ってきた奴もいる。そんな作家の作品の中には時々思わぬアタリを引く場合があった。



 不意に視点が切り替わった。『夢』の中では『自分』は主人公として存在し続けるものとされていた。視点を変えられるなどとは思ってもいなかった。俺は第三者の目でベッドの上の男と少女をみている。あの男が今までの『俺』だった。今の『俺』は離れた所で二人の行為を見つめている。少女は男にされるがまま愛らしい唇から媚声を漏らしていた。その声に導かれるように俺は立ち上がるとゆっくりと二人の方に近づいていった。
 ベッドの男は少女と結合したまま起き上がり、少女を抱え上げ四つ這いにさせた。俺もまたベッドの上に上がり、開かれた少女の唇からもう一本のペニスを挿入した。上下からくし刺しにされた少女は肢体をくねらせ、二人分の愛を呑み込んでいった。
 ベッドが軋む。三人は一体となり、同時に絶頂を迎えた。

 そして再び視点が変わった。二度目なので戸惑いはない。
 俺はベッドの上に横たわっていた。俺一人がベッドの上にいる。少女ももう一人の男もいない。今、俺はどちらの視点で見ているのだろうか?
 カチャリと音がして誰かが入ってきた。足音からするともう一人の男のようだ。
 男はそのままベッドの上に乗った。俺の足元に立ち、俺を見下ろしている…
 男は最初の『俺』だった。
 そう、ベッドに横たわる少女を見下ろしていた、ちょうどその『時』の俺だった。彼の足元には少女が横たわっていた。それが『今』の俺だ。俺は今、三つめの視点で見ているのだ。
 放心したように、俺は男を見ていた。股間でペニスが憤り立っている。
 俺は何も出来なかった。新しい状況を把握するのに精一杯で抵抗する事など考えられなかった。これだけ『裏』ソフトを見ていたにもかかわらず、受け身の立場になった事など一度として無かったのである。なにも出来ないでいるうちに、男がゆっくりと覆いかぶさってくる。俺は股間に激しい痛みと形容しがたい悦びに満たされていった。



 俺は憑かれたようにソフトを求め回った。探せばいくらでもあったのだが、これまで完全に見過ごしていたのだ。考えてみればあって当然のソフトなのだ。世の中には男もいれば女もいる。世界の半分は女性なのだ。ドリームマシンは男だけのものという先入観があった。もちろんドリームマシンは女も使う。もちろん女性用のソフトも出回っているが、それらはファンタジーやロマンスといった系統のものと考えていた。しかし、『裏』モノにも女性用はあった。もちろん今の俺のように男が使う場合もある。しかし、何故か殆どの男性はこれらのソフトを見てもその存在に気がついていないようだ。先日までの俺も同様だったのだと思う。
 しかし、今は違う。しっかりとソレを認識し、手に取り、レジに向かう。
 家に戻り、ドリームマシンにカートリッジを挿入する。
 スタートボタンを押して俺は『夢』の中に入っていった。



 『俺』は満員電車に揺られていた。吊り革には掴まらず、扉の脇に小さい身体を押し込めるようにしてじっとしていた。それでも背中を押され、男達の肢体が密着してくる。首筋にヤニ臭い温かい空気が吹きつけられる。ギュッと身を硬くするが、男達はさらに肉体を密着させてくる。腰の辺りをゴリゴリと動かす。固張したモノを『俺』になすり付けてくる。もう逃げ場所はない。スカートがたくし上げられる。ショーツの隙間から男の指が押し入ってくる。しばらく茂みの中を徘徊した後、割れ目に進入してくる。『俺』の肉体は意思とは別にしっかりと反応していた。ジワリと愛液が染みだし、男の指に絡みついてゆく。
 別の指が反対側からも進入してきた。尻を割り、アヌスにもぐり込んでゆく。ブラジャーの下にも別の指が乳頭を嬲りにやってきた。すでに、『俺』の足の下には床はなく、男達に宙吊りにされている。電車の振動に合わせて男達の指が蠢く。更に高く持ち上げられると『俺』の肉体は『男』の上に降ろされた。剥き出しとなった男性自身が待ち受けている。その上にドサリと降ろされた『俺』の胎はソレを受け入れるしかなかった。
 電車の振動に合わせて『男』が動く。
 駅に着く度に白い液を注ぎ込んでは別の『男』と入れ替わっていく。
 扉はどの駅も反対側が開き『俺』は逃げることもできない。いや、すでに『俺』は逃げることを諦めていた。それよりも永遠にこの扉が開かないように願っていた。『男』は千差万別、一駅毎に違った味を呑み込んでゆく。
 『俺』は淫乱な『女』だった。



 別のカートリッジと交換する。



 娘の部屋から艶めかしい声が漏れてくる。確か大学生の家庭教師が勉強を教えているはずなのだが。『俺』はコーヒーとケーキの乗ったトレイを手にして娘の部屋の前で立ち尽くしていた。
「…センセイ、もっト。頂戴U…」
 ベッドの軋む音。『俺』はトレイを床に置き、ドアに耳を押し当てた。このところ夫とも疎遠になっているのでチョットした刺激にも敏感になっている。娘の媚声を聞いただけで股間に汁が溢れてくる。ベッドの上の娘の姿を想像する。若い頃の自分の姿と重ね合わせる。喘ぎ声がシンクロする。男の代わりに自分の指を秘所に挿入する。「ハア、ハア、ハア…」娘の喘ぎと『俺』の喘ぎがハモっている。「イっちゃう〜〜〜」娘は果てたようだが『俺』の肉体は火照ったままだ。
 カチャリとドアを開ける。ベッドの上に全裸の娘と家庭教師。ビクリと家庭教師が上体を起こす。娘は眠っているようだ。「いいのよ、センセイ。その娘と同じにアタシにも頂戴U」『俺』はベッドの脇に跪き、家庭教師の萎えたペニスを口に含んだ。さすがに若い肉体は敏感に反応する。すぐさま硬さを取り戻す。そのまま一気に『俺』の喉に迸りを放った。『俺』は苦みのある若いエナジーを呑み込んだ。「元気良いわねU」そのまま彼の唇にディープキッス。ベッドの上から床の上に引きずり落とす。服は着たまま、下着だけ外して彼の上に馬乗りになる。すでに十分濡れている。『俺』は再び硬くなった『彼』を下の口で咬え込んだ。
「ママ狡い!!」娘が目を覚ます。床の上に飛び下り、若い秘所を彼の顔に押しつける。彼の舌が伸びる。『俺』も服を脱ぎ捨て、豊満な胸で彼のペニスを挟み込む。男の肉体をオモチャに母娘の饗宴が始まった。



 また、別のカートリッジ。



『俺』の前に黒色の巨漢が立ちはだかっていた。聞いたこともない外国語を喋っている。ジュルッと涎を啜る音が殊更大きく響く。『俺』は床に座り込んだまま、彼を見上げていた。彼は屈み込むと『俺』の細いウエストに太い腕を回し、軽々と抱え上げた。
 足元から床が遠のく。ポンとベッドの上に放り投げられる。ベッドのクッションが優しく受け止めてくれた。スカートが捲くれ、太股が露になる。彼はガバリと露になった太股にしゃぶりついた。唾液にまみれた舌と唇が太股の内側を這い昇ってくる。スカートの中に彼の頭がもぐり込んでゆく。ショーツの上から硬い舌先がお○こを刺激する。スカートの上から両手で彼の頭を抑えても、女のか細い腕では何の妨げにもならない。
 抗いながらも、股間から次第に快感が広がってくるのを感じていた。「やめて」「いやよ」と口では言っているが、既に形だけのものとなっていた。
 腕の力が抜けてゆくのと同時に、彼は舌先で股間を攻めながらベッドの上にその巨体を乗り出してきた。顔を跨ぎ、硬くなったイチモツを納めたトランクスを押しつけてくる。瞼の上にソレが押しつけられる。鼻にツンと『男』の臭が押し寄せて来た。わたしは鼻の頭を使ってトランクスの合わせ目からソレを剥き出しにした。太く逞しい『彼』に口づけしていた。悪戯に歯を立てると「ウオ〜〜ッ」と野獣の叫びが上がった。途端に身体の向きを変えると彼の黒い頭が突進してきた。黒い肌に白い歯が異様に浮き立っていた。しかし、一瞬の後にはその口でわたしの唇を塞いでいた。細長い舌が絡みついてくる。唾液が混ざり、彼に呑み込まれてゆくような錯覚に陥っていた。



「あん、あんU」と媚声をあげて、あたしはベッドの上を転げ回っていた。あたしはひとりぼっちだった。枕を胸に抱き、男達の温もりを思い出していた。自分の記憶と他人の記憶が入り交じっている。あたしは妖艶な娼婦だった。あたしは愛らしい女子高生だった。あたしは貞淑な妻だった。あたしは淫乱な未亡人だった。
「あ〜〜〜〜〜U」
 ひとりぼっちでエクスタシーに達する。
 濡れた下半身。
 絶え絶えの息。
 余韻に浸っていると無償に男が欲しくなる。
 ガバリと起き上がり、シャワーを浴びにバスルームに入った。
「?」鏡に見知らぬ男が写っていた。「誰?」あたしは振り向いた。が、この部屋にはあたししかいない。もう一度鏡を見る。あたしの姿は鏡には写らなかった。そこには男の顔が写っていた。これは『あたし』の顔じゃない。『あたし』の顔は…
 目を閉じ、自分の顔を一心に思い浮かべる。
 ゆっくりと瞼を上げる。
 鏡には『あたし』が写っていた。
 にっこりと満足した笑みが浮かぶ。あたしはシャワーを浴び、身支度を整えると街にでていった。もちろん『男』を探しに。もっとも本物の『男』じゃないのよ。最近は、ドリームマシンでのSEXが流行っているの。レンタルショップで気に入った『男』のソフトを借りて部屋のドリームマシンにカートリッジを入れるだけでOK。あたしは『男』に抱かれているの。面倒な手続きもいらないし、妊娠や病気の心配もない。
 あたしはレンタルショップに入っていった。



 全ては夢の中の出来事。ドリームマシンと呼ばれる機械により生み出された人工的な夢である。ソフトウェアのカートリッジを交換することにより様々の『夢』を望み次第に体験することができる。楽しい夢、恐ろしい夢、悲しい夢、不条理な夢…
 しかし、気を付けてください。
 最近『夢』に取り込まれ、『自分』を見失っている人々が増えてきています。ほら、今レンタルショップに入ってきた男性。スカートを穿いて、すっかり『女』になりきっています。しかし、彼は本当は女性で自分は女になりきった男性だと信じ込んでしまったので肉体も男性化してしまっているのです。
 信じられますか?今の総理大臣が総理大臣になった『夢』に呑み込まれてしまった普通の会社員だったという事を。
 信じられますか?隣の病院のセンセイが外科医になった『夢』に呑み込まれてしまった学生だったという事を。
 信じられますか?向かいの奥さんが花嫁になった『夢』に呑み込まれてしまった少女だったという事を。

 あなたは何を信じますか?

−了−


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