夜、友人の総一郎と道を歩いていると、バッタリと悪魔に出会ってしまった。
そいつが何故悪魔だと判ったかというと、出会うなりそいつがこう言ったからだ。
「お前たちは超ラッキーだな。俺の1億人目のお客だ。本来なら一人しかだが今回は特別サービスだ。1億人記念として二人とも無料で願いを叶えてやろう。先ずはそっちの大きい方。叶えてやるから3つだけ願いを言ってみろ。」
そういって総一郎を指差した。
「じゃあ、美人の恋人をくれ。」
「一つめは『美人の恋人』だな。」
そう言うと悪魔はなにやら呪文を唱え始めた。
この間にオレも願いを考えておこう・・・と思ったがなかなかまとまらない。
そうこうしているうちに悪魔は呪文を唱え終わった。
「よし、一つめの願いは叶えてやった。2つめの願いを言うがよい。」
「ちょっと待ってくれ。僕の願いが叶ったか、確かめられないうちに次の願いは出せないよ。次の願いは、ちゃんと僕の『恋人』が現れてからにしてくれよ。」
「心配はない。『美人の恋人』ならお前の隣にいるよ。」
そう言われ、オレは辺りを見渡したが、総一郎の『恋人』らしき人影は見当たらない。(やっぱり、こいつは気の触れたおっさんでしかないね。)
と、同意を求めようと総一郎を見ると、総一郎はオレの方をまじまじと見ている。
「どうだ?」
悪魔が同意を求める。
「素晴らしい。」
総一郎が応える。
「どうなっているんだ?」
オレは悪魔に問いかけた。
しかし、悪魔は瓢々として応える。
「こいつの願いを叶えてやったまでだ。『美人の恋人』をな。それがおまえだ。後でじっくり鏡を見てみるがいい。見違える程の美人だぞ。俺としては会心の作だ。」
言われてハッとする。
いつの間にかオレの服は女物に替わっていた。ズボンはスカートになって夜風にたなびいている。靴はハイヒール、ショルダーバックはハンドバックに替わり、オレの肩にはサラサラの髪の毛が垂れ掛かっている。
オレは総一郎の『美人の恋人』にされてしまったようだ。
悪魔が言うからにはオレの外見はすっかり『美人』になっているのだろう。
では、内面的にはどうだろう?
悪魔の言う通り、オレは総一郎の『恋人』になってしまったのだろうか?
試しに、(総一郎さんが好きU)と思ってみる。
途端に胸がキュンUとなり、かあっと顔が赤くなる。
悪魔のやり方は徹底しているようだ。
膝がガクガクし、立っていられない。
オレは心も体も総一郎の『美人の恋人』にされてしまったようだ。
オレは総一郎にしがみついて、なんとか立ち続けていられた。
総一郎も腕を廻してオレを抱き留めている。
「では、最後の願いだ。」
どうやらオレは自分の変化を確認しているうちに総一郎の二つめの願いを聞き損ねてしまったようだ。
「さっきも言ったろう。願いが叶えられたか確認できるまでは次の願いを言わないと。」
総一郎は悪魔に喰ってかかっている。
無茶だ。と二人の間に割り込もうとすると、以外にも悪魔が承知した。
「判った。最後の願いは二つめの願いが叶えられたのをお前が確認したあとまで延期してやる。」
そして、オレの方を指差し、
「お前の方はその後だ。3つの願い聞いてやってからでないと、次に移れない決まりなんでね。」
そう言うなり、悪魔はオレ達の前から消えてしまった。
「行っちゃった。」
オレはぼそりと呟いた。
その肩を総一郎がポンと叩く。
「じゃあ行こう。」
言われてふと思い出す。
「足がガクガクして歩けないんだ。」
不思議な事に言ってるそばから半ベソをかいていた。
もちろん(はずかしいコトに)オレの事だ。
「よし、ちょっと我慢していてくれ。」
総一郎は気合を入れた。
一瞬、総一郎の支えが無くなり、ガクンと体が沈み込む。
フッと足の下から地面が無くなる。
オレは総一郎に抱き抱えられていた。
オレも何もしない訳にはいかない。両腕を総一郎の首に廻し少しでも腕の負担を軽くしようとした。
「大丈夫?」
「軽過ぎる位だよ。このまま家まで運んで行ってもいいんだが、そうもいかないだろう。すぐそこに公園があるからそこで休もう。」
言っている割りには激しく脈打つ心臓の鼓動が感じられた。
公園のベンチに腰を降ろし、ようやく一息ついた。
総一郎が自販機からあったかい罐コーヒーを買ってきた。
丁寧にもプルトップを空けてからオレに手渡す。
そしてオレのすぐ隣に腰を下ろす。
いつもは少なくとも拳一つは間が開いているのに、ぴったりと密着してくる。
「なんか変な感じだなァ」
オレが呟く。
「何も変じゃないよ。」
総一郎が応えて、腕を肩にまわす。
「僕等はどこから見たって『恋人』同士だよ。それにお前は飛びきりの美人だし、僕も鼻が高いよ。」
そう言ってグイと罐コーヒーを飲む。
オレもどうしようか迷った末、罐コーヒーに口を付ける。
「?」
どうして?というか、当然というか、戻した罐コーヒーの縁に口紅が付いていた。
コーヒーの罐をじっと見ていると総一郎が気付いた。
「口紅、取れちゃったね。化粧は直せるの?」
もちろんオレには直せる訳がない。直せたとしても、そもそも化粧道具など持ち合わしていない。
(?)
そう言えば、オレのショルダーバックがハンドバックに替わっていた事を思い出した。女の鞄の中には当然、化粧道具も入っているはずだ。
はたして、悪魔はそこまで考えていた。
ハンドバックの中には化粧道具の入ったポーチがあった。
もちろんその中には鏡も入っている。
さっそく鏡を取り出す。
オレは、新しい自分の顔と対面した。
(美人だU)
悪魔の仕業には抜かりはなかった。
「こんな美人、総一郎には勿体ないんじゃない?」
すかさず、総一郎が反論する。
「俺の『恋人』だろ?なにか不満でもあるのか?」
言われて、もっともだと思った。
自分がこんなに『美人』である事に不満があるはずもない。
それに、オレは総一郎の『恋人』で、総一郎を熱愛している。
総一郎の『恋人』としてオレ以外にだれか相応しい人などいる訳もない。
オレは総一郎の言葉にホッとすると同時に、ますますその愛が深まっていくのを感じていた。
その晩、オレは自分のアパートには帰らなかった。
もちろんオレのアパートといっても総一郎の『恋人』になる前のものだ。今の姿で戻ってもオレを『美崎一彦』として認めてくれる人はだれもいないだろう。
オレはためらいつつも、誘われるままに総一郎のマンションに入っていった。
今日のオレはいつになく心が浮かれていた。
ハイヒールを脱いでカーペットに座り込む。手近にあったクッションの抱き心地が良い。TVでは深夜放送が流れていた。リモコンで適当な番組に合わせる。
シャワーの水音がする。総一郎が入っているんだ。
一抹の不安が心を過る。
なんでオレはここに居るのだろう?
自問しても答えは決まっていた。
TVを眺めつつ無為な時間が流れてゆく。
ガチャリとバスルームの戸が開き、総一郎が出てくる。
「お前も入ってしまえよ」
「うん」といってオレは立ち上がっていた。
総一郎はバスタオルを腰に巻いたまま台所に行くと冷蔵庫からビールを取り出していた。オレはバスルームに直行する。
TVの音が替わった。スポーツニュースのようだ。
脱衣所には等身大の鏡があった。
オレはじっくりとオレ自身を見た。
始めてみる新しいオレの姿。
変わり果てたオレの姿。
爪先から頭の天辺まで。
総一郎の好みの八頭身美人だ。
もちろん、オレは自分の美人さに満足していた。
続いて服を脱ぎ、全裸の姿を鏡を写し出す。
理想的なプロポーションだ。
付くべき所にはしっかりと、それでいて不要な贅肉はこれっぽっちもない。
鏡に裸体を写しながら、オレは総一郎に抱かれる様を思い描いた。
この体はオレの愛する総一郎のためにできている。
総一郎の掌がこの乳房を鷲掴むのだ。
総一郎の腕がこの胸を抱きしめるるだ。
総一郎の……
オレの全身はほんのりと上気していた。
心の奥で囁き声が聞こえる。
(この身体は全部総一郎さんのもの。髪の毛の一本々々に至まで…)
オレはシャワーを浴びた。
ドアを開けると総一郎が振り向いた。
立ち上がり近づいてくる。
「綺麗だよ」
身体を抱き寄せ、接吻する。
巻き付けていたバスタオルが床の上に落ちる。
オレも総一郎の接吻に応える。
身体中から力が抜けてゆく。
そのまま二人はベッドの上に倒れ込んだ。
体が密着して、総一郎のモノがいきり立っているのが判る。
総一郎の唇がオレの首筋を伝って行く。
逞しい掌がオレの乳房を揉み上げる。
オレは総一郎の下で喘いでいた。
総一郎の指先がオレの秘部に触れる。
オレの胎は敏感に反応し、花弁から蜜を溢れ出す。
愛液に濡れた総一郎の指がさらに奥を目指す。
オレは悦びの嬌声を上る。
総一郎の指がオレの胎内で動いている。
オレは総一郎にしがみ付き、胸の膨らみを押しつける。
オレの喉から吐息が続く。
総一郎が応えてオレを抱き締める。
一瞬、息が詰まる。
総一郎が耳元で囁く。
「愛してる、愛してる、愛してる……」
オレも応えようとするが、言葉にならない。
「あぁ、あぁ、あ〜〜〜〜っ」
下半身が疼いている。
総一郎の足にオレの足を絡める。
総一郎の大腿にオレの下腹部が密着する。
それでも疼きが収まらない。
オレは腰を振って総一郎の大腿に愛液に溢れた秘部を擦り付ける。
オレはもう待っていられなくなっていた。
総一郎を仰向かせ、その上に馬乗りになる。
いきり立ったモノをこの目で確認する。
両手で掴み、祠口に誘導する。
オレの掌の中で総一郎のモノが更にひと廻り大きくなった。
花弁の縁に総一郎の先端を感じる。
そのままゆっくりと腰を降ろしてゆく。
ズッ!と押し入ってくる力に体が拒絶反応の示す。
(何?)
との質問が湧くと同時に答えを理解した。
体の反応を無視して更に押し込もうとすると、
(痛!)
強烈な痛みが下腹部を直撃する。
オレの胎は猛烈に進入を望んでいるのだが、体が反発しいてる。
上がりかけた腰を強引に押し留める。
更にもう一度トライする。
今度は花弁の縁に先端が触れただけで体が離れてしまう。
見かねた総一郎がスッと体を入れ換える。
「やはり僕でないと無理だな。」
そう言うなりオレの足首を掴んで持ち上げる。
さらに腕を膝の後ろに廻し大腿と一緒にオレの体を抱きしめる。
オレの体がこんなにも柔軟であるとは思いもしなかった。
大きく開かれた股の間で、花弁が露を弾かせる。
「いくぞ。」
総一郎の腰が突っ込んでくる。
先端が花弁に触れる。
オレの体は精一杯の抵抗を試みる。
「力を抜け!」
オレは呼吸を整え、下腹部の力を取り除いてゆく。
総一郎のモノが進入してくる。
痛みが呼吸を乱す。
呼吸が乱れると下腹部の力みがぶり返す。
さらに痛みを助長する。
そんなオレの努力を無視して、総一郎は更に押し込む。
「いた〜〜〜〜ッ」
オレの痛みは絶頂を迎えた……
しばらくの休息。
総一郎は煙草を燻らせていた。
「いかがでした?」
突然、第三者の声がした。
声のする方を見るとさっきの悪魔が立っていた。
「2つめの願いは確かに叶えられたでしょう?」
「いや、これから確認する。」
そう言うと、総一郎は煙草をもみ消すと立ち上がった。
毛布をはぎ取る。
オレは裸のままベットから下ろされた。
総一郎はしわくちゃになったシーツを広げた。
シーツに紅い染みが付いていた。
オレはバージンだったようだ。
「確かに。僕の『恋人』のバージンは僕がもらった。」
これが総一郎の2つめの願いだったようだ。
「では、最後の願いを言うがよい。」
総一郎はチラリとオレを見ると、再び悪魔に向き直った。
「じゃあ、彼女を元に戻してやってくれ。」
その瞬間、オレは『捨てられた』と思った。
こんなにくやしい事はない。オレのバージンまで捧げたのだ。
オレは『男に戻れる』事には何の感傷もなかった。
だから、次の悪魔の言葉を聞いてホッとしたのも当然だった。
「それは出来ない。それはお前の第1の願いに矛盾するからだ。彼女を元に戻すことは一切できない。他の願いを言うのだ。」
「じゃあ、彼女に名前を付けてくれ。」
「それでもいいが、なぜお前が付けない?」
「僕が付けてもいいが、それだと僕等二人だけの間でしか使えない。彼女はいつまでたっても『美崎一彦』だ。お前が名前を付けたらそれは万人が周知のものとして見てくれる。お前の魔術はそのくらい徹底しているのだ ろう?」
「よく言った。そこまで俺様の事を判っているとは見上げたものだ。ひとつリクエストを聞いてやろう。彼女の名前を何としたい?」
「むずかしいな。ちょっとまってくれ。」
「いや、そんなには待てない。後がつかえているもんでな。じゃあ、お前はどうだ?自分の名前を何としたい?」
突然、オレの方に振られてしまった。
あまりにも唐突な事なので頭の中が真っ白になってしまった。
「リョーコ。美崎涼子。」
不意に言葉が先走った。が、オレは全く意識していなかった。
「涼子か」
悪魔と総一郎が同時に口にした。
更に、悪魔は呪文の言葉を続ける。これは、大した長さではなかった。
呪文が終わるとオレは『美崎涼子』になっていた。
「次はお前の番だ。3つまでの願いを叶えてやる。さあ。」
さあ、と言われオレの願いを言おうとしてハッとした。
あれから何時間も経っているのに何にも考えていなかったのだ。
「さあ」
と悪魔に催促される。
「何が望みだ?」
オレは今までの出来事を思い返してみた。
総一郎の『恋人』になった。それはオレが一目惚れする程の美人だった。そして、総一郎と愛し合った。バージンを失った。悪魔が再び現れた。涼子という名前をもらった。
そういえばその前に一瞬、総一郎に捨てられそうになったんだ。
悲しくなった。
それが心の隅に引っ掛かっている。
だから、先ず
「捨てないで」
あとは、
「総一郎と結婚して、子供を生む……」
「わかった。まずは捨てられないようにするんだな。」
考えていた事が口に出てしまっていた。
取り消そうとしても聞いてくれそうにない。
悪魔はオレの事など構わずに短い呪文を唱えた。
「次は結婚。そして子供を生む。だが、結婚は彼の望みと反する。彼は恋人が望みで妻を望んでいた訳ではない。 おまえはあくまでも彼の『恋人』だ。3つめの望みは叶えてやれるが、2つめの望みを叶えてからでないとやれない。だから、まず2つめの望みを考えなおすのだ。」
「ちょっと待てよ、結婚もしないで子供だけ作るなんてできないよ。」
総一郎が割って入った。が、
「お前の意見など聞いてはおらん。」
と無視されてしまった。
が、彼の意見ももっともだ。
「結婚できないなら、子供はいらない。」
「わかった。2つめの願いは子供ができないようにする事だな。」
再び呪文。
「さあ、最後だ。2つめの願いに反するから『子供を生む』という願いはできない。」
なんか無駄な願いをしてしまったようだ。
オレは目で総一郎に助けを求めた。
が、総一郎は悪魔に無視されたショックかそっぽを向いていた。
オレは無性に腹が立ってきた。
あんな痛い思いをしてバージンをあげたのにもかかわらずオレを捨てようとした。
こんなに愛しているのに子供も作らしてくれない。
オレがこんなに困っているのになにもしてくれない……
「総一郎もオレと同じ目に会えばいい」
おもわず口に出してしまっていた。
「わかった。同じにする。」
そういって長い呪文を唱えた。
呪文が終わると、悪魔は笑い声とともに消えていった。
あとにはオレと『美穂』が残っていた。
もちろん、美穂はオレの『美人の恋人』だ。
オレの好みに合わせて小柄で愛らしい。
もちろんこのあと、バージンをもらう事になっている。
オレは美穂の肩に手を掛けた。
振り向いた美穂の目に涙が浮かんでいた。
「お姉さま…」
オレは美穂を優しく抱いてやる。
『恋人』達の夜はまだ始まったばかりなのだから。