涯の街



 行き交う人々、絶え間のない雑踏、窒息しそうな悪臭。汚染された空気・水。
 大地は死に絶え、無機質な高層ビルの立ち並ぶ。
 アスファルトに閉ざされ、雑草の生える隙間もない。
 例え、雑草が芽吹こうとも。乾ききった大地に育てきる力はない。
 大気は汚れ、有毒物質が吹き荒れる。
 壁面は崩れ、ひび割れ、原色の落書きをシュール・リアリスム絵画に変える。

 水をくれ。
 コップ一杯で良いから。
 新鮮な水を…

 土くれの中、ゆったりとした動作でうごめく。虹色の怪物。緩慢な動作の割りにはその移動速度は速い。地下を縦横に走るパイプをかわしながら凄まじい速さで移動する。上に下に、右に左に。地下空間を自在に行き来するその生物は、未だ人類の知る所にない。そいつがいつ、この世に誕生したのか誰も分からない。それはつい昨日の事だったのかも知れない。その虹色の怪物を見た者はいない。そいつは、まだ太陽の下に居出た事がない。そもそも、その暗い土の中から地表に出る事など思ってもいないのだろう。そいつは影の中にいる。闇の中にいる。暗く陰湿な地の底で人々の営みを冷たい目で見つめている。

 光をくれ。
 只の一瞬で良いから。
 陽の光を…

 風にたなびく万国旗。色褪せた星条旗、染みの付いた赤旗、破れかけたユニオンジャック、虫食いの日の丸。それでもひらひらと風になびけば、一折の華やきを見せる。誰もいないグランド、学舎にも人影はなく、ウサギ小屋の主は死して久しい。チャイムの音が虚しく響く。子供の消えた街。錆び付いた鉄棒、腐臭を放つプール、朽崩した古タイヤが校庭の片隅に生えている。空気の抜けたサッカーボール。校舎の窓の殆どが割れている。舞い込む砂、埃の積もった机、椅子。丸めた紙が茶色く黄ばみ、塵屑入れに転がっている。床の上、吹き溜まりに砂の山が出来る。机の上の落書き…相合い傘…二人の名前が刻まれている。飛び交うハートマーク。飛行機の絵、車の絵。達者なのもあれば稚拙なものもある。何でもありの世界。

 青空は何処へ行った?
 白い雲は何処へ行った?
 木々の緑、空の蒼、海の紺…
 何処に行った?

 人の枯れた世界。生み出す物も無く、只、朽ち果てるのを待っている。
 時の静止した世界。何者も無に帰ろうとしている。
 涯ての世界。静寂に風が鳴る。
 そこは何処ですか。
 あなたは今、何処にいますか?
 ……
 私は、誰ですか?


−了−


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