「もう、全てがお終いだ。」
私は失意の内に研究室に戻ってきた。
完成まであと少しの所まで来ていたのだ。
なぜ、監査が入ったのだ?
多少は不自然な所はあった。が、全て私が握り潰していた。
最初の被験者に記憶の空白はあったが、それも初回だけだった。
何も問題はない。
うちの所員が2名失踪している。
たまたま同じ研究室だっただけだ。
「人体電送装置」の開発自身に直接影響するような事ではない。
私が所員のひとりと不倫していたのだって、私個人の問題でしかない筈だ。
実用化はもう目の前だったのだ。
初号機もロールアウトしている。
それを、突然「実験打ち切り」とはどういう事だ。
これが成功していれば私の地位も回復している。
妻への慰謝料も問題ないし、めぐみを娶る事も夢ではなかったのだ。
試作機は即時廃棄処分となり、解体されてしまった。
研究室も解散。
来週には新たなプロジェクトがこの部屋に居すわっているのだ。
机、椅子、キャビネ、ロッカー…
全てが私のものだったのだ。
初号機の開発で暫く離れていたうちにうっすらと埃を被っている。
埃を叩き、椅子に座る。
活気のあった当時を思い出す。
ふと、部屋の奥に昔の試作機が置かれているのが見えた。
「これが最初で最後の『人体電送装置』なのだなぁ。」
私はふらふらと試作機に向かった。
(これで、私も何処かに行ってみたい。)
制御装置の前に立ち、試作機を起動した。
試作機はまだ死んではいなかった。所々に改修の後がある。
(荒木君が何かやっていたのだろう。)
制御装置にはプログラムが組み込まれ、タイマで作動するようになっていた。
(どこでもいい。ここでないどこかに連れて行ってくれ。)
私はためらわずにスイッチを入れ、装置の中に入った。
タイマがカウントを数えている。
その時、ガラスの向こうに人影が見えた。
めぐみだ。
私は彼女とここで待ち合わせしていた事をすっかり失念していた。
しかし、無情にもタイマはカウントを進めてゆく。
バシッ!!
と音がして、装置が作動した。
私は装置の中で分解されていく自分の肉体を見ていた。
(そして、何処かの場所で私の身体が再構成されるのだ。)
が、なにも変化がない。私はまだ装置の中にいた。
しかし、よく見ると私の手足はそこには存在していなかった。
(私は肉体を失ったのか?)
パニックに陥りそうになった時、
バシッ!!
再び装置が作動した。
(これもプログラミングされていた事なのか?)
手足の感覚が復活する。
私は肉体を取り戻した。
私はまだそこに居た。
制御装置の所にめぐみがいた。
唖然とした表情でこちらを見ている。
現実からの逃避に失敗した私は装置から出ると苦笑いを浮かべながらめぐみに近づいた。
「室長…ですよね?」
めぐみが戸惑ったように尋ねる。
「私の顔に何か付いているのかね?」
私はいつものようにめぐみを抱き寄せると濃厚な接吻を交わした。
(ん?)
違和感があった。
それが何なのか判らないでいたが、めぐみが
「し、室長。あの…鏡をご覧になられては…」
そう言ってバッグからコンパクトを取り出した。
蓋を開け、中の鏡を覗き込む。
そこに、私は見覚えのある顔を見た。
しかし、それは決して私自身の顔ではない。
それは私をこの苦境に追い込んだ女ジャーナリスト=新木涼子の顔に瓜二つだった。
「試作機に全ての鍵があるようですね。」
「しかし、めぐみ君。これは明日にでも搬出され解体される事になっているのだよ。」
そう言いながらも、私は自分の声が変わってしまっている事に気がついた。
そればかりではない。顔や声だけでなく、全身余す所なく私はあの女と同じになってしまっていた。
「私の家のガレージなら運び込める。そうだ、さっそくレンタカーを借りてこよう。」
「室長。それはたぶん無理だと思います。」
「なんだい?」
「室長の免許証は今の室長では使えません。それに、そんな格好で外に出る訳にもいかないでしょう?」
再び私は自分の身体を見た。
ぶかぶかのスーツにうら若い女性の肉体が納まっているのだ。
「あたしが着るものを見繕って来ます。室長はできる限り試作機を解体しておいて下さい。いくらなんでもこのままの状態では、うら若い女二人の細腕では運びきれません。」
「わかった。何とかしよう。」
「その前にデータとプログラムのバックアップをとっておいて下さいね。あとで解析する必要がありますから。」
「君が解析するのか?」
「あたしには出来るんです。」
めぐみはそう言い残して出ていってしまった。
試作機をガレージに運び込んだ後、私はめぐみを家に入れた。
妻が子供達を連れて出て行ったため、この家には私ひとりしかいない。これまでは妻の手前、彼女を家に上げるなど考えられなかった。
めぐみは真っ先に台所に入り荒れ放題のシンクにため息をついた後、冷蔵庫の中身を確認し、
「買い出しに行ってきます。室長はお風呂にでも入っていて下さい。」
と言って出ていってしまった。
いずれにしろ、料理が出来上がるまでにはまだ時間がかかる。
私は風呂場に向かった。
脱衣所には大きな姿見があった。
私はそこに写し出された姿をじっくりと見た。
確かにそれは新木涼子の顔だった。が、良く見ると多少ではあるが違いが見えてくる。
所々に本来の私=池田大輔の面影が残っている。
しかし、この女性が「池田大輔である」と言っても誰も信じてはくれないだろう。
めぐみも私の変身の過程を見ていなければ到底信じてはくれなかっただろう。
しかも、めぐみの買ってきたこの真っ赤なスカートを穿いている姿を見ては信じる方が難しい。
私はスカートを脱ぎ、ブラウスを取った。
鏡にはランジェリーに身を包んだうら若い女性の裸体が写し出されていた。
めぐみの幼さの残った身体も良いが、この引き締まった大人の女性の肢体にもそそられるものがある。
私は彼女の胸からブラジャーを外させた。
均整の取れたバストが誇らしげに張り出している。
憎たらしい新木涼子の裸体を目の前に、私はこの女をどのようにいたぶってやろうか考えていた。
(どうだ?お前は今や私の言いなりなのだぞ。)
「いやっ。やめて下さい。」
私は彼女の喉を使って言った。
(そんな事を言っていられるのも今のうちだけだ。)
私は彼女の口からどのような卑猥な言葉を喋らせようか考えた。
(先ずはそれに相応しい格好をしてからだな。)
彼女の手がショーツを引き下ろす。
「いやっ!!やめてっ!!」
彼女の顔は泣きそうに歪んでいた。
(お前にはどうする事も出来ないのだ。さあ、そこに座りなさい。)
私の言葉に従い、彼女はその場に座り込んだ。
膝頭を合わせ、両手で股間を隠している。
(その手を退けるんだ。股を広げろ。)
彼女の秘部が露にされる。
(良い格好じゃないか。おや、何か光っているぞ。何なんだねそれは?)
「…愛…液…」
(聞こえないなぁ。もっとちゃんと言えないのかね?)
「愛液です。」
そうだ。もっと卑猥な言葉を喋らせてやる。
それに、彼女だって嫌じゃない筈だ。そうでなければこんな仕打ちを受けて濡れる筈がない。
(そうだ。じゃあ、それはどこから出てきているのかね?)
「……」
(どうした?知らない事はないだろう?)
「膣…」
(別の言い方も知っているだろう?)
「…おま×こ…」
(それは誰のものだね?)
「あたしの…おま×こです…」
(そうだ。よく言った。ご褒美をあげよう。何が欲しい?)
「…ご主人さま…」
(そうか?私の何が欲しいのかね?)
「ご主人さまのオチンチン…」
(どこに?)
「あたしのおま×こにイれて下さい。」
彼女の股間からは愛液が滴り落ちている。
(そうか?でも、まだやれないな。その代わり自分の指を使うのを許してやろう。)
彼女の掌は床を離れ、中指が割れ目に沿って押し当てられる。
「あんっU」
彼女の喘ぎが響き渡る。
中指が秘洞に差し込まれる。
「あ〜〜〜っU」
嬌声を上げ、彼女が悶えている。
私の指先をねっとりと愛液にまみれた肉壁が包み込む。
私は更に奥へと中指を進入させる。
「ああ、あんっ、ああ〜んU」
肉体の中で蠢く私の指に彼女は耐えきれず首を打ち振る。
「シてっ。頂戴っ。お願い。あなたのオチンチンを、あたしの中に。…」
自分の喉から発せられる卑猥な言葉に更に熱くなる。
中指だけではもの足りず、人指し指も攻撃に加わる。
もう一方の掌がバストを揉み上げる。
親指と人指し指が乳首を攻める。
「ああ、ああ、あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。」
もう、意味のある言葉は発せられなくなっていた。
私はそのまま、至高の頂きに放り上げられた。
鏡の中に写っているのは『私』だった。
汗にまみれ、淫らな肢体を晒している。
(私は何をしていたのか?)
自問しても答えはなかなか返ってこない。
(そうだ。風呂に入るのだった。)
私は首を振り、立ち上がった。
先ず、シャワーのお湯を浴びる。
汗と汚れを洗い流し、湯船に浸かる。
私はなにも考えない事にした。
その事を思い出そうとすることだけで恥ずかしさに押しつぶされそうになる。
全てをお湯に流し、さぱりして風呂から出た。
何も考えないようにしてブラジャーとショーツを付ける。
着替えは用意していないので、めぐみの買ってきた真っ赤なスカートを履く。
居間に戻ると既に食事が出来上がっていた。
「今夜は私の部屋に泊まっていかないか?」
食事の後、私はめぐみに言った。
「いいえ、室長。これから試作機のデータの解析がありますので。」
「めぐみ君。二人の時に『室長』はないだろう?」
「その姿では他に言いようがありませんわ。その身体であたしを悦ばせられるんですか?」
「…」
私には返す言葉もなかった。
独り寝室に戻った。
クローゼットを開けると妻の残していったネグリジェがあった。
私はそれに着替えた。
ベッドの端に腰掛け、グラスにブランデーを注ぐ。
ガレージではめぐみが作業を続けている。
私はふと思い出した。
(あのデータを解析できるのは所内でも数える程しかいない。めぐみ君にできる筈はないのだが…)
だが、私は考える事を止めたのだ。
私は残ったブランデーを一気に流し込むと何も考えないように布団にくるまった。
翌朝、食卓には朝御飯が並んでいた。
「めぐみ君、何か手伝う事があったら何でも言ってくれ。」
私は実際、何もする事がなく手持ち無沙汰になっていた。
しかも、なにもしないでいると色々な事を考え出してしまう。
私は何も考えない事にしたのだ。
「何もしないで下さい。」
めぐみの答えは簡潔だった。
「しかし、私も関係者として何か手伝いたいのだよ。」
「じゃあ、食事の支度をお願いします。って言っても室長にはそんな事出来ないでしょう?出来ない事を申し出る事くらい馬鹿らしい事は無いのよ。だから、あたしの邪魔になるような事はしないで下さい。室長が何かすれば必ずあたしが後始末を付けてきた事、お忘れじゃないでしょうね。」
「だが…」
「だから、何もしないで下さい。」
「判った。今日は何もせずに街中を散歩でもしてくるよ。」
「駄目です。何で言っている側から。」
「だから、何もしないと…」
「で、その格好で外に出るんですか?あなたのような妙齢な女性が化粧もせずに出歩くなんて許されません。どうしても出たいのならちゃんとした格好をしていって下さいね。」
その日の午前中は化粧の練習に費やされた。
めぐみの貸してくれたテキスト―女子中高生向けの雑誌の付録だった―を見ながら試行錯誤を繰り返した。
昼食の時に化粧の具合をめぐみに確認してもらい、ようやく私は外に出られた。
もっとも、私が外に出たかったのは単に散歩するだけではなかった。
昨夜のめぐみの言葉が引っ掛かっていた。
『その身体であたしを悦ばせられるんですか?』
今の私にはめぐみしかいないのだ。彼女を私のモノにしておく事が私のアイデンティティを維持させるのだ。だから、彼女を悦ばせる為にはアレが必要なのだ。
男の(だったと過去形になるのか?)私がそのようなモノが必要になるとは考えてもみなかったが、そういうモノがある事は知識として知っていた。
そう、双頭のレズ用の張形だ。
私は繁華街を歩き回り、ようやくソレを手に入れた。
家にたどり着いたのは夜も大分遅くなっていた。
既にめぐみの手料理が食卓に並べられていた。
「解析は済んだのかね?」
「ええ。大体掴めました。明日にでも室長を元の姿に戻せます。」
彼女の言葉に私はほっと胸を撫で下ろした。
「荒木圭介は流石ですね。『人体電送装置』を『人体改造装置』として使いこなしている。逆に言えば、一歩間違えば『人体電送装置』は『人体喪失装置』になりかねなかったと言う事ですね。プロジェクトが中止になって実用化されなかったのは不幸中の幸いでしたね。」
「それも、あの新木涼子のせいだ。」
私は全ての憤懣を彼女に転嫁していた。
「そう、彼女=新木涼子こそ荒木圭介その人です。」
「彼女が?」
「荒木は涼子への変身プログラムをそのまま放置していたため、その後、なにも調整せずに室長が使用したため、室長もまた新木涼子の姿になってしまったのです。」
「そうなのか。」
「彼はその危険性を知ったため、このプロジェクトを潰しに掛かったのだと思われます。」
「だが、許さん。私から何もかも奪い去った奴に容赦はせん。奴はあの美貌で男達をたぶらかし、私を陥れたのだ。奴が男であることを暴露し、抹殺してやる。」
「無駄ですね。彼はどこから見ても女性そのものです。なにせ、この変身は遺伝子レベルで操作されているので彼女が荒木圭介と同一人物である事を証明するのは不可能です。」
「では、このまま泣き寝入りしろと?」
「あたしに考えがあります。でも、それは明日。室長を元に戻してからにして下さい。あたしも大分疲れました。少し休ませて下さい。」
「なら、私のベッドを使いなさい。気持ちよく寝させてあげるよ。」
私は荒木に対する復讐よりも、ようやくめぐみを抱けると思うと心がウキウキしてきた。
「今夜はこれでお前を悦ばせてあげる。」
私は買い求めた張形をめぐみに見せつけた。
そして、私の腕の中で身悶えるめぐみを想像し、熱くなった。
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜っU」
寝室に女の媚声が響き渡る。
身悶え、悦楽の嬌声をあげていたのは私の方だった。
第一の誤算はソレがレズ用のものだった事だ。
装着しめぐみを攻める事は、同時に私もまためぐみに貫かれている形になる。
組み伏していたつもりが、女性上位の体勢になっていた。
下から突き上げられる快感に私の男としてのアイデンティティが吹き飛ばされてしまった。
そして、めぐみは人が変わったように私を攻めたてた。
まるで男のように私を蹂躪する。
私は彼の腕の中で身悶え、幾度となく絶頂を迎えては悦びに打ち震えていた。
私は『池田大輔』に戻った。
めぐみから荒木に対する復讐のストーリーを聞かされた。
が、私からは思考能力が完全に失われていた。
私はめぐみの言いなりであった。
私の全ての財産がめぐみに譲渡されたが、それはどうでも良かった。
私の希望はただ一つ、
「もう一度、私を『女』にしてくれ。」
そして望みは叶えられた。
私は全てを失ったが、それよりも素晴らしいモノを手に入れた。
私は街を巡る。
男達が言い寄ってくる。
そしてめくるめく夜が訪れる。
この街は素晴らしき理想郷。ユートピア。
私の目の前にはピンクに彩られた桃源郷が広がっていた。