電送人間3号
  荒木圭介



 俺の手の中にある1枚のデータディスク。
 これさえ存在しなければ何も問題なかったのだ。
 
 「人体電送装置」の実験は成功した。
 被験者の江藤洋一の記憶に空白の時が存在したが、2度目の実験ではそれもなく、さらに二人目の被験者佐々木祐二の実験も成功に終わり「人体電送装置」は実用化に向け次ぎなるステップに向かっていった。
 使命を終えた試作機は研究室の片隅で埃を被っている。
 しかし、俺は最初の実験で江藤の記憶が飛んでいた事に何か引っかかるものを感じていた。そこで休日を使って試作機の実験記録を見直す事にした。
 そのとき、たまたま発見したデータディスクの中を見て、俺は驚愕した。
 それは例外的に取得された装置の記録であった。このデータディスクは正式のものではない為、その存在はこれまで知られていなかった。
 その中にあるデータと試作機に保管されていた記録を比較すると、最初の人体実験の前日の数時間分の記録が試作機から抜け落ちていた。
 データディスクにははっきりと装置の稼働実績が残されていた。
 これが事実だとすると、江藤は二人目の被験者である事になる。
 俺はこの最初の被験者を第零号と呼ぶ事にした。
 
 データディスクを分析してゆくと更に興味深い事が判った。
 第零号の実験は失敗していたのだ。
 これが同僚の新堂浩司の失踪に結びつけるのは容易な事であった。
 正式の実験の前に新堂が単独で実験を行いそれが失敗に終わったため、彼は逃げ出したのだ。
 しかし、それよりも俺はこの失敗した実験結果に興味を惹かれた。
 簡単に説明すれば、電送装置は作動したのだが被験者はどこにも現れなかった。電送されなかったのではなく、被験者が装置に取り込まれたように消滅してしまったのだ。
 原因はすぐに判明した。
 転送先の設定をクリアしたまま装置を稼働させていたのだ。
 分析を進めてゆくと更に興味深い事象に遭遇する。
 被験者零号は文字通り装置に取り込まれており、その存在は今もまだ装置の中にあったのだ。
 俺はこの被験者零号を装置の中からサルベージする事にした。
 
 休みの日は前日から研究室に泊まり込み、俺は試作機の改造を続けた。
 被験者零号のサルベージを行う前にテストを繰り返す。
 それは試作機が本来の電送機能を確認する前に行ったのと同様に鉛筆等の無機物に始まって昆虫、爬虫類、そしてモルモット、犬猫、猿と実験を進めていくのだ。
 転送先をクリアして被験体を装置の中に取り込ませる。
 改造した回路を作動させ、サルベージする。
 無機物のサルベージは問題なく行えた。が、有機物になった途端、壁にぶちあたった。
 サルベージした生物は死んではいないのだが、全く動こうとしないのだ。
 俺はプログラムをいじりまわした。
 状況は更に悪化する。
 死体で現れる事はなかったが、突然変異したように真っ白に脱色されていたり、左右が反転していたり、果はどろどろの粘液物質に変貌していた。
 どうやら、プログラムによって生物の遺伝子が傷ついてしまうらしい。
 俺は可哀相に思い、変貌した固体を再度装置に戻し、遺伝子が正常に戻るようにプログラムを書き換えた。
 失敗した時を考えて、転送先を装置の中に設定しなおした。
 そう、今回の実験は電送する事ではなく、装置に取り込まれた被験体をサルベージする事にあった。転送先が装置の中でもサルベージできたかは容易に判別できる。
 こうして、俺は装置を稼働した。
 
 被験体の復元は成功した。
 さらに、復元された昆虫は装置の中を元気に動き回っている。
 これはサルベージそのものの成功でもある。
『転送先を装置の中にする』
 これがキーワードだった。
 俺は爬虫類、哺乳類と実験を進めていった。
 実験は順調にいった。
 そして俺は本番を迎える事にした。
 被験者零号のデータをプログラムに組み込んだ。
 準備は整った。
 制御装置の前に座り、STARTキーを押した。
 
 装置が作動する。
 装置の中に被験者零号が現れた。
 彼は新堂浩司だった。
 彼は実験に失敗し逃げ出したのではなく、装置に取り込まれていたのだ。
 俺は装置の扉を開いた。
「おい、新堂。生きているか?」
 が、反応はない。
 脈を採る。彼は生きてはいる。が、反応がない。
 また振り出しに戻ったのか?
 新堂は魂が抜けたように装置の中に佇んでいた。
 サルベージは失敗したのだ。
 
 
 
 その時、俺の頭の中の回路がショートしたのだと思う。
 俺は新堂を再び装置の中に取り込ませた。
 再びプログラムをいじりまわす。
 サルベージされる度に新堂の姿は変異していた。
 やがて俺はサルベージする事よりも、人体を変異させる事に執心していった。
 粘土で人体像を作るように、俺は新堂の体を変形させて喜んでいた。
 その変化が判るように彼の体からは服をはぎ取っていた。
 やがて、男の裸体に見飽きた俺は彼を『女』に変えた。
 俺は芸術家になったかのように遺伝子に手を加えては彼の身体を造り直す。
 やがて、俺の前に絶世の美女が姿を現した。
 が、彼女の身体には魂がない。
 眠れる美女は動く事を知らない。
 彼女を動かす事は出来ないのだろうか?
 
 俺の頭はどんどん異常な方向に進んでいった。
 なぜ動かないのか?
 それは、もともと装置に取り込まれていた新堂を元にしているからだ。
 この身体はどこかで魂が抜け落ちていたのだ。
 正常な身体を元にすれば、この美女は眠りから覚めるのだ。
 しかし、どこから正常な身体を調達すれば良い?
 そしてふと思い当たる。
 ここに魂を持った身体があるじゃないか。
 俺が実験台になれば良い。
 俺は自分の電送データをプログラムに組み込んだ。
 そして俺は3人目の被験者として装置の中に入った。
 タイマが自動的に装置を動かしてゆく。
 最初の起動で俺は一旦装置に取り込まれ、次ぎの操作でサルベージされる。
 その時、眠れる美女は目を覚ますはずだ。
 
 バシッ!!
 と音がして、装置が作動した。
 俺は装置の中で分解されていく俺の肉体を見ていた。
 が、既に装置に取り込まれても良い筈なのだが、俺はまだ装置の中にいた。
 見ると俺の手足はそこには存在していなかった。
 俺は肉体を失い、魂だけの存在となっているのか?
 バシッ!!
 再び装置が作動する。
 サルベージが開始された。
 手足の感覚が復活する。
 俺は肉体を取り戻した。
 装置を覆うガラスに俺の顔が写し出される。
 絶世の美女がその瞳を開いていた…
 

−了−


    次を読む     INDEXに戻る