格安!!おまけ付きU



 不動産屋でその物件を紹介された時、その価格の安さにしか目が行っていなかった。それは4軒目の不動産屋だった。趣味に金を使い果たした貧乏学生には3畳一間では荷物の置場に困る。かといって広い部屋に住むほどの余裕はない。足を棒にしてようやく見つけた物件に俺は脇目も振らずに飛びついていた。後ろめたそうな大家と不動産屋の視線をよそに、早速にも引っ越してきた。荷物を運び入れると、やはり広い部屋である。空間にかなりの余裕ができている。しかしこれも時を経ずして埋め尽くされるのだろうと、感慨に耽りながら真新しい畳の上に万年床を広げた頃にはとっくに陽も落ちていた。やかんに水を汲み、ガスコンロに掛ける。カップ麺に熱湯を注ぎ、いつも通りの夕食を採る。引っ越し荷物をまとめていた時に見つけた雑誌のバックナンバーを数冊抱えて布団の上に腰を降す。やがて、俺は時の経つのも忘れて読みふけっていた。
 
 シクシクと女のすすり泣く声が聞こえた。時計を見ると既に深夜である。これが借賃の安い理由なのか。と月並みな事を考えつつ、俺は声のする方を見た。暗がりの中、意外にはっきりと彼女の姿が見えた。淡いピンクのネグリジェを着た女性は背中をむけて壁際にうずくまっていた。俺は布団の上に立ち上がり、彼女に近づいた。
「今日からお世話になる中野淳一です。よろしく。」
 彼女の肩を左手でポンと叩くと、彼女はすすり泣きを止め振り向いた。
「貴方、あたしが見えるの?」
 彼女は20才前後でなかなかの美人だ。ネグリジェの下には何も付けておらず、彼女が振り向くとスケスケの薄布の向こうに形の良い乳首が確認出来た。
「お願いがあるの。」と彼女は言った。
 俺は彼女を万年床の上に引っ張りだし、横になってネグリジェの上から彼女の乳房の感触を堪能しながら聞いていた。
「あした、あたしを外に連れていってほしいの。あたし一人ではこの部屋を出られないけど、貴方と一緒なら何処へでも行けるわ。あたし、どうしても行って確かめたい事があるの。いい?」
 俺は「ああ」と安請け合いし、そのまま寝入ってしまった。
 
 
 
 朝日が眩しく、カーテンの無い部屋に差し込んでいた。時計は既に10時を回っていた。俺は電気剃刀を手に洗面所に立った。が、鏡の中に俺の顔は無かった。替わりに昨夜の女幽霊の顔が写っていた。
「ごめんなさい。説明する前に貴方が眠ってしまったから…」
 鏡の中の女が言った。
「あたしが貴方と外に出るためにはこうするしかなかったの。」
 頭に手を当てると確かに長い髪の毛があった。顎に掌を当てても、髭の感触は全く無かった。そして服の上から胸に手を当てると、乳房の感触がそこにあった。
「判ったから、少し黙っていてくれないか?自分の身体が勝手に動かされるのは好きじゃないんだ。」
 鏡の中の女と同じ声が俺の口から出ていった。
 取り合えず髭を剃るのは諦め、歯を磨き、顔を洗った。ポマードを付ける髪形ではないので、数回櫛を入れ落ちつかせた。ジーンズとTシャツに着替える。素足をスニーカーに突っ込み、ドアを開けた。
(で、どっちに行く?)
 俺は声に出さずに頭の中に向かって言った。
(バス通りを渡ったところにコンビニがあるの。そこでお買い物していい?)
 俺は言われた通りにコンビニに向かい、彼女の指示したモノを買い揃えた。コンビニのビニール袋を抱えて部屋に戻ってきた。
「さあ、これで君の気は済んだんだろう?はやく自分の身体に戻してくれないか?慣れない身体だと疲れてしまう。」
(い〜え、まだこれからよ。お化粧もしないで外には出れないわ。その前に下着を代えて頂戴。ほら、買ってきたものを袋から出してくださいな。)
「判ったよ。勝手にしな。」
 俺が身体の支配を放棄すると、彼女は喜々として布団の上に買ってきたものをぶちまけた。一品一品、手に取って確認する。
「今度は赤いのにしようかしら?」
(おい、誰の金で買ったと思ってるんだ?それに、早く支度しないと日が暮れるぞ!)
 
 再び部屋に戻ってきた時、俺の両腕にはデパートの紙袋が3つづつ掛かっていた。財布の中の現金は殆ど底を突いていた。もともと掘り出し物を買い逃さないように蓄えていたが、彼女はその全てを使い果してくれた。
「で、気が済んだか?」
(いえ、本番は明日よ。)
 その一言で、俺は身体中の力が抜けてゆくのを感じた。いまだかつて踏み込んだことのない、デパートの婦人服売り場を何度も往復し、彼女の指示で試着した回数は10回を越えた所で数えるのを止めていた。その他に靴や鞄や小物類、等々。俺は身心伴に疲れ果てていた。
(お風呂が沸いたわよ。)
 彼女に言われ服を脱ぎ、湯船に浸かるとやっと落ちついた。お湯の中でチャプチャプと乳房が揺れる。掌に包み揉んでやると、肩の凝りが和らいでゆく。湯気にあてられ、頭がボーとしてくる。いつの間にか、指先が股間の割れ目にもぐり込んでいた。
「あ〜〜〜U」
 艶めかしい媚声が風呂場に谺する。女の甘い吐息に俺は指先を震わす。ねっとりと愛液が絡みつく。と、同時に俺の下腹部に今まで感じた事のない刺激が走る。それは、微かな痛みを伴った悦楽の快感だった。
「あンU」
 その声は俺の喉から漏れ出ていた。肉襞が俺の指先を喰わえ込む。そこから快感が全身に広がってゆく。俺の貪欲に自分の指を追い求めていた。洗い場に身を横たえ、シャワーの湯滴の下で俺はのたうち回っていた。
(いいかげんにしなさい!!)
 彼女の声で、ふと我に帰る。俺は何をシていたのか?乱れ果てた自分の姿に驚愕すると同時に、心の奥でしたたかな満足感を覚えている自分を感じていた。
 
 
 
 やはり次の日、俺はスカートを穿かせられた。昨日、デパートで買い求めた服を、当然のように彼女は俺に着るように命令した。今度は試着室だけの話ではない。これを着て、公衆の面前に立たされるのだ。ストッキッグに足を通し、ブラウスの上にカーデガンを羽織る。鏡の前で化粧を施し、ハンドバックを手にハイヒールに足を突っ込んだ。
 ドアを開け辺りを伺う。近くに誰もいないのを確認して外に出る。音を発てないようにそっとドアを締め、鍵を掛ける。足音を気にしながら建物を後にした。
 表通りに出ると、今度はこそこそしているとかえって人目を引いてしまう。慣れないハイヒールに注意しながら人の流れに乗って駅に向かう。いつもの道も全く別の街にみえてくる。いくつもの視線を感じる。彼らに俺が女装した変態と思われていないか、そればかりを気にしていた。
(あなた、変態なの?)
 彼女が突っ込んでくる。男の俺が女装をしていれば、確かに変態である。しかし、今の俺は男ではない。胸も下半身も顔の造作も、俺の身体の全てが女に変えられてしまっているのだ。女が女装していてどこが変態なのだろうか?
(そうよ、あなたは変態なんかじゃないわ。だから、しゃっきりして頂戴!)
 彼女の言葉で俺の頭の中のもやもやがフッと霧散した。俺は何をもやもやしていたのだろうか?その原因さえも頭の中から消えてしまっていた。
 
 電車を乗り継いで彼女の言っていたマンションの前に立つ。彼女に教えられた暗証番号を入れると扉が開く。エレベータで最上階に向かった。ハンドバックから鍵を取り出す。扉を開けると奥から男女の荒い息づかいが聞こえてくる。ベッドの軋む音…
 俺は真っ直ぐに奥の扉に向かっていた。
 ノブに掌を当て、思い切り引き開ける。昼日中の明るい寝室で全裸の男女がもつれ合っていた。バタン!!と俺の閉めたドアの音で男の動きが止まる。男が振り向く。そして、男は驚愕の表情のまま凍りついた。
 俺はゆっくりと男に近づく。男の下でギャアギャアと女がわめきたてている。ハンドバックから包丁を取り出す。女は逃れようとするが、男に組み敷かれていて身動きがとれない。切っ先を男の剥き出しの胸に当てる。スッと動かすと、筋が付く。そこから血の雫がしたたり落ちる。もう一度、彼の胸に切っ先を当て、先程の筋とクロスさせるように新たな筋を描く。俺はその交点に唇を寄せ、滲み出る血の雫を啜った。戒めを解かれた女がヒイヒイ言いながら部屋を這い出てゆく。
 
 男は依然として彫像のように立ち尽くしている。男の股間もまた勃ち尽くしていた。
 俺の股間から滲み出てくるモノがあった。両脚から力が抜けてゆく。膝が折れ、俺は男の前に跪いていた。目の前にソレがあった。自然と唇がソレの先端に近づく。舌が伸び、触れる。舌先がくびれに沿って一巡する。唇がソレを挟み込む。唾液に濡れたソレはギラギラと輝いていた。
 俺の下半身が疼いていた。股間は溢れ出る液体でぐしょぐしょになっしいた。濡れた下着を脱ぎ捨てる。俺は男にしがみつきながら、身体を起こした。男の首に腕を廻し、ベッドの上に引き釣り上げる。両脚を男の胴に巻きつけると、俺の股間に男が居た。
 腰をくねらすと、スルリと男が侵入してきた。俺は胎の中に男を感じていた。
「あぁんU」と女の媚声が俺の喉から漏れ出てくる。俺の下半身は俺の意思を離れて、思う存分男を堪能している。そこから押し寄せてくる悦感に俺の頭の中が真っ白に塗り込められてゆく。いつしか俺は、背中を反らせ首を左右に打ち振って、オンナの悦楽に酔い痴れていた。
 
 
 
 遠くでサイレンの音が聞こえた。
 ふと、我に返る。
 再び彼女の声が聞こえた。
 俺は男の肉体から身体を放し、ゆっくりと落ちていた包丁を手に取る。
 今度は彼の首筋に刃を這わす。ぐいと押し込み、一気に引き抜いた。男の首から噴水のように鮮血が迸る。火照った俺の身体に男の血潮がシャワーのように降り注ぐ。部屋は紅く染まっていった。
 
 血の海に女が座っていた。
(気が済んだかい?)俺が問う。
(ありがとう)女が答える。
「さてと、」と声を出して女が立ち上がる。紅い雫を滴らせてバスルームに向かう。シャワーを浴びて全てを洗い流す。血と、そして女の器と…
 湯気に包まれて、男に戻った俺の肉体がバスルームから出てきた。
 俺の痕跡を残さないように男のシャツとズボンを拝借する。ビニール袋に彼女の持ち物を詰め込み、さらに紙袋に放り込む。男の靴も借りてマンションを後にした。
 太陽は西に傾き、夕焼けが空一面に広がっていた。
 再びサイレンの音。
 パトカーが俺を追い抜いていった。
 俺は不動産屋で紹介してもらった格安の部屋に戻ってゆく。
 ここは俺の部屋。
 

−了−


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