『備品』



 宇宙貨物船の航海は長い。経済効率を一切無視できる軍艦なら2〜3日、旅客なら1〜2週間で踏破する行程を4〜5カ月場合によっては1年近い航海となる。
 特に、真っ赤に燃え盛るうちの会社の経済状態では一滴の燃料さえ惜しまれる。
 ハードウェアがこの有り様ではソフトウェアに肩代わりをさせざるを得ない。このソフトウェア ― すなわちハードウェア(宇宙船)を動かすクルー ― に掛かる負担は相当なものとなる。が、会社はそんなコトなど爪の先程も意識することはない。
 只でさえ長い航海、それも必要最小限の人員で乗り切るのである。いくら気の合ったクルーでさえ、四六時中顔を突き合わせていられるモノではない。
 そんな状況の俺達の元に会社から速達小包が届いた。
 何を血迷ったか、個人配送業者の特急便(通称『バイク便』)に乗せ俺達の貨物船を追いかけさせたのだ。『バイク便』が荷物をエアロックから放り込み、伝票にサインをしていると、会社から超空間通信が入った。(この超空間通信とても、費用がかかるのでよっぽどの緊急事態でしか会社から使用が許されていないのだ。)
〔返信無用…〕
 のっけからコレだ。
〔…乗員の福利厚生機能試験を実施する。結果は航海の終了時点に聴取する。以上〕
 何を言っているのかさっぱり分からないが、受け取った伝票には『福利厚生機器』と記されている。通信の内容はこの小包の事を言っているようだ。もう少し説明してくれても良いようなものであるが、ヘンな所で貧乏性が出てくるのがうちの会社の気質であるから仕方ない。
 
 あれこれ考えを巡らしているうち、『おぉ!』と数人の声があがる。どうやら届いた小包を開けたようだ。(こいつらは保安措置などお構いナシなのね?)
 俺はフウとため息を漏らし、超空間通信のプリントアウトと伝票を胸ポケットに押し込め大騒ぎの艦橋に入っていった。
 
 艦橋の中央には広めのスペースがあり、小包の箱の周りを俺を除く全クルーが取り囲んでいた。(船長まで一緒になって騒いでいる)
 その輪の中に強引に割り込み中を覗いた。
 箱の中には薄衣をまとっただけの美女が横たわっていた。見開かれた瞳を見るなりこれがアンドロイドであることが判った。
「つまり、コレが『福利厚生機器』か。」
 思わず呟いていた俺の言葉を聞き逃さず、周りでは『おぉ』『おぉ』と再び騒ぎが大きくなる。
 俺はその騒ぎから身を引き、箱の脇に挟まっていた小冊子をパラパラとめくった。
 小冊子には図入りで様々な説明が成されていた。
「思考コントロール?ダイナミック・フィードバック?」
 どうやら単純な福利厚生機器ではなさそうだ。
 
 不意に俺の手の中から小冊子が消え失せた。代わりに船長の髭面が覗き込む。
「どうだ?使い方は判ったかね?」
 見るとクルー全員が俺の方を見ている。
 ヌッとインタフェイス装置のヘッドギアが差し出される。
「どうだ?」
 と再度船長が促す。
「まあ、なんとか。」
 つまり、最初に何かやるのは決まって俺なのだ。他のクルーは俺から使い方を教わり、決して自分から理解しようとはしない。
 いつもの事と諦め、俺はヘッドギアを受け取った。
「すみませんが、カウチを一つ持ってきてくれませんか?」
 ホイホイと2〜3人が隣の部屋に飛んでゆく。
 程なく、俺はカウチに横たわり、ヘッドギアを被った。
 もう一度小冊子に目を通し、起動方法を確認する。
「では」とヘッドギアのスイッチを入れ、身体をリラックスさせ、目を閉じた。
 
 
 
 俺は、目を閉じたハズだ。が、まだ天井が見えている。
 良くみると、俺を覗き込んでいた船長の顔が見当たらない。
 それに、俺はカウチの上でなく箱のようなものの中にいるようだ。
『おぉ〜〜〜』とクルー達の声が聞こえる。
 俺は、箱の縁に手を掛け起き上がった。
 ようやく状況が把握出来た。
 俺の入っていたのはアンドロイド美女の入っていた箱に他ならない。
 人垣越しにカウチに群がる集団が見える。
 彼らもまた、俺の方を見ている。
 人垣が割れ、船長がやって来た。
「これはこれは、白雪姫の目覚めに王子が遅れをとってしまった。」
「誰が『王子』だ?」俺が言い返すが、喉から出た声は俺の声ではない。
 そして、船長の向こうのカウチの上に寝ている男が見えた。
 カウチの上には『俺』がいた。
「すまん。鏡をもらえないか?」
 だいたい想像は付いている。が、この目でそれを確認するのが怖かった。
「モニタ写します。」誰かがカチャカチャとコンソールを操作している。
 船橋正面の大型モニタに船橋の様子が映し出された。
 中央に人垣。
 その中心にアンドロイド美女が立っている。
 俺は腕を上げた。
 アンドロイド美女も同じく腕を上げる。
(これが『思考コントロール』というやつか?)
 『俺』自身はカウチの上に横たわっているものの、その思考波でこのアンドロイドを操作する。それはあたかも自分の肉体のように動かすことができる。究極のアンドロイド操作技術であろう。
 
 俺がアンドロイドの操作技術に感心しているのを余所に、クルー達は再び騒ぎだしていた。
「この船でイチバン偉いのは誰か?」
「船長!」「船長!」「船長!」「船長!」
「この船でイチバン勇敢なのは誰か?」
「船長!」「船長!」「船長!」「船長!」
「じゃあ、イチバンは誰か?」
「船長!」「船長!」「船長!」「船長!」
「うお〜」「うお〜」「うお〜」「うお〜」
 パチパチパチと拍手が起こる。
 そして、一気に辺りが静まる。
 コツコツコツと磁力靴の音が響く。
 ぐい!と俺の身体が後ろに引き倒される。
「キャッ!」
 『女』の悲鳴がシンと静まり返った船橋に響きわたる。
 俺はすくい上げられた。船長の太い腕で軽々と抱えられ、そのまま船橋を後にした。
 扉の向こうからクルー達の騒ぎが再々度巻き起こっていた。
 この通路の先には船長室がある。
「船長!何をするつもりなんですか?」
「決まっているだろう?『福利厚生機器』の役目を果たしてもらう。」
「待って下さいよ。俺にはソンな事出来ません。」
「しかし、お前以外に『福利厚生機器』を動かせる者はいない。」
「そんなことありませんよ。誰にでも簡単に動かせます。」
「ワシは船長として火急則速やかに先頭を切って『福利厚生機器』の試験を行うのだ。」
「俺はイヤダ!」
「船長命令だ!」
「そんな〜〜〜ぁ」
 
 
 
 ポンとベッドの上に放り出された。
 さすがに貧乏会社でも船長のベッドは広く、クッションも効いている。
 一瞬後には船長が全裸となって俺の上に押しかかってきた。
 経験豊富なのだろう。俺の身体からもあっという間に薄衣を剥ぎ取られ裸にされてしまった。首筋に唇を這わせながら、指先で巧みに性感帯を刺激してくる。『女』の肉体はこんなにも敏感なのか?
「アンU」「アンU」と艶めかしい吐息が俺の喉を突いて出る。
 船長は俺の股間に顔を埋め、舌先で大切な所を弄ぶ。
 ジュッと熱いモノが胎の中から溢れてくる。(これが『女』なのか?)
 頃合い良しと、船長の『男』が俺の内に進入してくる。
 感じているのは痛感ではない。いままで感じたことのない得体の知れない感覚である。
 ソレがどんな感じなのか言葉にすることなど出来ない。
 次第にその感覚に呑み込まれ、それが何であるかなど考えられなくなってくる。
 船長の息が荒くなってくる。
 船長の『男』が激しく暴れまわる。
 俺の頭の中がカラッポになってゆく。
「うお〜〜〜〜っ」
 船長が吠えると同時に熱い迸りが俺の胎内に放出された。
 俺の腕の中で船長がぐったりとなる。
 いとおしさがこみ上げてくる。
 俺もまた、そのまままどろみの中に落ちていった。
 
 
 
 その日を境に俺の生活は一変した。
 俺は『アンドロイド専任』ということで、通常の船内作業から一切開放された。それどころか、船長をはじめ皆が何かにつけ俺の便宜を図ってくれる。今まででは考えられないことだ。毎晩の勤めさえ果たしていれば俺は何もしなくても誰からも文句は言われない。その毎晩の勤めさえ、俺は喜々として受け入れるようになっていた。
 いつの間にか緊急非難用の冷凍保存装置が引っ張り出され、『俺』の肉体は凍結され倉庫の奥に仕舞い込まれてしまった。俺はアンドロイドの姿での生活を強いられることとなってしまった。が、俺としては、もうどちらでも良かった。それよりも、アンドロイドの身体は食事をしない分経費が節減できる。
 俺は毎日ぶらぶらと船内をうろついては手空きの奴と他愛もないお喋りをしたり、気が向けば艦橋の当直にお茶を煎れたりしている。そうでなければ、船長室の脇にもらった個室で裁縫をしている。
 アンドロイドの体型では俺の持っている服は全く合わない。しかし、もともとアンドロイドが持っていたのは薄衣の一枚だけだ。この一着で長い航海が保つとも思えず、それよりもこんな薄衣で船内を動き回るなどクルーの精神衛生上に悪影響を与え兼ねない。そこで俺の服をバラしてこの身体に合った服に作り替えているのだ。
 アンドロイドは本来の俺と大して背丈が変わらない。が、太さがまるで違う。特にウエストがだぶだぶである。だぶついた上着は端を縛ったりして着こなす事もできるが、ズボンはそうも行かない。
 ウエストを詰め終えて鏡の前で試着する。
 が、どうもしっくり来ない。脚周りの布がだぶつき過ぎるのだ。
 長い間考えた後、俺は股間のつなぎ目を解いた。膝から下を断ち切って作った端布を継ぎ足して筒状に整形した。
 ズボンはスカートとなった。
 鏡に写すと満更でもない。
 女性用の下着等ないので、直接Tシャツを素肌に着ける。その上にワークシャツを羽織る。裾をたくし上げ胸元で縛った。
 クルー達にはなかなか評判が良かった。
 
 数日後、クルー達から差し入れが来た。
 手作りのアクセサリーだった。何処から調達したのだろうか木彫りのブレスレットや髪止めが、営繕部のクルーは超空間通信機の部品の予備からクリスタルを取り出し指輪やネックレスを作って来た。
 彼らの夜の相手をする時には必ず贈られたものを身に付けてゆく。
 そんな時は二人とも気分が良くなり、満足して眠りに就く。
 そんな日々を過ごしていると、いつの間にか目的地が近づいていた。それは他のクルー達も同じに感じていたようだ。『福利厚生機器』の効果は充分に発揮された。俺達は長い航海をストレスを感じる事なく乗り切ってしまった。
 港に着き船長が『福利厚生機器』の実施結果も含めた業務報告している間、クルー達は上陸の準備にいそしんでいた。俺も辺りの荷物を整理していた。様々なアクセサリーを箱に詰めながら今回の変な役目を振り返っていて、ふと気付いた。
(まだ、俺の身体は冷凍保存装置の中だった。)
 解凍を開始しようとマニュアルを見て愕然とした。
 解凍には1週間が必要なのだ。1週間といえばクルーに与えられた上陸期間と同じである。つまり、これから解凍しても俺は外には出られない。
(しかたがないが、この格好のまま上陸するか。)と、箱に詰めたアクセサリーからいくつか引き出し、身なりを整えて宇宙船を降りた。
「おぉ、我等の女神様のおでましだ。」
 クルー達に囃したてられる中、ゲートに向かった。
 そこで、ばったりと船長にであった。
「本船の備品の持ち出しは困るなぁ。」
「?」
「お前さんは船の『福利厚生機器』だ。勝手に持ち出す事のないように、今も会社から言われて来たところなんだ。」
「つまり、俺は上陸できないって事?」
「まあ、そういう事になる。が、ワシにも情けはある。でだ、ゲートの内側なら外に出てても良い事とする。」
 
 俺は久しぶりに外の空気を吸った。
 ゲートの内側には街中程の賑わいはないが、PX等商店や居酒屋も無い事はない。
 店の中をぶらついていると声を掛けられた。訳も判らないでいるうちに、椅子に座らされる。店員がコットンで俺の顔を撫で始めた。
 俺は生まれて始めて化粧をした。
「おぉ、綺麗じゃないか。」
 鏡越しに船長の顔が見えた。
「なにやら、航行中クルー達がお前さんに盛んにプレゼントしていたそうじゃないか。この際だ。ワシからも何かプレゼントしよう。」
 そう言ってブティックに連れ込まれた。
 俺の服を改造した野暮ったいスカートが脱がされ、色鮮やかなドレスをまとう。船長の指示で、次から次に服が出て来る。
「よし。みんな買おう。」
 船長は今僕の着ているブルーのワンピース以外を船に送らせた。
 船長もまた、服と一緒に船に向かう。
 取り残された俺はしばらくぶらついた後、酒場の扉を開けた。
「ヒューヒューU」
 盛大に迎えられた店の中は俺等の船のクルー達で満員だった。
「女神様のいない所で飲んでても美味しくはない。」
 それが彼らの言い分だった。
 俺はついつい乗せられ、上陸期間の終了まで良い気分で浮かれていた。
 
 その頃、船では船長が頭を抱えていた。
「やはり重量オーバーだ。彼女がいる事でクルー達の私物が増えている。」
 ペラペラとリストを捲りながら考える。
「やはり、これは余分だな。安全基準には引っ掛かるが他にもやばい事はたっぷりあるし…」
 船長は冷凍保存装置の破棄を指示した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 俺がその事を知ったのは、港を出てから3か月の後だった。
 俺の身体がどうなったかここからでは知る事ができない。
 仕方なく俺はこの船の『備品』として一生を終える事を心に決めた。
 しかし、これはこれで素晴らしい一生には違いない。
 俺は今夜も勤めに出る。
 クルーの部屋を巡っては際限の無い悦感に、酔い痴れていた。
 

−了−


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