並行世界



(ここはどこなのだろう)
ふと気付くと、いつもとは違う家並みの中にいた。
 
慌てて、来た道を戻っていった。
どこで迷路にはまり込んだのかは判らなかったが、いつの間にか記憶にある家並みに出会えた。
 
再び家に向かって歩きだした。
馴染みの家並みが続き、その先に「西野」と俺の家の表札があった。
くたびれた木造二階建、茶色のペンキで塗り込めたような陰気な家であるが、これこそが「俺」の家なのだ。
郵便受けに書かれた両親の名前…そして「俺」の名前=「真人」がちゃんと書き込まれていた。
 
「ただいま。」
カチャリ
と玄関のドアを開けて中に入る。
だれもいないのは、俺が突然に早退してきたからなのだろう。
玄関で靴を脱ぎ、二階に上がってゆく。もちろん、脱いだ靴をレジ袋に入れて持っていくことなどしない。
 
二階の一番奥が俺の部屋だ。
もちろん、ベッドにはぬいぐるみなど並んではいない。壁のポスターは週刊誌から切り取った女性アイドルのものだ。その隣にはハンガーが掛かっているだけ。
俺は着ていた学生服をハンガーに掛け、そこに置いた。
 
ベッドの上にごろりと横たわる。
もう一人の「俺」は改変した世界を元に戻せたのだろうか?俺自身はどうやら無事に元に戻ったみたいだ。
 
しばらくゴロゴロしていると携帯が鳴った。メールの到着を知らせている。
開くと、親友の和哉からだった。
[どう?熱は下がった?無理はするなよな。明日の予定も体調次第でキャンセルするのも構わないんだよ。(その分の埋め合わせはちゃんとしてやるから♪)早く元気になれよな…]
何故か、最後にハートマークが並んでいる?
[明日は大丈夫。おめかししてくから、期待しててね♪]
気が付くと俺はそんな返信を送ってしまっていた。
(お、おめかしって何だ?!)
和哉のハートマークと併せて考える。俺が「女」だったら間違いなくデートの約束である。
(もし、俺が「女」なら?)
俺はもう一度、自分の肉体を確認する。それが「男」のものであることには間違いはなかった。
奴は世界の改変が完全に元に戻るとは限らないと言っていた。奴が改変したのは「俺」が「女」だった世界…それが中途半端に戻った場合…
俺の額をタラリと冷や汗が落ちたような気になる。
俺は起き上がると、クローゼットの扉を開けた。
 
 
目に飛び込んで来たのは、溢れるばかりのパステルカラーの色彩の洪水だった。
それが女物のワンピースやスカート等であることは即に解った。サイズは俺の身体に丁度良いもののようだ。
(明日はどれを着て行こうかな♪)
と鏡に向かい、手に取ったワンピースを胸に充てている自分がいた。
俺は自分が「男」だと認識している。和哉とは親友であり、決して「恋人」などではない…
が、肉体の記憶は、和哉の逞しい腕に抱かれて、幸せを感じていた事を思い出させてくる。自らの股間に和哉を受け入れ、嬌声をあげた自分がいた…
 
ショックに俺はフラフラとした足取りで机に向かった。何故か、鏡があり「俺」の顔を写しだしている。
引き出しを開けると、化粧品が並んでいた。ヘアクリップで前髪を止め、手に取ったクリームを顔に塗り込んでいた。
…俺は何をしているのだろう?…
俺は夢でも見ているように「俺」の行動を眺めていた。
 
服を脱ぎ、先ほどのワンピースを着ていた。
鏡に写っていたのは、女になったもう一人の「俺」と瓜二つであった。
(どちらも「俺」自身なのだから当然か…)
俺はベッドの上に座っていた。…自然と「女の子座り」になっているのに気づく事はなかった。
 
 
 
 
それは、正しく「デート」だった。誰も俺の事を「男」だとは思わないだろう。肉体の欲求に「俺」が逆らおうとしない限り、俺は自然に「女の子」として行動していた。
 
「今日も良いよな?」
夜になり、街路灯に照らされた道を歩きながら、和哉はそう言った。
言っている意味を理解しても尚、俺は自分が「うん♪」と答えるのを阻止しようとはしなかった。俺はこれが恋人同士のデートである事を理解していた。その終結として、夜の行動も容易に想定できていた。
どんなに化粧しても、可愛く着飾って女の子にひか見えなくても、俺の肉体は「男」である。その事実は変えようがない。が、和哉とならば、そういう行動に流れて行っても許せる気になっていた。
 
シャワーを浴び、女の子のようにバスタオルを身体に巻いて、和哉の待つベッドに入る。
「真子♪」
いつものようにそう言われる。俺は「うん♪」と頷き、彼に身を任せる…
そう、「いつものよう」に…
この世界の「俺」は、当たり前のように和哉に抱かれていたのだ。彼等にとっては、これが当たり前の事なのだ。
「俺」が介入して、どうなるものでもない。全ては肉体が覚えている。どう振る舞えば良いか、どうすれば感じるか…そして、その先にある絶頂の快感を…
 
「あん、ああん。イ、イイ〜♪」
俺は和哉のペニスを受け入れ、快感に喘いでいた。俺自身がその行為に快感を感じているのだ。
俺は和哉に愛されている。俺も和哉を愛している。それだけで、全てが肯定されてしまう。
 
和哉に抱かれている俺は「女」だった。貫かれる快感に満たされ、更に快感を求めて腰を振る。
「ああん♪和哉ぁ、もっとぉ〜!!」
彼もそれに応え、更に深く突き入れる。
「んあん、あ〜〜ん♪イ、イクぅ。イっちゃう〜〜〜!!」
快感の頂点がそこに見えた。
「うウッ!!」っ和哉がうめき、俺の胎内に精液が放たれた。
と、同時に…
「あ、あ、あ〜〜〜!!」と俺も絶頂を迎え、嬌声を放っていた…
 
 
 
「考えてくれたか?」
と和哉に聞かれた。
あたしは「うん♪」と即答した。
「手術して、ちゃんとした女の子になるね♪だから、あたし以外の女の子に浮気しちゃ駄目だよ!!」
 
三年の歳月はあたしの中の「男」が消え去るのに十分な時間だった。今では誰もがあたしが生まれた時から女だったと錯覚する。
 
「俺には真子しかいないよ。ちゃんと約束する。」
そう言って、和哉はあたしの指に輝くリングを填めてくれた。
 
 
 

−了−

 

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