命
8.「初夜」
「お嬢様♪今日はどこにでかけましょうか?」
ガルシアが航路図を開いていた。
アタシ達はまるで新婚旅行のように、毎日観光名所を巡っていた。勿論、夜はベッドで快感をむさぼっている。
ガルシアは肉体が入れ替わった件については一切触れようとしない。
アタシは一人の「女」としてガルシアに愛されていた。
「ここだと、メネシスの大瀑布が近いわね。」
「行ってみるかい?」
「ええ。」
こんな風に行き先を決め、ガルシアが詳細なプランを企てている間に、アタシは「ミネルバ」をダイブさせていた。
係留地からはガルシアの艇で惑星に降下してゆく。
ここから先はガルシアにお任せになる。彼の選んだレストランで遅目の朝食を採り、彼の手配した交通手段で目的地に向かう。
「わぁ、凄〜い!!」アタシはその絶景に、単純に感動していれば良かった。
「今夜は滝の見えるホテルを取っているんだ。ライトアップされた滝を観ながらできるんだぜ♪」
「ロマンチックね♪」と応じたものの、今のアタシはガルシアがいてくれれば、見晴らしの良い高級ホテルの最上階でも、隣のビルの壁しか見えない安ホテルの一室でも気分的な違いはどこにもなかった。
(けど、高級ホテルのマットは違うわよ。艇のベッドは安ホテルのと、そう変わりはないけどね♪)
ミネルバの装備にあれこれ言う事はできない。元が軍艦なのだ。機能からすれば安ホテルのベッドなど比較にもならない。
(単に、寝るだけならね♪)
アタシ達は(水の上を走る)船で滝の裏側に回り込んでいった。
飛沫がきらめき、いくつもの虹を造ってゆく。幻想的な光景にアタシは言葉を失っていた。
船が再び表側にでてきた。
「??」アタシはめまいのようなものを感じた。
そして、一気に気分が悪くなっていった。
「ど、どうした?」とガルシアがアタシの顔を覗き込む。
彼の声にフィルターが掛かっているのか、ザーッという雑音に掻き消されそうだ。
視界が暗くなる。
(船酔いかしら?)
艇には四六時中乗っているのよ。船酔いなんてあるの?
(宇宙船と水の上の船は違うわ。ワタシも小さい頃に船酔いになった事があるの…)
そんなモノまで受け継いじゃったの?
(まぁ、あきらめてちょうだいね♪)
ミネルバと会話しているうちに、アタシの意識は闇の中に飲み込まれていった。
「ごめんなさいね。皆さんにも迷惑をかけちゃったでしょう?」
「大丈夫だよ。船は桟橋に戻るだけだったからね。それよりも、船に弱いなら話しておいてもらいたかったな。」
「ごめんなさい。アタシも船に弱いなんて知らなかったの。これまで、船といったらミネルバしかなかったしね。」
「まあ、仕方がないな。今日はのんびりして過ごそう。明日、病院に行って精密検査の結果を聞く事になっている。宿泊は延長しておいたからね。」
そう言ってアタシの額にキスをすると、アタシをベッドに寝かしてくれた。
「に、妊娠ですか?」
「生理が遅れている事に気づかなかったとでも?そもそも、旦那さんとは避妊など考えずにシていたのでしょう?」不躾な医者の言葉にも上の空だった。
ア、アタシ…俺…が妊娠?! 俺が子供を産む事になるのか?
(そうよ。おめでとう♪貴女はママになるのよ〜。ミネルバもにぎやかになるわね)
な… 俺は何と言って良いか解らず絶句していた。
「結婚しよう♪」と、ガルシアが意味不明の言葉を畳み掛けてきた。
「な…」こちら側でも絶句する事になった。
「どう考えても、父親は僕だろう?生まれてくる子供には、両親がちゃんと揃っていた方が良い。これを機会に、正式に結婚しよう♪」
彼は何と言っているのだろう?
結婚…男と女が夫婦となる…俺がガルシアの妻となる?
「ウェディング・ドレスも今なら色々選べるよ。」
俺の瞼には真っ白なウェディング・ドレスに包まれた「ミネルバ」の姿が浮かんでいた。
…ドレスを着ているのは決して「俺」などではない!!…
(女の子の夢…憧れね♪ガルシアなら問題ないんじゃない?)
アタシに何と言わせたいの?
(これも良い機会というコト♪)
ガルシアを見返した。彼は優しく微笑んでいる。
下腹の上に手を重ねた。この下には子宮があり、たった今も新しい生命が育まれている。
俺が母親になる?それは、俺が100%「女」を受け入れる事になる。それ以前に、俺は…アタシは既に「母」であった…
「良いわ…」
アタシはダーリンのプロポーズを受け入れていた。
教会の祭壇の前にアタシ達は立っていた。
アタシはミネルバが憧れていた、純白のウェディング・ドレスに包まれていた。
「病めるときも健やかなるときも…」司祭の言葉に
「はい。」としっかりとしたガルシアの声が応えた。
司祭の言葉はアタシにも向けられた。
アタシはガルシアを一瞥し、
「ハイ。」と応えた。
アタシはこの先、一生を彼の妻として…「女」として生きていくのだ。
「誓いの口づけを…」司祭に促され、ガルシアがベールを上げた
…アタシはガルシアに抱かれ、何故か涙を零していた。
二人だけの結婚式。
参列者はだれもいない。お腹の子供が二人の誓いの立会人だった。
ウェディング・ドレスのまま教会の外に待たせていたタクシーに乗り込む。港にあるガルシアの艇に向かった。
既に荷物は全て運び込んであった。医者からはあまり無理はするなと言われているが、アタシ達の「家」はミネルバであり、宇宙が「庭」なのだ。アタシは一刻も早く、この姿を「ミネルバ」に見せたかった。
(ワタシはもう、貴女の目を通して見ているわよ?)
そうじゃないの。気分の問題ね♪
アタシがこんなに幸せな気分になれたのも、貴女達ミネルバのおかげなのだから…
(良くは解らないけど、それで貴女の気が済むのならどうぞ♪)
「ただいま♪」
エアロックを開けて、連絡筒に踏み出そうとすると、ガルシアに腕を引かれた。
「花嫁と新居に入る時には、やらなければならない事があるんだ。」と、ガルシアがアタシを抱えた。
俗に言う「お姫様だっこ」でアタシ達は連絡筒を通り、ブリッジに着いた。
「艇のカメラに納めておきたいの。こっちに来て♪」
アタシはガルシアを「装置」の前に誘った。
モニタにアタシ達が写し出された。
ミネルバ。君も写ろうよ。 とミネルバに声を掛けた。
アタシは「装置」を介してアタシの肉体をミネルバに明け渡した。
「えっ?!」と彼女は驚きの声を上げている。
アタシはガルシアの肉体に潜り込み、ミネルバの肩をそっと抱いてあげた。
「ありがとう。そして、これからもよろしく♪」
「こんな…ワタシがこれを着れるなんて。ありがとう♪大切な思い出にするわ!!」
そう言って、己の姿を目に焼き付けると、ミネルバは「装置」に戻っていった。
アタシの腕の中でミネルバ(アタシ)がぐったりとしていた…
(!!)
唐突にアタシの中のイタズラ心が目覚めていった。
「ダーリン。ダーリン?」アタシはミネルバの肩を揺する。
そう、ミネルバの中にはガルシアの意識を移動してある。
「な?」
「ダーリンも記念にウェディング・ドレス姿を記録しておきましょう♪」
「何をバカな事するんだ。記録っていっても写ってるのはどちらも僕とミネルバでしかないだらう?」
「き、気持ちの問題よ…」
「わざと装置を暴走させて… 一晩で戻れるとは判っているが、よりにもよって新婚初夜にこんな事をするか?」
ガルシアの思考を読んでみると、ウェディング・ドレスのままのアタシとヤってみたかった。とあった。
「ダーリンの願いはアタシが実現してあげるわね♪」
アタシはダーリンをお姫様だっこすると、そのままベッドに向かっていった。
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