発端
1.「遭難」
装置に意識をシンクロさせて…
「ジャンプ!!」
艇は光速の何倍もの速さで亜空間をダイブしてゆく。
詳しい理屈は解らないが、亜空間に飛び込むには何らかの生体エネルギーを必要とするらしい。亜空間共鳴装置(単に「装置」と呼んでいる)は操作者の生体エネルギーを増幅する働きを持っているのだ。
行きたい座標をイメージして装置の出すリズムに意識をシンクロさせる。生体エネルギーが高まったと同時に意識を放り上げ、亜空間にダイブしてゆくのだ。
もっとも、この装置を使うにはライセンスが必要となっている。1光年以内の軽免許、距離に応じた限定免許。無制限のライセンスを取得するには、それこそ軍のエリートパイロット並の度量が必要となる。
まあ、それなりの距離をこなすには、それなりのスペックの装置が必要となるし、艤装も相応…となると、個人で艇を乗り回す等といったレベルではなくなってしまう。
かく言う俺も、軽免許でアステロイド帯をツーリングするのがせいぜいなのだ。
多くは早朝に出立つしての日帰り。たまに、スパ衛星に一泊するくらいだ。当然のように、艇には宿泊設備などは存在しない。野宿もできない訳ではないが、寝袋などはないので、安直にもスパやビジネスホテルを利用している。
だから、今の俺のように「遭難」してしまうと手も足もでない…
軽装がたたられるという丁度良いサンプルとなるのだ。
実際、食料の備蓄が殆どないのだ。定期点検は欠かさずに行っているので、酸素と水に困る事はない。が…
蔦のように張り巡らされた廃棄物の飛散防止ネットに捕らわれては身動きができない。航路を外れたこんな所にあると言う事は、不法投棄であり、当然その存在が航図に記載されている筈もない。
救難信号は自動起動されているが、廃棄物の中に妨害装置でもあるのか、封じ込められてしまっているようだ。
覚なる上は、単身廃棄物の塊に乗り込み、妨害装置を止めるしかない!!
と腹を括った。
一応、宇宙服は用意されている。とは言っても、簡単に破れてしまいそうな軽式の安物である。
更に、この艇にはエアロックがない。コクピットから直接外に出る事になる。当然、保有している酸素の量を考えると、何度も出入りはできない。つまり、一度きりの遠征で目的を果たさなければならないのだ。
俺は艇内の酸素の供給を停止し、宇宙服を着込んだ。息苦しくなる前に宇宙服から酸素が供給され始めた。
艇内の気圧を下げ、コクピットを開いた。目の前はもう宇宙空間だった。ちょっとした間違いででも命を落とす危険がある。
俺は艇に絡まったロープを伝って廃棄物の塊の中へと潜り込んでいった。
塊の外側は隕石の衝突に晒され、ボコボコと穴が空いていたり、何の部品か判別がつかない程に破壊されていた。しかし、塊の内側に進むにつれて、破棄された当時の姿を残すものも多くなっていた。
そして、
そこには大型の巡洋艇が無傷で破棄されていた…
流石に内部の空気は抜け切っていた。が、主要な機器は最低限のエネルギーで稼働を続けていた。型式は古いが、元は軍用の船であったと記憶していた。
ブリッジに向かう。
そこもまた無傷であった。
動いている機器の操作パネルを確認してゆくと…目的の通信妨害装置が見つかった。
停止スイッチも即に見つかった。叩くようにスイッチを押下した。
宇宙服の受信機に俺の艇からの救難信号が届き始めた。
これで目的は達成できた。が、宇宙服の酸素はまだ十分に残っていた。俺の中の好奇心が押さえきれなくなる。このような大型船のブリッジに入る事などなかなか経験できるものではない。俺はパイロット・シートに座ってみた。
目の前にあるのはリミッターのない「装置」だった。軍用であれば限定解除のライセンス保持者はゴロゴロいたに違いない。
俺は装置に触れてみた。
俺の意識は吸い取られるように装置とシンクロしていた。
「装置」に気を取られていた俺は、ブリッジで待機状態にあった機器が一斉に息を吹き返していた事に気が付かなかった。
それはブリッジだけではなかった。巡洋艇そのものが息を吹き返していた。空調装置が艇内に新鮮な空気を満たしてゆく。エンジンが起動し、巡洋艇の隅々にまでエネルギーを行き渡される。
当然、軍用であるので備え付けの武器も臨戦態勢を整えていた。
俺の頭の中にイメージが広がった。
それは、この廃棄物の塊の全体像だった。
外郭の端に絡まっているのが俺の艇だった。ロープに絡め取られている。救難信号は出るようになったが、このロープを何とかしないとどうにもならない…
と思った瞬間
キラリと何かが俺の艇に向かっていった。
次の瞬間、ロープが千切れ飛んでいた。
そして、一呼吸置いた後……
艇が火球に包まれていた。
(装甲の強度の見積もり違いでした)
とコメントが付く…
俺は慌てて装置から手を離した。
…俺の艇が破壊された…
それは装置の見せた幻影に過ぎなかったが、俺はそれが現実に起こった事であると解っていた。
(艇はここにあるではないか)
頭の中にイメージが浮かんだ。
(ワタシの艇はこれ以外に存在しない!!)
「ワタシ」の艇? 俺は「俺」の艇の姿を思い出そうとした。が、自分の艇として頭に浮かぶのはこの艇しかなかった。自分のシートはブリッジの中央にある。そもそも、狭いコクピットなど想像もできない…
俺はどうなってしまったんだ?
(ワタシはワタシだ)
とにかく、何か手掛かりが欲しい。ワタシは自分の部屋に戻ってみる事にした。
ブリッジの下に部屋が並んでいる。軍役時代は士官の居室だったのだろう。その中の一つがワタシの部屋だ。
手をかざしただけでドアが開く。艇のセキュリティもこの部屋がワタシのものであると認めている。
中は淡いパステル調の色彩でコーディネートされている。
ワタシはこの部屋に戻るとリラックスできるのだ。
いつものように、ソファに座ろうとして…
ベッドの上に誰かが寝ているのに気付いた。
近付いて寝顔を覗き込む。
(?!)
それは「ワタシ」だった。
この巡洋艇の船主であり、船長であり、主席パイロットの「ワタシ」がそこに眠っていた。
なら、ワタシは誰だ?
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