感覚共有



 僕と増美は互いの感覚を共有することができた。
 子供の頃神社で遊んでいたときに誤って階段を転げ落ちたことがあった。その時運悪く階段の下にいて僕とぶつかったのが増美だった。骨が折れていた僕と一緒に、ほとんど怪我らしい怪我もないにもかかわらず増美はワンワン泣いていたという。単なるショックから泣いていたと思われていたのだが、彼女は本当に死ぬほど痛かったのだ。本来、僕ひとりが甘受すべき痛みを彼女も感じていたのだ。その時から、僕等の感覚共有が始まったのだった。
 しかし、感覚を共有できることは、誰に言っても信じてもらえなかった。それはいつしか二人だけの秘密となっていった。小学校の低学年のうちは無意識に感覚を共有していた。感覚を共有しながら一緒に遊んでいた。やがて、互いに男の子・女の子を意識し始める。一緒に遊ぶこともなくなってくると、感覚を共有することも少なくなってきた。やがて中学校に入ると、女の子を性的対象の異性として意識するようになってくる。増美もまた異性のひとりであった。僕は好奇心から感覚共有の封印を解いてしまった。
 ちょうど増美は風呂に入っているのだろう。全身を温かな湯の中に浸けてリラックスしているようだ。他の娘より大きめのバストが湯の中で揺れているのを感じた。これが女の子の感覚なのだろうか?僕は始めて意識して感覚共有の感度を上げていった。
 タプンと湯面が湯舟を叩く音が聞こえてきた。柑橘系の入浴剤の香りに包まれる。増美の目を通して浴室のタイルの壁が見える。彼女が視線を落とすと湯面の向こうに増美の下半身が見えた。女の裸の股間を見て僕の股間が痛みを訴えた。その感覚が増美に届いたのか、彼女の手が彼女の股間に伸びていった。痛みの元を探るべく指を差し入れる。しかし、そこには痛みの元となった牡器官はなく、敏感な蕾があった。自らそれに触れてしまい、感じていた痛みとはまた別の刺激に襲われた。
 僕はなんとか勃起したペニスをズボンの外に出すことはできた。痛みはなくなったが、興奮は更に高まっていった。僕はペニスを握り刺激を与え始めていた。増美も先程の刺激に触発され、股間に充てた指を更に奥へと進めていった。腹の中に侵入してくる指を感じる。そこは男には存在しない場所=膣であった。膣が指を締め付けている。増美はその指先を蠢かした。「ああん♪」ペニスから届くものよりも何十倍も強烈な快感に僕は女の子のように喘いでいた。
 
 
 
 僕は女の子の感覚の虜になっていた。自分のではない尿意を覚える。増美が席を立ち教室を出ていった。僕が目を閉じるとそこは女子トイレの中だった。立ち並ぶ個室のひとつに入ってドアを閉めた。スカートの中に手を入れパンティを下ろす。スカートを捲り上げ便座に腰を降ろす。股間の力を抜くとおしっこが迸しってゆく。飛沫が大腿の内側を濡らしていた。女の子のおしっこを経験することなど普通の男にはできないことだ。更には生理だってある。増美はナプキン派だった。あまり気分の良いものではなかったので早々に感覚の共有を切ってしまったが、いつかタンポンだけは経験してみたい。
 
 
 
 僕の覗きのような感覚共有を増美もうすうすは気が付いているようだが、決定的な証拠がないのでなかなか言い出せないみたいだった。
 その日、僕は自主的に休みを取っていた。今日は体育がある。増美の目を使って女の子達の着替えを覗こうと考えたのだ。ベットに横になり、いつもより感覚を集中しやすくしている。眠りに落ちるようにして感覚共有のつながりを深めていった。
 ざわめきが聞こえた。他の女の子達と一緒に増美も更衣室に向かっていた。手には体操着やタオルを入れた袋を提げている。増美は浮かない気分のまま更衣室に入ると一番隅のロッカーの前にいった。増美は最近、不意に目の前のものと違うものを見ていることがあった。それが感覚の共有によるものだと即に気が付いた。何故今頃になって感覚の共有が復活したのか?という疑問も去ることながら、同じ様に自分の見ているものが彼にも見られることに思い至った。それが自分の部屋の中だけなら自分ひとりが我慢をすれば良い。しかし、友達の着替えを年頃の男の子に見せる訳にはいかない。特に今日は彼が休んでいる。増美の心は最悪の事態を思う度に暗くなっていくのだった。
 僕はそんな増美の気分と彼女の妨害工作が重なり、更にストレスを溜めていた。何も成果を得られないまま体育の授業が進んでゆく。動く度に胸が揺れるが、その程度では満足できない。隣の娘と組んでの屈伸運動が始まる。増美はその娘に極力触れないようにしている。目の前の体操着の背中にはくっきりとブラの線が浮かび上がっている。目と鼻の先には健康的なうなじが迫っている。
「きゃっ!」バランスを崩した増美がパートナーの娘の上に倒れ込んでいた。「そこっ、集中するっ!」即にも先生の叱咤が飛ぶ。「すみません。」と答えながらも何でこんな所でバランスを崩したのかと訝っている。僕はしめしめとほくそ笑んでいた。
 僕が彼女の行動に干渉を与えられることが判明したのだ。たかがバランスを崩させた程度ではあるが、確かに僕の意志が働いた結果なのだ。僕は次に何ができるかいろいろ試してみた。準備運動が終わり校庭を走り始める。ここで転ばせても痛みは僕も共有することになる。そこで少しフォームを変えてやった。胸の揺れが少なくなり、楽に走れるようになった。いきなり腕を回してみる。腕を上げかけた所で中断された。増美も異変に気が付いたようだ。注意深くなっていた。どうやら僕が干渉できるのは、彼女が意識していない部位に限られているようだ。
 
 
 昼飯が終わり退屈な午後の授業が始まる。ただでさえ居眠りしたくなる日差しの下で、適度な運動と食事の満腹感でさしもの増美も意識がもうろうとし始めていた。読経のような先生の講義が続く。僕は増美の左手を机から下ろしていった。
 彼女は気が付いていない。大腿の内側に掌を付けた。そのまま手前に引いてゆく。彼女の手は即にもスカートの中に入っていた。その指の先にはパンティのクロッチが控えている。増美はまだ気が付いていない。僕はその指に決定的な命令を与えた。指先がクロッチの中心に触れる。そして、ゆっくりと優しく刺激を与えていった。少しづつ増美の息が乱れ始める。「ぁあん♪」耽美な吐息が喉を衝いて、初めて自分の置かれた状況に気が付いた。
 皆の視線が集まっていた。増美は恥ずかしさで顔が上げられなかった。左手がまだスカートの中にあったのに気付き、慌てて引き戻した。捲れた裾をその手で押さえ付けると、そのまま凍り付いたように動かなくなった。
 
 終業のチャイムと同時に増美は鞄を手に教室を飛び出していった。行き先はもちろん僕の所だ。僕としてはもう少し遊びたいので、ここに直行されるのには問題がある。これを阻止するにはバランスを崩して転ばせることもできるが、それは僕も痛い思いをすることになるし、彼女の行動を阻止するにはそれなりの怪我をさせる必要があるので、これは最後の手段としたい。他に手はないかと考える。彼女の意識は脚に集中していた。手であれば僕の意志で動かせそうだ。とは言っても授業中のような悪戯が通じる状況ではない。スカートのポケットに手を入れてみる。男のズボンのポケットとは違い、奇麗に折り畳まれたハンカチが入っているだけだった。小銭でも入っていれば散らばしてやろうと思ったが充てが外れた。その間にもどんどん僕の所に近付いてくる。最後の角を曲がった所で、
 
「あら〜、増美ちゃんじないのぉ〜」と、緊張感のかけらもない声に呼び止められた。何で母さんがここででてくるのかという僕の戸惑い、ポケットに手を入れているとは思いもよらず振り向こうとする増美、更に角を曲がろうとした不安定な体勢。それらの要因が複雑に絡み合って増美の身体は宙に浮いていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 何がどうなったかは判らなかったが、増美は後頭部を強打した。その痛みは僕をも気絶させるに至った。気が付くと僕はベットの中だった。「あらっ?起きたのかしら。」母さんの声がした。僕は身体を起こした。心配そうな顔で僕を見ている。「大丈夫だよ。」と言ったとたん、僕は違和感に包まれていた。
 声がおかしい?見ると、この部屋は僕の部屋ではなかった。どこかの病院の一室のようだ。母さんがいたのでてっきり自分の家にいるものだと思い込んでいた。「もうすぐ、お母様もいらっしゃるから。」と母さんに言われ、ようやく自分の置かれている状況が判ってきた。
 増美はまだ気を失っているのだろう。僕は彼女の身体を自分のもののようにして動かすことができた。同じ部屋に母さんがいなければ今すぐにでも女の子の肉体を堪能できる。取り合えずは起き上がって鏡でも覗いてみるかと掛けられていた毛布を剥いだ。当然ではあるが僕は女の子の服を着ていることになる。僕をベットに寝かせる際に母さんは制服を脱がせていた。従って今の僕は下着しか着ていないことになる。ブラジャーをしているのは知っていたが、増美はその上にランニングシャツのようなものを着ていたのでブラジャーを直接見ることはできなかったが、その短い裾の向こうには水色のパンティーが覗いていた。
 足を下ろすと、その先にはスリッパが揃えられていた。紺色のハイソックスに包まれた爪先をそこに滑り込ませる。両足に体重をかけて立ち上がった。今度はバランスを崩すのではなく、自分でバランスを取り、立って歩くのだ。
 鏡の前に立つと、確かに僕は増美だった。鏡から遠ざかると下着姿の増美の上半身が映る。今までの感覚共有ではテレビのように決められた角度から決められたポーズの増美を見ることしか出来なかったのが、今は僕の思い通りなのだ。ニヘラっと卑しい笑みが顔に出てしまう。
「増美ちゃん?」母さんが増美を呼んでいた。それが僕を呼んでいるのだと気付くまで、一瞬の間が開いてしまった。「は、はい♪」慌てて母さんの方に振り向いた。「いつまでも下着姿でいるとお風邪をひいてしまいますよ。」母さんの手にはブラウスが乗っていた。「あ…うん。」と僕は生返事と共にそれを受け取った。袷の違いに戸惑いながらもブラウスを着てスカートを履いた。襟元のリボンに四苦八苦していると母さんが手伝ってくれた。「やっぱり女の子だと、こうして触れ合うことができるから良いわよね。」
(母さん。目の前にいる女の子はあなたの息子なのですよ)と思わず言ってしまいそうだった。
 
 
 
 増美の両親が現れ簡単な検査と問診が済むと、僕は家に帰ることになった。もちろん「僕」のではなく増美の家だ。病院からタクシーに乗った。タクシーの中ではずっと増美の母に抱かれていた。恥ずかしかったが不審に思われないよう、僕はじっとしていた。
 自分の部屋に辿り着いてようやく息をつくことができた。ドアに鍵を掛け、カーテンが閉まっていることを確認する。クローゼットの扉を開けると一面が鏡張りになっていた。僕は鏡の前に立って着ていたものを一枚づつ脱いでいった。鏡の中に全裸の僕が現れる。増美の姿をしているが、これが今の僕自身なのだ。女の子の僕がそこにいる。僕は逸る気持ちを抑えつつ、股間の割れ目に指を這わせていった。自分の手で増美の、いや、僕自身の秘所を押し開いてゆく。濡れ始めた肉洞に指先を挿入してゆく。僕は僕自身を侵していった。
 
 
 
 朝日がカーテンの隙間から差し込んでいた。僕はベットから起き上がると辺りを見渡した。そこは増美の部屋だった。僕はまだ増美のままであった。増美の両親に怪しまれぬよう、なんとか独りで制服に着替えて学校に向かった。「僕」は昨日に引き続き今日も休んでいた。
 放課後になる。僕は「僕」の家に向かって急いでいた。今は自分自身の状況が心配だった。授業中にも何度か感覚共有を止めようとしたが、巧くいかなかった。それどころか、僕自身の身体からの感覚が一切感じられないのだ。これはもう、感覚の共有といった事象とは根本的に異なっている。
「ごめんください。」自分の家に入るのにそう言うのも違和感があったが、「見舞いに来てくれたのに残念ね。ここん処、寝てばかりでちっとも目を醒まさないのよ。」と至ってマイペースな母さんに迎えられた。僕は「構いませんから。」と勝手知ったる自分の部屋へと向かっていった。
「僕」がベットに寝ていた。このような角度で自分を見下ろすのも久し振りの事だった。ベットの端に腰を降ろす。自分の頬に指を立ててみた。「僕」は身動きひとつしない。昔、増美と感覚共有で遊んでいた時みたいに自分の頬がつつかれたような感覚もない。
 今度は頬を叩いてみる。が、何の反応もない。平手で強くやってみる。「パチーン」と良い音がした。押してもだめならと、頬を引っ張ってみた。面白い顔になった。と、喜んでいる場合ではなかった。
 布団を剥いでみる。左手はパジャマの胸の辺りを広げてある筈のない乳房を揉むように掌を充てていた。右手は下に下ろされ、バジャマのズボンの中に入っていた。パンツと一緒にズボンをずり降ろすと右手が現れた。「僕」の右手は硬くなったムスコをしっかりと握り締めていた。
「ドクリ」と僕の胸の奥で心臓が大きく鼓動した。口の中に唾液が溢れる。僕は「僕」の手をソレから外した。乾いた先端をこぼれ落ちた唾液が濡らしていった。僕はゆっくりとその上に顔を降ろしていった。唇が触れる前に舌がその触肢を伸ばしていった。長く伸びた舌がソレに絡み付く。舌に引きずられるようにして僕の口がソレを受け入れていった。僕は「僕」を咬えていた。ゆっくりと首を上下させると、意識のない「僕」の肉体が反応していた。僕の唾液以外のものがソノ先端を濡らしていった。更に刺激を加えてゆくと陰のうが震えた。ドクリと熱い塊がシャフトを駆け上がってくる。僕の口の中に栗の香りが広がった。
 僕は「僕」の上に跨っていた。「僕」のモノが僕の中にあった。腰を揺するとソレが僕の中で蠢いて、えもいえぬ快感を与えてくれる。股間に力を入れるとペニスがギュッと締め付けられた。
「僕」の身体の感覚が戻ってきた?僕は自分の上に乗っている僕自身の重みを感じていた。突き、突かれながら男と女の快感を同時に味わっていた。僕は僕にしがみついていた。僕の指が僕の感じる所を的確に刺激する。最高の快感に僕の頭の中は真っ白に染め上げられていった。
 
 
 
 気が付くと辺りは暗くなっていた。僕はベットの上で起き上がった。部屋の中には僕しかいなかった。僕は僕であると同時に増美でもあった。ベットの上で寝続けていた「僕」はもともと存在していなかったのだ。
 僕は思い出した。あの時、僕が神社の階段から落ちたあの時、「僕」は死んでしまったのだ。本当に死んだのは増美だったが、僕を含めただれもがそのことを受け入れることができなかった。だから僕は増美になった。そして僕達の想像の産物である「僕」もまた生き続けた。
 全てを思い出した今「僕」はその存在を止めた。後には僕一人が残されていた。僕は何者なのだろう?姿見に自分を映してみた。鏡の中の僕は増美だった。長い間増美として生活してきたためか、今の僕は「男」には見えなかった。可愛らしく切り揃えられた髪、産毛に被われた頬、喉仏のない首。ブラジャーが手放せない程、膨らんだ胸。くびれのある腰の下には確かに「女の子」の股間があった。鏡に近付き床に腰を降ろす。股を開き股間を鏡の前にさらした。指で割れ目を押し開くと、ようやく僕はそこに男の証を見ることができた。小さく萎縮していたが確かにおちんちんだった。もちろん割れ目の中には膣口などはない。当然生理など来る筈もない。僕は毎月白いままのナプキンを律義にも処分していたのだった。
 結局、僕は女の子ではなかった。だからと言って簡単に男に戻れるのだろうか?今の僕は誰が見ても増美という女の子だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
「ああん♪」アタシはベッドの上で身悶える。アタシは自分のオンナノコに指を立てて快感を掻き立てる。アタシがオンナであることを確かめるように自らを攻めたてる。淫しい声がアタシの部屋を埋めてゆく…
 僕は毎晩のように自分自身に「女」を刻み込んでいった。決して本物の女になれないことは判っている。僕は自分が何者であるかを忘れないように自慰を続ける。
 女の快感にアタシは艶声を上げ続けていた。
 
 
 

−了−


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