最後の象徴



「とうとう恐れていたことが現実となってしまった。」
 国立中央病院の院長室で初老の男が頭を抱えていた。
「院長!例の計画を承認いただけないでしょうか?」
 見るからにエリートの男が初老の男に詰め寄って言った。
「現在の状況はあなたもご存じでしょう?」
 
 長い沈黙の後、初老の男が口を開いた。
「先行試験として一例だけ認めよう。」
 その言葉を聞き男はニヤリと笑った。
「早速被験者の選考に入ります。」
 
 
 
 
 
 春の日差しがポカポカと暖かかった。順一は土手の芝生に寝転がっていた。河原で運動部がストレッチをしているのを眺めていた。天気が良いので本来なら河原では小さい子供達も交っている筈であった。しかし、現実は子供などどこにもいない。順一の年齢を最後に一人の子供も生まれてはいないのだ。更に言えば、順一達の母親世代以降は一人の女性も見掛けられない。その母親も順一を産んだのは五十を過ぎていたのだ。
 何故こうなったのか?ウィルスだの放射線だの様々言われているが、今もって原因は特定されていない。最初は突然女児が生まれなくなった。当初はすぐにでも原因が究明され、対策が取られるようなことが言われていた。が、次々と実施された対策はどれも効果はなく、人口は降下の一途をたどっていた。
 男だけの世界。女子供のいない世界は一部の人達には理想の世界なのだろうが、この状態は既に人類が滅亡していると言っても過言ではなかった。
 
 土手脇の道を通ろうとする車の音がした。珍しいなと、順一が覗くとそこには黒塗りのリムジンが停まっていた。ドアが開き黒尽くめの男が降り立ち真っすぐに順一に向かってきた。
「石田順一君だな?」問うというよりは儀式の台詞のように男はそう言った。順一が肯定も否定もしないうちに男は順一の腕を取って立ち上がらせた。「政府の者だ。一緒に来てもらおう。」
 どこに連れていかれるのだろうと思っていると、意外にも車は順一の学校の門を通り抜けていた。車はそのまま事務棟に横付けされた。場所だけは知っていたが、未だかつて入ったことのない校長室に連れられてきた。そこには校長先生と担任の繁田がいた。二人共黒尽くめの男に深々と頭を下げていた。男は上座にどっしりと座る。そして、その隣に順一を座らせた。「先程お話しした通り、石田君には格別の配慮をお願い致します。彼は日本の、ひいては世界の希望の星となるのです。絶対に問題を起こさないよう重ねてお願い致します。」男が頭を下げると、校長達はそれ以上に頭をテーブルに押し付けていた。
 
「何なんですか?」男が辞した後、順一は担任の繁田に聞いた。繁田は校長を顧みるが、校長はただ頷くだけだった。「まぁ何と言うか、お前が選ばれたらしい。名誉な事だと思って頑張ってくれ!」とは言われても順一に理解されるわけもない。「詳しくは追って話すから、取り合えずは一旦寮の方に戻ってくれないか?」何も解らないまま部屋を出ようとする順一の背に更に声が掛けられた。「寮の方でも準備ができていると思うが今日から一人部屋になるから心しておいてくれ。」
 寮では集団生活になじむためと、下級生は相部屋と決まっていた。また、生徒会役員や運動部の主将達が最上階を占拠することも暗黙の了解となっていた。しかし、順一が寮に戻って案内されたの新しい部屋は彼等を押し退けた最上階の一番奥に用意されていた。元々は生徒会長の部屋であったが、その隣の応援団長が階段脇に移りその跡に生徒会長が移動するという考えられないような事態が起こっていた。
 しかし、部屋のドアを開けた時の衝撃にはそれ以上のものがあった。順一は案内の生徒会長に聞いた。「まさかこれは会長の趣味ではないですよね?」順一の開けたドアの向こうはピンク色に染まっていた。窓にはレースのカーテンがあり、花柄のベットカバーの上には愛らしいヌイグルミがふかふかのクッションに並べて置かれていた。「もちろん私の部屋は質素なものだよ。これは君の為に古い資料を参考に急遽取り揃えたものなのだよ。さぁ、そこのクローゼットを開けてご覧。」
 順一が開けると、当然のように女物の衣服が詰まっていた。順一はその中から紺色の服を取り出した。「そう、それこそが伝統ある我が校の女子の制服だ。明日からこれを着て授業を受けるようにと言づかっている。」順一の手からセーラー服が落ちていった。ゆっくりと生徒会長に振り向くと、そのまま順一は言葉を失った。「なんだ、聞いていなかったのかい?君は初の母体化実験の唯一の被験者に選ばれたのだよ。君は明日からは女生徒だ。すぐに身体も女の子らしく変化してゆくと聞いている。これから君は女性として大切にされるのだよ。君はこの人類に残された最後の希望なのだからね。」
 順一は生徒会長の言葉を最後まで聴けずに失神してしまっていた。
 
 
 
 朝が来ていた。
 順一はベットの上出目覚めた。昨日の出来事が夢であって欲しいと願ってはみたが、朝日に照らし出されていたのはピンクが主体の女の子の部屋だった。着ていたパジャマもピンクの花柄だった。更にズボンの中を覗くと小さなリボンの付いたパンティをはかされていた。起き上がり着替えを探すが、昨日着ていた服は持っていかれてしまっていた。もちろんクローゼットには女物の服しかない。セーラー服で授業に出ろと言われていたが、ハイそうですかと聞けるものでもない。しかし引き出しには女の下着が詰まっており、普段着もスカートにブラウスといったものばかりでジーンズはおろか男が着てもおかしくないものはひとつとしてなかった。時間の猶予もなかったので、順一は体操着で妥協することにした。上は男子と同じ白の半袖だが、短パンの代わりに紺色のブルマーを履かなければならない。しかし、その上にジャージを着れるので多少は気が楽だった。が、女子のジャージはピンク色と決められているので、それはそれで恥ずかしいものがあった。
 ドアがノックされた。「石田君、そろそろ出ないと遅刻するよ。」生徒会長だった。「は、はい!」と返事をすると慌てて鞄に教科書を詰め込んだ。ピンクのストライプの入ったスニーカを履きドアを開けると、その前に生徒会長が立っていた。「お、おはようございます。待っていてくださったんですか?」「今日から君は特別な生徒だからね。」そう言って順一の姿を確認した生徒会長の顔が曇った。「石田君。君の気持ちも判らないではないが、登校時は決められた制服を着用しなさいね。今日は時間も無いのでその恰好でもよしとしますが、明日からはちゃんと着てきてくださいね。」順一が「すみません。」と頭を下げると生徒会長の顔はいつもの優しい顔に戻っていた。「それから、これは僕からのプレゼントだよ。」と紙袋が渡された。中にはカチューシャが入っていた。順一は躊躇したがこの場でそれを付けない訳にいかないのも確かであった。「うん、良く似合う。可愛いよ♪」と言われてどう反応すればよいのか戸惑う順一だった。
 
 
「石田。呼び出しが掛かっているから保健室に行くように。」朝のHRでそう言い渡されたのはセーラー服での登校を始めてから十日程経ってからであった。保健室に入るとベットの廻りに様々な機械が並べられていた。「服を脱いでベットに上がりなさい。」順一は言われるがまま脱衣カゴにセーラー服を畳んで入れた。自分が男であるとのささやかな意思表示としてブラを着けていないので、パンツ一枚でベットに上がることになった。医師はそんな順一の微妙な心などまったく無視して作業を続けてゆく。麻酔を打たれ順一は深い眠りに落ちていった。
 窓の外は夕焼けに染まっていた。ベットの廻りの機器は取り払われ順一はベットから夕焼け空を見ていた。「気分はどうだい?」教室から順一の鞄を持ってきていた生徒会長が尋ねた。「すいません。身体の方は何ともありません。」そう言って起き上がった順一ではあったが、上半身を起こすと同時に胸からとんでもない違和感を感じた。胸元を見下ろすと違和感の正体がみつかる。胸にこれだけの質量が付いていればそれなりの慣性力があって当然であった。順一は下から掌を充て自分のものとなったバストの重さを実感した。「先生から、これからは必ずこれを着けるようにと言預かっている。」と差し出されたのはブラジャーだった。生徒会長からの頼みであれば断る訳にもいかない。順一は手渡されたものを胸に充ててみた。バストがカップの中にピタリと収まった。セーラー服を着てみると、今まで持て余し気味であった胸元が充足されていた。圧迫されることもなく、逆に今までより服が身体になじんでいるような気がした。
 自分がどんどん「男」でなくなってゆく。これまでは単なる女装でしかなかったが、胸が付いたことで傍からは「女」としてしか見られない。そう思うと、順一の気持ちは更に落ち込んでいった。「よかったら帰りに喫茶店にでも寄っていかないか?」順一に気分転換させようと生徒会長は思わずそんなことを口にしていた。「いいんですか?校則では…」順一が訝るのを「生徒会長の僕が許可する。」と制して自分と順一の二つのカバンを持って立ち上がった。「待って下さい。」と順一は慌てて靴を履くと生徒会長の後を追った。
 最近の喫茶店はどこも殺風景だった。女性のいない世界には喫茶店を彩るウェイトレスはいない。年を経たマスターが黙々とサイフォンを磨いている。そんな暗いイメージの店が多い中で二人が入ったのは小綺麗なカフェであった。「ケーキセットを二つ。」順一の意見も聞かずにオーダーされたが、出てきたケーキを見ただけで順一の関心はケーキに移っていた。「奇麗ですね。食べるのがもったいない気がします。」もともと順一は好んで甘いものを食す方ではなかったが、目の前のケーキをどうしようもなく欲していた。「さあ、食べよう♪」との声にフォークを手に順一はケーキのひとかけらを口に入れた。「おいしい♪」それは順一の偽りのない感想だった。ここに連れてきて良かったと生徒会長はほほ笑んだ。ケーキひとつで気分がコロリと変わってしまったことに順一は気付くことはなかった。
 
 
 生徒会長と取り留めのない話しをして寮の部屋に戻った順一は机の上に置きベットの上に座った。手近のクッションを抱えている姿はどこから見ても女の子だった。「会長…」と小さくつぶやく。壁を挟んだ向こう側に生徒会長がいると思うと順一の胸は高なった。ドキドキする胸を押さえたとき、順一は自分の胸が一変してしまったことを思い出した。立ち上がり姿見の前で服を脱いでいった。鏡の中に下着姿の女の子がいた。以前の順一であれば男友達の間で回覧される昔の写真集の中の水着の女の子を見ただけで股間のモノを硬くしたものであったが、今の順一は目の前の女の子が下着姿であるにもかかわらず興奮することはなかった。試しに写真集の中で何度もお世話になった女の子を思い出してみたが、彼女をしても微動だにしなかった。
 更にブラジャーも外してみようと肩紐に手を掛けたとき、これを着けるのを手伝ってくれた生徒会長に思いが至った。ドクンと再び心臓が大きな音を発てる。順一が顔を上げると、鏡の中に胸を抱き顔を紅潮させた女が映っていた。これが今の自分なのだと、順一は改めて認識した。写真集の中だけにしかいなかった女…女は自分が男として愛でていた存在である。とすれば女である自分は今度は男に愛でられる立場にあるのだ。
 思いは再び生徒会長に向かう。以前は写真の女を抱くことを想像していた。が、これからは自分が男に抱かれるのだ。その相手は誰なのだろう?仮に生徒会長だとして想像してみる。「あん♪」思わず愛らしい声が漏れた。脚に力が入らない。順一はその場に崩れるようにしてしゃがみ込んだ。股間が痛んだ。見るとパンティの布の限界まで押し上げて来るものがあった。順一のペニスだった。その先端をパンティの中から解放してやると、それはこれまでにないくらい大きく硬く勃起していた。
 一時、順一は男としてのアイデンティティを回復する。自分はまだ「女」ではない。そう言い聞かせるとともに、順一は自分が今だ男であるという証として自慰を始めた。すぐにもその先端から白濁した塊が放出される。達した後も刺激を加え続け、二射三射と放出を続け快感を持続させる。萎えかけると妄想を膨らませて男の証を保たせていた。しかし、その妄想の中の順一は次第に男でなくなっていた。
 
 
 順一は日課のように姿見の前で自慰をしていた。しかし、その目的は単なる快楽の追及へと変質しており、当初の「男」の証は忘れ去られてしまっていた。目的が変わればおのずと手段も変化してゆく。快楽を求めるあまり、順一の手はやがて自らの胸を揉みしだいていた。尖端の蕾を弄んでいると順一の喉からは「あぁ」と艶かしい女の喘ぎ声が漏れ出るようになっていた。男としてのアイデンティティは快楽の波に呑み込まれてしまっていた。
 順一の肉体にもまた変化が始まっていた。最初は汗で股の間が蒸れているだけであったが次第に発汗量が増え、蒸れているから濡れていると表現できる程になっていた。順一の指が大腿を垂れてゆく滴を辿ってゆくと、その源泉に行き当たった。いつの間にか順一の股間は形を変え肉襞が生じていた。汗の滴はその肉襞の中から発していた。その先に指を導いてゆく。順一は自らの体の中に侵入してくる異物を感じていた。
 そこは暖かく濡れていた。それが女の膣であることを認識していたが、順一はそれがどういう意味を持つかまでは思い至らなかった。しかし、そこから涌き出す新たな快感に順一はのめり込んでいくのだった。繰り返し訪れる甘美な快感の波間に漂う。高みに達しても冷めることはなく余韻が後を曳いており、その中から次の高みが現れてくる。その高みは繰り返す度に高さを増してゆくのだ。「ああん♪あ〜〜〜ん。」順一は媚声を上げて快感に揺り動かされていた。その次の高みに達したとき、順一の意識は飛んでいた。
 
 気が付くと順一は暗闇の中にいた。快感に失神していたのだと気付く。立ち上がり、明かりをつけた。順一は鏡の前に立ち、自分の肉体が完全に女のものになってしまったことを確認した。股間には割れ目が生じていた。
 男の証たるペニスはどこにも見当たらなかった。ペニスを探して股間に手を伸ばす。割れ目に指が入り込む。そこには新たな器官が生まれていた。それが男の証の名残であるという認識よりも、順一にとっては新たな更に大きな快感を生み出す器官でしかなかった。
 女の快感に囚われた順一は夜を徹して自慰と失神を繰り返すのだった。
 
 
 ドアがノックされた。「おはようございます。」身支度を終えていた順一はドアを開け生徒会長に挨拶した。顔を上げると生徒会長の曇った顔があった。「どうかしました?」順一が聞く。「程々にしておきなさいな。目の下に隈ができていますよ。」それを聞いて顔を真っ赤にさせた順一だった。完全に女の肉体になってしまったことで順一は何か拭っ切れたように「女」であることを受け入れるようになっていた。言葉遣いは男のままであるがスカートを履くことを厭わず、自分が美しく見られることに注意を払うようになった。それは専ら現在の自分を保護してくれるであろう生徒会長に向けられたものではあったが、その女らしさは周囲の人々を魅了していた。
 若い男の殆どは女性に対して免疫がない。古い書籍や映画の中でしか女を見たことがないのである。順一の事は事情は聞いていたものの、つい先日までは自分達の同類であったのだ。女の格好はしていても中身は同じ男の子であった。しかし、順一は変わってしまった。順一から発散される女のフェロモンが徐々に男達を狂わせていった。彼らは順一を体育館脇の用具倉庫に呼び出した。不審感を抱きつつも呼び出しに応じた順一は否応も無く敷き詰められたマットの上に押し倒された。爛々と輝く彼らの瞳に圧倒され、四肢を押さえ付けられるまでもなく順一は身動きひとつできなくなっていた。スカートが捲り上げられる。ショーツが下げられ女の股間が露にされた。男たちは感嘆の声を漏らす。我先にとズボンのベルトを外すが、いつになく硬く起立した自らの突起物に阻まれ思うように脱ぎ去ることができないでいた。焦りが更に手元を狂わす。
 
 ガラリッ!
 用具室の扉が開け放たれた。
「お前等何をやっている!」大声でその場を圧したのは応援団長だった。配下の運動部の主将達が不逞の輩を取り押さえる。生徒会長が上着を脱いで順一の上に掛けてあげた。呪縛から解放された順一が体を起こしたときには生徒会長を除いてだれもいなくなっていた。「会長…」か細い声が届いた。「君はもう少し女性としての自覚を持つべきだ。今回は我々が間に合ったから良いが、次は保証できないよ。」順一は生徒会長の言葉など聞いてはいなかった。衝動のままに動かされていた。しな垂れかかるように縋り付く。艶っぽい瞳で彼を見詰める。決定的な言葉が順一の口を衝いた。「ぼくを抱いてください。そして、ぼくを「女」にしてください。」
 順一は自ら服を脱いでいった。そして生徒会長のズボンに手を掛けた。表面は冷静を保っている生徒会長ではあったが、彼の股間までは騙せなかった。順一がパンツを降ろすとそれは元気良く飛び出してきた。順一は躇うことなくそれを咬えていた。生徒会長が順一の口の中に射精した。順一はその全てを飲み込むと、「今度はこっちに…」とマットの上に生徒会長を誘った。動こうとしない生徒会長を押し倒す。脱ぎかけのズボンとパンツを一気に剥ぎ取ると、順一はその上に跨った。既に彼の股間は回復している。順一は濡れそぼった女陰をその上に降ろしていった。スカートで結合部が隠されているが、順一は確かにその胎に男を受け入れていた。ゆっくりと腰をくねらす。経験のない生徒会長はそれだけで達してしまった。しかし、若い肉体はすぐに元気を取り戻す。順一が新たな動きをする度に放出と回復を繰り返す。それは順一が疲れ果て折り重なるように生徒会長の胸に倒れ込むまで続いた。その時でさえ順一の内には今だ元気な肉棒が突き立てられていた。
 
 
 
 
 男の精をその身体に受け入れたことで順一の女性化は最終段階を迎えることになった。体調の変化を感じた数日後、順一は初経を迎えた。以前よりレクチャーは受けていたので騒ぎになることはなかったが、自分の肉体から血が出て来るのを平然と受け止められるまでには至っていない。順一は複雑な思いで処置を済ました。
 その翌日、黒塗りのリムジンが再び順一の学校に訪れていた。順一は校長室に呼ばれていた。そこにはあの黒尽くめの男がいた。「いよいよ君に働いてもらう時がきた。これに着替えて我々と来てもらおうか。」と紙袋が手渡された。用意されたついたての裏に廻り、順一は制服を脱ぐと紙袋の中から出てきた服を身に着けた。服は大人っぽい黒のワンピースだった。繊細なレースがちりばめられている。「化粧は出来るか?」と聞かれ否と答えると、男は順一を座らせ鞄から取り出した化粧道具をテーブルの上に並べていた。鏡がないので順一にはその過程を追うことはできなかったが、校長達の反応からただならぬ成果が訪れそうであることが想像できた。仕上げが終わり、順一は鏡の前に立たされた。鏡の中には大人の女が立っていた。しかし、その姿をじっくりと見ている時間はなかった。黒塗りのリムジンは順一を乗せ高速を西に向かっていった。男達は無口で目的地は告げられなかったが既にかなりの距離を走破していた。途中休憩を取った後は疲れが出たのか順一は後部座席に身を横たえていた。
 
 リムジンは窓のない白い建物の前に停まった。順一は男に抱きかかえられて入り口を入っていった。目が覚めると同時にドアが開いた。執事然とした初老の男が歩み寄った。「お召し替えを」と手に抱えた白衣を差し出した。無地の浴衣であっあが、布の感触や縫い目の仕上がりから今まで着ていたワンピース同様最上級の逸品に違いなかった。順一は初老の男に着付けを任せた。ここから逃げられるとは思えなかったし、逃げられたとしても行き場所がない。そしてどこに逃げ込んだとしても彼らは必ず自分を見つけだすだろう。順一はなにもかも諦めてその場に立っていた。
 着付けが終わり順一は次の部屋へと連れられていった。浴衣の下にはなにも着けてはいなかった。初めてスカートを着た時の心もとなさと同じだった。寒くはないのだが股間を流れる空気が違っていた。自然と歩幅が小さくなり、静々とした足取りとなっていた。通された部屋の奥には襖があった。左右に開かれると畳の間が続く。その奥にも襖があり、初老の男は更に進めと順一を畳に上がらせると襖を閉めていった。一人残された順一は言われた通りに奥の襖に向かった。襖を少しだけ開き中を窺う。「遠慮はいらん。入ってらっしゃい。」皺涸れた男の声がした。順一はもう少し襖を開けた。
 畳の部屋の中央には布団が敷かれていた。その奥で椅子に座っている老人が声の主だろう。老人は柄付きの浴衣を着ていたが、帯はしておらず前をはだけている。そして、老人が立ち上がると、彼もまた順一と同様に下着を着けていないことが判った。その股間には老人としては考えられない程逞しく勃起していた。それは魔が魔がしささえ漂わしていた。「良い娘じゃないか。」老人は順一の浴衣の帯をほどいた。浴衣はスルリと落ちてゆき順一の裸体を露にした。「若い肉体は良いのう。」老人は順一の柔肌に指を滑らした。
 
「薬もそう長くは保たないからな。」老人は順一を寝かせると前技もそこそこに凶器を突き立ててきた。老人は獣のように組み敷いた牝を思いやることなく、一気に上り詰めていった。老人の精液が順一の子宮に向かって放たれていった。それは薬によって教化されたペニスが老人の肉体から搾りあげた精液の全て、老人の生気そのものであった。
 老人は順一とつながったまま、ぐったりと折り重なるようにして、そして動かなくなった。順一には老人のペニスが萎えて行くのが判った。精液と供に自分の膣から抜け落ちてゆく。意識のない老人の肉体を重く感じる。次第に意識に余裕が出てくる。と、同時にこの老人の顔に見覚えがあることに気付いた。ドタドタと騒音が近付いてきた。幾人もの人が部屋の中になだれ込んできた。白衣の男が黒服の男達に命じて順一と老人を分け離した。順一は布団から追い出され、浴衣を羽織っただけで壁際に立ち成り行きを見守っていた。白衣の男が老人の脈を採り、瞳孔を覗き込んだ。そして彼の手が老人の瞼を閉じるとおごそかに宣言した。「陛下は崩御されました。」
 老人は順一が写真等でしか見たことがなかった天皇陛下その人だった。ざわつく空気を一蹴するように黒服の男が一喝した。「静粛に。これは想定されていたことだ。天皇の死は本日より一カ月後とする。くれぐれも口外されることのないように。」部屋になだれ込んできた人々とともに遺体は運び出されていった。後には順一と黒服の男だけが残されていた。「身体を冷やしてはいけない。」男は優げな声で順一に言った。畳の上から浴衣の帯を拾い順一の着付けまでする。さらには自分の着ていた上着を羽織らせることまでした。
 
「ついてきなさい。」男はまた他の部屋に順一を連れていった。そこはホテルの一室のようにベットと机が置かれていた。「しばらく、ここで生活してもらうことになる。食事はその都度執事が運んでくる。何か用があればその時に申し付ければ良い。それと、明日から毎日医師の診察があるからこころしておくように。」男はそれだけ言うと部屋を出ていった。後を追った順一ではあったがドアに阻まれてしまう。もちろんドアは外からしか開かないようになっており、いくら取っ手を捻ってもびくともしなかった。早々に諦めた順一は部屋の中を確認していった。トイレは風呂場とは別になっていた。風呂の湯舟は十分に広く造られていた。クローゼットには様々な女物の服が並んでいた。下着類も十分な在庫があった。テレビは普通に映るようだ。スイッチを入れると最近売り出し中のお笑いタレントがお決まりのネタで喝采を受けていた。世の中はこれまでと何も変わらずに在るようであった。窓のない部屋に閉じ込められ、身近に老人の死を見せられた順一にとって相も変わらないテレビ番組は一種の精神安定剤となった。
 
 
 
 
 
「案ずるより、でしたでしょう?」
 エリート然とした男が初老の男に声を掛けた。
「な、何を言うか。媚薬なぞ使うからあの方の死期を早めることになったのではないかね?」
「それがどうかしましたか?」
 相手があまりにも平然としているのを見て初老の男はそれ以上の追及を諦めるしかなかった。
「来月には人類久々の赤ん坊が生まれます。その後にも続々と産声が上がるでしょう。人類の第二世代の幕開けとなるでしょう。」
 若い男はクックと笑った。
 
 初老の男の顔が青ざめる。
「私はまだ次の許可は出していないぞ。」
「機密はいつまでも隠しおおせるものではないということですよ。」
 若い男は背を向けて言った。
「たまにはご自宅にも帰られた方が良いですよ。
 お嬢様が首を長く…いえ、お腹を大きくして待っていますから。」
 
 
 

−了−


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