風太



 風太はミラーハウスの中を彷徨っていた。
 気が付いた時には既に鏡とガラスに囲まれていた。風太にはこれがどこの遊園地の中であったのか、そもそも遊園地に来たという記憶さえ持ち合わしていなかった。辺りは陽が陰りだしてくる。夕焼けに染まった空の茜色がガラスに映り込む。やがてその鮮やかな色も褪せ、藍色から漆黒に変わろうとしていた。耐え切れず「お母さん」と叫んで泣きだしそうになった風太の耳にシクシクと啜り泣く声が聞こえてきた。
 泣き声を頼りに迷路を進んで行くと見慣れない服を着た子供がいた。風太と同じ年頃のその子は遊園地のアトラクションの子役なのだろう、童話に出てくる王子様の格好をしていた。自分が泣き出しそうであったことなど忘れて、風太は王子様の少年に声を掛けていた。
 
「どうしたんだい?こんな所で。」風太が肩に手を掛けると、少年は顔を上げた。青い色の瞳が真っすぐに風太を見詰めていた。言葉が通じるかと不安になったが少年が口を開くと、それが要らぬ心配であると判った。「あなたが僕を助けてくれる運命の人なのですか?」少年の話す言葉を聴くことはできたが、風太にはその内容までは理解できなかった。
 取り合えず判る範囲で応えるしかない。「偉そうに言ったけど、俺自身ここがどこなのかさっぱり判らないんだ。それでも一人よりは二人の方が何とかなると思うよ。」風太は手を差し出した。「俺は神居風太。君の名前は?」少年は熱い眼差しを向けたまま、風太の手を握った。「僕はリノ。そしてここは迷いの森だよ。大丈夫。風太が僕の運命の人なら、すぐにでも森から出られるよ。」
 
 リノの「森」という言葉に風太は足元に視線を落とした。先程までは確かに平らなコンクリートの床だった筈である。しかし、風太の足の裏はいつの間にかでこぼこの土を踏み締めていた。既に風太を囲んでいたガラスも鏡もどこかに消え失せていた。替わりに彼を取り囲んでいたのは迷いの森の木々であった。「あそこに灯があるよ。」先程までシクシクと泣いていたことなど想像もできないくらい元気になったリノは暗くなった森の中を真っ直ぐに突き進んでいった。
 灯と思ったのは窓ガラスに映った星明かりだった。窓から中を覗くとがらんとしていたがベットがあることは見て取れた。「こっち、ドアが開いているよ。」リノがドアのノブに手を掛けていた。「お邪魔します。」風太はリノと供にその家に入っていった。床にはうっすらと埃が積もっていた。この家には誰もいないことの証だった。風太はベットのあった部屋に向かった。「ベット、一つしかないね?」とリノ。「俺は床の上で良いから。」と言う風太を余所にリノは埃避けのシーツを剥いでいた。「十分広いよ。一緒に寝よう♪」そのままリノはベットに潜り込むと、あっというまに寝息をたてていた。ベットにはまだ半分以上のスペースが空いていた。風太は仕方ないかとベットに上がり、リノの隣に寝ることにした。
 
 
 
 風太は夢を見ていた。
 艶夢である。
 女の子が寝ている風太の上に跨っていた。
 二人とも全裸であった。そして風太のペニスは少女の中にあった。
 戸惑いつつ、風太は少女を見上げた。
 少女はリノだった。
 男の子だとばかり思っていたのだが、リノの胸は形よく膨らんでいた。
 なにより彼女が風太のモノを受け入れているそのことだけでも、リノが女の子であることを証明している。
 風太の上でリノが腰をくねらす。
 絶妙な刺激が風太に与えられる。
 経験の無い風太には余りあるものであった。
「あぁ!」媚声を上げたのは風太の方だった。
 風太の熱い魂がリノの中で弾けていた。
 
 
 
 窓から朝日が差し込んでいた。
 風太はゆっくりと起き上がった。傍らではリノがまだ寝息をたてている。布団など掛けていないので服の上からでもリノの体形は判る。「やっぱり夢だよな。」そう風太は呟いていた。
 
 その家の玄関から延びていた道はまっすぐに森の外へとつながっていた。森の出口では数人の兵士がたむろしていた。リノを認めた一人が「王子!!」と叫ぶと一気に慌ただしくなる。リノの周りに人々が集まると同時に、伝令が走り、天幕が張られる。風太がリノと共に天幕に導かれるとかなり立派な食事が用意されていた。その間にも人々からリノに質問があびせられる。「この方が王子の?」と風太を見る。「見馴れぬ服を着ていますが?」「どう見ても男の方ですよね?」それらの問いに「そうだ。問題ない。」と応えながらも風太を急かせるようにして天幕の中に入っていった。
 食事を採り、一息ついたところで風太が席を立った。「御馳走になったね。そろそろ俺は帰らせてもらうよ。」「帰るってどこへ?僕は風太に一緒にお城に来てもらいたいんだ。何と言っても風太は僕の運命の人なのだから♪」風太は躊躇っていた。リノの言う通り風太は帰り道どころか自分の帰る先が判らなかった。しかし、自分がこの世界に属していないことは判っている。この世界とは深く関ってはならないと感じていた。ましてやリノは一国の王子である。これ以上関ってはならないと風太の意識の奥から警告が届いていた。
「王子さま?」と声が掛かり女官がやってきた。「馬車の支度が整いましてございます。」女官は風太の意志など端から無視して二人を馬車へと駆り立てていった。馬車は御伽噺に出てくるようなきらびやかなものではなかったが、造りはしっかりとしていて乗り心地も申し分なかった。この世界にはアスファルトで舗装された道などは存在しない。せいぜいがお城の前の石畳である。この世界の道は土くれのでこぼこ道が標準なのだ。キャビンは道の凹凸に従って揺り動かされる。衝撃は強力なスプリングで吸収されるので、その揺れは揺り篭のようであった。空腹が満たされた後の風太は即にも深い眠りに落ちていった。
 
 
 
 チュパチュパと淫靡な音がしていた。
 風太が目にしたのはメイド服を着た女の子が自分のペニスに奉仕している姿だった。
 既に限界に近付いていた風太は、一瞬の後に自らの精を彼女の口の中に放っていた。
 ゴクリと音がするように、女の子は風太の精液を飲み込んだばかりか、
 艶かしい唇で零落ちた残滓を嘗め取っていった。
 一通りの作業を終え少女が顔を上げた。
 上目遣い風太を見詰めていたのはリノだった。
 メイド服の下に昨夜の夢に出てきた彼女の裸体が重なる。
 リノの顔を持っているにもかかわらず風太の股間は元気を取り戻していた。
 少女はスカートを捲りあげ、風太の上に跨ってきた。彼女は下着を着けていなかった。
 風太の硬くなった肉棒は即にも彼女の熱く濡れた所に包まれていた。
 
 
 
「風太、着いたよ。」肩を揺すられ風太は目覚めた。目の前にはリノがいた。夢の影響が残っていたのか、リノが男の子であると確認したにも係わらず、風太は股間が硬くなるのを感じていた。
 馬車を降りると立派なドアの前に幾人もの出迎えの人が並んでいた。リノは彼らに軽く会釈をして歩き始めた。風太もリノを追って後に続いた。リノの脇にいかにも執事然とした初老の男が現れた。リノと少しだけ会話した後、執事は風太に近付いた。「風太様のお控えはこちらでございます。」とリノとは別な部屋に案内されていった。
 
 部屋には専用のシャワー室が付いていた。執事に促されシャワーを浴びた風太が部屋に戻ると執事と入れ代わるようにメイド服の中年女性が待ち構えていた。「こちらにお召し物が用意してあります。」見るとリノの着ていたようなきらびやかな衣装が用意されていた。今まで着ていた服は隠されたのか見当たらない。雰囲気からしてこれ以外に着るものがなさそうだ。風太は彼女の指図に従うしかなかった。風太がその間違いに気付いたのは、窮屈な下着に身体を締め付けられ、ほとんど身動きが取れなくなってからであった。ついたての裏側から現れたのは裾の大きく広がったドレスであった。それはどうひっくり返しても女性が着るべきものであった。
 風太の抗議は「王子様の運命のお相手の方のお召し物はこのドレスと決められております。」と取り付く島もない。さらに、「現王妃様も、その先代もお召しになられた由緒正しいドレスですよ。」と続けられた。「ち、ちょっと!まさか運命の人って結婚相手って事なのか?」
 
「風太、僕とではだめなの?」いつの間にかドアが開きリノがそこにいた。「だ、だめとか言うんじゃなくて、男同士で結婚なんか出来ないだろう?」そう言う風太の前にリノが跪づいた。そして風太を包む下着の隙間から風太の分身を引き出していた。馬車の中での夢を思い出したのか、それは硬く天を指していた。夢と同じようにリノは風太に奉仕する。風太は拒絶することもできず、リノの行為を受け入れていた。
 
 風太はリノと共に王の前に跪づいていた。謁見の間には王族や重臣たちがすらりと並び風太の一挙手一動を見据えていた。結局風太は押し切られる形でドレスを着ることになってしまった。鬘を付け化粧を施されると迷いの森からここまで風太と接触のあった人以外は風太を女の子だと認識するだろう。いや、これまで男の風太と接触のあった人でさえ認識を改める者が出てくるに違いなかった。
 
 「フウ殿、リノを宜しく頼むぞ。」リノの父親である王様は一言そう言った。雰囲気に飲み込まれた風太は頭を垂れていた。
 
 謁見を終えると二人は控えの間に下がった。「ふ〜ぅ、緊張するね。」と風太。リノはこういう雰囲気には慣れているようだ。「今度呼ばれるまではまだ時間があるね。よかったら緊張をほぐすお呪いをしてあげようか?」リノの提案に風太は即に同意した。
 「じゃあ目を閉じて♪」リノの言葉に従って目を閉じた風太の唇に温かくて弾力のあるものが触れた。驚いて目を開けるが、リノの接吻に心安まるものを感じた風太は再び目を閉じていた。リノの舌が風太の唇を割って侵入してくる。スカートを捲りリノの指が風太のペニスを探ってゆく。やがて下着の隙間から引き出される。そのままリノが下半身を押し付けてきた。ヌッと風太のペニスが温かいものに包まれた。「アフッ」リノの口から喘ぎ声が漏れる。風太のペニスがそれに応じると、リノがそれを締め付ける。風太の頭の中に夢の記憶が甦る。夢の中のリノは女だった。風太のペニスは彼女の中にあった。あれは本当に夢だったのだろうか?
 
 
 
 風太の視線の先には鏡があった。
 そこには女の姿をした風太がリノに組み敷かれている図が映されていた。
 夢の中とは男女の構図が逆転している。
 だれが見ても今の風太は女にしか見えないだろう。
 しかし、リノを貫いているのは風太なのだ。
 倒錯したイメージが重なる。
 風太はリノの中に放つと同時にリノの迸しりを受け女としての絶頂を感じた気がしていた。
 風太は心地よいまどろみの中に落ちていった。
 
 
 
 会食が終わり二人はリノの居室に戻っていた。「もう、皆俺のこと女の子として見ちゃってるね。早く元の姿に戻りたいよ。とにかく、このドレス独りでは脱げないみたいだからね。」風太がベットの端に座ってぼやいていると、リノはさっさとシャワーを浴びて身軽になっていた。「良いんじゃない?フウ姫でも♪」「リノまで何てこと言うんだ!」「ごめん。ごめん。」二人はしばらくじゃれあっていた。
 
「風太。」と、急にリノが真顔になって言った。「こんな事に巻き込んでしまって申し訳なく思っている。明日になれば君を自由にしてあげることができる。」風太も真剣になってリノを見返していた。
「明日、風太と別れたら二度とリノ王子に会うこともなくなる。だから一つだけ風太に頼みがあるんだ。」リノが風太に歩み寄る。「その姿ままで僕を慰めてくれないか?」ガウンを脱ぐと未だ成熟しきれていない青年の裸体が現れた。風太が見たリノの裸体は夢の中の女のものであったので、リノの股間に男性のシンボルを認め戸惑いを覚えていた。「風太?」リノに促される。たとえ悪戯心であろうとリノが自分にしてくれた行為なのだ。風太はリノのペニスに手を延ばした。
 
「?」違和感を覚え風太の差し出した手が止まる。風太はリノの大腿の内側に滴るものを認めた。風太はリノを見上げた。「気が付いた?そう、僕は男の子であると同時に女の子でもあるんだ。僕の身体には両方の精器が付いているんだ。」リノの顔が悲しみに歪む。「僕は悩んでいたんだ。王は直系の男子に引き継がれる。父王には僕しか子供がいない。父のためにも僕は男として跡を継ぐことになる。でも僕は男でいることが苦痛だった。自分の半分は肉体的にも女の子であると判ってからはその思いは一層強くなった。愛する男性と一緒になり、子供を産み育ててゆく。しかし、そんな女の子の幸せは許される訳もない。僕は夢事として諦めようとしていた。
  
 そして運命の人との出会いの儀式がやってきた。政治的に選ばれた姫が用意され、僕は迷いの森で彼女と出会うことになっていた。けれど僕は森の中で本当に迷ってしまったのだ。何時間も彷い歩き、どうにもならなくなったときに風太にであったんだ。そして迷いの森の言い伝えを思い出したんだ。
 
 風太こそが僕の運命の人なのだと。僕の迷いは消えていた。今夜限りでリノ王子は失踪する。いつの日かリノ王子の子供を宿した女が現れ王家の血統は守られていく。だから僕は男の子としての最後の夜の思い出をフウ姫と残しておきたいんだ。」リノの瞳は真剣だった。風太は答える代わりにリノのペニスを口に含んだ。
 リノの手が優しく風太の頭に添えられた。ストロークを繰り返すうちにリノの限界が訪れた。風太の口の中にリノの精液が広がる。風太はリノを愛しく思わずにはいられなかった。
 
 
 
「来て♪」風太はリノに手を差し延べた。
 もう一方の手で高価そうな下着を引き千切った。
 風太はリノをスカートの中に導いた。
「入れて良いよ。俺は男だけどリノなら受け入れられる。」
 そしてリノが風太の中に入っていった。
「あ、ああ〜〜〜ん」
 風太は女のように喘いでいた。
 夢の中でリノがしてくれたように腰を振り、媚声を上げた。
「フウ、僕のフウ。愛してる、愛してる。」
 リノも腰を動かし、彼のペニスを前後させていた。
「んあ、あ。イク、イっちゃう〜」
 風太が叫ぶと同時にリノは大量の精液を風太の中に放っていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 一年後、王国は世継ぎの誕生に沸いていた。城のバルコニーで国王、王妃に挟まれリノ王子とフウ姫が手を振っていた。フウ姫の手には生まれたばかりの男の子が抱かれている。
 
 あの日、風太は言った。「リノはここにいなくちゃいけない。どんなに辛くても王子として生まれたからにはその責務を果たすべきだよ。でも、その全てをリノが負うことはない。俺がいるよ。リノの辛さは俺が癒してあげる。
 ひとりでは無理なことでも二人なら何とかなるもんだよ。俺がフウ姫でいれば全てうまくいくさ。なんていってもアタシはリノ王子の運命の人ですからね♪」
 
 と、突然赤ん坊の泣き声が響き渡った。皆の視線が風太の胸元に集まった。風太はリノと頷き合うと控えの間に下がるべく周囲の人々に軽く会釈した。どの顔も優しくほほ笑んでいる。
 
(これで良かったんだ)
 
 風太は自分の下した選択に間違いはなかったと感じていた。控えの間の椅子に腰掛け、風太は前掛けの紐を解いた。零れ出る乳房に赤ん坊の小さな手が延びる。乳首を口に含むと一所懸命に乳を飲んでゆく。その肩に手が触れた。リノが腰を屈て顔を近付けてきた。
 
 短い接吻の後リノが聞いた。
「幸せかい?」
「うん♪」
 風太はそう答えていた。
 
 
 

−了−


    次を読む     INDEXに戻る

8