夏休み



 夏休み…と、言う訳でもないのだが、僕は田舎に来ている。本来なら今頃はクラブの夏合宿の最中なのだが、なんでも本家の大叔母様が危篤とかで、うちを始め一族が集められたと言うことらしい。とは言っても子供の僕はおまけで連れてこられただけなので、毎日こうして近くの山の中を探検と称して歩き回っているのだ。
 今日は神社の裏手から延びる細道をたどっていた。鬱蒼と繁る木々の中をしばらく進むと小さな泉があった。杓も置いてありここまでは頻繁に訪れる者がいるのだろう。しかし、泉から先の道は途端に寂れている。落ち葉に被われた道はほとんど木々に飲み込まれていた。
 そんな道こそ探検にふさわしい。僕は落ち葉の道に足を踏み入れていった。進むにつれ木々は一層密度を増してゆく。辺りは真夜中の星明かり程度しか光を届かせない。僕は爪先で探るようにしながら前に進んでいった。
 
 道は唐突に終わっていた。目の前は切り立った岩肌だった。
 岩壁と木々の間には猫の額ほどではあったが、日の光の差す空間があった。こことても神社の一角なのか、その片すみにお社が建てられていた。泉の所とは違って、ここにはめったに人が訪れないようで、お社もかなり傷み朽ちていた。
 と、お社の裏手からシクシクと女の人の泣き声のようなものが聞こえてきた。お社に近付くとその裏手に洞窟の入り口が開いていた。僕はその泣き声に牽かれるように洞窟の中に足を踏み入れていた。
 洞窟は思った以上に奥深かった。複雑に折れ曲がった通路が巧妙に音を反射させ、あたかもすぐそばに彼女がいるように感じさせる。やがて蛍火のような明かりが現れた。その中心に着物を着た女の子が座っていた。僕の気配を感じたのか、彼女が顔を上げた。
「よく、来てくださいました。」声もまた美しいが、彼女の姿と同様に細く儚げだった。「よろしければ、わたくしの願いを聞いていただけませんか?」「ぼ、僕にできることなら…」「ありがとうございます。」彼女は微笑んだ、がどこか寂しげだった。
 彼女は立としていた。しかし体力が殆どないのだろう、なかなか立ち上がれない。僕は近付いて手を差し出した。彼女は雲のように軽かった。
「ありがとう。では、こちらに座っていただけませんか?」彼女はたった今まで彼女が座っていた場所を指した。
 僕は言われるがまま、そこに跏座をかいた。彼女は背中に凭れるようにして僕の首にその細い腕を絡めた。そして、耳元でつぶやいた。「騙したようでごめんなさい。わたくしには残された時間が…」
 ふっと彼女の言葉が途絶えた。と、同時に軽いながらも僕の背中に掛かっていた彼女の重さが失われた。振り向いても誰もいなかった。その気配さえも…
 
 
 
 
 呆然と座り込んでいた僕の耳にがやがやとした男達の声が聞こえてきた。「巫女様の代替わり…」「年頃の女子などおらん…」「お前んとこは…」「うちのは男だ」
 最後のは父さんのようだ。がちゃりと鍵の外される音、ぎぎっと軋み音を立てて木戸が開かれる。と、同時に明かりが差し込んできた。「おおぉー!」と男達の声が上がる。明かりとともに男達の顔が近付いてきた。それらは皆親戚の叔父さん達だった。その先頭に父さんの顔があった。父さんなのに怖かった。恐怖で声が出せない。「うぉ〜!」父さんが叫んでいた。手にお札が握られている。どうやら父さんが一番になったようだ。外の叔父さん達は次々と引き上げていった。
 誰もいなくなるとお札を手に父さんが近付いてきた。「大丈夫。怖がらなくても良いよ。小父さんが優しくしてあげるからね。」どうやら父さんは僕のことを息子だとは気付いていないようだ。父さんは、僕の傍らに腰を降ろした。肩に手を廻し、もう一方の手で僕の手を取った。
 その時初めて僕は自分の着ている服に気が付いた。それは姿を消した彼女が着ていた着物と同じ物のようだった。その懐に父さんの手が差し込まれた。その手が僕の胸を圧し上げている。「???」僕の胸に乳房があった。女の子のように膨らんだ胸を父さんに揉まれているのだ。
 拒絶しようとしたが、身体が言うことを聞かない。それどころか、父さんにしな垂れかかり甘い吐息を撒き散らせ始めていた。父さんが僕を床に寝かせ着物の帯を解いてしまうと、僕は父さんに身体を開いていた。
 父さんが僕の中に入って来ていた。激しく僕を突き上げて来る。僕は何も考えないようにしていた。ただ快感だけが与えられ、僕はそれに反応して媚声をあげる。
 女の子のように。女の子として…
 父さんの精液が僕の中に放たれると、強烈な快感が襲ってきた。僕は甲高い叫び声を上げつつ、意識を失っていった。
 
 
 
 母屋では大叔母様の葬儀が行われていたが、僕は母さんと帰り支度を急いでいた。
 昨日、離れに割り当てられていた僕達家族の部屋に戻ってきた時は夜もだいぶ遅くなっていた。変わり果てた息子の姿を見て、母さんは一瞬固まっただけで、「そう。あなただったのね。なにも言わなくて良いのよ。先ずはお風呂に入ってらっしゃい。」と、優しく声を掛けてくれた。父さんがいなかったのが良かったのか、風呂に浸かっていると次第に心が落ち着いてきた。風呂から上がるとすぐに僕は前後不覚で眠り込んでしまっていた。
 朝になった。母さんは父さんを母屋に送り出してから僕の所にやってきた。「お父さんには、まだ何も言っていないから安心なさい。」そう言って枕元に着替えを置いた。着替えの山の一番上にはブラジャーとパンティが載せられていた。僕が躊躇していると、「旅先だからお母さんので我慢してね。」母さんに促されてブラジャーを手に取った。着替えの山の中にはブラウスやスカートが畳まれていた。「僕がこれを着るの?」「あなたの心はともかく、身体は女の子なんですからね。それなりの外見は整えていないとね。」着替えが終わり鏡を覗くと、そこにはどこから見ても女の子にしか見えない僕がいた。
「新しい巫女があなただと知れると面倒なことになるからね。」と、母さんが帰り支度を始めた。それをただ見ている訳にもいかずに僕も母さんを手伝うことになった。
 
 読経の声が遠くから流れてきた。スカートを履いた僕は、隠れるようにしてタクシーを待っていた。親戚の人達には僕の体調が優れないからと、ほとんど強引に辞してきた母さんが戻ってくるのとほぼ同時にタクシーがやってきた。荷物は運転手がトランクに入れてくれた。慣れないスカートに苦労しながらもなんとか後部座席に収まった。タクシーが動き出す。山が、田舎が、遠ざかっていった。
 
 
 父さんが家に戻ってきたのは次の日の昼過ぎだった。僕は父さんと顔を合わせるのを辛く感じていたが、母さんに押し切られるように玄関に並んで迎えることになった。僕は新調したワンピースを着ていた。朝早くに美容院でカットもしてもらっていた。薄くだが化粧も施されていた。
 ドアが開く。「何で勝手に帰った!」と憤おりをぶつけようとしてすぐに躊躇した。
 父さんの指が僕を指す。「なんなんだ?おまえは」
 母さんが冷たく言い放つ。「一番札を取れて有頂天になっていらっしゃる方には、ご自分の娘の顔も見分けが付きませんのね?」
 父さんの顔から血が引いてゆくのがはっきり判った。
 
 
 
 
 夜が訪れる。
 僕は再び洞窟の中にいた。仄な明かりの中に着物を着て座っていた。
 ぎぎっと木戸が開く。男が入ってきた。僕は身体の自由を奪われ、身動きひとつ出来ない。男が近付いた時には身体の方が勝手に準備を整えていた。
「巫女様、今夜もお願いします♪」男の言葉に身体が反応する。僕は男の前に身を横たえ、身体を開いていた。
 
 男達の股間はいつも雄々しく憤り勃っていた。夜毎にやってくる彼らの服装は様々だった。それは、僕が様々な時代に存在していると言うことだ。しかし、服を脱いでしまえば男達は皆同じだった。
 僕のすることはひとつ。一族の男達の性的欲求のはけ口となって、一族の平穏を維持するのだ。
 それが巫女の存在意義であった。巫女は代々一族の女達に引き継がれてゆく。先代が死の間際に年頃の娘を指名するのだ。巫女の務めは一生のものである。だから巫女は結婚もしない。巫女は常に男達を受け入れなければいけないため、妊娠することができないのだ。
 男の僕にそのような事はさせられないと、母さんは僕のことを一族に知られないよう早々に引き上げてきたのだと言う。しかし、巫女の務めはどこまでも僕を追ってきた。一族の男達に呼び出されると、否応も無くここに戻されてしまうのだ。そして、身体が勝手に男を迎え入れてしまうのだ。
 僕の中で男の分身が激しく動き回っている。彼らは一様に限界まで欲望を蓄積して来ているため、真っ先に突っ込んで停まる事なく突き続ける。僕はと言えば、一度知ってしまった女の快感には抗うことが出来ないでいた。気が付くと快感を求め自ら腰を振っている。男に突かれる度に媚声を上げている。強いられてではなく僕自身の意思で男に抱かれていた。
 
 
 そんな夜が明け眠りから覚めても、まだ朝早い。しかし、もう一眠りしようとしても火照った身体がそれを許してくれそうもない。股間にはまだ男の分身が挟まっている感じが残っている。鋭敏な乳首がパジャマの布地に刺激される。クリトリスが刺激を欲している。
 左手がショーツの中に入り込み、僕の女の子の様子を窺っている。しっとりと濡れたクレバスが僕の手を誘っている。僕は中指を差し出してやった。そいつはよだれを垂らしながら喜んでかみ付いてきた。甘美な刺激がさざ波のように広がってゆく。僕の喉が淫らな吐息を漏らす。股間の湿り気が増してくる。僕は空いている右手で乳房を弄びながら左手の指を蠢かせる。吐息が喘ぎに変わり、喘ぎが嬌声に変わってゆく。僕はベッドの上で悶え、充たされない思いに焦がれていた。
 
 やがて、目覚ましの音に起こされる。疲れた顔でお勝手に立ち寄ると「夕べはお務めご苦労様でした。」と、母さんに声を掛けられてしまう。僕はそくさくと、顔を洗い部屋に戻るのだった。
 
 
 
 
 
 空は夕日に赤く染まっていた。赤とんぼが飛んでいる。季節はもう秋に変わっていた。
 夏休みが終わろうとしていた。壁には女子用の制服が掛かっている。明日からはこれを着て登校しなければならない。
 もう、すっかり女の子として生活しているのに、何故か学生服が着られない事に寂しさを感じてしまっている。もう、気持ちを切り替えなくてはいけないのだろう。
 男の子の僕は今日でおしまいにしよう。
 『僕』の夏休みが終わるのだ。
 
 
 

−了−


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