2ひく1は?



 ある日、女を拾った。
 飼い主に捨てられた仔猫のように街灯の下で哀らしくうずくまっていた。彼女の瞳を直視してしまった俺は当然のごとく彼女を家に連れ帰っていた。
 女は犬猫のペットがそうであるように、そこにいるだけで心を和ませてくれる。そればかりではなく、掃除・洗濯はもとより俺の食事まで用意してくれる。自分で自分の世話ができるだけでも普通のペットより手が掛からない。しかし、良いことばかりでもない。犬猫のように(一部の好事家は除くが)裸で放り投げておく事に罪悪感を覚えてしまう。いくら安いものを選んだとしても、着替えも含め下着から揃えるとそれなりの出費となる。食事にしても、俺と同じものが食べられると言っても単純計算でこれまでの1.5倍の出費となる。
 洗濯物の中に女物の衣服が混じり、洗面台に歯ブラシが並べて置かれ、俺の部屋も段々所帯染みていった。
 
 しかし、女は俺にとってはあくまでも拾った捨て猫の類であった。
 適当に飼って、じゃれついて、後は放っておく。一歩家を出れば、俺は仕事に没頭していた。馬車馬のように働いて、家の戻る。ペットとじゃれついて一日の疲れを癒す。ただ、それだけだ。
 それだけの日々が毎日繰り返されるのだ。
 ふと、魔が差したようにある想いが湧いてきた。
(俺は何のためにがむしゃらに働いているのだろうか?
 ペットのように毎日を遊んで暮らしていても良いんじゃないか?)
 
《その願い、叶えてやろう。》
 
 声だけが響き渡っていた。
 気が付くと俺はソファの上で眠ってしまっていたようだ。窓の外は既に明るく、時計をみると既に正午を大きく廻っていた。
(会社に遅刻した!! いや、もうこの時間なら無断欠勤になってしまう!!!!)
 俺は勢い良く起き上がった。起き上がると同時に強烈に違和感を感じた。
(胸に何か付いている?)胸から肩にかけて重力に引きずられる重みを感じた。身体を動かすとその質量が揺れ動く。正体を突き止めようと下を向くと、頬に何かが触れた。目の端に頭から垂れ下がる黒髪を捉えた。指で摘まみ、引っ張った。それは俺の頭から生えていることを知らせる痛みを産み出していた。指先を目の前に差し出す。女のように長くて艶やかな黒髪だった。
 俺は洗面所に走り込んでいった。
 鏡に顔を映した。
 鏡の中には『女』がいた。
 それは俺が家で飼っている女と瓜二つだった。少し下がると上半身が映し出される。裸の胸が映っている。下を向き、その胸が確かに俺自身の胸であることを確認した。更にその下を確認する。
 今の俺は全裸であった。何も隠すものがない。それなのに、俺のペニスはどこにも見当たらなかった。股間に手をあてがい、指先で必死に探る。
 俺の指先が見つけたのはペニスではなく『女』の証であった。
 
 一時の興奮状態から覚め始めると、全裸の肉体が寒さを訴えていた。
 俺は女のために買った下着をタンスの引き出しから取り出した。パンティを穿き、ブラを着けた。胸が固定され、幾分か動き易くなった。しかし、それ以上女のものを身に着けるつもりはなかった。俺自身のトレーナとジーンズを着た。背丈が低くなったので裾を折らないと引きずってしまうようだ。
 寒さが防げたところで、俺は女を探した。
 この家には俺以外に拾ってきた女がいる筈なのだ。単純な計算だ。2ひく1は1。二人のうちの一人が俺ならもう一人、女が存在していなければならないのだ。
 俺は家中を探した。狭いのでそんなに探す場所もないのだが、押し入れやタンスの中、引き出しの中まで確認した。
 
 最後に便器の中を確認して、女が消えてしまっていることを認めざるをえなくなっていた。
 しかし、あの計算式にはもう一つの解があったのだ。
 俺は何も手に付かず、部屋の中でじっとしていた。
 外は夕暮れから宵闇が訪れていた。部屋に灯を点けることも忘れ、俺はじっとしていた。
 窓の外は闇の中に浮かぶ家々の窓から漏れる灯火だけとなっていた。
 どれくらいの時間が経っていたのだろう。
 突然、ドアの鍵を開ける音がした。ドアノブが廻り、扉が開いた。
「ほら、ご主人様のお帰りだぞ!!」
 男の声がした。
「何だ、こんな暗いところで…」と、部屋の明りが灯される。
 俺の前に男が立っていた。ゆっくりと視線を上げてゆく。
 男の顔が見えた。男は『俺』だった。
「さぁ、今日から『俺』がお前のご主人様だ。じっくりと可愛がってやるからな♪」
 『俺』が言った。
 俺はじりじりと後退りながら先程の式のもう一つの解を導きだしていた。
 2ひく1は1。二人のうちの一人が俺ならもう一人は女。俺が『女』の場合、もう一人は『俺』になる。
「怖がらなくていいよ。お前の肉体は隅から隅まで判っているからね。直ぐに気持ちよくなって天国に昇ったように感じるよ。」『俺』が近付いてきた…
 
 
 

−了−


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