理想



 多分、彼らは「宇宙人」なのだろう。
 淡く輝く光が中空に浮かんでいる。
 俺のいるところはUFOの中なのだろう。
 
 彼らの「声」が俺の頭の中に直接響いてきた。
「すまないが、我々のサンプル調査に協力してもらえないだろうか?協力してもらえたならば、我々はお礼に君の望みを叶えてあげる用意がある。」
 こんな状態で断れる筈もない。
「ありがとう。」
 俺が答えるより先に俺の考えが読まれてしまっているようだ。
「では、この椅子に座ってくれたまえ。」
 俺の目の前にマッサージチェアのような椅子があった。
「そのままリラックスしていてくれ。眠っていても良いよ。」
 
 彼らは俺に彼らの目的を聞かせていた。
 しかし、専門用語が多いためか、学術的な口調のためか、俺は即座に居眠りを始めてしまっていた。
 
 
 
 
 
「ありがとう。おかげで貴重なデータを取得する事ができたよ。この惑星から発せられた電波に含まれた情報の解析だけではやはり限界があったようだ。君の身体から取得した生体組織から直接取得できた情報はもちろん、君の頭の中も全て解析させてもらった。やはり原始的な生命体から派生した知的生物には様々な問題が内在する事が判った。この結果を元に君たちの処遇が決められる。君たちの時間表記で約3千年後に処置が実施されるので、こころしておくように。」
 
 俺は野原の真ん中に立たされていた。
 仰ぎ見ると、UFOがまたたきながら蒼空に消えていった。
「ふーぅ」
 俺は一息点いた。
 が、そこには違和感があった。
 声が違う?
「あ〜〜〜〜〜っ」
 試しに出した声は明らかに俺の声ではなかった。
 そもそも、男の声ではない。無理に出した裏声とも違う。
 自然に鈴の音のような愛らしい女の声が俺の喉から出ているのだ。
 
 違和感はそれだけではなかった。
 俺は山登りとは言わないまでも、少々険しい山道を選んで歩き回る趣味がある。
 今日も独りで山中の道を歩いていたのだ。
 もちろん、それなりの格好をしていた。が、今の俺は高原の別荘地にいるかのような軽装だった。
 腕は薄手の柔らかな生地の白いシャツに包まれている。
 草色の袖無しのカーディガンをその上に着ている。
 頭には鍔の広い帽子が乗っている。
 
 そして足元を見た。
 俺は見慣れない服を着ていた。
 いや、多少言葉が足りないようだ。
 この服は、俺は街で嫌という程見ている。しかし、俺自身はこのような服を1着とて持っていない。
 俺に限らず、普通の男なら絶対に持つ事のない服…
 
 俺はスカートを穿いていた。
 
 もちろん、靴もごつい山歩き用のものではない。華奢なサンダルで、高い踵が付いていた。
 更に、俺の脚はストッキングに包まれているようだ。
 この場で下着までは確認しようとは思わないが、俺は女物の服を一式着せられているようだ。
 もちろん、その中身も外側に応じたものになっているのだろう。
 胸に手を充てると、詰め物ではない膨らみを確認できた。
 
 
 
 
 これが宇宙人の言っていた「お礼」なのだろうか?
 俺の望みは断じてこんなものではなかった筈だ。
 
 しかし、このままここにいる訳にもいかない。
 俺はこの格好でも歩ける「道」を探しながら、人里のある方向に向かっていった。
 自分の方向感覚は鈍ってはいないようだった。しばらく歩くと舗装された道路に行き当たった。
 草や土の道に比べればはるかに歩きやすい。それに、車が来れば里まで乗せてもらえる可能性がある。
 とは言ってもそうそう車がやってくるような土地ではないが…
 
 道路を歩いていると、道路脇に鏡があるのに気付いた。
 カーブ等見通しの悪いところに置いてある丸い鏡だ。
 その目的から表面は湾曲して、普通の鏡のようには映らないが、それでも鏡である。
 俺は自分の姿を確認しておきたかった。
 早足で近づく。
 見上げると、変に変形された女の顔が見えた。
 頭の中で歪みを補正してみる。
 なかなか良い女だった。
 と言うより、彼女は俺の好みの顔をしていた。
 少し離れてみる。
 全身を確認する。
 見れば見る程、俺の理想とする女の姿だった。
 
 俺の理想の女は、俺に従順で何でも言う事を聞く古き良き大和撫子である。もちろん洋装も和装も似合う美人でなければならない。髪は烏の濡羽色、白磁の面に紅い唇。目はぱっちりと大きく、瞳は黒曜石の黒以外は認めない。
 そんな現実離れした女が俺の理想だった。
 いや、現実離れではない。
 俺の目の前にその女がいるのである。
 
 そこで、ふと気が付いた。
 あの宇宙人は俺の望みを叶えると言っていた。
 この女は確かに俺の理想とする姿をしている。
 俺の言う事はもちろん俺の考えた通りに動く。(なんたって俺自身なのだから…)
 やつらは確かに俺の望みを叶えた。
 俺の理想とする女を作り出したのだから…(俺の身体を使ってだが…)
 
 で、俺の女の理想にはまだ続きがあった。
 やつらは、それさえも実現しているのだろうか?
 いやな予感が過った。
 
 俺の女は淫乱であること…
 
 想像(あるいは妄想)するのは自由であろう。
 俺の理想とする女は美人で従順で淫乱な女なのだ。
 想像の中で俺は彼女に色々と奉仕させてきた。
 彼女もそれを嬉々としてやってくれる。
 ストッキングだけの淫卑な姿で俺の上に跨がり俺の息子を舌と唇で弄ぶ。
 彼女の尻は俺の目の前だ。
 淫裂を曝け出し、愛液を振り撒く。
 そんな女が俺の理想であり、
 そんな女が俺自身なのだ。
 
 そう認識した途端、俺の下腹部が熱くなった。
 ジッと股間から何かが湧き出て来た。
 俺の子宮が疼いているのだろうか?
 俺の意志とは別に、俺の肉体があるものを欲していた。
 
 
 
 
 俺は鏡の付いたポールにすがり、ガードレールにもたれていた。
 既に歩く気力は失われていた。
 遠くからトラックのディーゼル音が近づいてきた。
 見つめていると運転手も気が付いたようだ。
 トラックは俺の前に止まった。
「姉ちゃん、どうしたい? 良かったら乗っていかないかい?」
 俺はふらつきながら立ち上がった。
 ほとんど無意識の行動だった。
 トラックの前を通り、助手席に転がり込む。
 ベンチシートに横たわるようにして乗り込んだ。
 
 エンジンの振動と、遠心力の揺さぶりでトラックが走っている事が判った。
 頭をあげると運転手の横顔が見えた。
 俺の気配を感じたのか、彼が俺を見た。
 一瞬視線を合わせただけで、彼は再び前を向いてしまった。
 彼は何も聞かなかった。
 
 しばらくはそのままだった。
 俺は普通に座ろうと思えば座れそうなのだが、そのままベンチシートに横たわっていた。
 視線をずらすと、男の太股が見えた。
 ジーンズの生地越しに逞しい筋肉を感じる。
 視線が男の腰に向かって移動する。
 いや、目的地は別にあった。
 ファスナーの硬いうねりの下に息づくものを感じている。
 俺という女の存在に呼応して逞しさを増している。
 俺の手が彼の太股に伸びていた。
 摩り上げるように股間に達する。
 女の指先がファスナーに掛かった。
 ゆっくりと降ろされる。
 トランクスの布地が下から押し上げられる。
 ベルトの留め金が外される。
 ジーンズのボタンとトランクスのボタンが弾け飛んだ。
 俺の顔に男の臭いが吹きつけられる。
 俺の意志とは別に、その香りにうっとりしている俺がいた。
 
 俺の目の前に欲しいものがあった。
 俺は身体ごとすり寄っていった。
 そして、それを咬えた。
 
 舌と唇で刺激する。
 息を吹きかけ、吸い込む。
 口全体で包み込み、圧力を掛ける。
 ビクビクと脈打っている。
 
「あ、うっ!!」と男が呻いた。
 竿の中を塊が迸り抜けてゆく。
 俺の口の中に熱いものが放たれた。
 
 俺はそれを飲み込んでいた。
 更に、余す所なく嘗めとり、吸い取っていた。
 
 力なく横たわるそれを名残惜しげに弄んでいた。
 
 
 
 
 トラックが止まった。
 
「姉ちゃん、悪いんだけどここまでだ。」
 窓の外に駅舎があった。
「もっとやってもらいたい所なんだが、こん中の臭いを消さなきゃならんし…」
 俺は再び彼の股間を目にした。
 むき出しのペニスがそこにあった。
(俺は?…)
 俺は正気を取り戻した。
 全身総毛立つ。
 俺は男なのに、これを咬えて喜んでいたのか?
 あまつさえ、その精を飲み込んでいた?
「これは俺からの気持ちだ。」
 男が財布から紙幣を取り出し、俺の手に握らせた。
 男の目がこれ以上俺がここに留まることを拒んでいた。
 俺はドアを開けた。
「ありがとう」
 それだけ言った。
 
 ドアが閉まるとトラックは行ってしまった。
 
 振り向くと人々の視線が俺に集まっていた。
 人々と言っても田舎の駅である。買い物途中のオバサンと、ベンチに座っている老人、売店の人、駅員…
 俺は足早に駅舎の中に入っていった。
 入ってしまえば、それ以上好奇の視線は追っては来なかった。
 一応、出札は自動販売機になっていた。
 路線図を確かめる。
 俺の記憶にある地図が当て嵌まってくる。
(先ずは自分の家に戻ろう)
 俺は彼からもらった金で切符を買った。
 
 
 家に着いた。
 俺の家はそこにあった。
(どうすべきか?)
 呼び鈴を押した。
 俺自身が現れたらどうすれば良いかと、どきどきしていたが、中に人のいる気配はない。
 裏手に回り、用心のために隠しておいたスペアキーを引きずり出した。
 ドアが開いた。
 俺が出かける前そのままの状態がそこにあった。
(ただいまと言うべきか、おじゃましますと言うべきか…)
 サンダルを脱いで上がった。
 部屋のドアを開けてまわる。
 何も変わったものはない。
 が、寝室の扉を開けた途端、ムッとする男の臭いが俺の鼻を衝いた。
 
 その臭いが引き金となって、俺の中のスイッチが切り替わった。
 
 
 
 
 
 俺は俺の理想の女だった。
 俺の言う事を聞き、俺に尽くす…
 
 俺はどこからか花柄のエプロンを取り出していた。
 窓を開け、空気を入れ替える。
 溜まった洗濯物を洗濯機に放り込む。
 散らかった雑誌を片づけると、雑巾を絞って拭き掃除を始めていた。
 気が付くと、部屋の中は見違える程綺麗に片づいていた。
 テーブルの上には冷蔵庫の中の有り合わせの食材で作ったとは思えない程の晩餐が並べられていた。
「おかえりなさいませ。お疲れだったでしょう?」
 女が言った。
(た、ただいま…)
「さぁ、どうぞ♪」
 女の手が俺の前にあるキンキンに冷えたコップにビールを注いだ。
 俺はコップを掴んだ。
 ひんやりとした手応えがあった。
 コップを掲げ、一気に飲み干した。
「ぷは〜〜!!」
 俺の声ではない声が部屋の中にあった。
 女の声だ。
 はしたない…
 
 俺は口の回りに付いた泡を腕で拭おうとした。
 が、腕は俺の思うようには動いてくれなかった。
 俺の手は近くに置いてあったナプキンを取った。
 そして、上品にナプキンで口の回りを拭っていた。
 
 何かが奇怪しかった。
 俺は「いつものような行動」が取れなかった。
 その行動は「おしとやか」なものになっていた。
 
(何故だ?)
 
 答えは明白だ。
 俺は俺の理想の女なのだ。
 俺の女なら、男のようながさつな行動はしない。
 あくまでも、上品に、おしとやかに、女らしく行動すべきなのだ。
 だから、俺はそうなった。
 
 
 
 夜も更けた。
 食卓も片づき、ひとときのリラックスの後、俺は女らしく風呂に入った。
 もう抗うことは止めていた。
 鏡に映る女が自分自身であることを受け入れる他はなかった。
 
 俺のパジャマを着てベッドに入る。
 俺の、男の香りにつつまれている。
 そして俺は独りだった。
 俺の理想の女はこんな時どうするだろうか?
 
 指先が熱い雫に触れていた。
 
 くぐもった女の声が一晩中続いていた。
 

−了−


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