お礼



第1話
 
 鏡に映った俺は、どこから見ても「女」だった。
 「女装」ではない。
 俺の肉体そのものが「女」になっているのだ。
 顔は化粧で変わるというが、頭蓋骨の大きさや形までも誤魔化せるものではあるまい。
 マニキュアの塗られた爪に連なる細い指、華奢な手足。
 どれをとっても俺が「男」ではないことを物語っている。
 何より、広く開いた胸から溢れそうな生乳が偽物であるわけがない。
 
 
 俺が「女」になってしまったのは、もちろん自分の意志ではない。
 たまたま親切にしてやった老人はカミサマだったようで、お礼に俺の望みをひとつだけ叶えてくれると言った。もちろん、カミサマの能力にも限界はあるようで、大金が欲しいと言ったところで葉っぱをお札に変えることは出来ないらしい。唯一、お金が儲かる「運」を与えてくれるだけなのだそうだ。
 「金」も「権力」も直ぐには手に入らないとなると、次の選択肢は「女」だった。
 俺が「美女を手に入れるのはどうだ?」と聞くと「それは問題ない。」と答えた。
 しかし、このやりとりの中で大きな行き違いがあったのに気付いた時にはもう取り返しが付かない状態になっていた。
 そう。この一言で俺は「女」にされてしまったのだ。
 
 鏡に映った自分を見て、俺は唖然とした。
 それは確かに「美女」だった。
 誰も文句の付けようがない。
 ただ、それが「俺自身である」という事を除いて…
 
 俺は「美女(の姿)」を手に入れていた。
 
 
 
第2話
 
 鏡に映った俺は、どこから見ても「俺」だった。
 何も奇怪しいところはない。
 しかし、俺は「女」になっていた。
 ホームベースのような顔、太い眉、濃い髭。
 節くれだった太い指、がっしりとした手足。
 どれをとっても俺が「男」に間違いないことを物語っている。
 しかし、俺の股間にはあるべきモノはなく、あり得べからざるモノがあった。
 
 
 俺が「女」になってしまったのは、もちろん自分の意志ではない。
 たまたま親切にしてやった老人はカミサマだったようで、お礼に俺の望みをひとつだけ叶えてくれると言った。もちろん、カミサマの能力にも限界はあるようで、大金が欲しいと言ったところで葉っぱをお札に変えることは出来ないらしい。唯一、お金が儲かる「運」を与えてくれるだけなのだそうだ。
 「金」も「権力」も直ぐには手に入らないとなると、次の選択肢は「女」だった。
 俺が「女を手に入れるのはどうだ?」と聞くと「それは問題ない。」と答えた。
 しかし、このやりとりの中で大きな行き違いがあったのに気付いた時にはもう取り返しが付かない状態になっていた。
 そう。この一言で俺は「女」にされてしまったのだ。
 
 小便をしようとトイレに入って、俺は慌てた。
 ズボンのチャックから手首まで突っ込んでみたものの、俺の息子を捕まえる事ができなかったのだ。
 このままでは粗相してしまう。俺は朝顔の前を離れ、個室に入った。
 ズボンのベルトを外し、パンツを降ろした。
 股間を覗き込むと、茂みの向こうには一筋の溝が穿たれていた。
 
 便器に跨がり腰を降ろしすと、脚の付け根から小水が迸っていった。
 俺はトイレットペーパーで股間を拭いながら実感した。
 俺は「(股間に)女」を手に入れていた。
 
 
 
 
 
 
第3話
 
 鏡に映った俺は、どこから見ても「俺」だった。
 ホームベースのような顔、太い眉、濃い髭。
 節くれだった太い指、がっしりとした手足。
 それは決して「女」にもてる類のものではなかった。
 しかし、こんな俺のも相思相愛の恋人ができた。
 
 
 俺に「恋人」ができたのには理由があった。
 たまたま親切にしてやった老人はカミサマだったようで、お礼に俺の望みをひとつだけ叶えてくれると言った。もちろん、カミサマの能力にも限界はあるようで、大金が欲しいと言ったところで葉っぱをお札に変えることは出来ないらしい。唯一、お金が儲かる「運」を与えてくれるだけなのだそうだ。
 「金」も「権力」も直ぐには手に入らないとなると、次の選択肢は「女」だった。
 しかし、普通の「女」ではいつかは俺の元を離れてしまう。
 俺が「相思相愛の恋人はどうだ?」と聞くと「それは問題ない。」と答えた。
 しかし、このやりとりの中で大きな行き違いがあったのに気付いた時にはもう取り返しが付かない状態になっていた。
 そう。この一言で俺は「相思相愛の恋人」にされてしまったのだ。
 
 鏡に映った自分を見て、俺は恋に落ちてしまった。
 相手が「男」だろうが、「俺自身」だろうがそんな事は関係ない。
 鏡の中の彼とは「相思相愛の恋人」同士なのだ。
「愛しているよ。」
 彼の言葉にあたしはもうメロメロだった。
 あたしは鏡の向こうの彼にキスをした。
 
 
 
 
 
 
第4話
 
 俺は鏡に映らない。
 しかし、俺は「吸血鬼」ではない。
 俺は「鏡」そのものになっているのだ。
 誰かが俺の前に立つと、俺は鏡に映るそいつ自身になる。
 男にも、女にも、老人にも、子供にも、俺は様々な人間になることができるのだ。
 
 
 
 俺が「鏡」になってしまったのは、もちろん自分の意志ではない。
 たまたま親切にしてやった老人はカミサマだったようで、お礼に俺の望みをひとつだけ叶えてくれると言った。もちろん、カミサマの能力にも限界はあるようで、大金が欲しいと言ったところで葉っぱをお札に変えることは出来ないらしい。唯一、お金が儲かる「運」を与えてくれるだけなのだそうだ。
 「金」も「権力」も直ぐには手に入らないとなると、次の選択肢は「女」だった。
 しかし、そんなありふれた欲望はどうでもよかった。
 俺が「いろいろな人間に変身したい。」と言うと「判った。」と答えた。
 しかし、このやりとりの中で大きな行き違いがあったのに気付いた時にはもう取り返しが付かない状態になっていた。
 そう。この一言で俺は「鏡」にされてしまったのだ。
 
 最初は何が起こったのか判らなかった。
 身動きひとつ取れずに俺は立ち続けていた。
 長い時間の後、一人の女が俺の前に立った。化粧を直そうと、バッグから口紅を取り出していた。
 彼女の視線が俺に向いたその時…
 俺は彼女になっていた。手に持った口紅を眺める。鏡の中の彼女も同じ動きをする。
 俺は鏡の中から出られると思った。
 が、鏡の前を離れた途端、俺は元の鏡に戻っていた。
 女は不思議そうに首を捻ったが、口紅を鞄に仕舞うと俺の前から消えていった。
 
 それから、何人もの人間が俺の前に立った。
 俺と視線が会うと鏡の前の人物と立場が入れ替わる。
 俺は相手になり、相手は鏡に映った自分自身になる。
 鏡の前から離れない限り、俺は相手になりきって何でもできる。
 
 そして、俺はある計画を立てた。
 俺は「いろいろな人間になれる」がそれも一時的なもので、大半の時間は肉体を持たないでいる。
 肉体がないという事は精神的な苦痛を伴う。
 俺は少しでも長い時間、肉体を得ることができないだろうか考えた。
 そして得た答えは「この鏡を個人の部屋に置いてもらう」だった。
 その部屋の住人が鏡を見れば、その部屋から出ない限り俺はそいつの肉体を占有することができるのだ。
 
 鏡は四隅をネジで止められただけの簡単な構造をしていた。
 が、俺はドライバーを買いに行くことができない。
 たまたま鏡の前に立ったやつがドライバーを持っていない限り、それを使うことはできない。
 俺は辛抱強く待った。
 
 そして、ある日工事現場からやってきたのだろうオジサンが鏡の前に立った。
 彼は俺の求めるドライバーを何本も持っていた。
 が、いくら肉体を得たいからといって、こんな不細工な男は願い下げだ。
 しかしこのチャンスを逃したらこの次ドライバーが手に入るのはいつになるか判りはしない。
 
 俺は手にしたドライバーでネジを廻した。
 それは簡単に外れそうだった。
 俺は悩んだ。
 悩んだ末…
 俺は彼にドライバーを置き忘れてもらう事にした。
 鏡の前には手荷物を置く棚が設えてあった。
 その片隅にドライバーを置いた。
 可能な限り鏡から距離を取ったところで俺は彼を開放した。
 彼がドライバーを置き忘れた事に気付いてここに戻ってくるまでの間が勝負だった。
 
 どんな人物が俺の前にやって来るのだろうか?
 
 日が暮れても奴は戻って来なかった。
 多分明日になれば気が付くだろう。
 しかし、夜が近づけば人通りは少なくなる。
 鏡の前に立つ可能性はどんどん低くなってゆく。
 俺は焦っていた。
 
 
 
 ふと気が付くと、女が俺を覗き込んでいた。
 直ぐさま入れ替わりが起こる。
 女はOLのようだった。少し酩酊状態にある。
 「女」か…
 俺は思案した。
 これが最初で最後のチャンスかも知れない。
 
 俺は棚からドライバーを取り出した。
 女の手を使ってネジを外す。
 鏡を壁から引き剥がした。
 鏡の面を身体に向けていれば、この身体を自由にしていられる。
 俺は女の記憶を呼び起こした。
 タクシーを拾い、鏡を抱えたまま女のマンションに向かった。
 
 
 俺は鏡をベッドの上の天井に貼り付けた。
 こうすれば、ベッドに寝る度に俺と入れ替わる事ができる。
 それに、ワンルームの部屋中を見渡せるので行動範囲も広く取れる。
 また、邪魔になる事もないので捨てられる心配がない。
 
 
 
 俺は服を脱いでベッドの上に寝ころんだ。
 天井を見る。
 鏡があった。
 鏡の中に女がいた。
 女は俺だ。
 俺は女を弄び始めた。
「あ、あん♪」
 女の甘い溜息が部屋の中に消えていった。
 

−了−


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