アイヒル



「大悟。俺は『人』として恥ずかしい事をしていたと思う…」
 親友の土方仁がそう俺に話しかけてきたのは3日前の事だった。
「…最近、時々俺の耳に助けを呼ぶ女の声が聞こえるのだ。もちろん辺りを見回しても、そんな女はどこにもいない。周りの人にも聞こえていない。幻聴かと思って放っておいたが、日に日に彼女の声が切迫してくるのだ。これ以上無視し続ける事は俺には出来ない。いや、もっと以前に彼女に答えてやるべきだったのではないかと考えている。」
「それが『人として恥ずかしい事』か?お前にしか聞こえないんだろう?」
「それでもだ。彼女…アイヒルが再び呼び掛けてきたら、俺は応えてやるつもりだ。」
 それ以降、仁は姿を現さなくなった。
 俺は心配になり、仁のアパートを訪ねた。
 呼び鈴を押すが出てくる気配がない。
 しかし、中に『人』いる気配はある。もちろん、気配とはいっても一般人に判るようなものではない。俺や仁が習得した古武道の鍛練の結果である。しかしそれでもほんの僅かな気配だった。それは、人が寝ている時に発する気配よりも更に小さい。生命が途切れる寸前のような…
 俺は嫌な予感がした。
 ドアのノブに手を掛けた。
 意に反してノブは廻った。
 鍵は掛けられていなかった。
 俺は土足のまま、奥に入っていった。
 
 寝室のベッドの上にその人物は眠っていた。
 布団を撥ね除ける。
 仁のパジャマを着ているが、その人物は仁ではなかった。
 銀色の長い髪をまとい、白磁の面、紅い唇、華奢な肢体…
 その人物は女だった。
 死んでいるように眠っていたが、ゆっくりと胸を上下させているのが判った。
 それはまるで、彼女だけがスローモションで動いているようだ。
 とにかく、今直ぐにどうにかなってしまうのではないと判り、俺は履いていた靴を脱いで玄関に戻した。
 
 そこで、ふと違和感を感じた。
 そこにはいつも仁の履くスニーカが揃っていた。サンダルもある。どうにも仁がどこかに出かけているふうには見えない。
 また、ベッドで寝ている女の靴もない。
 女はどのようにして現れ、仁はどのようにして姿を消したのか?
 そして、あの『女』…
 仁の言っていた『助けを求めて来た女』と同一人物なのだろうか?
 俺は再び寝室に取って返した。
 
 俺は意を決して女を揺り動かした。
「おい!!起きろ!!」
 何度も繰り返す内に女の内に生気が滲み出し肉体を満たし始めた。
「ん…?」
 女はゆっくりと目を開けた。
「こ、ここは…?」
「土方仁の部屋だ。」
「ジンの?」
「お前は仁を知っているな?」
「あ、ああ」
 女はゆっくりと上体を持ち上げ、あたりを見回した。
「すると、ここはジンの世界なのか?」
「仁はどうした?仁は何処にいる?」
「君は近藤大悟だね?」
「あ、ああ。そうだ。」
「ジンから聞いているよ。」
「仁は何処にいる?」
「ジンは私の世界に来てもらっている。
 私はアイヒル。ダグリアの世界にあるミリアン王国の王女だ…
 
 
 
 彼女はこの世界とは別次元にあるダグリアという世界に住んでいるという。彼女の話しによれば、ダグリア以外にも様々な別次元の世界が存在するという。彼女の世界はそれこそ『剣と魔法』の世界だという事だ。その『魔法』により別次元の存在を彼女の世界では認知する事ができたそうだ。
 彼女はその世界にある王国の王女様だそうだが、現在内乱のまっ最中であり、彼女も王都奪還のため戦っているとの事だ。しかし、彼女の周りには彼女を筆頭に魔法使いばかりが集まっており、肉体的な力を行使する兵士が殆どいないのだ。そこで、彼女たちは別世界から兵士を召還し、一緒に戦っていた。
 しかし、アイヒルの行った召還はことごとく失敗してしまった。ただ一人、仁だけが彼女に召還に応えられたのだ。
 さらに、彼女は彼女自身の魔法力と仁の肉体的力を融合させる事を考えついた。
 もちろん仁の承諾がなければ不可能な技ではあったが、彼女はそれを行う事ができ、そして実際にそれを行ったのだ。
 それは、彼女の肉体と仁の肉体を交換する事であった。
 彼女は彼女自身の魔法力を持ったまま、仁の肉体の力と技とを手にしたのだ。
 逆に仁は彼の肉体を力と技とともに失い、替わりに彼女の華奢でか弱い肉体を得ていた。そして、それはこちらの世界の仁の肉体にも影響を及ぼしていた…
 
 
 
「つまり、俺の目の前にいるのは『土方仁』なのだな?」
「そう。彼の肉体を借りて私は今次元の壁を越えて大悟と話しをしているのだ。実際、向こうの世界では今は深夜で、私にとってこの邂逅は夢の中の出来事のようなものなのだ。」
「判った。しかし、仁は当分は戻れないのだろう?飲まず食わずでこの身体を放っておいたら衰弱死してしまうのではないか?」
「それは気付かなかった。確かにそうだ。皆にも召還した物たちの元の肉体の維持に気をつけるよう言ってやらねば。」
「では、たまには仁を戻せるという事か?」
「いや、仁は無理だ。私が替わりにこちらに来るしかない。」
「そうか…」
「そう言えば、腹が減っているようだ。何か食べ物はないか?」
「お前…、自分で作れないのか?」
「当たり前だろう?」
 
 そんな会話の後で、俺はアイヒルの為に仁の冷蔵庫の中のあり合わせの物で簡単な食事を作った。
「うまい!!」
 そう言ったアイヒルの笑顔に俺はときめいていた。
 
 
 
 アイヒルがこちらの世界にいられる時間は限られていた。
 向こうの世界で眠っている間しか活動ができないのだ。
 そして、こちらに来ている時間に比例して魔法力も消耗する。魔法力は寝ている間に回復するものなので、こちらに来るという事はその日の魔法力の回復も行えない事になる。
 それでも、俺はアイヒルの短い時間に合わせ、仁のアパートに来ていた。
 アイヒルの食事を作るという名目ではあったが、俺にとっては始めて経験する女の子とのデートである。俺はいそいそと材料を揃え料理していた。
 始めのうちはもっぱら俺が料理していたが、目の前で行われる調理に興味を覚えたか、次第に彼女も手伝うようになってきた。
 そうなると、いつまでも仁のTシャツやトレーナだけで過ごさせる訳にもいかない。まともな『服』を着てもらわなければこちらも目のやり所に困る。
 俺は先ずコンビニで下着とサンダルを買った。
「これがこちらの世界での女の服なのか?」
 そんなアイヒルを連れてスーパーに向かった。
 アイヒルにとっては始めて見る外の景色だった。
(仁の部屋にはテレビはないし、窓からはとなりのビルの壁しか見えないのだ。)
 異世界に来たとはいえ、女の子である。ファッションのセンスに国境はない。アイヒルは様々な服を選んでは試着するのだが、どれもアイヒルに良く似合うものばかりだ。
 服と下着と靴を一通り揃えた。
 かなりの出費ではあったが、俺はこの結果に満足している。
 しかし、その日は時間切れで食事を採る間もなくアイヒルは彼女の世界に戻っていった。
 俺は買ってきた女物のパジャマに着替えさせ、彼女をベッドに横たえた。
 
 
 
 
 食事をしながら、俺はアイヒルに向こうの世界の状況を聞いていた。
 一進一退と彼女は言うが、どう見ても王女軍の形勢は良くはない。
 俺は彼女に言った。
「俺も仁と同じだけの力を持っている。君達を助けたいんだ。連れて行ってもらえないだろうか?」
 アイヒルは暫く考えさせてくれと言った。
 
 そしてある夜、
「これは、普通の召還とは全く違うものになる。向こうの世界へ行けば当分はこちらに戻る事はできない。また、戻る事が出来たとしても、正常に復帰できるか保障はできない。それでも良いか?」
 俺を見つめるアイヒルその瞳を真摯に見つめ返した。
「良いとも。」
「では、三日ごにやる。それまでに、身の回りの整理をせいりしておいて。最低でも1年間はこの世界からいなくなるのだから。」
 
 
 そして、その日が来た。
 俺はアイヒルの指示に従い、身を清め、印を結び、呪文を唱えた。
 アイヒルも向かい側で同じようにしている。
 魔法力が効率良く働くようにと、二人とも全裸であった。
 体内の魔法力が蓄積されるにつれ、身体が熱くなる。
 朦朧とした意識の中でアイヒルの声だけが鮮明に聞こえた。
「偉大なる魔法力にて近藤大悟を転移す。全てを無とし、新たに有を生む。我が肉体を扉とし、転移せしめん。」
 アイヒルが仰向けに倒れた。
「大悟。私の上に身体を重ねるのだ。」
 それが、どのような体勢になるのかなど思いもせずに、身体を移動させた。
 アイヒルの両腕が背中に廻る。
 二人の肉体が密着した…
 
「さあ大悟!! お前の全てを私の中に注ぎ込むのだ!!!!」
 
 
 
 
 最初に感じたのは肌寒さだった。
「着るものはそこに置いてある。」
 久しぶりに聞く仁の声だった。
 改めて、自分が全裸である事に気付く。
 手にしたのはこの世界の衣服だった。中世の兵士が着用したような皮鎧を下着の上に装着する。仁も同じような格好をしていた。
「仁…」
 着替えを終え、改めて仁に声を掛けた。
「大悟、私はお前の合いたがっていた『仁』ではない。私はアイヒルだ。お前の『仁』はそこにいる。」
 彼=アイヒルの指さす先に『アイヒル』がいた。
「大悟…」
 彼女がか細い声で俺を呼んだ。
「仁…なのか?」
 俺はゆっくりと彼女に近づいていった。
「そうだ。…もっともこちらの世界の人達にとって、俺は『アイヒル』であり、彼が異世界から招かれた勇者『ジン』なんだ。」
「そういう事だ。だから我々以外の者の前では、彼女を『アイヒル』として扱ってもらいたい。」
 ジン=アイヒルが言った。
 俺は『ジン』と『アイヒル』を交互に見つめた。
「仁はそれで良いのか?」
「えぇ、『アイヒル』でいるのにも慣れてきたのよ。」
 そう言って微笑む姿に、向こうの世界でイアヒルの魅せたのとは別の魅力を感じた。
「では、私は向こうの世界の後片付けをしてくる。」
「えっ?まだ魔法力は回復していないのでは?」
「あの部屋で人が一人消えたんだ。あちらはこちらの世界とは違う。警察が絡んでくるとなにかとやっかいだ。転移魔法の痕跡…いや、大悟があの部屋を訪れたという痕跡を消しておかなければならない。」
「そうですか。では、あまり無理をしないで行ってらしてください。」
 彼等のやりとりは愛する男を送り出す女の図そのものであった。
 仁は『アイヒル』そのものであった。
「私が行っている間にこちらの事をいろいろ大悟に教えあげておいてくれ。」
「わかりました。」
 アイヒルが深々と頭を下げる先をジンが勇ましく出て行った。
 
 扉が閉まり、アイヒルが振り向いた。
「ア…、仁…」
「アイヒルで良いわよ。その方がもう慣れてしまったから。」
「…久しぶりだな。」
「そんな事ないでしょ? あちらの世界ではあたしと一緒だったのでしょう?」
「あれはアイヒルだ。仁じゃない。」
「あら、アイヒルはあたしよ。」
「… 紛らわしい事言うなよ。」
「ふふっ♪ ごめんなさいね。この姿でいると、何だか性格も変わってしまったみたいで。それに、こちらの世界はないもかもが違うのよ。」
 俺はアイヒルからこの世界の概略を聞いた。
 向こうでもジン=アイヒルから聞いていたが、実際にこちらに来て見て聞いてみて、ようやく納得できる事ばかりであった。
 
 
 
「次っ!!」
 俺は練兵場で兵士達を鍛え直していた。
 仁も本来であれば兵士達を鍛える事が出来たのであるが、アイヒルと肉体を交換した事により、その能力を失っていた。
 ジン=アイヒルにしても、仁の力と技は得たものの『人を鍛える』という事に関しては手出しできなかった。もっとも、王女軍の幹部として戦略を立てたり、他の勢力と交渉したりと忙しく、兵士を鍛える時間はとれなかったであろう。
 俺は彼等の中では員数外であった。
 ジン=アイヒルからはアイヒルの護衛に専念するようにと言われているのだが、平時もずっとアイヒルの側を離れないでいるというのも脳がない。
 俺自身、鍛練の時間は必要である。
 それに少し時間を上乗せするだけで兵士達を鍛えられるのであれば放っておく手はない。
 アイヒルにはなるべく練兵場かその近くにいるように言っておいた。
 しかし、それにはまた別の効果があった。
 『王女が見ている』という意識が、兵士達の真剣さを上乗せさせていた。
 かれらは着実に腕を上げていった。
 
 それ以外の時間は寝ている時間を除き、殆どをアイヒルと供にいた。
 寝ている時でさえ、アイヒルの隣室に居た。
 だから、深夜にアイヒルが自室を抜け出して行く事に気がつかない俺ではなかった。
 何事か?と跳ね起き、彼女の後を付いていくと、ジン=アイヒルの部屋に入っていった。
 彼と一緒であれば問題ない。と、その場を立ち去ろうとした途端、部屋の中から女の呻き声が上がった。
 無論、アヒヒルの声に違いない。
 俺は気付かれぬように、するりと部屋の中に滑り込んだ。
 薄暗い部屋の中でアイヒルがジンに抱き締められていた。
 彼女の呻きは、ディープキスに息が詰まったからのようだ。
 傍目には普通の男女の抱擁であるが、ジンは仁の肉体を得たアイヒルであり、抱かれている『女』はアイヒルの姿を与えられた俺の親友の仁なのだ。
 男である仁がアイヒルの姿で男に抱かれ、恍惚としている。
 さらに、抱擁から解き放たれると、なんの躊躇いもなく、男の股間にすり寄っていった。
 彼のモノを口に咬えているのだ。
 ジンはそんなアイヒルの姿を冷たく見下ろしていた。
 俺は目が放せなかった。
 アイヒルの口蓋のジンのモノが次第に大きくなっていく。
 やがて、彼の精が吹き出す。
 アイヒルはその全てを口の中に受け、飲み下した。
 ジンが彼女を立ち上がらせると、彼女は着ていた寝間着をスルリとはだけ、全裸となった。
 そしてジンの服をも脱がすと、彼のベッドに身を横たえた。
 その上にジンが身を重ねる。
 二人の裸体が動き始めた。
 アイヒルの口から喘ぎ声が漏れる。
 喘ぎ声はやがて嬌声に変わった。
 それは『男』に抱かれ、悦びに満たされた『オンナ』の声そのものだった。
 俺はそっと部屋を抜け出し、自分の部屋に戻った。
 
 
 
 数日後の夜、アイヒルが俺の部屋に訪れた。
「どうした?」
 と聞くと、
「知っているでしょう?あたしのジンのこと…」
「そう言えば奴はどうした?教は早くから姿が見えないが?」
「今日は向こうの身体を看に行っているの。」
「そうか、奴も大変だなぁ…」
「そんな事を言いに来た訳じゃないのよ。」
「で?」
「大悟はあたしの事をどう思っているの?」
「お前は俺の親友の土方仁だろう?それ以外にあるか?」
「あのね、今夜はジンはいないの。貴男とあたし二人だけなの。」
「あぁ、そうだな。」
「貴男は向こうであたしを抱いたのよね?」
「あれは『アイヒル』でもお前とは違う。」
「そうよね。あの身体は土方仁の姿が変化したものだけれど、この身体は元々のアイヒルのものですものね。」
「いや、そうじゃなくて、中身の事を言っているんだ。」
「あたしは『アイヒル』よ。」
「お前は『土方仁』だ。」
「だめなの!!」
 そう言ってアイヒルは俺に抱きついて来た。
 唇を押し当てる。
 胸の膨らみが二人の胸の間で押しつぶされる。
「あたしはもう『オンナ』なの。毎晩抱かれていないとどうにかなってしまいそうなの。」
 アイヒルは跪くと俺の股間に手を差し伸べた。
 意に反し、俺の股間は激しく勃っていた。
 アイヒルの口がソレを呑み込んでいった。
 あまりの心地好さに俺は瞬く間に精を放出していた。
「随分と濃いいのね。」
 その全てを飲み下してアイヒルが言った。
 そして、俺の心のタガが外れた。
 
 
 
 嵐のような衝動が過ぎ去ったあと、俺はアイヒルを腕枕にベッドに寝ていた。
「すまない。」
 アイヒルがいった。
「時々、この身体の制御が効かなくなるんだ。でも、お前に抱かれた事を否定しているのではないぞ。それはソレであたしも嬉しいんだ。」
「なんか、お前言葉がおかしいぞ。」
「ごめんなさい。あなたと二人だけという事で元の自分が出て来てしまっているみたいなの。」
「いや、べつに気にしないから。」
「さっきも言ったように、この身体はアイヒルそのものなの。そしてジンの身体は土方仁のもの…この世界のものではないの。だから、ジンの肉体では魔法力を生み出すことが出来ないのね。ジンが元のアイヒルのように魔法を使うためには、その体内に魔法力を取り込んでおかなければならないの。で、このアイヒルの身体は普通の人より多くの魔法力を生み出すことが出来るのね。加えて、あたしは魔法を使う事が出来ないので、魔法力はあたしの中にどんどん蓄積されていくの。ジンはそれに目を付け、毎晩のようにあたしから魔法力を汲み上げていったの。そして、その最も効率のよい魔法力の移動がSEXだったのね。」
「もちろん、最初は嫌だったわ。元のあたしの姿に抱かれるんだもの。嫌悪感でいっぱいになって、無理やりやらされたわ。」
「けれど、一度受け入れてしまうと、後はどうでも良くなってしまったの。それからは、義務感のようにしてジンに身体を預けていたわ。そして、次第にSEXの快感に目覚めてしまった… さらに、身体の中に魔法力が溜まってくると、自然とジンを欲しがってしまうようになったの。」
「あなたが来るまでは、何とか独りで気を紛らわしていたんだけど、今夜はもうどうにもならなくなってしまったの… あなたにとっては、あたしはあくまでも親友の『土方仁』という事は判っていたわ。けれど、時々あたしを『アイヒル』として見てくれていたのも知っていたの。だから、今夜は賭けてみたの。」
「…あたしの事を嫌いにならないで欲しいの…」
 
「大丈夫だ。」
 俺はぼそりと言った。
 
 
 
 
 
 やがて、期は満ちた。
 俺達は計画に従って移動を始めた。
 ジンはアイヒルを完全に俺に預け、昼夜を問わず忙しく働き続けていた。
 俺はアイヒルの護衛に専念する事になった。野営も度々行われる。俺はアイヒルと同じ天幕で夜を過ごす事が当たり前になっていた。
 
「絶対にアイヒルを失うような事にならないようにしてくれ。」
 ジンは何度も俺に念を押した。
 
 幾たびかの小競り合いを経て、小軍は王都を見下ろす山に辿り着いた。
 一斉攻撃の前の夜、ジンが俺達の天幕を訪れた。
「大悟、今夜は席を外してくれないか?」
「魔法力が必要なのですね。」
 アイヒルの問いにジンは俺の方をちらりと見た。
「話したのか…」
 ジンのつぶやきにアイヒルが目を伏せて応えた。
「そうだ、おまえの中に凝縮された魔法力を今こそ私に受け渡すのだ。」
 俺はそっと天幕を出ていった。
 
 その晩は殆ど眠れなかった。
 夜が白み始める前に、移動が始まった。
 儀式を始めたジンを置いて、俺達は後方に退いた。
 兵士達が両翼の峰に別れ、魔法使い達がジンを補佐するように彼を円形に取り巻く。
「いまだ!!」
 ジンの声とともに信号弾が打ち上げられた。
 鬨の声が谺する。
 兵士達が王都に雪崩込んだ。
 
 迎え撃つ側はうろたえていた。
 それは奇襲に虚を突かれたからではない。
 頼みの魔法が一切通用しないのだった。
 それは、ジンが王女軍の魔法使いと供に張り巡らした結界の成果であった。
 瞬く間に重要拠点を占拠していった。
 あまりにも順調過ぎると思っていると、不意に背筋に冷たいものを感じた。
 ジンにも届いたか一瞬結界が揺らぐ。
(ここは俺に任せろ!!)
 心の中で叫ぶと、結界の揺らぎも安定した。
「後方を固めろ!!」
 俺の指示に予備兵が動いた。
「動けない者は食料と一緒に一カ所のまとまっているんだ。」
 そこにアイヒルを残し、俺は敵に向かって飛び出していった。
 それは敵の精鋭らしく、人数は少ないものの凄まじい勢いで障害を排して突き進んでくる。
「一対一で遣り合うな。勝とうとするな。俺に廻せ。」
 俺の参入で敵の勢いは停まったが、まだ押し返すまでには至っていない。
 王都の方さ一段落すれば、ジンとその配下の部隊が駆けつけてくるはずだ。
 俺は剣を振るい、敵を切り倒していった。
 
 ようやく、敵にも疲れの色が見えてきたが、それはこちらとて同じ事だ。
 そんな隙間を縫って、敵が奔った。
 アイヒルが細剣を手に前に出た。
 1撃目を退ける。
 体勢が崩れたところに2撃目が振り降ろされる。
 微妙なタイミングで持ち堪えた。
 3撃目が繰り出されるその時、敵が大きく体勢を崩した。
 アイヒルは1撃で敵を倒した。
 
 遅れてジンの声がした。
「アイヒル!!」
 どうやら魔法力で敵兵をつまずかせたようだ。
「大悟をお願い!!」
 ジン達の部隊はそのまま勢いを緩めずに突き進んだ。
 形勢は逆転した。
 
 ジンがやってきた。
「深追いはするな。こちらも体勢を建て直さなければならない。」
 俺は大きく息を衝いた。
「取り敢えずの目的は果たした。が、首謀者を取り逃がしたようだ。体勢を建て直したら追討に移る。」
 戦いを終えたばかりだというのに、ジンはもう先の戦いに目を向けていた。
「とりあえず、アイヒルと合流しよう。」
 俺達は山道を昇っていった。
 
 アイヒルが迎えに出て来た。
 まだ、服は返り血を吸ったままだった。
(?)
 目の端を何かが過った。
「アイヒル!!」
 ジンが叫んでいた。
 
 アイヒルの服の血がさらに鮮血に染まった。
 彼女の胸に矢が突き刺さっていた。
 
 
 
 
 俺達はアイヒルの天幕にいた。
 俺とジン、そしてアイヒルの亡骸…
「すまない。任務を全う出来ずに…」
 
「済んでしまった事は仕方がない。」
 しばらくの沈黙の後、ジンが口を開いた。
「大悟。2度目はナシにしてくれないか?」
「2度目?」
「要は『アイヒル』が存在している事が大事なのだ。第一に、最終的に私が『アイヒル』に戻るための肉体が失われないこと。そして、それまでの間、私に魔法力を供給してくれる『アイヒル』という存在が私の側にいる事。」
「しかし、アイヒルは死んでしまった…」
「そう。仁の使っていたアイヒルはね。」
「他にもアイヒルがいるのか?」
「私の転移魔法は特殊なものでね。私の肉体を増殖させた器に異世界の魂を転移させるのだ。だから、大悟。お前の肉体もまた私=アイヒルなのだ。」
 ジンが呪文を唱えると、俺の骨格がギシギシと軋み始めた。
「一つ良い事を教えてあげよう。君の親友の仁はこちらで肉体を失うと同時に元の世界に帰還している。死んだ訳ではないから安心したまえ。」
 そしてジンがニヤッと笑った。
「もっとも、君の還る肉体を製造中なもので、まだアイヒルの姿のままだがね。」
「俺の身体?」
「そう、転移魔法で君の肉体は失われたのだ。しかしそれではかわいそうなので、君の精子をアイヒルに与えてやったのだ。君の還るべき肉体は彼女の胎内で順調に育っているよ。仁の意識も戻ったことだし、もう私があの身体の面倒を見なくて済んだのも都合が良い。君がこちらへ来てから何カ月たったろうね?もうすぐ臨月じゃないかなぁ…」
 俺は向こうの世界の仁の部屋で大きなお腹を抱えたアイヒルの姿が目に浮かんだ。
 そして、仁はその中に還っていったのだ。
「安心しろ。向こうでは不自由しないように手は打っておいた。それより、お前の方が大変だろう?これからはお前は『アイヒル』をやっていくんだからな。」
 
 ジンが呪文を唱えるとアイヒルの亡骸が光に変わって消えていった。
 残された服を俺に手渡した。
「さぁ『アイヒル』。これに着替えて、皆に無事な姿を見せてやってくれ。」
 
 
 
 
 王都の騒ぎも冷めやらぬ内に俺達は内乱の首謀者の討伐に出立した。
 それは、まだ『アイヒル』に慣れていない俺のボロが出ないようにとのジンの配慮でもあったのだろう。『アイヒル』になりたての俺は『女』である事に精一杯で、『アイヒル』という個人、ましてや『王女』などという肩書を持たされてはたまったものではない。仁はよくやってこれたと感心していた。
 
 仁とは違い、俺の武術の技は失っていなかった。もっとも、アイヒルの華奢な肢体では思った動きが出来ないので、もっぱら口先だけでの指導となるが兵士達への訓練は継続して行っていった。
 俺自身もこの身体に無理をさせない程度に鍛えてはいった。
 なんとか細剣を振り回せるまでになり、俺はジンとともに討伐軍の先頭に立っていた。
 時々男っぽい…というか、男のままの口調になることもあるが、それはアイヒルが『異世界の勇者『ダイゴ』の魂と引き換えに瀕死の重症から蘇った』という話しになっているので、仲間内ではそれほど奇異には見られていない。
 
 そして「夜」。
 堪えられないと思っていた『魔法力の転移』の儀式も、仁が言っていたように、一度受け入れてしまうと、後はどうでも良くなってしまった。
 そして、次第にSEXの快感に目覚めていくようである。
 
 最近では俺の方から求めて行くようになっていた。
 しかし、心の中には何かぽっかりと空白が空いていた。
「それは、お前と仁が繋がっているからだと思う。」
 ジン=アイヒルに言うとそんな答えが帰ってきた。
「お前は私が仁でない事を知っているし、アイヒルの姿の私を抱いた事があるからなのかも知れない。お前が私をアイヒルと認識し続ける限り、お前は『アイヒル』に成りきることはできないのだろう。」
 俺はオンナの喘ぎ声を上げはがら、彼のモノを膣に納め、悦感とともに魔法力を注ぎ込んでいった。
 
 彼の手が俺の乳房を握りしめる。
 指先が乳首を弄び、悦感の刺激を得る度に、ドクドクと魔法力を絞り出す。
 俺の喉から嬌声が迸る。
 両脚で彼の肉体を絡め捕る。
 彼の肉棒が更に奥まで突き込まれる。
 奥の壁に先端が触れる。
 再び歓声を上げる。
 膣の中で彼の肉棒が膨らむ。
 そして、彼の精が解き放たれる。
 俺は意識して、彼の肉棒を絞りあげた。
 最後の一滴まで余さぬように吸い上げる。
「よかったよ。」
 彼の声が耳元で聞こえた。
 俺から離れると、既に眠りに就いていた。
 
 
 
 
「そろそろ潮時かな?」
 ある夜、彼がそう言った。
「まだ、討伐の任務が終わったわけではないが、後はもう我々だけでやっていけると思う。」
「どういう事なのですか?」
「お前を元の世界に還えそうと思う。長い間ありがとう。」
「もう良いのですか?」
「形の上では、ジンが元の世界に帰り、その後はアイヒル一人でやっていくことになる。」
「あなたも『アイヒル』に戻られるので?」
「あぁ。あまり『アイヒル』をやる自信もないのだがな♪」
「ではいつ?」
「これから。もうあちらの仁には連絡してある。向こうに戻ってからは仁にいろいろ聞くと良い。」
「はい。」
 それから、最後の魔法力転送の儀式を行い、返還の魔法が行われた。
 俺は心地好いまどろみの中で、アイヒルの世界に別れを告げた。
 
 
「…ダイゴ…大悟…」
 女の声に起こされた。
 懐かしいアイヒルの声だ。
 目を開ける。
 調度類に変化はあるものの、そこは仁の部屋に違いなかった。
 俺はクッションのようなものに包まれるように座らされていた。
「これから成長魔法が発動する。お前は今はまだ1才にも満たない赤ん坊だ。これを18才まで成長させる。慌てずにじっとしているんだ。」
 ミシミシと音を立てて骨格が成長してゆく。
 華奢ではあるが、一人前の手足が揃う。
 視界が広がり、視線の位置が仁と同じになる。
 
 俺と同様に、仁にもまた魔法による変化が現れてきた。
 髪の毛が黒くなり、素肌も浅黒くなる。
 胸の膨らみは消え、身長が伸びるに従い、着ていた服が千切れ跳ぶ。
『土方仁』がそこに蘇った。
 
 肉体の変化が収まり、魔法力の気配が消えていった。
「大悟。お帰り。」
 それは土方仁そのものだった。
「仁!!」
 と言って、俺は途方に暮れた。
 俺の発した声は『俺』のものではなかった。
 それは、アイヒルのような『女』の声だった。
 見下ろすと、アイヒルと同じ胸の膨らみがあった。
「これは俺も危惧していたのだ。アイヒルは帰還時に元に戻る可能性もあるとは言っていたが、無理だったようだ。」
「どういう事だ?」
「俺が産んだのは女の子だった。本来は大悟の遺伝子だけで生まれるので、大悟のクローンが作られる筈なのだ。が、どこかに異常があり、生まれてきたのは女の子だった。」
「どうにかならないのか?」
「どうにもならないらしい。既にこちらの世界では近藤大悟という男は存在しないことになっている。お前の為に、アイヒルは2通りの戸籍を用意しておいてくれた。もちろん、魔法を使ってだがね。それがこれだ。」
 と、床の上に二通の封書が置かれた。
 その一つを取り上げると、仁は無造作に引き裂いた。
「ど、どうして?」
「これは、大悟が男に戻れたときに使う予定だったものだ。残った方がお前のだ。」
 俺はそれを手に取ってみた。
「開けてみろよ。」
 仁が促す。
 俺は封を開いた。
 
「良い名前だろう?」
「それよりも、何で俺がお前の『妻』なんだ?」
「『土方 愛』。愛はアイヒルから取ったそうだ。」
「お前、聞いていないな?」
「そんな事はないよ『愛』♪ 身寄りの無いか弱い女の子が独りで生きていける程にはこの世界は甘くはない。」
「それは、…そうだろうけど…」
「それよりも、新しい『自分』を見てきたらどうだ?」
 俺は部屋の隅に置いてあった姿見に自分の姿を映した。
 アイヒルの髪を黒くし、そのまま日本人にしたような感じだ。
 顔を良く見ると、確かに俺自身の面影も残っている。
「服はアイヒルのがあるから、それを使えば良い。」
 そう言われて、自分が全裸である事に思い至った。
 
 クローゼットには俺がアイヒルに買ってやった服以外にも様々な服が揃っていた。
 アイヒルがこちらに来た時に買ったものや、仁がアイヒルだった時に揃えたものなのだろう。
「お前も向こうでは『アイヒル』をやっていたのだろう?だが、こちらで『女』をやるにはまだ、いろいろ知っておかないといけない事がある。向こうでは化粧など殆どした事がないだろう?俺がじっくりと教えてやるから安心しろ。」
 仁が後ろから俺を抱き締めて言った。
「俺は出産だって経験しているんだ。安心して俺に任せれば良い。」
「だからと言って、俺がお前の…」
「気にする事はない。そのうち俺なしでは生きていられなくなるさ。」
 そう言って俺を押し倒す。
「あっ♪」
 敏感な所に触れられ、俺は甘い声を上げてしまった。
「『アイヒル』で充分に開発されているのだろう?」
 俺の意思ではどうにも肉体の反応を抑えきれない。
「けれど、お前は生娘だ。その身体はまだ『男』を知らない。」
「な、何をする気だ?」
「判っているだろう?お前の処女をもらう。」
「やめろ!!」
「大丈夫。直ぐに良くなる。俺も女の身体の事は良く知っているからな♪」
 仁は言葉通り、その手技で瞬く間に俺を官能の渦に引きずり込んでいった。
「あ、、あぁ… 仁…」
 俺の肉体は仁を欲し始めていた。
 俺は悶え、喘ぎ、悦感に揺さぶられた。
「愛…」
 仁の唇が俺の唇を塞ぐ。
「mmm…」
 舌が絡み合い、唾液が喉に滴る。
 彼の舌がそれを追うように喉を這い降りる。
 胸の谷間を舌先がくすぐる。
 臍の穴をほじくり、恥丘を越え…
 俺の濡れ切ったクレバスに潜り込んでいった。
「あ、あ〜〜〜♪」
 仁は舌先で俺の愛液を掬いあげた。
「準備は良いようだな。」
 俺は脚を抱えられた。
「いくぞ。」
 仁は下半身を押しつけてきた。
 熱い塊が押し入ってくる。
(痛!!)
 それは今まで感じた事のなかった痛みだった。
 これが破瓜の痛みなのだろうか?
 仁の太い肉棒がゆっくりと挿入される。
 やがて、痛みが和らいでくる。
 奥まで挿入すると、仁はそこで動きを止めた。
 俺の胎内に仁を感じている。
 安らかな気持ちが訪れる。
「あぁ、仁…」
 ゆっくりと、仁は腰を動かした。
 挿抜するのではなく、円を描くように刺激を与える。
「あ、あっ、あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
 たったそれだけで、俺はイッてしまった。
 
 
 
「愛…」
 仁が優しく声を掛けてくる。
 俺は自分に言い聞かせた。
 もう『近藤大悟』という男はいないのだ。と…
 俺は『愛』という立場で新しい人生を見出すしかないのだ。と…
 
 それに、俺の側にはいつも仁がいる。
 『親友』よりも固い絆で結ばれた俺のパートナーだ。
 もしかすると、俺は以前からこうなる事を望んでいたのではないのだろうか?
 アイヒルはそんな俺の望を叶えてくれたのだ。
 
 『大悟』はもういない。
 いや、『大悟』という男など元々存在しなかったのだ。
 俺は『土方 愛』。
 仁を愛する、ただの『女』なのだ…
 
 
 

−了−


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