祟り



(温泉に行きたい!!)
 唐突に思い立って俺は特急電車に飛び乗っていた。
 幸いにも仕事は暇だったので、電車の中から会社に休みの連絡を入れれば、後は土・日曜そして月曜の旗日で4連休が取れる。
 車内販売の缶ビールを手に座席に戻った。
 流石に平日の朝の下りの特急の車内は閑散としている。
 幾人まのビジネスマンが鞄から書類を取り出しているのを横目に、俺は缶ビールのプルトップを上げた。
 まだビルの立ち並ぶ車窓。
 すれ違う上りの電車はみな通勤通学客ですし詰め状態だ。
 2本目が空く頃に、ようやく住宅地の合間に畑や田んぼが見えてきた。
 太陽は朝日から日中のお日様に変わっていった。
 
 昼少し前に電車から降りた。
 駅の看板には温泉旅館やホテルの案内が連なっている。
 駅前ロータリーにはホテルのロゴが入ったマイクロバスが停まっていた。
 商店街はみやげ物屋に席巻されている。
 駅のコインロッカーに手荷物を預け、手近な食堂で腹ごしらえをしてから辺りの散策に出た。
 やはり田舎の町だった。駅前の賑わいはキャンディーの包み紙の薄さしかない。直ぐに田畑が広がっている。
 特に地図を見た訳ではないが、少し先にこんもりとした杜があった。
 朱色の鳥居のようなものが見えた。
 取り敢えずの目的地をそこに決め、畑の中の真っ直ぐな道を歩いていった。
 
 そこは何の変哲もない稲荷神社だった。
 これといった看板も、由緒書きもない。
 もっとも、ここは「取り敢えず」の目的地でしかない。
 ここと駅をランドマークに記憶しておけば、迷うことはないだろうという考えだ。
 俺はこれまでの舗装された道から、畑の中の脇道に入っていった。
 
 お日様の下、暫くぶりに「自然」に触れ合った。
 草木の臭い、土の臭いが空気の中に溶け込んでいる。
 太陽の温かさを感じる。
 風の音を聴きながら、畦道を進んでいった。
 
 と、不意に尿意を覚えた。
 電車の中で呑んでいたビールが効いたようだ。
 散策の前にトイレに行かなかったのを悔やんだが、今更の事である。
 幸いにも辺りに人影はない。
 とはいっても辺り構わずにする事ははばかられた。
 少し先に木立と叢があった。
 早足になりながら、そこに向かう。
 もう一度辺りを見て、誰もいない事を確認してからチャックを降ろした。
 
「ふぅ♪」
 膀胱の中が空になった快感に声が漏れた。
 が、俺はココで大事な事を見落としていた……
 
 
 
 
 
 
 俺は豪華な晩飯を平らげ、温泉に浸かり、晩酌にほろ酔い気分で布団に潜り込んでいた。
 その耳元で男の声がした。
「いい気になっているなよ。」
(?)
「お前は自分が何をしたのか判っていないな?」
 
 ふと、声のする方を向くと、そこにお地蔵さんが立っていた。
 あの、石で出来た「お地蔵さん」だ。
 お地蔵さんは何故か濡れていた。
 頭から水を掛けられたようだ。
 そして、ぷ〜んと微かなアンモニア臭がした。
 俺は嫌な予感がした。
 
 お地蔵さんは言葉を続けた。
「神仏を蔑ろにする輩には、神罰・仏罰が下るものと心得よ。」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺が何をしたっていうんだ?」
「判っているのに知らぬ振りとは尚許さん。」
 嫌な予感とは当たるものだ。
「わ、悪かった。謝る。許してくれ。」
 俺は必死で謝った。
 が、
「もう遅い。」
 お地蔵さんを中心に部屋の中が光に包まれた……
 
 
 
 
 
 
 窓から朝日が差し込んでいた。
 アタシは早速温泉に浸かりに部屋を出た。
 『女湯』ののれんをくぐり、脱衣籠を確保した。
 他には誰もいないようだ。
 貸し切り状態でアタシは湯船に身体を沈めた。
 胸の谷間に白濁した湯面が波を立てる…
(???)
 何か違和感があった。
 何だろう?
 アタシは…  …俺は「男」だ!!!!!!!
 
 胸に谷間などなかった筈だ。
 しかし、目の前には2つの肉塊が浮かんでいる。
 白濁したお湯でその下を確認する事は出来ないが、手を伸ばすとソコにあるべきモノは無かった。
 手のひらがピタリと股間を被う。
 指先が割れ目に嵌まる。
 さらに、めり込んでゆくと、温かい胎内に到達する。
 その感触を指先から、そして俺自身の下半身から同時に感じていた。
 
 俺は湯船を飛び出していた。
 身体を拭くのもそこそこに浴衣を羽織る。
 部屋に向かって廊下を疾駆すると、胸の肉塊が上下に弾む。
 
 俺はそのまま布団の中に潜り込んだ。
 心臓がドキドキ言っている。
 頭の中が真っ白になっている。
 布団の中の暗闇で何も見えない筈だ。
 何もない、何もない…
 俺は念仏のように繰り返していた。
 
 
 
 
「ごめん下さい。朝ご飯は如何いたしますか?」
 仲居さんが襖の向こうから声を掛けた。
「広間にご用意できておりますが、お部屋で御召あがりになられますか?」
 返事をしない訳にもいかない。
「い、いりません。」
 そう言った俺の声は、「俺」のモノではなかった。
「お客さま?」
 仲居さんが再び声を掛けた。
「あぁ、しょんべん地蔵さんにオシッコを掛けてしまったんですね?
 よくある事ですから、あまりお気になさらないでヨカですよ。
 それよりも朝ご飯は食べないと良くありませんから、こちらに支度させていただきますね。」
 そう言って、仲居さんが出ていってしばらくすると、先程の仲居さんともう一人の人が現れた。
「女将でございます。この度は難儀されている事でございましょうが、お地蔵さんの祟りも2〜3日の事でございます。それまでは、その姿でお楽しみされては如何でしょうか。」
「2〜3日?」
 俺は聞き返していた。
「元に戻れるんですか?」
「ちょいと失礼いたしますよ。」
 そう言って女将は襖を開けて中に入ってきた。
「はい、皆さん2〜3日で元にお戻りになられていますよ。」
「そ、そうなんですか。」
 俺はほっとして布団を剥いだ。
「それまでは、お風呂は女湯を利用して頂くことになるのですが、ひとつだけお願いがあるのです。こちらには他にもお客さんがおりまして、その男ものの浴衣のまま女湯にいかれては皆様が不審がります。そこで、こちらに用意した浴衣に替えていただきたいのです。」
「あぁ、そうなんですか。」
「では、よろしいですか?」
 女将は俺を立ち上がらせると、今まで着ていた浴衣を剥ぎ取り、持って来た浴衣をてきぱきと付けていった。
 俺は何も下着を付けないで浴衣を着ていたことを思い出した時には、既に幅広の帯を締められていた。
 恥ずかしさを覚える暇もなかった。
「さぁ、できましたよ。」
 鏡に映し出された俺は、どこから見ても「女」だった。
 如何にも女性向けのデザインの浴衣を纏っている。
 帯は後ろで可愛らしく結ばれていた。
「これでは俺には一度脱いだら二度と着られませんよ。」
「大丈夫ですよ、呼んでいただければ直ぐに着付けに伺います。」
「そ、そうですか…」
 女将に押し切られ、俺はこの姿でしばらく過ごす事になってしまった。
「後で、下着類もお持ちしましょうね♪」
 
 女将と仲居さんが立ち去った後には、布団が片づけられ、朝ご飯が机の上に並べられていた。
 俺は胡座で座ろうとして、まだ開いたままの鏡に自分の姿が映るのを見て、自然と正座に変えていた。
 
 
 
 
 
 
 その日は部屋と風呂を何度か往復するだけで終わってしまった。
 当初の予定では今日か明日のどちらかで、近くを観光しようと考えていたのだ。
 そうなると、観光は「明日」という事になる。
 
 翌朝は仲居さんの声で起こされた。
「お早う御座います。今朝のお食事もこちらでよろしいですね?」
 俺は起き上がると寝間着を脱いだ。
 いい加減慣れてきたが、胸の膨らみが鬱陶しい。
 来た時に着ていた服に着替え始める。
 ズボンは多少ウエストが緩くなったようだが、問題なく穿けた。
 白のTシャツはやはり胸が苦しい。
 女将からブラジャーももらっているが、する気にはなれないので直に着ていると、Tシャツにくっきりと乳首の存在が浮かび上がる。
 そう言えば、昨日一日他のお客の目もあるからとショーツを穿かされていたので、今日も無意識の内に穿いてしまっていた。
 次にワイシャツだ。
 腕の長さが少し短くなったのか、袖口がぶかついた。
 前のボタンを下から閉じてゆく。
 が、胸の辺りで停まってしまった。
 バストが大きくてなかなか嵌まらないのだ。
 右や左、上下と肉塊を変形させてみたのだが、どうにもならない。
 悪戦苦闘していると、仲居さんが食事の支度に現れた。
「あら、今日はお出かけですか?」
 幾度も浴衣の着付けを手伝ってもらっているので、着替えを見られることにも抵抗がなくなっていた。
「そうなんだが、どうにも服がね…」
「それでしたら、私の方で適当に見繕ってまいりますわ。先にお食事の方を済ませておいてくださいな。」
 
 朝食を終え、洗面台で顔を洗っていた。
 髭を剃らなくて良いのは楽だが、喜んでばかりもいられない。
 いつものように髪の毛を分けようとすると、これが女の顔に全然マッチしない。
 髪質も柔らかく、サラサラになっているようでなかなか落ち着かない。
 仕方なく、前に下ろして流した。
(けっこう可愛いじゃん)
 自分の顔を鏡に映してそんな事を思った自分に腹を立てていると、仲居さんが現れた。
「こちらに用意しておきましたので着てみて下さいまし。」
 部屋に戻ると畳まれた服が置かれていた。
 仲居さんは隣で朝食の後片付けをしていた。
 俺は出されたモノを広げてみた。
「スカート?」
「フリーサイズですから大丈夫ですよ。」
「ズボンとかは無いんですか?」
「そう言わずに着てみて下さいな。」
 昨日からの流れで、俺は女将や仲居さんの指示に素直に従うようになってしまっていた。
 言われるままにズボンを脱いだ。
 スカートを穿き、Tシャツを用意された女物の7分袖のTシャツに替えた。
「ブラジャーもした方が良いですよ。」
 その指摘にもう一度Tシャツを脱いだ。
 背中のホックに苦戦していると、仲居さんが手伝ってくれた。
 さらにストラップの長さを調整すると、肉塊の重さが分散され幾分か楽な気がした。身体を動かしても揺れが少ない。
 が、Tシャツを着直してみると、先程より胸が大きく張り出していた。
「確かに楽にはなりましたけど、余計に胸が大きく見えませんか?」
「良いじゃないですか。男の方は胸が大きい方が好きなんでしょう?」
「それは女のコの方で、自分の胸が大きくても仕方ありません。」
 ジャケットを羽織ると、最後にショーツとパンストが残っていた。
「ショーツは既に穿いてらっしゃるから、あとはストッキングだけね。丸めて爪先から伸ばして下さいね。爪等を引っかけないように注意してくださいね。」
 スカートを捲くってパンストを引き上げる。
 情けない格好であるが、「もうどうにでもなれ」という気分だった。
「じゃあ、こっちに座って。」
 仲居さんに鏡の前に座らされる。
「女の人がおもてに出るのに素面ではね。」
 テキパキと化粧が施される。
 眉毛が整えられ、口紅が塗られる。
 髪の毛をブラッシングする時に前髪を少し切り揃えられた。
「ちょっとボリュームを付けた方が良いわね。」
 と、鬘ではないが、人造の髪の毛のようなものが頭の上に混ぜ込まれた。
 最後にネックレスが止められ、バッグが渡された。
「男の人はみんなポケットに入れようとしますけど、お財布・ハンカチ・ティッシュなど、みんなこちらに入れてくださいね。」
 俺はクローゼットにつるした背広のポケットからそれらを取り出し、バッグに入れた。バッグには既にいろいろなものが入っていた。女物のハンカチ、化粧ポーチ、…小さな袋の中にはショーツと生理用品まで入っていた。
「大分時間がたってしまいましたわね。直ぐに連絡しますから、暫くお部屋で待っててくださいね。」
 
 俺が自分の姿を鏡に映して眺めていると、仲居さんが呼びに来た。
「ごめんなさいね。観光地へのバスがもうみんな出て行ってしまったので、タクシーを呼んでおきました。いえ、お金は女将さんがもってくださるそうですから…」
 玄関のガラス扉の向こうにはタクシーが停まっていた。
 女将も見送りに来ていた。
 足下には女物の靴が揃えられていた。
「いってらっしゃいませ♪」
 女将と仲居さんに送られ、俺はタクシーに乗り込んだ。
 
 
 
 
 
 
 観光地とは言っても、それほど有名な場所ではない。
 それでも「天気の良い日曜日」だけあって、地元の家族連れなどがちらほらと見かけられた。
「すみません。」
 声を掛けられ振り向くと、若い男が手に持ったカメラを上げた。
「シャッター押してもらえませんか?」
「良いですよ。」
 俺は気軽に引き受けていた。
 男はポジションを決めたようだ。
 俺はシャッターの位置を確認すると、ファインダーを覗いた。
「いきますよ。チーズ!!」
 男はとびきりの笑顔を向けた。
 俺の胸の中でもフラッシュが弾けたようだ。
 男がやってくる。
「お姉さんも一人のようだし、良かったら撮ってあげますよ。」
「カメラ、持ってないから…」
 俺は何故か早くこの場を立ち去らなければならないと感じていたが、その一方でしばらく此処にいたいと想う心が同居していた。
「じゃぁ、僕のカメラで撮りましょう。じゃぁ、そこに立っててくださいね。」
 男は少し離れると、レンズを向けた。
 何の前触れもなくフラッシュが焚かれる。
(えっ?!)
 唖然とする俺。
「あ、その表情良いな。」
 男はアングルを変えながらシャッターを切り続ける。
「はいっ!!ち〜ず!!」
 突然言われ、思わずニッコリしてしまう。
「OK、OK。」
「ちょっと斜め上の方を見てもらえる?」
 俺はもう男の言いなりだった。
 いつの間にか男の持っていたカメラが替わっていた。
 最初にもっていたのは簡単なコンパクトカメラだったのが、今は立派なレンズの付いた一眼レフだ。
 場所を移動しつつ様々なポーズをとらされた。
 いつの間にか人気のない森の中にいた。
 そこだけぽっかりと日溜まりが作られている。
 周りは自然の垣根だった。
 そこで俺は裸になっていた。
 ブラジャーも外している。
 男の指示する声とシャッターの音しか聞こえない。
 男の声がショーツも脱ぐように言っている。
 俺は腰から指を入れ、パンストと一緒に脱ぎ去っていた。
 フラッシュが焚かれる。
 切り株に座らされる。
 両脚を広げ、股間に掌を当てる。
 もう一方の手で片胸を被う。
 首を仰け反らせる。
 男の声に股間が熱くなる。
「そのまま、指を入れちゃって。」
 ジュクジュクと音を発てて指の挿抜が繰り返される。
 俺の股間が濡れていた。
「声も出してくれないかなぁ〜?」
 俺の喉から喘ぎ声が漏れる。
 それはオンナの媚声だった。
 胸の先では乳首が硬くなっていた。
 無意識のうちにそれを弄んでいる。
 俺は芝の上に横たわっていた。
 男が俺の上に伸し掛かってくる。
 男もまた全裸だった。
 男の手が伸びると、カメラのフラッシュが焚かれる。
 いつの間にかカメラは三脚の上に置かれていた。
 男はリモコンでカメラを操作しているのだ。
 男の股間が奮り勃っている。
 脚が抱え上げられた。
 フラッシュが瞬く。
 男のモノが俺の内に入ってきた。
 頭の中が真っ白に染まった……
 
 
 
 
 
 
 まだ陽は傾いていないが、天中は越えて暫く経っているようだ。
 辺りにはだれもいない。
 俺は全裸で芝の上に寝かされていた。
 股間に不快感が集中している。
 手を伸ばすとどろりとしたものが膣の中から流れ出て来た。
 近くに転がっているバッグの中からティッシュを取り出し、不快なものを全てぬぐい去った。
 散らばった服を集める。
 自分で脱いだので破れたり汚れたりはしていなかった。
 汚れたのは「俺」自身であり、破れたのは「俺」のアイデンティティーだった。
 無言で服を着け始める。
 化粧ポーチの中にあった鏡で奇怪しくないか確認する。
 口紅を塗り直した。
 
 もう一度バッグの中を確認する。
 財布も確認したが、盗られたものはなにもなかった。
 ただ、ポラロイドで撮られた「俺」の淫らな姿が残されていた。
 
 観光もそこそこに俺は宿に戻っていた。
 内風呂で汚れを洗い流し、押し入れから布団を引き出して潜り込んだ。
 まだ陽は高い。
 が、布団の闇の中に俺は隠れた。
 
 俺は泣いていた。
 俺は「女」ではない、「レイプ」される事もない。
 俺は「男」だ、何を泣くことがあるんだ。
 必死に自分に言い聞かせた。
 
 が、
 抱え込んだ腕の中で乳房が押しつぶされている。
 これは「男」の肉体ではない。
 股間には異物の挟まった不快感が残っている。
 「女」にしか判らない感覚だ。
 何もかもが否定される。
 
 俺は泣いていた。
 泣きながら、自分が「女」であることを思い知らされた。
 胸に掌を当てる。
 柔らかな弾力がある。
 先端の塊を指で弄ぶ。
 自分が「女」であることを実感させられた。
 股間に手を伸ばす。
 しびれを発する箇所に指を這わせる。
 優しく触れてやると、ジュンと愛液を滲ませる。
 俺は自分が「女」であることを受け入れた。
 
 肉体の緊張を解く。
 ゆっくりと手足を伸ばす。
 深呼吸をして、息を整える。
 そして、身体を横に向け、すこし屈んだ姿勢で股間に指を伸ばす。
「あん♪」
 敏感な所に指が触れた。
 しかし、それは単なる痛みではない。
 ゆっくりと快感に変化してゆく。
 これが「オンナ」の悦感なのだ。
 俺はゆっくりと指を前後させた。
 指の腹が敏感な所を撫で上げる。
「あっ、あ… ん… あ〜ん♪」
 俺は泣きながら快感の渦に呑み込まれていった…
 
 
 
 
 
 どうやら夕食も採らずに眠ってしまったらしい。
 時計の日付はもう月曜日の朝を告げていた。
 まだ外は暗い。
 女将は2〜3日で元の姿に戻るといっていた。
 今日で3日目だ。この姿も今日1日限りだ。
 仲居さんを呼んで浴衣に着替えるのも鬱陶しかったので、昨日来ていたTシャツとスカートにした。
 『女湯』ののれんをくぐる。
 他には誰もいないようだ。
 貸し切り状態で湯船に身体を沈めた。
 胸の谷間に白濁した湯面が波を立てる…
 
 俺は湯船の中で、自分の肉体を思い切り堪能した。
 脱衣場に戻ると、壁一面の大きな鏡に映してみる。
 バスタオルを扱う仕種も女らしさが板に付いてきたようだ、
 下着を着ける。
 もうブラジャーも一人で着けられるようになっていた。
 バストメイクもしっかりやると、男心をそそる谷間が出来上がる。
 Tシャツにスカートを穿いて、鏡の前で口紅だけ付けてみた。
 やはり「女」として観られる事を意識してしまう。
 
 部屋に戻ると朝食の支度が出来ていた。
「あと1日ですね。」
「今日は男の身体で帰りたかったですがね。」
「けど、夕べはじっくり堪能したんでしょう?」
 ぽっと頬が紅くなった。
「そうそう、女将さんから伝言です。よろしければ、今日用意したお着替えと今来ているお洋服は差し上げます。との事です。」
「良いんですか?まぁ、着て来た服が着られないんでどうしようかとは思っていたんですが。」
「気にしないで下さいまし。」
「それでは、最期に一風呂浴びたら帰ろうと思います。」
 
 女将の用意してくれた着替えはデニム地のワンピースと花柄のブラウスだった。
 着て来た服は紙袋に入れた。
 カーディガンを羽織り、バッグを腕に掛けて支度を終えた。
 玄関では女将と仲居さんが揃って待っていてくれた。
「ありがとうございました。こんなに頂いて申し訳ありません。」
「良いのよ。これが貴女にとって『良い思い出』になってくれれば申し分ありませんわ。」
「『良い思い出』…ですか…」
「そうよね。普通なら出来ない事もいろいろ体験できたでしょう?」
 仲居さんが夕べの事を言っているのだとは薄々感じていた。
「そうですね。『良い思い出』として心の片隅にでも仕舞っておきましょうか。」
 
 俺は宿を後にした。
 来た道をゆっくりと戻ってゆく。
 駅に着いて電車の時間を確認すると、俺はコインロッカーに荷物を預けてアノ木立に向かって行った。
 
 木の根元の叢の中にそのお地蔵さんは佇んでいた。
 小振りのお地蔵さんは叢にすっぽりと被われていて、よく見なければ気がつく筈もない。
 俺はお地蔵さんの前にしゃがみ、手を合わせた。
(祟りとか、仏罰とか言っていたけど、結構面白い体験を味合わせてもらったよ)
 そこへ冷たい風が吹き抜けていった。
 お腹が冷えて、尿意を催した。
(悪い。あんたには掛けないようにするからな。)
 俺は辺りに人影がない事を確認して、ショーツを下ろした。
 流石に立ちションは出来ないので、スカートを捲くってしゃがみ込んだ。
 座ってみれば、お地蔵さんがいる事に気がつくようだ。
(だから俺を女にしたのかな?)
 そんな事を考えながら、尿道の緊張を解くと股間に小水が迸った。
 
「ふぅ♪」
 膀胱の中が空になった快感に声が漏れた。
 ティッシュで汚れを拭い、身なりを整えた後でもう一度お地蔵さんに手を合わせた。
 駅に戻り、電車にゆられ、俺は『日常』に戻っていった。
 
 が、ココでもう一つの見落としがあった。
 叢の中にはさらに小さいお地蔵さんがいたのだ。
 今日の小水は、まともにそのお地蔵さんに掛かっていた。
 
 夜。お地蔵さんは、俺を訪ねて都会に出て行った…
                 (でもそれは、また別のお話で)
 
 

−了−


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