竜狩人(Dragon Hunter)



 その地球(ほし)には竜がいた。
 竜は数十年の周期で各地に現れ、田畑を荒らし家畜を食らう。
 竜は害獣であった。時には人家を潰し人間を襲う。
 竜は竜槍と呼ばれる特殊な武器で急所を貫かねば退治できない。
 そこで、この地球には竜退治を専門とする竜狩人がいた。
 数十年毎に現れるとはいっても、その地方での事である。広い地球の上では常にかなりの竜が暴れまわっている。竜狩人は竜を追って旅をし、退治すれば被害にあった村から報酬をもらって生活している。
 
 酒場の扉を開け、独りの男が入ってきた。
 手に竜槍を抱えている。
 竜狩人だった。
 
「すまないが、部屋はあるか?十日程逗留したいのだが。」
 男はカウンターの奥の亭主に聞いた。
「仕事は終わったのかね?」
「あぁ。小っこい奴だったがね。しばらく骨休みしたい。」
 この竜狩人は竜退治を終えてきたところらしい。即ち「金を持っている」という事だ。亭主は直ぐに決断した。
「二階の一番奥が空いている。」
「ありがとう。」
 男は亭主にチップを渡し、店の奥に消えていった。
 
 
「ふぅ」
 一息溜息をついてベッドの上に横たわった。
 竜槍を床に置き、私は空いた掌を脇腹にやった。
 そこには私が九死に一生を得た跡がある。
 竜の形をした痣が疼いていた。
「限界か…」
 私は張りつめていた気を解いた。
 眠気が襲ってくる。
 私はこの痣の由来に想いを馳せた。
 
 
 私は竜狩人として十年近くなっていた。僅かではあるが名前も知られるようになっていた。普段は独りで小物の竜を退治していたが、時には大物退治のチームに呼ばれる事もある。
 そして、ガルラ地方の竜退治のチームに参加した時の事だった。
 チームは私を入れて5人。竜狩人が4人と魔術師が1人。
 魔術師は直接に竜を退治する事は出来ないが、待ち伏せの為の結界を張ったり、竜の攻撃魔法を防いだり(大物の中には魔法が使える奴もいる)、怪我の治療等を行ったりと、この程度のチームでは欠かせないメンバーである。
 先鋒はリーダーのバクチス、右サイドを長身のファラン、左が私・リューイ、背面に魔術師のジンとともに剛腕のバグラ、という布陣が引かれた。
 ガルラの竜は数カ月に渡って暴れまわり、巨大に成長していた。
 今だ魔法が使えるまでには至っていないが、その巨体から繰り出される攻撃はどんなものであれ、まともに受ければ致命傷となる。
 ジンの魔法で気付かれずに奴の周りに陣取る事が出来た。
 あとはタイミングを合わせて、一気に攻撃するだけだった。
 その時、天上に雲が被さってきた。漆黒の雲は雨を予感させる。雨で泥濘めば我々には大きな不利となる。バクチスは焦っていた。
 予定していた刻を待たずに攻撃開始の合図を出した。
 それはそれで良くある事ではあるが、皆が黒雲に気を取られていたせいか、突入のタイミングにズレが生じてしまった。
 ファランのフェイントが見切られた。
 私は突入のタイミングを失った。
 バクチスの身体が宙に舞う。
 ジンがその後を追う。
 バグラがジンを守る。
 強烈な尻尾の攻撃がバグラを襲う。
 私は飛び出していた。
 尾の付け根に竜槍を突き立てるとバグラへの攻撃が鈍る。
 ファランが正面に回り竜と対峙する。
 バクチスが起き上がった。
 体制を建て直そうと号令を掛けた。
 が、既に時を逸していた。
 ファランが叫ぶ。
 彼の身体が竜の口に呑み込まれていった。
 バグラが突っ込む。
 バクチスが制止する。
 その上に竜の巨体が伸し掛かる。
 竜が怯む。
 私は竜槍を持ち直した。
 背後から竜に迫る。
 巨体の下から二人の竜狩人の姿が現れた。
 バクチスは動けるようだが、バグラは不明だ。
 再度尾の付け根を攻撃する。
 尻尾が千切れ飛んだ。
 竜はバランスを失う。
「左胸だ!!」
 バクチスが叫ぶ。
 それがこいつの急所だ。
「ジン!!飛ばしてくれ!!」
 ジンが呪文を唱えると私の身体は竜の上に飛んでいた。
 バクチスがジンを守る。
 暴れまわる巨体と千切れた尾が幾度となく襲いかかる。
 私は竜の首に取りついた。
 竜槍を狙い定める。
 
 ピカリ
 
 稲妻が空を走る。
 バクチスの身体が再び宙に舞った。
 千切れた尾が最後の一仕事を終え沈黙した。
 
 再び稲光が空を圧する。
 竜の腕が私に襲い掛かってくる。
 それをすり抜けるようにして身を躍らせた。
「リューイ!!」
 ジンの叫びを理解した。
 竜の攻撃はフェイントだった。
 奴の爪が目前にあった。
 しかし、攻撃を止める訳にはいかない。
 これが最初で最後のチャンスだ。
 私は竜槍を竜の胸に突き立てた。
 脇腹を衝撃が走る。
 竜が咆哮する。
 雨が降り始めていた…
 
 
 
 気が付くと辺りは雨音に圧されていた。
「気が付いたか?」
 ジンだった。
「竜は?」
「大丈夫。」
 そう言って紅く輝く竜玉を掲げた。
 竜玉は竜の心臓の中に出来る真珠のようなもので、これが竜を倒した証となる。
 その大きさ・輝きが竜の大きさ・強さを示している。
 ジンのような魔術師が見れば、何時・どのようにして倒されたかまで観透す事ができる。
「きみの竜槍も回収しておいた。」
「皆は?」
「だめだった。そして、このままでいけば君も皆の後を追う事になる。」
「そうか…」
 私は目を閉じた。
「けど、助かる方法がない事はない。」
「?!」
「君さえ良ければ試してみる価値はある。ボクの流派に伝わる奥義に竜玉を使った協力な治癒魔法がある。これだけの竜玉があれば可能だと思う。」
「出来るのか?」
「五分五分だな。そして、この術により竜玉は失われる。我々はただ働きした事になる。」
「それでも命があれば何も言わない。それよりジンは良いのか?」
「この術を使う事でボクの経験値が上がればそれで良いさ。」
「じゃあ、やってくれ。」
「あと、もう一つ。この術でどんな副作用がでるかは見当がつかない。それでもやるかい?」
「全ては了承している。ぐだぐだ言ってないでさっさとやってくれ。」
「判った。」
 そして、ジンの呪文の声が私の身体を包み込んでいった…
 
 
 
 私はジンの奥義で一命を取り留めたどころか、完全に回復していた。
「副作用を確認するまでは」
 と、しばらくは二人で旅をする事になった。
 ガルラの竜の報酬が得られなかったので、貧しい旅となった。
 ある宿で竜の話を聞いた。
 かなり後戻りする村なので、いつもなら見向きもしない小物の竜退治の話ではあったが直ぐに飛びついた。
「一気に方を付けるぞ。」
 私はジンの結界に守られて竜に近づいた。
 一目で急所も判った。
 竜槍を振り上げ、振り下ろした。
 それで終わりだった。
「魔術師と一緒だとすごい楽だな。」
「けど、この程度の竜だと二人分の食扶持には心許ないね。」
「贅沢は言わないよ。」
 私は竜を捌いて竜玉を取り出した。
 近くの川で竜玉の汚れを流すと共に、竜の血まみれの自分の身体も洗った。
「裸になると目立つね。」
 ジンが指したのは私の脇腹にある竜の形をした痣だ。
 あの術の結果としてこの痣だけが残っていた。
「気にしない、気にしない。」
 そうは言ったものの、痣が疼きだしてきた。
 村に戻り、宿に付いた頃には疼きを隠しきれなかった。
「竜玉の換金はボクがやってくるよ。」
 そう言ってジンは私をベッドに押し込んだ。
 ベッドに身を横たえると張りつめていた気がほぐれていった。
 
 
 目覚めたのは朝だった。
「おはよう。」
 既にジンは起きていて、部屋のテーブルに朝食を用意していた。
「おはよう。」
 私は答えた。が、何か違和感が付きまとう。
「身体は?」
「特に問題はない。夕べの疼きも消えている。」
「そうですか…」
 ジンの顔が深刻そうだ。
「実は、きみの身体に副作用が現れています。」
「?」
 ジンが鏡を差し出した。
「この副作用は獣人化の類と考えられます。竜退治で竜の血を浴びる事で発動すると言われています。2〜3日すれば元に戻ります。」
 私は鏡を覗き込んだ。
 そこに「私」の顔はなかった。
 鏡の向こうから若い女がこちらを見ていた。
「先ずは着替えて、腹ごしらえをしましょう。」
 そう言って綺麗に畳まれた衣服を差し出した。
「これは私のものではないな。」
 耳に届く声もいつもと違っている。
「はい。夕べのうちに揃えておきました。」
 広げるとソレは案の定「女」の衣服だった。
「手伝いましょうか?」
 ジンの申し出を断り、私はシーツを身体に巻いてベッドを後にした。
「部屋の中ではソレでも良いですけれど、表には出られませんよ。それとも、元に戻るまでずっとこの部屋に籠もる気ですか?」
 私はジンの言葉を聞き流し、朝食を口に運んでいった。
 
 
 身体が熱かった。
 夜中に何度となく目が覚める。
 いつもなら二人で寝ていたベッドを私に預け、ジンはソファに寝ていた。
 私の身体は「何か」を欲していた。
 するりとベッドから降り立つ。
 若い女の裸体が星明かりに浮かんでいた。
(乳首が勃っている?)
 私は憑かれたようにジンの眠るソファに歩み寄っていった。
 ジンは静かに寝息を発てていた。
 毛布を剥ぐと下着姿が露となる。
 私は傍らに跪き、その股間に掌を合わせていた。
 布越しに彼自身を認めた。
 優しく押し包むと反応を始めた。
 大きく、硬くなってゆく。
 股間のボタンを外す。
 彼が現れた。
 股間に顔を近づける。
 唇が触れた。
 
 ジュン!!
 
 私の胎内で何かが弾けた。
 ゆっくりと降下してゆく。
 口腔内に彼が侵入してくる。
 雫が私の内股を這い降りていった。
 
 舌を絡める。
 股間が疼く。
 大きく吸い込む。
 蜜が溢れる。
 頭を上下させる。
 熱くなった。
 
「ううっ」
 ジンの呻き声に我に返った。
 慌てて股間から顔を放す。
「リューイ?」
 ジンが薄目を開けていた。
「す、すまない。私はどうかしていたようだ。」
 ベッドに戻る私をジンは起き上がり抱き止めた。
「あんっ」
 女のような喘ぎ声が私の喉を衝いて出た。
「たぶん、これも副作用の一つだよ。我慢は心身供に悪影響を与える。」
 ジンはそのまま私をベッドに押し倒した。
「ほら。きみの身体は欲しているんだ。」
 そう言って内股に溢れた雫を掬い取った。
 彼の愛撫に私はうち震えた。
 女の声で喘ぐ。
 媚声をあげる。
 快感が身体中を巡っていった。
 そして、脚を抱えられ、彼を迎えた。
 幾度かの絶頂の後、わたしは彼の迸りを胎内に受け止めた…
 
 
 
 再び朝が巡ってきた。
 わたしはジンが用意してくれた衣服を身に着けていた。
 部屋ではなく、食堂で食事を採る。
 男達の視線が注がれているのを感じる。
 化粧をして表に出る。
 青空と大地、草木を新鮮に感じ取った。
「明日になれば元に戻ります。」
 わたしはジンの顔を見上げた。
 女になった事で背丈も変化していた。
「きみと一緒にいるのは術の副作用を見極めてからと決めていました。」
 ジンはわたしの手を握った。
「ボクは竜退治を続けます。きみがどうするかは、きみ次第です。しかし、このような副作用を抱えていては竜狩人を続けるにしても、大物を狙う事は不可能に近いでしょう。かといって小物ばかりではひとりでやっていくのが精一杯です。」
 彼はわたしの手の甲に接吻をした。
「ですから、ボクはきみと一緒にはいられないのです。」
 振り返ったジンをわたしは呼び止めた。
「待って。」
 飛び上がるようにして彼の首に腕を廻した。
 わたし達は深い接吻を交わした。
 そしてジンはわたしの前から姿を消した…
 
 
 私は竜狩人を続けた。
 しかし、ジンと再会する事は二度となかった。
 
 回想が終わる。
 私はベッドから身を起こした。
 荷物の奥から取り出した包みを開く。
 慣れた手で女の衣服を身に着け、化粧を施す。
 
 やがて、もう一つの副作用が現れてくる。
 子宮が疼いている。
 今日の獲物(男)を探しにわたしは街に出ていった。
 
 わたしは竜狩人…
 
 
 

−了−


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