白い煙の中で、僕はふたたび「女」に変わっていった。
僅かに膨らんだだけのバストではあったが、乳首がTシャツに擦れ微かな痛みを訴えている。股間に手を当てると、そこにあった筈のモノが無くなっている。
やがて白い煙は消えていった。
鏡を覗くと、そこには確かに僕自身が写っていた。が、体型の違いからか、顔や背丈は変わらないものの、そこに写る姿は「彼氏の服を着た女のコ」としか見えなかった。
ふと足元を見ると、記念品として送られて来た女物の服が散らばっていた。
その一番手前にブラジャーがあった。
僕は乳首の訴えに気がついた。
好奇心が疼いていた。
僕はブラジャーを付けてみた。
ブラジャーは僕の胸を締めつけると、僅かにしか膨らんでいなかた筈のバストではあったが、僕の胸にしっかりと谷間を作っていた。
脇腹の肉をかき集めるようにカップの中に押し込めると、そこには一人前の「女の胸」が出来上がっていた。
次に、ズボンを下ろした。
確かにそこには何も無く、淡い茂みがあるだけだった。
ブラと同色のショーツを穿いた。
そこには「女の下半身」が出来上がっていた。
試しにワンピースを着てみた。
身体のラインが強調される。
どこから見ても、僕は「女のコ」だった。
鏡を見て、フゥとため息をついた。
(これからどうなるんだろう)
僕の頭を不安が横切る… と、同時に、
くぅ〜
と、お腹が可愛らしい音を立てた。
(お腹の中まで女のコしているのか)
生理的欲求を我慢する事は難しいし、身体にも良くない。
とは言ってもワンピースのまま外に出るのは恥ずかしかった。とは言っても、男物の服を着れば「彼氏の服を着た女のコ」としか見えず不自然である。
「記念品」の中を捜すと、女物のジーンズとトレーナが見つかった。
なんとか格好を付け、「記念品」の中にあったポシェットに財布を入れ、これも「記念品」の中にあったサンダルを履いて、僕はアパートを後にした。
最初は「牛丼屋」で済まそうと思っていたが、気がつくと洒落た洋食屋でパスタを目の前にしていた。
(なんか嗜好まで女性化しているのかなぁ?)
などと、デザートに出されたケーキを美味しく食べながら窓に写る自分の姿を見て、自分が女のコである事を実感した。
量の割りに空腹は満たされていた。女になって胃袋も小さくなったのだろう。
勘定を済ませ街中を歩いていると、確かに嗜好が変わっている事に気付かされた。
歩みを進める度に、ショーウィンドウに気が行っているのだ。正確にはショーウィンドウの中に飾られた服やアクセサリーだ。もちろん男物ではない。
街を往く女のコを見かけても、彼女の顔ではなく、そのファッションと着こなしに注意がいっている。「可愛い」とか「美人」とか思う前に「彼女の着ている服ははたして自分に似合うだろうか?」と思っている。
更に、熱々のカップルを見た時、
その女のコの位置に自分が居て、彼氏の腕に自分の腕を絡めている姿を想像していたのだ!!
(何だか、どんどん女性化が進行している?)
危機感を感じた僕は、大急ぎでアパートにとって返した。
部屋に戻ると直ぐに服を脱ぎ、送られて来た物をダンボールに戻すと押し入れの奥に仕舞い込んだ。
自分の=男の服に着替えた。
違和感はあるものの、自分の「男」としてのアイデンティティを保つために我慢しながらボタンを止めていった。
外出を避け、「男」のアイデンティティを保つためアダルトビデオとポルノ雑誌に浸かり続けた。
気がつくと耳元に「女」の喘ぎ声が届いてきた。
だが、この部屋には僕以外には誰もいない。
その「声」は僕自身のものだった。
しかし、その声は紛れもなく「女」の喘ぎ声だった。
いつの間にか主客が逆転し、嬲られる「女」の方に同調していたのだ。
股間が濡れている。
僕の指が肉襞に割り込んでいる。
男優が腰を突き出す。
指が挿入される。
「ああぁ」
ビデオの女優と同じ声を上げている。
男優の掌が乳房を鷲掴みする。
僕の胸も絞り上げられる。
「あ〜〜〜〜っ」
嬌声が部屋の中に響く…
ふと気がついてビデオに意識を戻す。
「いかんいかん。僕は男だ。僕は男だ。」
自分自身に暗示を掛ける。
男優に意識を同化させる。
女の脚を開かせる。
股間に指を這わせる。
指先にねっとりと肉襞がまとわりつく。
愛液にまみれたソコは生暖かく、僕の指先を圧し包む。
指先を動かすと、その腹が突起に触れる。
「あぁ!!」
女が喘ぐ。
僕は更にソレを弄んだ。
快感が全身に広がってゆく。
刺激が脳髄を揺さぶる。
「もっと、もっと…」
僕は指を動かし続けた。
「あ〜〜〜〜〜っ」
僕は再び「女」の嬌声を上げていた。
一夜が明けると、僕の身体は元に戻っていた。
カレンダーを見ると印が付いている。
今日はアルバイトの日だった。
慌てて着替えると、なんとか始業時間には間に合った。
「山井君。」
朝礼が終わると、店長に呼び止められた。
「すまなかったね。ようやく君の分の制服が届いたよ。直ぐに着替えて来なさい。」
そう言って、ビニールに包まれた「制服」が渡された。
「制服なら今も着ていますよ。」
「だから申し訳ないと言っているだろう。本来、君に着てもらう制服に在庫がなかったからそれを着てもらっていたんだ。とにかく、着替えてくれたまえ。」
僕は不安を募らせた。
が、店長の命令とあっては従わない訳にはいかない。
更衣室に入り、着ていた制服を脱いで、渡された「制服」の袋を破った。
案の定、それは女子用の制服だった。
白を基調とした揃いのベストとタイトスカート。縁にはピンクの二重線があしらわれている。
そして、女のコの憧れのフリルの沢山付いたエプロン。
ビニール袋の中にはブラウスと、何故か下着一式が一緒に入っていた。
このまま、自分の服に着替えて消えてしまおうかとも思ったが、どこかに店長に対する意地のようなものがあった。
僕は希望された通り、下着から全て「制服」に着替えた。
男の身体のままでの始めての女装である。
添えられていた黒のローファーを履いて更衣室を後にした。
「う〜〜ん。君が着るとこの制服も映えるねぇ。」
僕の姿を見るなり、店長はそう言った。
「じゃあ、そのまま接客の方をたのむよ。」
「ぼ、僕の仕事は裏方の筈でしょう?」
「だから、それは制服ができるまでの一時的な…」
「や、やめさせてもらいます!!」
僕はくるりと回転し、更衣室に戻るとバックに自分の服とスニーカを詰め込み、そのまま駆け出していった。
自分がスカートにエプロンを付けた制服のままであったのに気付いたのは部屋に戻ってしばらくしてからの事だった。
数日後に店からアルバイト代が送られて来た。
添えられたメッセージには「制服は返却の必要はありません」と書かれていた。
その後も、僕の身の回りでは異変が続いた。
女性向けのDMが盛んに送られてくる。
化粧品のセールスマンがやってきては試供品を置いていく。
懸賞に当たっても送られてくるのは女性向きのものばかり。
いつの間にか部屋の中は女性用品で埋めつくされていた。
深夜に地震があった。
大きな横揺れに部屋全体が揺さぶられる。
ガラガラと押し入れの中で物が崩れる音がした。
地震は納まっていた。
僕は再び寝入っていた。
押し入れの中から白い煙が漏れだしているのにも気付かずに…
朝。
カーテンを引き、窓を開けた。
昨夜の地震が嘘のような快晴です。
あたしはカレンダーの印を確認して、にっこりと微笑んでいた。
今日からのアルバイトは女のコの憧れの職場だから…
あたしは、鏡台の鏡越しに可愛い制服を眺めながら手早く顔を整えていった。