成人式



 2月も半ばを過ぎた頃、僕のアパートに荷物が届いた。
 届けられた大判のダンボール箱には「記念品」と記されていた。
 差出人は○×役場…つまり、先日の成人式で聞かされた「記念品」に違いない。
 箱を開くと、その一番上に「御冩眞」と記された封筒が乗っていた。
 中には綺麗に装丁された台紙が入っていた。
 開くと振り袖姿の可愛い娘が写っている。
 「お見合い写真(?)」
 そうでない事を僕は十分に知っていた。
 この娘は…「僕」だった。
 
 
 
 11月に入ったある日、一通の手紙が届いた。
 差出人は○×役場だった。それが父の出身地であることに気がつくまでしばらく時間がかかった。父は子供の頃に村を離れ、それ以降一度も戻っていないと聞いていた。僕もそんな訳で、その村には一度も行った事はなかった。
 手紙には「正月に成人式を行うので是非ご参加下さい。」というような事が書かれていた。
 何故こんな手紙が僕の所に来たかを確かめるには、両親が海外に赴任しているのでわざわざ聞こうとは考えなかった。それよりも、スキーに誘ってくれるような友達もいない僕はこの年末年始を暇にしていた。
 連絡先に電話すると、宿を用意してくれる他、旅費一切を向こうが持ってくれるという事なので、僕はその場でOKしてしまっていた。
 
 送られて来たスケジュール表に従い、僕はローカル線の寂れた駅に降り立った。
 駅舎を出ると「○×役場」と描かれたバンが停まっていた。
 その脇に見るからに「職員」といった格好をし、それとアンバランスなくらい「体育会系」の立派な身体をした男が立っていた。
「山井祐一君だね?」
 
 バンは山道を奥へ奥へと進んで行った。
 その間に男=山部さんは「成人式」について色々と説明してくれた。
 「成人式」自体は村の幹部に自分達が成人した事を報告し、それを祝う宴会みたいなものだと聞かされた。しかし、その前に「成人」の為の儀式があるそうだ。それは村に古くから伝わる風習で、その「儀式」を済まさないと一人前と見做されないらしい。
 殊に、男性は「試験」のようなものがあるらしい。
 「試験」とはいってもペーパーテストではなく、村外れの祠に供え物をするだけの儀礼的なものだそうだ。
 「試験に通らなくても……君ならば大丈夫だよ。」
 山部さんは僕の顔をちらりと見て、そう言った。
 
 
 道はどんどん細くなり、やがて舗装もされていない山道を辿っていた。
 村に着いたのは日もどっぷりと暮れた夜中になってだった。
 宿は村役場の中にあった。ベッドが並んだ仮眠室みたいなものを想像していたが、入ってみると畳の部屋とは別にベッドが置かれた寝室が付いていた。風呂もトイレもあり、更にこれが相部屋ではなく僕一人で使って良いと言われた。温泉は無かったが、部屋に運ばれて来た夕食の御膳は旅館と見紛うばかりの豪華さだった。
 
 儀式までの数日を僕は村の周りを散策して過ごしていた。
 ここには都会の雑踏はなく、のんびりとした時間が流れていた。
 「空を見る」のが久しぶりだったことに気がついた。
 鳥の鳴き声を聴き、風の中に身を置いていると「大自然」と一体となったような気がした。
 山の中の一日は短い。
 冬なので、さらに短くなっていた。
 陽は直ぐに稜線に消え、空を紅く染めたかと思うと、一気に濃紺から漆黒に変化してゆく。
 都会では見られなかった星々が姿を表す。
 銀河と思われる淡い光りの帯さえも確認できた。
 
 明日が儀式の日となった夜、山部さんが僕の部屋に訪れた。
「明日、起きたら風呂に入り身を清めておいて下さい。そして下着は一切付けず、直接これを着て私が来るのを待っていて下さい。」
 そう言って白装束が手渡された。
「朝食はありません。飲むものも水だけにして下さい。」
 そして儀式の内容について説明してくれた。
 朝、村の中央にある神社に参拝し、その後、男子は「試験」を受ける。
 宮司から手渡される蝋燭の火を消さないように村外れの祠に届ける。
 祠の脇には神社の分社があり、先に着いている女子とともにそこで「儀式」を執り行う。
 帰りは車で宿まで送ってくれるという。
 村の地図が渡された。祠までは5キロ程度の道のりである。
「時間は十分あるから無理に走ったりしないほうが良いよ。」
 山部さんはそうアドバイスして去っていった。
 
 儀式の朝、言われた通り風呂に入り、白装束を纏った。
 山部さんが来て、襟や裾を整えてくれた。
 白足袋に草履を履いて宿を後にした。
 ひんやりとした空気が肌に突き刺さる。
 神社の参殿に上がる。
 既に同じ白装束を着た若者が4人揃っていた。
 男性2人、女性2人。
 男は二人とも山部さんと同様に逞しい身体をしていた。
 そういえば、この社に集まった村人達もみな逞しい。いつも野山を駆け回っていればそうなるのかなぁ?と思わずにはいられなかった。
 僕が席に着くと、これも逞しい宮司さんが現れた。
 祝詞が謡われ、僕らは清められた。
 そして男達に蝋燭が手渡された。
 蝋燭には色が付いていた。上半分が青、下半分が赤である。
「これより成人試験を執り行う。この蝋燭が青いまま祠に納めることで、この若者達は成人男子として認められる。」
「清士。この試験を受けるか?」
「はい!!」
「では行きなさい。」
 真ん中にいた青年の持った蝋燭に火が灯されると、彼は勢い良く社を後にした。
「安志。この試験を受けるか?」
 同じ応酬が続く。
 僕の隣の青年も出ていった。
「祐一。この試験を受けるか?」
 最後は僕の番だ。
「はい。」
「君ならば、無理することもないよ。でも、がんばりなさい。」
 そう言って宮司は僕の蝋燭に火を灯した。
 
 外に出ると先に出た二人の姿は見えなかった。
 地図は持たされなかったが、村の中心部をでれば後は一本道だった。
 僕は少し早足で行くことにした。
 途中でバンが追い抜いて行く。
 同じ道を辿るかと思ったら、先の方で曲がってしまった。
 地図を思い出すと、もう一本道が通っていた。確か川に沿って大きく迂回し、裏手から分社につながっていた筈だ。
 そこで、僕はハッとなった。
 地図では高低差が判らないのだ。
 この山の中では平らな道ばかりでない事を失念していた。
 案の定、しばらく行くと急な上り坂が待っていた。
 何とか頂きに昇り詰めると今度は下り坂だった。
 その先に、再び上り坂がある。その頂上に一人中頃に一人白装束の人影が見えた。
 僕は蝋燭の火を消さないように一気に坂を駆け降りると、その勢いで次の坂に向かった。
 
 今度の坂は、最初のよりも登るのに骨がおれた。
 それでも、まだ蝋燭には余裕がある。
 坂を昇り切るとしばらく平坦な道が続いていた。
 が、先を行く二人の姿は見えなかった。
 そして、突然道が途切れた。
 その先は断崖になっていた。
 柵が張ってあったが、その外側に狭い石段が続いていた。
 そういえば、地図に一カ所直角に曲がる所があった。
 しかし、それは祠の直ぐ近くだったとも記憶している。
 断崖に沿って石段を降りて行く。
 そして、祠のある杜が見えてきた。
 石段を降りきると、すこし平坦な道があるものの、そこから一直線に杜の中に階段が昇っていた。
 すでに、一人目は祠に辿り着こうとしていた。
 もう一人もかなり上の方にいる。
 そして僕は石段を昇り始めた。
 
 
 次第に膝が笑ってくる。
 筋肉が悲鳴を上げている。
 蝋燭は青い所が残り少なくなっていた。
 心臓が爆発しそうだった。
 その一歩一歩を押し上げるのにどんどん時間が経過してゆく。
 それでも、3分の2はこなしている。
 あと少し、あと少し…
 そして、蝋燭の青い所が失われた。
 上を見る。
 あと20段くらい。
 「失格」である事は理解したが、それでも蝋燭の火を祠に届けようという思いが残っていた。
 蝋燭が赤い所に達してしまった事でいくらか気分が軽くなった。
 赤い所はまだ十分残っている。
 青い所だけでここまでこれたのだから、蝋燭がなくなるまではほぼ同じ時間が残されている。
 僕はその場に腰を降ろし、両足のマッサージを始めた。
 マッサージをするにつれ、呼吸も落ち着いてきた。
 再び脚が軽くなった。
 僕は残りの20段を一気に昇り詰めた。
 
 
 祠の前にはお婆さんが待っていた。
「祐一さん。判っていると思うが、蝋燭はもう赤い所に達している。このままでは成人男子として認める事は出来ない。が、それでも儀式を継続するかね?あるいは、来年もう一度挑戦するかね?」
 僕はこれを単なる「風習」としか考えていなかった。
 それに、来年もう一度来れるかは保証できない。
 それならば、この「風習」の続きを体験してみるのも面白いし、ここまでやったのだから、ここで中断するのが勿体ないと思った。
「いえ、続けます。」
 それを聞いてお婆さんがにんまりと笑った。
「じゃあ、蝋燭の火を消して祠に納めなさい。」
 祠の中には4本の蝋燭が置かれていた。
 2本は僕の前に入った清士と安志のものだろう。
 もう2本は蝋燭を半分に折って赤の所だけにしたものが納められていた。
 たぶん、女の子たちの分だろう。
 
 お婆さんの所に戻るとコップが手渡された。
「これを飲んで、下の社で儀式の続きをどうぞ。」
 飲み干したコップを戻し、祠の裏にある階段を降りてゆくと村の中にあった神社と同じくらいの社が現れた。
 入り口を見つけ入って行くと、中は煙に包まれていた。
 香でも焚いているのか、煙からは良い匂いがした。
 更に進むと広間があった。
 何もなく、絨毯が敷かれた上に4人の人影があった。
 良く見ると彼らは全裸だった。
 1人の女の子は寝ているようだ。
 その脇で男が煙草を更かしている。
 更に、残った2人の男女は、正に男女の交わりを行っていた。
 
「おっ!!来たのか?」
 煙草を吸っていた男が声を掛けてきた。
「お前も早く服を脱いでこっちに来いよ。儀式を続けようぜ。」
「さっそくやるのか?」
 もう1人の男も僕の方を見ていた。
 その下で女の子が喘いでいる。
「早くもダウンして息子が寂しがっているんでね。」
「トロいな。さっさとしろよ。」
 それが僕に向けられた言葉だと理解するのにしばらく時間がかかった。
 それは香に含まれた成分のせいか、頭がぼんやりとしていた。
 身体も熱を帯びているようだ。
 彼の言葉をようやく理解し、僕は服を脱いだ。
 裸になって、彼らの側に来た。
「こっちへ来いや。」
 最初に声を掛けた男が僕の手を引いた。
「じゃあ、成人の儀式をはじめようぜ。」
 合気道かなにかのように、僕はそのまま倒されてしまった。
「先ずは俺の息子を元気付けてくれや。」
 彼は僕の頭の毛を掴み、その股間に僕の顔を押しつけた。
「歯を立てるんじゃないぞ。」
 僕は生まれて始めて他人のペニスを咬えさせられた。
「おい、そいつまだ判ってないんじゃないか?」
 もう一人の男が声を掛けた。
「そう言えば、お前は余所者だったな。」
 そう言いながらも、僕の頭を持って前後に動かしている。
「この儀式でお前も大人の仲間入りをするんだが、お前は一人前の男としては認められなかった。ではどうなるのか?答えは単純だ。男でないお前は女になるんだ。」
 彼は僕の頭を持ち上げ、ぐいと捻った。
 僕は仰向けに転がされた。
「ほら。ここに男を咬えて一人前になるんだよ。」
 彼の掌が僕の腹の上から下に滑っていき、股の間に止まる。
「あうっ!!」
 僕は痛さに声をあげた。
 彼の指が僕の下半身に突き立てられたのだ。
 彼の指が僕の中に入っている。
 それはあり得ない場所だった。
 しかし、彼の行為により点火されたかのようにソコが熱くなった。
 汗ではない体液が股間にまとわりつく。
 彼の指が蠢き、クチャクチャと厭らしい音をたてはじめる。
「そろそろ良いか?」
 彼が股の間に移動する。
「では、戴きます。」
 僕の両脚が抱えられ、股間が密着する。
「あっ、あ〜〜〜〜!!」
 彼のモノが差し込まれると、僕は女のように声をあげていた。
 
 
 
 気がつくと、宿のベッドの上だった。
 汚れは洗い落とされている。
 股間に手を当て、自分が男であることを確認した。
 下半身に残る疼きがなければ、全てが夢だったと片づけてしまいたかった。
「起きられましたか?」
 寝室のドアの向こうから女性の声がした。
「お支度を始めますから、そのままお越し下さい。」
 僕は裸で寝かされていた。
 いくらなんでもそのまま出て行く訳にはいかない。
 しかし、服はおろか下着さえ見当たらない。
 しかたなく、毛布を腰に巻いて出ていった……
 
「さあ、成人式ですよ。あなたも綺麗になりましょうね。」
 和室の襖が開けられた。
 そこには薄桃色の振り袖が広げられていた。
 
 
 
 
 
 僕は写真の台紙を閉じた。
 改めて「記念品」を確認する。
 送られて来たのは女性用の衣服・アクセサリー・小物・化粧品…
 そして数冊のファッション雑誌。
 底にあった桐箱にはあの振り袖が畳まれていた。
 
 もう一つ、底から出て来たのは黒塗りの古めかしい木箱だった。
 由緒正しそうな蒔絵が施されている。
 房の付いた組紐を解いた。
 
 蓋を開ける…
 
 白い煙とともに、あの香の良い匂いが部屋の中に広まった。
 
 
 

−了−



あとがきにかえて
 
 本作品はTDSFの会誌に寄稿することにしました。
 寄稿にあたり、これより幾分かアダルト部分を削除しています。
 そちらは「他紙に掲載してもの」のほうにUPしていますので読み比べて見てください。
 
 さて、本作品はエンディングをどうするかをかなり悩みました。
 と言うのも、「試練に合格出来ず、成人男性と見做されないと『女』にされる」というアイデアだけで書き始めたので、起承転結が後付けとなったからです。
 ストーリーは膨らみ続け、いつの間にか戸籍も「女」に変えられていたり、就職したら制服が支給され女子社員として働くしかなかったり、と収拾が付かなくなってしまったので、敢えて「玉手箱」で落ちを付けてみました。
 
 では、その一部をここに続けてみます。暇だったら読んで下さい。(完成度はイマイチです)
 


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