身代わり


 サラサラのエメロンヘアー
   チャラチャラと音を立てるイアリング
     首に、腕に、指に、様々な装飾品を着けている
 指先にはピンクのネイルカラー
   足の指も同色に染めている
     すらりとした素足はこの上もなく白い
 ゆったりとしたドレスの上からでさえ見事なプロポーションが見て取れる
 化粧をせずとも白い肌に紅い唇がくっきりと浮かび上がっている
   薄くシャドウを入れる
     眉毛は形を整える必要さえない

 
 僕は鏡に写る自分の姿をうっとりと見つめていた。
 侍女が傍らで最後の仕上げをしている。
 
 ドアがノックされた。
「準備はよろいしかな。」
 鏡越しにドアを開けて入ってくる男を見た。
 『紳士』と形容されるのは彼以外にいない程、ビシッとしたスーツを着け、鼻の下の髭はピンと両端が天を向いている。
 男は侍女を無言のうちに脇に退けると、僕を立ち上がらせた。
 少し離れて立ち、爪先から頭のてっぺんまでじっくりと僕の仕上がり具合を検分した。
 男は満足げに頷いた。
「どうだね?」
 男はツイと近寄ると、僕の顎に指を引っ掛けクイッと引いた。
 必然的に僕は男の顔を見上げる形となる。
「ぼ、僕。こんなの始めてで、何て言ったらいいか分かんないのだけど、気分いいです。」
 僕の口からはコロコロとした可愛らしい声が溢れていった。
 男は半分満足げに頷いた。
「フウム。まあ、よろしいが、言葉には気をつけなさい。できればYESかNOかだけにしなさい。当分はそれだけで事足ります。」
 男が侍女に目で合図を送ると、侍女が派手な帽子を持って駆けつけてきた。手渡された帽子を僕の頭に被せると再度頷いて「では付いて来なさい。」とその部屋を後にした。
 
 
 それは、大学受験を終えてようやく自分に自由な時間が出来たため、かねてより計画していた一人旅の最中だった。『本線』とは名が付くもののの、全くのローカル線。電化はされているものの、今だ機関車に引かれる列車が走る。
 時間に縛られない一人旅だから、僕は特急など使わずに普通列車を乗り継いで旅を続けてゆく。旅館も予約などしていない。宿がなければ駅舎の片隅で野宿するつもりでいた。そんな旅だから、たまたま乗り合わせていたおじさんと意気投合し、おじさんの家に泊めてもらう事になったのも、あながち有り得ない事ではなかった。
「大学生ならもう大人だよ。」といって勧められたコップ酒を飲んだので、何処をどう通ってきたのか定かではないが、辺鄙な駅で列車を降りて、電灯もない田舎道をてくてくと小一時間ほど歩いた所に屋敷があった。
 大きな門の脇の木戸口から中に入る。ずっと向こうに明かりの点いた大きな家があった。「お館だよ。」と言って、おじさんはそのお館を横目に裏手に廻った。
 そこにこぢんまりとした家があった。
「ぼうず、ここがおじさんの家だ。もっとも、祖父さんのおかげで貰えたキャラメルのおまけのような家だがね。」
 独り暮らしらしく、他に人のいる気配がない。おじさんは一升瓶を手に座敷に僕を呼び中断した酒盛りの続きを始めた。おじさんの機嫌をとるのも宿賃のうち、と湯飲みに注がれた冷や酒をぐいと飲み込んだ。一方的におじさんが喋り僕が相槌を打つ。そんな酒盛りの中でおじさんの境遇 ――「お館」との関係 ―― が分かるようになった。
 簡単に言うと、おじさんのお祖父さんという人が「お館」(この地方の有力者で某氏とかいう)で執事をしていたとかで、歳をとって引退する時お館の敷地内に家を一軒建てて住まわしたということである。
 しかし、おじさんの意見は別にあった。執事という仕事の性格上他人に知られてはならないような事を数え切れないくらい知っているので、おいそれと外に放り出す事が出来ず、手元に置いておいて監視しておこうとしたようだ。
 お祖父さんの家族(おじさんとおじさんの両親である)もそれまでは屋敷内の一室に居候していたのであるが、お祖父さんと一緒にこの家に移り住んだそうである。
 お祖父さんの息子(おじさんのお父さんにあたる)は執事の仕事は継がずにサラリーマンとなったがこれもまたお館の紹介によるものだとか、お祖父さんの奥さんもお父さんの奥さんもみんなお館のメイドだとか……
 いろいろ話を聞かされたが、どの話もいまの自分がどれだけお館の世話になっているかどれほどの恩があるのかとかいう事に終始していた。
 
 
 つまり、おじさんの家に泊めさせてやるのだから、僕にもお館に感謝しなければならない。お館の頼みは素直に聞かなければならないのだ!!
 と、いう訳で僕は、翌朝、お館の豪勢な朝食に招かれていた。
 おじさんは僕をお館の裏口まで送るとそこで幾らかの小遣い銭を貰ったのであろう、懐に大事そうに封筒を抱えそくさくと家に戻っていった。そこから先は僕ひとりになり、幾人もの使用人に案内されて食堂に辿り着いた。
 その間にも黒いスーツを着た屈強な男達(ガードマンというよりは用心棒だろう)が幾人も徘徊していた。それでも目立たないようにしているのだろう。僕が見たのは全て彼らの後ろ姿だった。しかし、そのような男達がいるということは、お館の「頼み」は聞かない訳には行かないのだろう。
 
 お館の主人は温厚そうな初老の男で恰幅が良く日本人離れしていた。(米国の大統領に有りがちなタイプだ)
 広いテーブルで差し向かいに朝食を摂り、食後の珈琲が運ばれてくる。
「若い者と朝食をとると私も若返った気がするよ。今日一日ははつらつとして過ごせそうだ。」
 朝食の美味さに忘れていたが、僕は彼に何事か頼まれるのである。それは拒否のしようのない究極の頼み事だ。
「夕べはどうだったね。後藤(おじさんの事らしい)の家は狭いからあまり大した事はできなかったと思うが。」
「そんな事、ないです。おじさんはやさしくて…」
「それは良かった。うちにも孫娘がいて良く後藤の所に遊びにゆくのだよ。後藤はよく面倒を見てくれる。」
「……」
「孫娘といっても君と同い年くらいだよ。ほんとうなら少し遊んでいってもらえば良いのだが、あいにく孫娘が家に居なくてね。」
「……」
「こういう時に限って襟子…孫娘の事だが、襟子に出席してもらわなければならないパーティーがあったりするのだよ。」
「ご旅行ですか?…」
「病気とか旅行とかならいいんだ。いくらでも連絡がとれる。居場所さえ分かればどんな事をしても引っ張り出す事が出来る。遠ければジェット機でもヘリコプターでも迎えにやらせる。病気なら一流の医者と薬で一晩くらいはなんとかなる。」
「……」
「だが、だが襟子は家出してしまった。行き先など分からない。国内ならばなんとかなるが海外に逃げ出した。それも偽名のパスポートを作ってだ。それさえも判明するのに1週間もかかってしまった。こうなってはどこにいるのか探しようがない。」
「御前。」
 いつの間にか現れた若い男が熱くなりだした主人の脇に立ち、呟いた。
「おお、そうだった。そこで君に一つ私の頼みの聞いてもらいたいのだが…」
 そら来た。どんな無理難題を吹っ掛けられるかとぐいと身構えた。
「さっきも話したパーティーだが、孫娘の代わりに出てくれないだろうか。だれか代りをと探させていたのだがなかなか見つからない。そんな時丁度君が現れてくれた。パーティーは今晩なのだよ。」
 パーティーに出るだけとは、何か肩空かしを食らったみたいに唖然としてしまった。
「パーティーって、やっぱり正装してやるあれですか?」
「もちろん正式なものだがそんなに堅苦しいものじゃない。」
「僕、パーティーなんて経験ないし、それにスーツももっていないし…」
「大丈夫。君には立っていてもらうだけでいい。服は君なら背恰好もちょうど良い、襟子のものがそのまま着れるだろう。」
「襟子さんの?!」
「そうとも、君には襟子の代わりをやってもらうのだよ。」
 
 
 もちろん僕はOKしていた。まわりの雰囲気がNOとは言わせてくれなかった。その日、一日をかけて僕は襟子さんになった。
 朝食が終わると僕の改造作業が始められた。マッサージから始まり、整体術のようなものでボキボキと骨の位置を調整され、スチームを当てられ、得体の知れない薬を飲まされ、様々な機械が僕の身体を弄り廻してゆく。
 夜を迎え、特殊メイクが終わると、鏡に映る僕の顔は写真の中の襟子さんの顔と寸分も違わなくなっていた。
 ドレスを着せてもらう。準備が全て整うと僕はパーティーの会場に連れて来られた。会場に入る前、再びの『御前』と呼ばれるお館の主人と会った。
「ふうむ。襟子になっているな。よかろう。君は言われた通りにしていれば良い。」
 僕はコクリと頷いた。
 パーティー会場のドアが開き、彼の後に続いて行った。
 会場のざわめきが一瞬静まる。居合わせた全ての人の目が僕の方(本当は『御前』を見ているのであるが)に集まる。かっと頬が上気する。膝ががくがくして立っていられなくなった。
 ふっと体がふらついた時、サッと腕が差し出され抱き止めてくれた。
「しっかりして下さい。」
 差し出された腕にしがみつき、ようやくの事で体を支える。
「ぼ、僕。駄目です。」
 支えてくれた男を見上げると冷たい謝絶の目が光った。『紳士』の恰好はしていても、中身は他の用心棒と同じらしい。
(やらなければ、殺される。)
 背中を冷たいものが走り抜けた。それで幾分気持ちが落ち着く。
「大丈夫です。」
 しがみついていた腕を振り払った。
 壇上で『御前』がマイクをもって喋っている。彼の演説のおかげで僕等の会話は他の人には聞かれていない。なんとか助かったみたいだ。
 
 
 演説を終えて『御前』が戻って来た。
「わたしはこれから挨拶に廻ってくるが、ここから一歩も動くんじゃないよ。良いね。」
 そう言って雑踏の中に消えていった。入れ代わりに『紳士』がカクテルグラスを手に戻ってきた。
「これをもっていなさい。けれど口を付けないように。」
 僕は言われた通りにカクテルグラスを両手で支え持った。
 しばらくするとパーティーに参加した若い男がダンスを誘いに来た。
 しかし、僕が何かアクションを起こそうとする前に『紳士』がついと立ちはだかる。
「誠に申し上げございませんが、お嬢様は病み上がりの為、ご遠慮させて頂きます。」
「それではお大事に。」と帰っていった。
 やがて、雰囲気に慣れたのか、周りが見えてくる。立食形式らしくテーブルの上に様々な料理が並べられている。そのどれもがおいしそうで、気が付くと腹の虫が音を立てていた。
「食べちゃ駄目?」
 後ろにいる『紳士』に尋ねたが「駄目です。」にべもなく断られた。
 挨拶を一廻り終えて『御前』が戻ってきた。
「ちょっとついてきなさい。」
 僕は手にしたカクテルグラスを『紳士』に手渡し『御前』の後についていった。
 
 パーティーの会場を抜け、会場から少し離れた一室に入った。
 中には3人の男が待っていた。どの顔もテレビや雑誌で見たことがある。政財界の大物と呼ばれる老人達だ。
「なかなかのものじゃないか。」
 『御前』が僕(襟子)を紹介すると、老人達は僕の頬や腕を撫で始めた。
 振り返ると、僕の脇にいた筈の『御前』はいつのまにかドアの所まで後退していた。
「それでは、宜しくお願い致します。」
 『御前』は部屋から姿を消し、僕は独り老人達の中に取り残されてしまった。僕はどうして良いのか判らず、老人達にされるがままに立ち尽くしていた。
「素直な娘じゃな。」
「それでは、服を脱いでもらおうか。」
 僕は老人達が何を言っているのか直ぐには理解できなかった。が、後ろにまわっていた老人の一人は背中のファスナーを降ろすと、僕は彼らに導かれるままドレスを脱いでいった。
 全ての下着を脱ぎ去ると、僕の裸体が露となる。
 それは襟子のものと何ら変わるものではなかった。改造された僕の胸には小振りながらも形の良い乳房があった。
 股間の繁みからは余計なモノは姿を隠している。
 頬や腕を撫でていた老人達の掌が移動する。
 バストを持ち上げ、ウエストからヒップへの曲線に沿って掌を這わす。
 やがて、指先が股間に触れた。
「はうっ!」
 強烈な刺激に思わず声を上げてしまった。
 それは女性のよがり声のように聞こえた。
「感度も良いようだ。」
「申し分ない。」
 フッと脚から力が抜ける。崩れ落ちそうになるのを老人達の意外と力のある腕に支えられた。そのまま奥の部屋に連れて行かれる。
 ベッドの上に寝かされた。
 彼らの愛撫が再開される。
 僕は奏でられる楽器のように彼らの指の動きに合わせて声を上げていた。
「ああ。あふ、あふ。あ〜〜〜〜っU」
 いつの間にか、彼らも全裸となっていた。
 股間には老人とは思えぬほど立派なペニスが勃っていた。
 その一人が僕の上に伸し掛かってくる。
 彼のモノが強引に押し入って来た。
 男が知る術もない感覚。
 男のモノが挿入される。
 裂けるような痛みに体を硬くすると、
「なるほど。生娘か。」
 などと言う。
 構わずに腰を動かしてくる。
 僕は悲鳴を上げ続けていた。
 
 
「いかがでしたか?」
 『御前』の声がした。
 僕は気を失っていたようだ。
 ぼ〜っとした頭でこれまでの事を思い出していた。
 3人の老人達は代わる代わる僕の上に跨がり、彼らの精液を僕の中に吐き出していった。僕は人形のように、彼らのなすがままに動いていた。
 媚声を上げ、悶え、脚を広げる。
 男性にはある筈のない器官に彼らを迎え入れる。
 繰り返し、繰り返し…
「ありがとうございました。」
 『御前』が彼らに挨拶している。
 老人達が部屋を出て行くのと入れ違いに『紳士』が侍女達を連れて入ってきた。侍女の手渡した白い布にくるむと僕を抱え上げた。
 そのまま『御前』の脇を通り、風呂場に連れていった。
「よくやったな。」
 『紳士』は侍女に後を任せ出て行く。僕は侍女達に身体を洗われた。
 徐々に気分がほぐれてゆく。
 彼女達は丁寧に身体の隅々を外から内から洗ってくれた。
 差し出されたバスローブをまとい風呂場を出ると、そこに『僕』がいた。
 まるで鏡を見るように、僕=襟子の顔をした女性が立っていた。
 鏡ではないと気付いたのは、彼女がちゃんとした服を着ていたという事でしかない。それほど彼女は僕に似ていた。
「ご苦労さま。」
 彼女が似ているのではない。
 僕が彼女に似ているのだ。
 彼女が『襟子』本人だった。
 
「代役ありがとう。あなた、本当は男の子なんですってね?面白い経験が出来て良かったわね。」
 それだけ言うと彼女は僕の前を去っていった。
 僕はあてがわれた部屋のベッドに座り、頭の中を整理していった。
(襟子さんはこの館にいた)
(僕は代役として老人達に玩ばれた)
(お館は秘密を知った者を離さない)
(この代役はその秘密のひとつ?)
 僕はバスローブを脱いだ。
 胸に手を当てる。乳首を摘むとちゃんと感じる。これは造り物ではない。試しに引っ張ってみる。痛みとともに手を離すと、白い肌に桜色に指の跡が残っている。
 股間もそうだ。僕のペニスは特殊メイクで隠されたのではなく、消し去られていた。代りにそこには女性器が造られていた。
 僕は立ち上がり、クローゼットを開く。ピラピラしたドレスばかりが吊るされていた。その中でも動き易そうなものを引きだす。下着も適当に選び、身につける。ブラジャーをするのも恥ずかしかったが、動きまわるにはバストを押さえるものが必要だ。
 踵の低い靴を見つけ、僕はこっそりと館を抜け出した。
 
 まずはおじさんの家に向かう。
「これはお嬢様。」
 僕は丁寧に迎えられた。
「僕の…あの青年の荷物はありますか?」
 この姿を説明するのが面倒なので、あわてて言い換えた。
 おじさんは腰を低くして僕の前にカバンを差し出した。
 チャックを開け、中を確かめる。
 いじられた跡はない。財布の中を確認し、チャックを戻す。
「では預かってまいります。」
 僕はカバンを手におじさんの家を後にした。
 家から見えなくなった所まで来ると、僕は一目散に走りだした。
 記憶にある駅までの道を慣れないスカートを翻して走り続けた。
 自販機で適当に切符を買うと、なにも考えず停車していた列車に乗った。
 
 
 
 数日後、テレビのワイドショーでどこかの政治家の息子が盛大な婚約披露宴パーティーをしたと報じていた。壇上には笑みを浮かべた襟子さんがいた。
 彼女は本物か、はたまた身代わりか?
 そんな事を考えながら、僕は口紅をポーチにしまった。
 
−了−


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