悪夢



 気がつくと、俺は全裸の男に抱きついていた。
 男も俺を抱いている。俺もまた裸であった。胡座をかいた男と向き合う形なのだが、俺の目の前には男の胸がある。男が「巨漢」というわけではない。俺の身体が小さくなってしまったのだ。小さくなっただけではない。俺の肉体は大きく変貌していた。俺の下半身は男のモノを受け入れている。胎の中で男のモノが脈動しているのを感じている。男の太い腕が俺の動きを封じ込める。密着する二人の間には二つの肉塊が挟まっている。これもまた、俺の変化した肉体の一部である。耳を男の胸に押し当てると規則正しい心臓の鼓動が聞こえてくる。俺は何の疑いもなく、至福の波に呑み込まれていった。


 突拍子もない「夢」をみた翌朝には良くないことが起きていることが多い。その朝は何事もなく過ぎていったが、時間が経つに連れて事態は雪崩の如く展開していった。昼過ぎに友人の大木寿人から電話があった。久しぶりに飲もうということになる。大木とは古くからの付き合いだが、この男ほどトンデモなく、かつ憎めない男もいない。頭が良く、現在は医者の卵として大学病院に通っているが、奴の正体は「マッド・サイエンティスト」だ。付き合っているとロクなことはないが、何故か縁が切れないのである。
 3時過ぎには脇を通りすぎようとした女の子からコーヒーの雨を降らされた。たまたま数人分のホットとアイスが混ざっていたので、ひどい火傷を負うことはかったが、全身びしょ濡れ状態である。下着までたっぷりコーヒーを吸い込みコーヒー色に染まってしまった。彼女はあわててハンカチを差し出したが、そんなもので事足りる状況ではない。俺はハンカチを辞退し、シャワールームに向かった。コーヒーをたらふく吸い込んだ上着とシャツを脇に抱えシャワールームの前に来てハタと思い至った。
「着替えの服など持ってない」
 振り返ると数人の女の子に囲まれて、コーヒーの雨を降らせた女の子が立っていた。
「すみませんでした。良ければこれをお使いになって下さい。」
 彼女の腕にはスーパーの制服のような真っ赤なジャケットやワイシャツが乗っていた。まわりの女の子の誰かが気を効かせて調達してきたのだろう。
「じゃ、有り難く使わしてもらうよ。」しかし、やはり彼女等にも限界があった。シャワーを浴びコーヒーを洗い流し、すっきりした所で彼女等の調達してきた「服」を広げてみた。真っ赤なジャケットと白いワイシャツとズボン。さすがに下着までは調達できなかったのか、パンツの替わりに白いショーツが転がり落ちてきた。
「無いよりはマシか?」と、女モノの下着の上にズボンを穿き、ワイシャツを着ようとしてハタと気づいた。ボタンの左右が逆に付いている。良く見るとジャケットとズボンもそうだ。はたして、これらは全て女の服だ。彼女等は手近にあったものの中でもっとも男っぽいものを選んできたのだ。しかし、選択の余地はない。俺は苦労して左右逆のボタンを留めた。
 濡れた服を紙袋に放り込み、時計を見ると大木との待ち合わせ時間が近付いていた。取り合えず、大木に合って一旦俺の部屋で着替えてから飲みに行くよう頼んでみよう。と、俺はタクシーを拾った。
 待ち合わせの喫茶店に行くと、既に大木が待っていた。
「ほ〜〜、これはこれはU」開口一番、大木は満面に笑みを浮かべてこう言った。
「すまんが、詳しい事情は後で話す。こんな訳なんで一旦俺の部屋に戻ってから飲みに行かないか?」
「それには及ばんよ。近くに良い所を知っている。」間髪をいれず、彼独特の強引さを発揮し始める。
「心配はいらんよ。私に任せておけば万事巧く行くから。」それはまあ、大木に任せて巧く行かなかった事はない。が、その過程が尋常ではない。巧く行っても、さまざまな事象がそのまわりにウヨウヨと湧き出てくるのが大木の大木たる所以である。しかし、彼の強引さに巻き込まれないでいられる人間はいない。俺はいつの間にか理髪店の椅子のようなものに座らされていた。「気を楽にして」と、大木の掌が俺の目の前でフラフラと揺れる。大木に催眠術の心得があるのを思い出した時には既に奴の術中に落ちていた。
 椅子に座った俺の周りで数人の女性が何かをしている。看護婦の白衣をアレンジしたような制服を着ている。なぜか大木の知り合いの女性には美人が多い。再び、大木の掌が俺の目の前で揺れる。
「な、何をしたんだ?」術が解かれるやいなや発せられた俺の問いを無視して、大木は俺の腕を引いて椅子から立ち上がらせた。
「ふ〜む。上々。」そのまま先に立って歩いてゆく。
「こっちに来なさい。」術は既に解かれているが、俺はフラフラと大木の後に従って行った。
「ご覧。」大木の指示に従い、それを見る。鏡には、大木の姿と美しい男装の麗人が映っていた。やはり大木の知り合いの女性には美人が多い。と、先程の感想を再認識した。
「?!」
 つまり、この男装の麗人が『俺』なのか? 確かに、鏡の中の麗人は白いスラックスに真っ赤なブレザーを着ている。その服は俺にコーヒーを浴びせた女の子の一団が調達してきたソレだ。化粧を施された状態で見てみると、まさしくそれが女モノの服であることが再認識される。髪をカットし入念に化粧されると、男が着ているという不自然さが一掃されている。
 ガラガラと音がする。
 振り向くと、キャスター付きドレッサーが引き連られてきた。婦人服ではあるが、そのどれもが男っぽいものばかりである。どうやら大木は俺を男装の麗人に仕立て上げたいらしい。服を脱がされる。
「上々U」ズボンを脱がされた所で大木の目元がほころんだ。ようやく、下着も取り替えていたことを思い出す。恥ずかしさに上気する。しかし、残された一枚の服も脱がされていた。一旦全裸となると、今度はその上に真新しい衣服が次々と着けられてゆく。やがて、鏡の中に一人の女性が映し出された。先程のような舞台の上にしかいないような男装の麗人ではなく、街中にいてもおかしくない全くの女性が出来上がった。男っぽい服は男装ではなく、俺の体型を無理なく女として通用させている。
「最後にこれを付けさせてくれ。」
「これは?」大木が差し出したのは一見ただのチョーカーにしか見えない。
「これを喉に巻くと、磁力の働きで声帯が刺激され、自然な声になるんだ。」確かに、俺の声は男の声そのままだ。この姿には不自然に違いない。上半身を倒して大木の手でセッティングしてもらう。
「これもお前の発明か?」チョーカーの効果はすぐに確認できた。もう俺自身の声ではなくなっていた。
「ああ、だが声の質を変えるだけで口調や喋る言葉の内容までは責任がもてない。くれぐれも言葉には気をつけていてくれよ。」そう言って、大木は俺の頬にチュッとキスをした。


 俺と大木はそのまま夜の街に繰り出していった。俺の姿に男どもはもとより女もまた振り返ってゆく。
「なかなか気分の良いものだな。」大木の耳元にこっそりと囁いた。
「気に入ってくれたのなら何よりだ。」それは店に入ってからも続いた。馴染みの店であるがマスターはとうとう俺の事が判らなかったようだ。
 良い気分でアルコールの回りも良くなっていたようだ。気がつくと俺の隣に座っていたのは大木ではなかった。俺は女のように微笑み、隣の男に媚びていた。男の腕が俺の肩を抱くと、俺は重心をずらして男にもたれ掛かった。そのまま男に抱えられ店を出た。

 男の唇が俺を奪う。
 俺はベッドの上で抱かれていた。既に服の大半が脱がされていた。男の指がブラジャーのストラップに絡まる。するりと肩を抜ける。背中に廻された手がホックを外す。交互に腕を通してブラジャーが肉体を離れる。あらわになった俺の胸に男が顔を埋める。「着痩せするんだなぁ。」男の掌が俺の双球を擦り上げる。勃起した乳首を男の指が摘み、刺激を与える。
「ア〜ッ」俺は背中を反らせて反応する。「良い媚声だ」いつの間にか首のチョーカーも外れていた。男の掌が反り返った背中を這い降りてくる。レースの付いた薄地のショーツの上から下半身の双球を撫で摩る。俺は男の首筋に吸いつく。男の指が薄布越しに女の秘部を探り当てる。その途端、トクトクと愛液が溢れ出るのを感じた。「良い感度だ」ショーツの縁に男の指が掛かり、ぐいと剥ぎ取られた。
 男は全裸となった俺を抱え上げた。軽々と振り回される俺は「女」だった。俺は男の首にしがみ付き、耳たぶに噛みついた。男はさらに興奮してゆく。俺の腕を振り解き、ベッドの上に押しつける。身動き出来なくなった俺は、男の前に肉体を開いた。男の巨体が降りてくる。ゆっくりと男の体重を全身に受ける。毛深く太い腕が首に巡る。俺も自分の白く細い腕を男の首に絡ませる。二人の肉体が密着する。男のモノが侵入する。ドクドクと脈打っている。俺の心臓の鼓動と荒々しいハーモニーを奏でる。「うお〜〜〜〜!!」意味もなく男が吠える。
「あ〜〜〜〜っU」
 快感に嬌声が谺する。ギシギシとベッドが軋み、吐息と荒息が小部屋を満たす。


 突拍子もない「夢」をみた翌朝には良くないことが起きていることが多い。
 朝、目覚めると俺は見知らぬ部屋にいた。枕元には数枚のお札。起き上がり、朝日の中に裸体を曝す。さまざまな粘液にまみれた女体がそこにあった。俺は納得した。
「汚れは流せば済むわ。」
 既に、俺は枕元の金でどんな服を買おうか頭を悩ませていた。

−了−


    次を読む     INDEXに戻る